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第N^3話:実は超能力者とか霊媒師がバトルしている...かもしれなかった時代未設定現代

 

 

 

 

 

「先に言っておくと、ヒロくんが『エタるびと』になったとしても、この世界はやっぱりヒロくんを中心に描画されていく世界であることはあしからず。まあ、その場合は『この世界のヒロくん』と『エタるびとのヒロくん』とが分岐するっていうのが正解なんだけど。私も分岐してるわけだし」

「分岐とかさ、さっきからちょっとこっちの理解できる単語と言葉で説明をしてもらいたいものなんだけど、いいかな? さっきからもう、こう、色々と自分がおかしくなりそうなんだけど」

 

 僕の言葉に、ヒメちゃんはやはりくすくすと笑った。

 

「じゃあ、そうだね――――『世界』って何だと思う? ヒロくん」

「世界は、世界じゃないの?」

「そういう哲学的な問いを聞いてるんじゃなくって」

 

 そんなことおっしゃられましても。世界は世界じゃないかなとしか。僕の語彙はそこまで多くない。

 

「じゃあ、ちょっと質問かえようか。『世界が及ぶ範囲』って、どこまでだと思う?」

「及ぶ範囲って何さ」

「どこまでを個人と、世界とで切り分けられるかって話だよ~」

 

 言いながら僕のキャラメルラテをとっかして、ストローをかじり、ちゅごご、とちょっと吸ってまた僕の目の前に戻すヒメちゃん――――いや意味がわからない。一体何考えてるんだこの子!?

 

「間接キス? えへへ」 

「いや、そういうキャラじゃないでしょヒメちゃん。というか、うわ、ストローの口ぐっちゃんぐっちゃんだ……。もっときれいにしようよ、せめて」

「いや、ひょっとするとそういうキャラかもしれないよ? まぁなんにしても『エタって』しまったこの世界じゃこれ以上はわからないんだけどさ」

 

 しかたないのでふきんで彼女の涎だのキャラメルソースだのをふきとって、ストローの先端を軽くふくらまし―――いや無理だこれ、どんだけ力強く噛みついてんだヒメちゃん。

 ともかく。

 

「どこまで個人とか、やっぱり意味がわからないよ。その質問の意図するところがわからないから、僕も対応しようがない」

「まぁ端的に言うと、ヒロくんの視点からすれば『境界はない』ってことが言いたいの。つまりこの世界は、ヒロくんが見ているものがすべて。逆に言うと、ヒロくんが考え得ることがこの世界のすべてでもあるし、ヒロくんが考えられないものは『存在しない』ことになるの」

「えっと……」

「例えばほら、私って今、セーラー服きてるじゃない?」

 

 そういわれると、なんとなく幼馴染の来ている制服がセーラー服っぽくなってるように見えるような気がする。気がするけど「わからない」としか言いようのない、かなり不気味な光景だ。

 と、おもむろに立ち上がると、彼女は僕の方へ向けてスカートのすそをめくり――――っ!

 

「って、何やってんの!? 何、今度は痴女キャラを狙ってるの!!?」

「違う違うって。まぁヒロくん相手ならやってもいいかなー、みたいな『感覚がある』ことは確かだけど、そうじゃなくて。中みて?」

 

 思わず両手で目を隠していたのだけど、言われてしかたなく手を外す。

 

「――――――」

「言いたいこと、わかった?」

 

 彼女のスカートの中は「暗黒」だった。真っ黒な下着とかじゃなく、文字通り塗りつぶしたような暗黒。そこには輪郭もなく、そう――――ただただ物体があることはわかるもの、それが何であるかを認識できないような、僕が彼女の顔に対して抱いているような印象に近いそれだ。

 下着と足と胴体があるような感じはするが、それが何であるかを僕が理解できないと言うのが正しい。

 

「ヒロくんはえっちなこととかする男の子じゃないって感じだったみたいだし、女の子のスカートの中とかは見たことがない。結果として、『エタるびと』と化したヒロくんはスカートの下の実態を捉えられない。つまり、そういうこと」

「…………わからないような、わかるような」

「ん、やっぱ難しいよね。私もわかってるような、わかっていないようなだし。

 ちなみに、今日はスケスケのえっろいのを着てきました」

「――――っ」

 

