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5 聖獣様の力

 そういえば、とトモルがこちらを見た。

「ランディーヤさんって、今何歳ですか?私とそんなに変わらない気がするんですが……」

「私は十七になる。そういうトモルはいくつだ?」


 私は宮廷魔法師の中でも遅咲きの部類に入る。魔法師の多くはもっと幼い頃……それこそ十にも満たない年で素質に目覚める。他の魔法師が生まれ持った才能で女王のために力を振るっている中、私だけは十五まで魔力を高める修行に打ち込んでいた。それはジダーリャの魔法師の中では異例中の異例であり、馬鹿にこそされないが、私よりも幼い一人前の魔法師たちには不思議そうな目で見られたものである。


 私の返答を聞いたトモルは、ほっとしたような顔をした。

「私も十七歳です。よかった、高校には通えますね」

「コーコー?それは何だ」

「うーん……簡単に言えば勉強する場所です。子供が大人になるため、みたいな」

 なんだと?十七にもなってまだ子供とは。この世界の成人年齢はいくつなのだろうか。

 私のいたジダーリャ王国では、成人と認められる年齢は十五である。それが、こちらでは十七にもなってまだ子供とは驚いた。

「十七になってもまだ子供なのか?私の国では十五で一人前の歳だぞ」

「え、そうなんですか?こっちは二十歳で成人とされるから、少し遅いですね」

 トモルは意外そうな顔をしたが、その驚きはさして大きくないようだった。

 それにしても二十で成人とは、こちらの人々、社会はいささか甘いのではないだろうか。私の知る限りでは、二十歳になる民は皆完全に家族から独立しており、自分で全て責任を負える年頃だ。それに比べてこちらは、二十になるまで親に守られて過ごすらしい。私たちの国では絶対にありえないことだ。


「ランディーヤさん、私と一緒に高校に行きませんか?高校なら色々イベントがあるし、先生の手伝いをするだけでも感謝の心が集まると思うんですが……」

 じっとこちらを見つめてくるトモル。その目には、またも懇願するような色が見られて少し戸惑った。

「しかし私はもう大人だ。今更学ぶことなど……」

 私はこれまで、ジダーリャ王国の宮廷魔法師として、女王の片腕として生きてきた。もう一人で何でもやってこれた。魔物討伐、悪魔封印などのどんなに難しい任務だって、一人でこなしてきた。魔法の素質がなかったことは認めるが、それでもそれなりの、一人前になる努力はしてきたと自負している。

 しかしこの世界では、私の年齢ではまだ子供扱い。世界の常識が違うとはいえ、私の過去を否定されているようで悔しかった。

 魔力集めの有力手段と自身のプライド。それを心の天秤にかけてみたが、どちらにも揺らがず一向に決着が着かない。


『何ごちゃごちゃと言っているんですか』

 そこで、ふと聞き覚えのある声が降ってくる。間違いない、あの聖獣様の声だ。

 私の首から下げた、ルナの石のペンダントが輝きだす。それは小動物の形となって、私とトモルの前に現れた。

 私は思わず眉を寄せた。

「次に会うのは魔力が戻った時ではなかったのか」

『ごく少量ではありますが、ワタシに魔力が戻ったのです。アナタがくだらないプライドのせいで魔力集めを渋っているのを聞いて、見ていられなくなりましてね』

 ルネミーニャの言葉はまさに正論である。ただ、私のプライドを「くだらない」と称したのはいただけない。

「くだらないとはなんだ。私はこれでも誇りあるジダーリャ王国の」

『宮廷魔法師ランディーヤ・ブランだ。そう言いたいんでしょう。今この場ではその称号は何の価値もないことがわかってないようですね』

 言おうとしていたことを完全に読まれて先回りされる。ルネミーニャの冷静ながら煽るような口調もあり、苛立ちが大きくなる。

 私の手の上にいた聖獣ルネミーニャは、トモルの腕に飛び込んだ。まるでもう彼女の腕の中こそが定位置とでも言わんばかりに。トモルも今度は戸惑わずに、聖獣のやわらかな毛を撫でていた。

 しかし、これといって感謝されるようなことは何もしていない筈なのに、どうして魔力が戻ったのか。

「でも、魔力が戻ったってことは、感謝の心があったってことですよね?この短時間で誰かに感謝されるようなことってしました?」

 トモルが私の気持ちを代弁したかのような問いをルネミーニャに投げかける。ルネミーニャはその小さな手を、ポンとトモルの腕に置いた。

『それはアナタが一番よく知っているでしょう。嬉しかったんじゃないですか、そこのポンコツと一緒に暮らせるようになって』

 少し意地の悪い声でルネミーニャは言う。その発言に、トモルの頬にほんのりと赤みが差した。

「わ、私は少しでもランディーヤさんの助けになれたらと思っただけで、他意は……。それに、家族も説得してないからわからないし!」

 トモルは両手を頬にあてがい、恥ずかしそうに眉を下げる。それは、この世界では年相応の少女の恥じらいなのだろう。しかし、そんなに恥ずかしがることはないと思うのだが。そして、私のことをポンコツと呼んだルネミーニャ、その単語をさして否定しなかったトモルには複雑な感情が浮かんだ。


