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13 倉庫での遭遇

 昼休みの後の五個目の歴史の授業では、この日本という国の歴史や文化を垣間見ることができた。が、担当教師である小田先生の、歴史と無関係な長話には辟易した。振り返ってみれば、歴史の話よりも家庭の愚痴の方が多かったような気がする。

 そして、今日最後の授業となる六個目の授業では、化学というものを学んだ。化学式と呼ばれる文字の羅列は、魔法陣を組み合わせた形の魔法の展開式とは似ても似つかない。何が何だかわからずじまいだったが、非常に興味深い授業だった。


 そして放課後、私は燈に連れられて広大な三滝高校の敷地を歩いていた。

 目指すは、鬼塚先生のいるという馬術部の練習馬場だ。

 校門をくぐった時には変わった匂いはしなかったが、馬場に近付くにつれ、だんだんと嗅ぎなれた乾草の匂いが鼻孔を突いた。それに加えて、ブルブルと馬が鼻を鳴らす音や、夕飼(ゆうがい)の時間なのか、いななきが聞こえてくる。


 広く、やわらかい砂が敷き詰められた練習馬場の中に、鬼塚先生の姿はあった。

 短鞭を手にしているのは授業の時と同じだが、表情がまるで違った。

「もっと馬を前に出して!それじゃバーを落とすよ!」

「はい!」

「何で真っ直ぐ入ってこない!馬に怪我させたいの!?」

「はい!!」

 ただ穏やかで、何を考えているかさっぱりわからないとばかり思っていた鬼塚先生は、馬に乗って次々と障害物を飛越していく学生たちを険しい顔で見つめていた。機関銃のように次々と怒声を飛ばす彼女は、元の世界にいた頃にも見たことはなかった。元の世界でも彼女は馬に騎乗して戦うことを好んでいたようだし、馬や馬術に対して並みならぬ思い入れがあるのかもしれない。


 しばらく馬術部の練習風景を見ていた私と燈。目当ての鬼塚先生は怒鳴り散らして鞭を(くう)に叩きつけ、その指導を受ける学生たちの表情は真剣そのもので、とても声をかける気になれなかったからだ。このまま、練習がひと段落するのを待つしかない。

 私たちのいたジダーリャ王国は、ルナの石で環境を変えているとはいえ砂漠が広がる国である。そのため、砂に足を取られて骨折する可能性のある馬はあまり使われず、グリフォンやペガサスなどの空を飛べる動物がその代わりを果たしていた。だから、こうして馬が大地を駆け、その筋肉を躍動させて高い障害物を人を乗せて飛び越えていくのを見るのは新鮮だった。


「そういえば、これは部活動というものだったな」

 ここに来るまでの間、燈に学校に関するこまごまとしたことを聞かせてもらっていた。放課後にこうして学生たちがいくつかの集団に分かれて活動にいそしむことを部活動というらしい。

「はい。放課後にそれぞれ所属している部の活動をするんです。運動をしたり、楽器を演奏したり色々ですよ。ランさんは部活に入らないんですか?」

 この三滝高校では何かしらの部に所属しなければならないようで、私も担任の夏岬先生より、部活動の入部届を渡されていた。まだ全ての部活動を見ていないので、決めかねているところである。

「私はまだ決めかねていてな。燈はどの部活に所属しているんだ?」

「美術部に入っています。今日は休みなんです。……あ、先生が」

 燈はしゃべるのを止め、前方を見た。それに倣って私も視線を向けると、果たしてそこには、こちらに穏やかな微笑で手招きをしている鬼塚先生の姿があった。彼女の周りを見ると、馬に騎乗した学生たちは駈歩(かけあし)から速歩(はやあし)、そして並歩(なみあし)に移行していた。もう練習は終わりなのだろう。ゆったりとした並歩をする馬を避けつつ、鬼塚先生のもとへ向かった。