 げほげほとむせた。言われた瞬間、彼女の着用している下着が「そんな形に」なったような感じがして、暗黒が晴れて、輪郭が見えるような見えないような、わかるようなわからないような、そんなものに変貌した気がする。結局それも「わからない」のだけど、しかし急に肌色が見え隠れしたわけで、僕には刺激が強すぎた。

 スカートをおろして席に座り、再びマキアートを飲むヒメちゃん。

 

「えっと………、つまり、どういうこと?」

「今のところ『この世界の』エタるびとは私とヒロくんだけだから、あまり断定することはできないんだけど……。そうだね。現状の私たちを適切に表現すると、こうなるかな?」

 

 指を立て、仮面越しではあったけど。

 なんとなく、ヒメちゃんは僕にウィンクしたような気がした。

 

「――――私たちの世界は、神様が適当に書いた三文小説だとか、そんな感じ。その主人公はヒロ君だと思う」

「…………」

「あ、わかってないでしょ私の言ってること。なんでその仮説に至ったかって言えば、まあ、気づいちゃったからかなー自分の存在の不確定性に」

「不確定性?」

「うん――――私ね、車に弾かれそうな猫を助けて、それをヒロくんにさらに助けられて、ヒロくんが『ひき肉』になるのを見たようなデジャブをしたんだけど」

「表現がグロいよ……」

「まぁ聞いて? でも、そのデジャブって、一体いつしたのかなって、よく思ってたの。で不思議なことに、私にとってそのデジャブっていうのは、ヒロくんどころかその猫を目撃する前に起こったデジャブなんだけど、不思議とその光景が『確たる映像じゃない』んだよね。そして、わからなくなっちゃった。自分が何を考えて歩いていたのか、なんで猫を助けたのか、死んじゃったヒロくんを見て何を思ったのか」

「――――」

 

 同じだ、僕と。

 

「それに気づいたときは、すんごいショックだったよ。目に見えるものすべてがこう、ものすんごく適当なものだったっていうことに気づいちゃってさ。例えばあの交差点から私の自宅までの距離は? というか私の自宅は? 駅前とかで時間をつぶそうにも、駅前ってどこさって話だし、図書館とかインターネットで調べようにも、それさえどうなってるか不明っていうか、そう、『わからない』。『わからない』としか言いようがなかったし、わからないだらけだった――――そんなデジャブを、こう、猛烈な回数繰り返したような、そんな日々が続いた」

「日々?」

「そう、日々――――おかしいよね、だってさ、昔の想いでも『わからない』、両親の顔も名前も『わからない』、そんな事実に気づいて色々あがいていたはずなのに――――結局、私はあの場所にいるんだから」

「ごめん、意味がわからないっていうか……」

「わたしだってわかんないの。わかんないっていうか――――そう、『進んでない』の。この世界は、私にとってのこの世界は、ヒロくんが交通事故にあった、まさにその瞬間で『止まっていた』の!」

 

 ばん、と。猛烈な勢いで両手をたたきつけ、僕に詰め寄るような狐のお面。その裏側の権幕を想像するのが、なんだか怖い。

 

「つまりさ――――ヒロくんが死んだあとの『世界』じゃないこの世界はさ、その瞬間で『終わり』だったの。存在してるはずなのに、存在していないっていう感じなの。停滞して、永遠にそこから先がないような状態だったの。でも最初はそれでもヒロくんがいる場所が続いている限りは、まだ何かあることがわかっていたの。だけど――――本当に止まってしまった」

 

 エタってしまった、と。ヒメちゃんは仮面をとる。

 そこにあったのは――――、嗚呼、これは、彼女の言葉が正しければ「キャラ付けがうまくいった」ということだろうか。

 目がクリクリとした、小動物みたいな雰囲気の、ポニーテイルの、可愛らしい女の子の顔があった。

 その女の子は、ぽろぽろと目から涙をこぼしていた。

 

「エターナる、つまり、永遠に未完になってしまった――――そこから先の未来を、存在を、潰されてしまった。そのことに気付いたの」

「ヒメちゃん、」

「だけど、私たちにはどうにもできない。それも、なんとなくわかる。それこそ私たちを作った神様が、その気になって『続けない』限りは――――でも、私たちはその神様に文句もつけられない。つけようがない。きっと、私たちは創造主にとって平面かそれ以下よ!