 話を戻しますが。ルネミーニャはトモルの肩に乗り、私に厳しい眼差しを送ってきた。

『いいですか、今は魔法師がどうだ大人がどうだと言っている場合ではないのです。ワタシには今あの人が何をしているのか、生きているかすらわかりません。アナタはあの人のもとへ還りたいのでしょう?だったら何よりも優先すべきことは決まっている筈』

 流石聖獣。ルネミーニャの発言はどれも的を射すぎている。小動物(聖獣だが)にすら言い返すことのできない私には、拒否権も選択肢も残されていなかった。

「……わかった。そのコーコーとやらに通おう」

「よかった……ありがとうございます!」

 トモルは嬉しそうに笑う。この部屋に入ってきた時の遠慮がちな態度が嘘のように明るい。

『その調子ですよ。トモルと一緒にいるだけで魔力が集まりそうな気がしますね』

 そこで、ルネミーニャの額にあるルナの石が一瞬、淡い輝きを放った。これは魔力が戻った時の光です、と聖獣は言い、トモルの肩から腕に移った。

「私はトモルに何かありがたがられるようなことをしたのか?」

「高校に行ってくれるって言ったじゃないですか」

 それで感謝されたというわけか。これくらいで魔力が戻るのならば、地道にやっていけば案外すぐに元の世界へ還ることができるのかもしれない。


 そこで、コンコンとノックが聞こえた。

「失礼します」

 ノックが聞こえた時点でトモルの腕でくつろいでいたルネミーニャは慌ててルナの石に戻ろうとしたが、その声が知った者のそれであることに気付き、またトモルの腕に身を預けた。

 入ってきたのはイワサキだった。彼は、前に見た時よりも疲れた顔をしていた。

「はは……佐々木先生に怒られちゃいました。……と、それより」

 少し元気がなさそうに頭を掻いたイワサキは、私を見て、何かを思い出したようだった。

「ランディーヤさん、明日には病院を出られるみたいです。でも、一つ問題が……」

「何だ?」

 イワサキは、困ったような、申し訳なさそうな顔をした。

「ランディーヤさんは異世界から来たわけだから、こっちでは身元不明になるんですよ。だから、病院でも主に書類面で困っていまして……」

『……それで、ワタシの方を向いて話しているわけですね』

 ルネミーニャがため息交じりに言うと、イワサキは恥ずかしそうに笑った。

「凄い力をもった聖獣なら、どうにかしてくれるかなあと思って。まあ、戸籍取得の手続きもできるんだけど、やったことないからよくわかんないし、病院側も健康な人をずっと留めておくのは難しいしであんまり時間がかけられなくて……」

 困った時の聖獣頼みというわけか。少し図々しい気もするが、手続きとやらに手間取るよりは、ルネミーニャの力で何とかしてもらった方が早い。

『こんなことで魔力を使いたくはないのですが……まあ、ポンコツには早く落ち着いてもらわないといけませんからね』

 ルネミーニャは、事あるごとに私をポンコツ呼ばわりする。イワサキもトモルもそれに慣れたのか、はたまた気にするほどのことでもないのか。どちらでも私にとっては悲しいのだが……。


 ルネミーニャは目を閉じた。意識を集中させているのだろう。

 しばらくじっと待っていると、眩い閃光が辺りを一瞬だけ支配した。

 閃光が止んだのち、ルネミーニャはへにゃりと姿勢を崩し、トモルの腕に伏せてしまった。

『魔力がこうもカスカスだと、この程度の術でもきついものがありますね。まがい物ですが、身分を保証する書類を作りました。これで、アナタが還るまではここの国民として暮らしていけるでしょう』

 せいぜいあの人のためにあがきなさい、とこれまた冷静な口調で言うと、聖獣様は石に姿を戻してしまった。私をポンコツ呼ばわりし偉そうなことを言うルネミーニャだが、こうして私の前の障害をことごとく取り除いてくれるのだから文句は言えない。

「よかったですね、ランディーヤさん!では、僕は仕事があるので失礼します」

 イワサキは無邪気に喜び、慌ただしく退室していった。


「ランディーヤさん、ルネミーニャ……いや、ペンダントお返しします」

 トモルの腕の中で変化(へんげ)したため、ルナの石のペンダントは彼女の手にあったのだ。

 私はそれを受け取ると、首に下げる。

「じゃあ私はそろそろ帰りますね。明日の朝、迎えに来ます」

「あ、ああ……頼む」

 トモルは「失礼します」と丁寧に頭を下げてから退室した。


 ついさっきまで戦乱の最中にいた私が、こんな清潔な部屋でぼんやりと太陽が沈むのを見送っている。

 これからは魔力――感謝の心集めのために奔走することになるのだろう。

 当分は手探りのせいかつになるだろうが、ルネミーニャもトモルもついてくれている。


 女王よ。どうか、私が戻るまで、無事でいてください。

 そう願いながら窓の外を覗くと、トモルが歩いていくのが見えた。

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