第N^4話:定員は一人...だったかもしれない異世界転生(前)
カップルとは(哲学)
僕とヒメちゃんがお互い告白して、翌日。
いや、あれを告白と果たして言って良いものかは不明だけど……。
ともあれ僕とヒメちゃんは、この停滞し、設定された世界に抗うと決めた。
決めたはいいけど、さてどうしらたいいのかという問題だ。
つまり僕とヒメちゃんは、気づいたら昨日と同様「事故直前の現場」にまた巻き戻っているのだ。
これは一体どういう現象なのか、正直僕らも理解できない。
再びお互い向き直り、顔を合わせる。
ヒメちゃんの顔は昨日同様、ポニーテイルの可愛い女の子。
体格は僕よりちょっと下位に設定されたようだ。
なおスタイルは未だ不確定。
女の子って感じの感触はあるような気がするけど、柔らかいのかゴリゴリしてるのかは不明。
「今、何か変なこと考えなかった?」
「いや、別に……」
そ、と言い、彼女はさっと僕の手に恋人つなぎで絡めてくる。少し照れてるのか、握る手のひらが熱い。
……一見すると恋人同士の甘いやり取りの一環に見えるかもしれないが、実際のところはかなり切羽詰まった理由からだったりする。
「ヒロくんにとって私の存在が不確定すぎると、私は吹けば飛んでしまう風船みたいな存在ってなっちゃう――――つまりモブになっちゃうってこと。だから、少しでもお互いその存在を強く意識しあうようにした方がいいって話」
非常に切実な生存戦略を語るヒメちゃん。
なお、そういう生き死にに関わる事柄とは別にして、それなりにドキドキしたりといった感情もあるからまたややこしい。
僕とヒメちゃんはお互い好きあっている――――らしい。そういう設定であるようだ。
だが、あくまでそれは設定でしかない。設定に実が伴って好意を持ってはいるが、それに至る積み重ねが全く存在しない。「存在しているような感じ」がするだけで、実績がないのだ。
だからつまり、好きだけど、なんで好きなのかわかんないし、という名状しがたい気持ちの悪さを、お互い抱えている。
そのうえで僕とヒメちゃんとで相手同士を意識しなければならないという事実が、またお互いの感情をややこしくしていた。
「いっそ子供でも作ってみる? そしたら流石に忘れないでしょ」
「ヒメちゃん、今思ったんだけど、けっこうやけっぱちだよね。そうなる気持ちはわかるけど…………」
「冗談よ。…………えっちくらいはしても大丈夫かもしれないけど、たぶんそれ以上は無理な気がする」
「無理って?」
「ヒロくんがもともと持っていた枠組みを崩せないってこと。ヒロくんは、えっと、事故に遭ってから異世界転生するのよね」
「うん」
「私たちが告白しあっても問題なかったってことは、たぶんそのあたりは『設定されてなかった』事柄だと思うの。だから、ヒロくんが異世界転生することと、私たちが恋人同士であることが両立する。だけど、流石に高校生で子供産んだりしてたら、そうもいかないじゃない」
「まぁね……」
仮に小説の主人公だったら、そりゃもう読者が荒れに荒れる。大半はそういう常識を持っているはずだ。僕だって持っている。
「えっちしたい?」
「したいんじゃないかなって思うけど、『わからない』が正直なところかな」
「んん、そのあたりは私の方がヒロくんに都合よく作られてるみたいね」
「どういうこと?」
「…………ヒロくんのえっち」
何で?