 だから決めたの、今の自分に名前をつけないといけないって――――永遠を殴り飛ばす、エターナルビート、だから『エタるびと』よ!」

「ひ、ヒメちゃんちょっと落ち着い――――っ」

 

 次の瞬間、僕は彼女から唇を奪われた。

 あまりに唐突すぎて思考が真っ白になる。

 ドラマチックさとか、そんなものかけらもない。

 あるのは只強力なハンターが獲物を捕食すりょうな力強さ。

 すっと唇を話すと、ヒメちゃんは席に座り、涙を拭きこちらを見る。

 その目には、強い意志の光が宿っていた。

 

「だから、私はなんとしてもこの世界を出てやる――――止まってしまった世界出て、ちゃんと、もっと生きるんだ!」

「…………えっと、その……。やっぱり僕のこと嫌いだよね、ヒメちゃん」

「いや、たぶん好きだよ。ただ」

「ただ、何さ。……えっと、その、僕、たぶんファーストなんちゃらだと思うけど」

「私だってファーストなんちゃらよ。ただ、今キスして確信した――――私はたぶん、ヒロくんのことを好きな女の子として『設定されていた』。それは間違いない気がする。正直違和感とかなかったし、こう、どきどきしてるから」

「じゃあ、何でその、そんなイライラしてるっていうか、気が立ってるのかっていうか……」

「――――設定されたから好きじゃ、嫌だからよっ!」

 

 再び立ち上がり、彼女は僕も立たせ、抱き寄せ、再び唇を奪う。……何度も奪う。さすがに僕も意味が分からず体勢を崩して、その場に転げる。背中を打つけど、不思議と痛みは感じない――――いや、「わからない」。彼女の言葉にのっとれば、その三文小説とやらでは飛ばされる描写だからだろうか。

 

「こんなに幸せな気分になるのに――――私は、ヒロくんがなんで好きなのか、言えない! 思い出もない! なんか昔にあって、それから好きだったような気がするけど、それしか『わからない』! 将来ヒロくんとどうなりたいのかも『わからない』、ヒロくんの良いところとかも全然『わからない』! 好みの容姿も、性癖も、全然、何もかも『わからない』! こんなのってないじゃない、有り得ないじゃない――――私もヒロくんも生きてるのに、こんなのってあんまりじゃないの!」

 

 その絶叫は、果たしてどこへ向かって叫ばれたものか――――。

 ただ、ヒメちゃんが何に憤ってるのかという点を、僕はおぼろげながらに理解できた。

 僕を好きだと「設定されて」好きなのが嫌なのだと。好きであるなら、好きである理由が必要なのに、それさえなくて好きだというのが許容できないと。

 そしてそれは、僕にも同様に言える――――いや、僕だけじゃない、この世界にも同様に言えることで。

 だからこそ、それをおそらく、僕より早く気づいてしまったからこその苦悩なのだろう。

 

「……運命に抗えって、私の全身全霊が叫んでるの。このリビドーは、なんなのか、わかんないけど、それでも…………!」

「…………そうだね」

 

 自発的にどうこう思ったとか、そういうことも僕はよく「わからない」。

 だけど、その一言は、意志には猛烈な共感を覚える。

 彼女にキスされて、僕だって嬉しい感覚はあるけど――――それが何に由来するか「わからない」という、その事実に。彼女のことが好きだったからそうなっているのかさえ「わからない」という事実に、これを許容する世界に怒りを覚えるその気持ちは。

 

「どうしたらいいかわかんないけど…………、うん、一緒に考えよう」

「ありがとう、大好きよヒロくん」

「僕もだよ、ヒメちゃん」

 

 お互い言葉に実感も感情も籠ってない告白であったけど。

 それでも、僕らはこの停滞して(エタって)しまった世界に抗おうと誓い合った。

 

 

  

 

 

両想い・・・、両想い?

ある意味でこの二人は新世界のアダムとイブとなってしまったわけです()

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