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18 入部届

 母に見送られ、燈と一緒に家を大急ぎで出た。慎次は私たちよりも早く家を出たそうだ。私が寝坊したせいで燈が家を出るのが遅れてしまったのだ。

 必死の形相で走る燈を追いかけ、高校への道を急いだ。


 こんな時、グレンがいれば目的地まですぐに着くのにと思う。


 ジダーリャ王国で移動するために騎乗する動物は、グリフォン、ペガサス、ユニコーン、フェンリルの四種に分けられる。グリフォンは翼の生えた獅子、ペガサスも同様に翼のある馬、ユニコーンは額に一本の角が生えた馬、フェンリルは地上最速の狼である。グリフォンとペガサスは空中移動用、ユニコーンとフェンリルは地上の長距離移動や戦闘に用いられた。

 私の愛馬……というよりは愛獅子か。愛獅子であるグレンは元気にしているだろうか?代々の最高魔道将を乗せて戦場を飛び回っただけあり、大柄で屈強なグリフォンだった彼女は、凶悪ともとれる見た目に反して非常に温厚だった。数少ない休暇には、彼女とのんびり昼寝をしたものである。


 グレンは、私のいた陣の最奥より少し手前で見張りをしていた筈。女王の力で、彼女もこの時代に飛ばされたのだろうか。

「急いでいるところすまないが、一つ聞きたい!日本にグリフォンはいるだろうか!?」

 走りながら大声で隣を走る燈に問いかけた。

「ぐ、グリフォン!?いませんよそんなの!」

 即座に返ってきた返事に、私は、自分の顔が青ざめていくのがわかった。


 もしもグレンがこの時代に飛ばされていたら。

 いくら屈強なグリフォンとは言え、一頭だけでは心細いだろう。この日本では、見た限りグリフォンの食い物になるような、馬や鹿、山羊などの動物が見当たらない(高校にいる馬術部の所有馬は勿論選択肢に含まれていない)。空腹に苦しみながらこのような危険な町をさまよっているのではないか。

 それに、もしもこの時代の人間に見つかってしまったら。人々は見たことのないグリフォンという生き物を珍しがって捕らえるかもしれない(グレンは捕まるほどやわではないと思うが)。

 それだけは何としても回避したい。ああグレン、今お前はどこにいるんだ……。

 グレンが無事でいることを信じて、私は全速力で走る燈の後を追った。


 昨日校門をくぐる時は私たちと同じような学生がぞろぞろと歩いていたが、今日は遅刻したためか、周囲に学生の姿は一人としていなかった。私と燈は、焦ってばたばたと校舎に駆け込んだ。


 誰もいない廊下を走り、教室の扉を勢いよく開けた燈は、これまた勢いよく頭を下げた。

 肩で息をしながら全力で謝罪する彼女の姿に、私はややたじろぐ。

「すみません、遅れました!」

「お、遅れました……」

 教壇に立っていたのは、担任である夏岬先生。彼は驚いたように目を見開いて燈を見た後、静かに苦笑した。

「次からは気を付けてね。……じゃ、席に着いて。続きをやるよ」

 燈はその言葉に無言で頷くと、私の腕を掴んでずんずん自分の席へと向かった。遅刻をしたことが恥ずかしいらしく、後ろから見た時にのぞく耳は真っ赤になっていた。その原因を作ったのが私だから、申し訳ないと思った。


 少し恥ずかしい思いをしながらもその場をやり過ごし、一時間目の授業をした。

 授業は十分の間隔を空けて行うので、一時間目の国語の教科書を用意した後も時間が少し余った。

 このまま席でぼうっとしてようかと思っていると、隣から声がかかる。燈だ。

「ランさん、今のうちに入部届を出しに行きませんか?」

「入部届……ああ、鬼塚先生にか」

「そうです」

 燈が自分の机の中から、一枚の書類を取り出した。そこにはしっかり馬術部に所属するための署名と、判が捺してあった。私も同じものを取り出して見せると、燈は肯定するように頷いた。

「十分しかないからちょっと急ぎましょう」


 職員室の真ん中辺りの席に、鬼塚先生はいた。机には馬の写真から愛用の短鞭、さらには授業と何ら関係のない(はみ)や蹄鉄までもがずらりと並んでいた。完全に馬一色である。

 扉が開いた音でこちらを振り向いた先生は、自分に用があると確信しているのか、にっこりと笑って短鞭を振った。室内で鞭を振り回すんじゃない、と言いたかったが、言ったら無事では済まない気がするのでやめておく。

「おはようございます」

「おっはよ~。二人とも馬術部に入部でいいのかな~?」

 はい、と燈が頷いて、先生に入部届を差し出した。私もそれに倣う。

 二枚の紙を受け取った先生は、数秒それを眺めた後、パッと明るい笑顔を見せた。

「これからよろしくねえ、頑張るんだぞ~?」

「は、はい。よろしくお願いします」

 先生は、私と燈の頭を鞭で軽くポンポンと叩いた。すると、別の男性教師が早足に歩み寄ってきて、鬼塚先生の手から鞭を取り上げた。

「いつもいつも……何してるんですか!鞭で頭を叩くなんて、体罰で訴えられたらおしまいですよ!?」

 年齢は三十代前半くらいだろうか。妙に私の記憶をつついてくる容姿の男性だった。

「叩いてないよ~、撫でてただけだよ~」

 鬼塚先生は、わあわあと捲し立てる男性教師から鞭を取り返そうと手を伸ばす。しかし、男性教師の方は鞭を持った手を高く上げてそれを阻止した。鬼塚先生は子供のようにむくれる。

「叩いたか撫でたかなんて受け取る側が決めることです!生徒の頭を鞭で触るなんて教師はあんた以外にいませんよ!」

「も~、頭カッチンカッチンだなあ岩崎先生はあ」

 ――岩崎。

 そうだ、思い出した。

 目の前で大人げなく騒いでいるこの男性教師は、私がこの時代に来た時に最初に出会った男――桜木総合病院の岩崎とどことなく似ているのだ。苗字も同じところを見ると、もしやあちらの岩崎とこちらの岩崎は兄弟なのでは?


 その時、チャイムが鳴る。それは、授業開始三分前を告げるものだった。戻らねばまずい。

「もう教室に戻りなさい。授業に遅れるとまずいだろう」

 岩崎先生は、下から手を伸びてくる鬼塚先生の手をかわしながら、静かにそう言った。さっきまでいっそヒステリックなほどに喚いていたとは思えないほど落ち着いた声音だ。

 私と燈は二人に向かって小さく一礼すると、職員室を飛び出した。

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