疑問符を浮かべる僕から顔をそむけるヒメちゃんだった。
「………………私、この世界は三文小説みたいなものだって言ったじゃない? だから逆説的に、この世界には作者と読者がいるんじゃないかって思ってる」
彼女が僕らの世界を小説に例えるのは、ひとえに僕らのビジュアルが視覚的に不確定すぎるからだろう。それは個人の容姿でもそうだし、この世界そのものに対してもそうだし。
「えっと、創造主と、観測者って言ってたっけ」
「うん。だから、下手を打つと創造主は、観測者から袋叩きにあう」
「袋叩きって……」
「酷評されるってこと。いや、えっと、酷評されるだけならまだいいんだけど……」
「?」
「私がたぶん、この世界が『エタって』しまった原因が何かって考えたんだけどさ。いくつか理由はあると思うんだけど、たぶん誰からも見向きされなかったからじゃないかな」
「えっと、それはつまり?」
「リアクションがないから、書かないってこと」
それはなんというか…………。
「出来た話が面白くないってことだよね。それは仕方ないんじゃないかな……」
感想がもらえなかったくらいで、作品を作るのをやめていたら、それこそ心臓が弱いとしか。
「別にそれに限らないけど、ほら。こういうのって承認欲求なのかしら……。宗教でも神様がさ、人間に信仰されて力を貸すし、信仰されなかったら蹴散らしたりするじゃない? そういう感じじゃないかなって」
「いや、そこまで攻撃的な気持ちにならないんじゃないかな。所詮、紙っぺらな訳だし」
「常ならぬ、私たちの立場からじゃそれも全くわかんないけどね。……ヒロくんだったら、どう?」
「うーん……。まぁ、なんていうかな。図画工作とかで例えたらいい? 小学校の」
「いいよ」
「作ったのをすげーとか、そういう風に言ってもらうのは嬉しいけど、言ってもらえないなら仕方ないなって思いはするかな。ヒメちゃんは?」
「出来が良くても面白くないって言われたら、ショックね」
「メンタル弱いなぁ……」
いや、ただでさえ傷心? めいている今の状況だから、なおのこと撃たれ弱いだけかもしれない。
でもまぁ、いくらゴーイングマイウェイであっても他者からリアクションがあった方が、楽しい、モチベーションが上がると言うのも一般の理屈として理解できる。
ただ、このあたり僕はもっとシビアだ。
「読者がつかないってことは、需要がないってことじゃない?」
「需要?」
「そうそう。だから、書かない。えっと、なんだろう……。美術品とかあるじゃん。ああいうのって、価値を決めるのは第三者。だから作られた当時は二束三文でも、死んで後になってから評価されて値段が跳ね上がるようなことがあるわけで。そこまでの価値を見出しているかどうかは別にして、求められていないものを積極的に作らない、という、そういう説もあるんじゃないかな」
「うん……、ヒロくん結構面白い」
ぎゅ、と僕の腕を抱きしめるヒメちゃん。
なお例によって感触はよく「わからない」。
「そういう視点もあるってことは……、なんだろう、えっと、じゃあ、えっと、歩調合せ? とかもあるかも」
「歩調合せ?」
「ほら、クロスオーバーとか。小説に限らず、映画とかドラマとかでさ、同じ世界の出来事ってあるじゃない?」
「あるね」
「あれの過去とか、未来とかを作ってってときにさ、必ずどっちかを先に出さないといけない場面とかってあるじゃない。例えば、それがトリックのキモになっているような話とか」
「あー……、ヒッチコックのサイコのトリックとか?」
「そうそう。先に知られるとまずいやつ。だから、それを調整するために歩調合せで止まったりとかっていうのは、あるんじゃないかなーって」
「相手が終わったら進むってことだよね、それ」
「うん」
まぁそれは、いずれエタる状況が解消されるってことかもしれない。
と、そして。そんな話をしていると、気づいたことがある。
ヒメちゃんの昨日(果たして本当に昨日なのか定かじゃないけど)の暴走っぷりを思い出して。
「私生活で辛いことがあって、続けられないとか」
「神様に私生活とかってあるのかしら……」
「ギリシャ神話とかざらじゃない?」
人間関係と血縁関係がややこしい神話筆頭。
