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タイムリミット

作者: よこすかなみ

 タイムリミットが着々と迫っている。

 みんな口を開く余裕などなく、今まで見たことがない程に真剣な表情になっていた。

 俺たちには、もう時間が残されていない。



 君はギリギリになるまでやらない派?それともコツコツ終わらせる派?

 この話題が出た時点で何の話かはあらかた察しがついているだろうけど、それでもこの話を続けさせてほしい。

 質問した側として、俺の回答を言わせてもらうと、もちろん俺はやる気が出るまでやらない派だ。

 やらなきゃいけないことっていうのは、どうしてこうもやる気が出ないんだろうな。別にいつやってもいいことや、やってもやらなくてもいいことばかりに目がいってしまう。部屋の掃除なんかは特にそうだ。

 しかもだ、いい加減そろそろやらなきゃなと思い立って、いざ目の前に立ってみるとーー何も考えずにとにかく手をつければいいものをーー、どれくらいで終わるものか計算してしまったりする。

 具体的に言えば、一日五時間やれば一週間で終わるとか、三日徹夜をすれば終わるとかだ。

 ここで冷静になってみれば、今までやらなかった物事に一週間も五時間向き合っていられるわけがないし、三日の徹夜なんてものは体力的に無理だとわかるはずだ。それはもはや、やるべきことを終わらせることではなく、徹夜できるかどうかに目的が変わってしまっている。

 しかし、こういうことを考えている時の自分ってやつは、いささか冷静なんてものとは程遠いところで、ありもしない幻覚の余裕を見つけてほくそ笑んでいるのだ。

 一週間や三日で終わるなら今やらなくても良いのでは?と。

 その甘美な響きに対する自分の体の従順性とは素晴らしいもので、そうと決まればやりたいことーー特に将来役に立つわけでもなんでもないーー、とりわけゲームやら遊びやらに手が伸びてしまい、また今日も素敵な一日が楽しく終わりを告げてしまうのだ。

 言ってしまえば、それの繰り返し。繰り返される日常とはいうものの、退屈などとは縁遠く、毎日毎日好きなことに夢中になり、好きな友達と遊び呆けていれば、時間なんてものはあっという間に過ぎ去ってしまう。自分の好きに囲まれている、というまとめ方をすれば、繰り返しという言葉で言い換えることができなくもないというだけの話だった。

 好きと楽しいのリフレインほど、一生続くと信じられるものもそうそうない。下校後にランドセルを置いて身軽になってから集合した、小学生だったあの頃と何ら変わりない十代の青春がキラキラと入道雲の下で輝いていた。もっとも、青春だと自覚したのは卒業間際になってからだったけれど。

 それこそ、高校生になってから行動範囲こそ広がったものの、中身は大して成長していないので、話題の店に長時間並んでタピオカを飲む日もあれば、誰かの家の近くに待ち合わせて公園で缶蹴りをしたこともあった。お金がかからない外遊びでも、いまだに全力疾走で汗をかけるような俺たちだった。

 その中でも一番思い出に残っているのは、よく遊ぶクラスのメンバー五人で電車を乗り継ぎまくって海まで行ったことだった。俺たちの通っている高校は内陸なので、海からはなかなか距離があり、よく駅のポスターにある、青い空に白い雲、そして海をバックに、制服を着た女の子を自転車の荷台に乗せて立ち漕ぎで坂道を走るような、そんな経験とは微塵も関わりがなかった。だからこそ、それを俺たちもやってみたいと思ったのだ。誰が言い出したかは覚えていない。

 自転車こそないけれど、とにかく海に行こう、と誰かの家でダラダラしていた時に誰かが言い出して、最初こそ困惑したけれど、決まってしまえばこんなものは勢いだった。

 電車に揺られながら一番安い経路を探して海へと向かう。目指すは夏のポスター。

 人気のない駅を降りると、すぐに潮の匂いが鼻腔を掠めた。馴染みのない匂いに俺たちは鼻を鳴らす。唐突に一人が走り出して、それにつられて一斉に駆け出す。

 あっという間に、視界は滅多に見ることのないマリンに囲まれた。

 海だーっ!と思い思いに口にする。人はそこそこいた。けれど海水浴が禁止されている地域だったので、俺たちは靴と靴下を浜辺に脱ぎ捨て、ズボンの裾を捲り上げ、男五人でカップルよろしく追いかけっこや水の掛け合いにいそしんだ。

 その日だけで、一生分笑った気がした。


「……海、楽しかったなぁ……」

「お前それ何回言うんだよ」

 俺の呟きに、隣に座る涼平りょうへいがこちらに目もくれずにため息をついた。ベッドサイドに置かれている目覚まし時計がカチコチと静かに深夜一時を示す。他の三人は会話に入る気力もないようだった。三人とも問題集の解答を見ながら、正解と不正解を混ぜこぜにして答えを写すことに一生懸命だ。

「現実逃避……」

「帰ってこい、早く」

 涼平だけが俺の独り言に答えてくれる。いいやつだ。

 今現在、海に行った俺含め五人は俺の部屋に集まって、テーブルに座り各々が課題とにらめっこを続けているのだ。このど深夜になるまで。

 全員翌日のための着替えは持ってきている。着替え、と言うより学校の制服だ。

 それだけの覚悟と絶望を持って、俺の家に全員が集まってしまったのだ。


 ……そう。

 夏休みの宿題が終わらないのである。


 今日は八月三十一日。

 ……いや、もう十二時を回ったので正確には九月一日。

 八月三十二日を錬成する方法があると言うのなら、誰か教えてくれないか。

 登校時間という名のタイムリミットまでの、あと数時間以内に。




終わり

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