 鬼塚先生は相変わらずの笑顔で、鞭を手に打ち付けていた。さっきの険しい顔が嘘のようだ。

「ちゃんと来てくれたんだね~、偉い偉い~。白藤さんは付き添いご苦労様~」

 鬼塚先生は、まるで幼子にするかのように、短鞭で私と燈の頭を撫でる(普通は鞭では撫でないだろうが)。燈は少し警戒したように顔をこわばらせ、半歩後ろへ下がる。

「各自馬の手入れをしたら厩舎作業して終わってね~!今日先生大事な話しなきゃだから~!」

 下馬をして馬場から遠ざかっていく学生たちに、鬼塚先生は少し声を大きくして呼びかけた。すると即座にはいと返事が返ってきた。

「……じゃ、場所を移そうか~」

 にこりと笑い、鬼塚先生は踵を返した。そして、練習馬場を囲う柵を飛び越えると、その場に突っ立ったままでいる私たちに鞭で手招きする。私たちは慌てて柵の方へ向かった。


 無言で前を歩く鬼塚先生が向かった先は、無人の体育倉庫。一つの窓から差し込む夕陽以外の明かりがないその中に入るように促されて、私も燈も躊躇いを覚えた。

「……この中で、お話をするんですか?」

「そうだよ~。聞かれると厄介なことになるからね~」

「でも先生って……」

 体罰の噂があるし。

 燈の言外の心配はもっともだった。おそらくあまり使われないであろうこの倉庫は、それこそ変な物音でもしなければ意識して中を覗くような輩は教師にも生徒にもいないだろう。元の世界で度々あった弱い者いじめも、このように人目につきにくい場所を選んで行われたようだった。

「あ、でも白藤さんには用はないから、不安なら帰っていいよ~?」

 警戒の色を十二分に含んだ声で質問した燈に対し、どこか挑発するような口調で答える鬼頭先生。彼女の発言が気に食わなかったのか、燈は「私も残ります」と言って進んで倉庫の中へと足を踏み入れた。その後ろで鬼塚先生が口角を釣り上げたのを見るに、彼女は燈をわざと挑発してこの場に残らせたようだった。結局、私と燈の両方に用があるということか。


 燈の次に私、私の次に鬼塚先生が入り、先生が倉庫の扉を後ろ手で閉めた。

「天月くん……ううん、ランディーヤ・ブラン最高魔道将」

 鬼塚先生の言葉に、私は雷のような衝撃を受けた。やはり鬼塚先生は、ビアン・シンレイで間違いなかったのだ。

「!やはりお前も、私と同じようにジダーリャの戦場から飛ばされて……?」

 私が鬼塚先生に会って以来ずっと抱えていた疑問を口にしかけると、それまで穏やかな微笑を絶やさなかった彼女は表情を消した。

「違うよ。私はずっと、ここで鬼塚(れい)として生きてきた」

「何?それは一体どういうことだ?」

 戦場から女王の力によって飛ばされた以外に、この世界に来るきっかけはない筈だ。彼女の発言の意味が全くわからなかった。

「ビアン・シンレイ。それは、私の前世の名前……だと思うの」

「前世?ますますわからないぞ……」

「私だってわからないよ。正真正銘日本(ここ)で生まれたけど、小さい頃からずっと、”私じゃない私”の記憶があるの」

 鬼塚先生は語るが、謎はますます深まるばかりである。

 前世?それは、未来に転生した古い時代の魂に刻まれている記憶のことで、時空が繋がっていなければ転生など不可能だ。先生は、私のいたジダーリャ王国のある世界と、この日本という国のある世界の時空が繋がっている……つまり、同じ世界だとでも言いたいのだろうか。

「その記憶が何なのかわからないまま生きてきたけど、白藤さんが入学してきた時、確信した」

「えっ、私……?」

 急に話を振られた燈は、戸惑いの表情で私と先生を交互に見た。

 そこで、ドン、と体育倉庫の床が轟音と共に揺れた。会話が途切れた私たちは、一斉に床を見る。

 ドン、ドン、ドン、と一定の間隔で鈍い音は繰り返される。足からは、まるで巨人が下から床を叩いているような衝撃も感じられる。


 この下に何かいる。そう思っているのは、先生も同じようだった。じっと衝撃に震える床を見つめていた。

 そこでふいに、先生は私の方を向いた。その顔は、この緊張した場に不似合いな笑顔だった。

「最高魔道将、魔法は使えるでしょ~?私も鞭で応戦するから、手伝ってもらってもいいかな~?」

「勿論だ。ただ、魔力には限りがあって、そう長い時間は使えないんだ」

「大丈夫、魔力がなくなることなんてないから~」

 そこに、魔力の源がいる限りね。

 そう言って先生が指さしたのは、私の隣で得体の知れない振動に怯えている燈だった。

「どういうことだ、魔力の源とは……」

 そこで、一際大きな衝撃が私たちを襲う。それと同時に、床に亀裂が入った。

 次の瞬間、派手な音を立てながら床を突き破って我らの前に現れたのは、巨大な植物の蔦のようなものだった。

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