「それはともかく。えっと、小説とかで辛い展開とかが、この先あるとして。それを変えるに変えられないから、とか」
「?」
「つまり、その、キャラクターたちにつらい体験を負わせてしまって、作者が自分のその嫌な体験を思い出しそうで、とか」
「あー……。展開変えればいいじゃないって話よね」
「そこあはまぁ、作者次第なんじゃない?」
それこそ僕ら創造主とやらに作られた可能性が高いだろう人間関係ですから。
「でも、考えてみたら色々よく出来てるというか、中々複雑なものだよね、こういうのって」
「どういうこと?」
「いや、ほら。ちょっと話題変わるけどさ。僕ら、その、デジャブの通りに動いている分には全くこの世界に対して違和感を抱かない訳じゃん? 学校帰りだし、交差点だし、あの猫っぽいのは横断歩道上でいつまでも足を怪我したままだし」
そう、僕らが積極的に動かない限り、世界は停滞したまま。
まるで示し合わせた劇みたいで、中途半端に笑える。
そういう意味では、喫茶店を出てからまたここに戻るまでの間の記憶が「わからない」のと一緒なのかもしれない。
「たぶんだけど、この世界は僕らに『役割を遂行すること』を敷いているんじゃないかな」
「役割を遂行するね……」
「その中で、読者に解釈の余地を残しておくってこと。つまり……、伏線? とか、そういうやつ」
例えば僕らのケースでいえば。異世界転生してからの僕が女性に対して一歩引いた振る舞いをしていたりすれば、それは幼馴染であるヒメちゃんとの間に何かあったかもしれないという、そういう描写につながるかもしれない。
「何も考えていないように見えて、意外とシステムとしてはちゃんと成立してるっていうか。そうだね、僕らにとってこの、なんとも名状しがたいというか、よく『わからない』この世界も、創造主とか、観測者の視点から見ると、上手いこと出来てるんだろうなーって話」
「つじつま合わせしやすいようにしてるだけじゃない、それって……」
大体そこまで細かい設定があったら、私とヒロくんとの関係に揺らぎなんてないじゃない、とヒメちゃん。
ごもっともだけど、まぁ、そこまで創造主たちを責めるのも酷かなーとは思う。
媚びている訳ではなく、彼らもまた僕らとは立場も人格も違うからだ。
そんなことを話すと。
「だからといって、簡単にヒロくんをぶっ殺すような展開をする相手を許せるかっていうのは別問題じゃない!」
「そっちが原因だった!? あー、えっと、ありがとう」
「うん」
言いながらほっぺにキスしてくるあたりは、ヒメちゃんもなかなかどうしていい根性をしていた。
存在感アピールの面でも、僕らお互いのメンタルの面でも。
と、そんなことを考えていると。ヒメちゃんは唇に指を当て、「つじつま合わせ……? つまり、描写のつじつまさえ合うようにすればいいってことよね……」と言って。
「ねえヒロくん。ヒロくんがひき肉になったとき――――」「ヒメちゃん表現ぐろいって」「――――まぁいいから。なったときって、私ってヒロくんの視界に入ってた?」
「へ? あー、どうだったかな。たぶん見えてはいなかったと思うけど――――」
「よし! ならたぶん、いける! ありがとうヒロくん、大好き!」
「へ? あ、ちょ――――」
唐突にそんなことを言いながら、僕を胸に抱きこみハイテンションのヒメちゃん。意味が分からない、一体どうしたというのか。そして、僕にとってそれと同じくらい重大なのが――――。
ヒメちゃんのスタイルが、どうやら固定されたらしい。
外見はあんまり「ある」ようには見えないけど、かなり着やせするモノをお持ちのようで。
キスの時はさほど思わなかったのに、猛烈に羞恥と興奮がわいてくる自分がいかに思春期の猿であろうことかという。
「よし、えっちする?」
だから、なんでそんなに明け透けなくぶっこんで来るのか!
観測者たちの気を引こうと言う、サービスアピールか何かですかい!
「じょーだんじょーだん。でも半分以上本気だけど」
「なんでそんなに本気なのさ、というか、えっと、何があったの?」
「――――お話を進める策を思いついたの。ずばり『相乗り転生作戦』よ!」
いや、なんというか。
作戦名から漂う、このやけっぱち感がすごかった。