第66節 地底湖の異変 その4
オットー卿とフィリップは結構馬があうようですね。
実務家同志だからかもしれませんね。
オットーはフィリップを第2門の脇から北城壁へ案内した。雨は上がっており、すこし虹が出ているようだ。雨上がりは、やっぱり気持ちいいものだとオットーは思った。
「こちらが北城壁でして、ここから北へ城壁を延長したいと思っております。今、新しい土が見えるあたりまで伸ばし、そこから直角に曲げます。あの土は、歩く死体を焼いて骨まで粉々に砕いたご遺体を埋めたところです」
フィリップは顔をしかめた。
「いや・・・歩く死体にされた方々は、お気の毒ですな・・・最後の審判の時に復活するための縁というか、遺体がないのも・・・同情申し上げます。とはいえ、また、アンデッドとして復活しても困りますし・・・」
「そうなんですよ・・・最後の審判より、再び暗黒魔導士に身体を取られることのほうが、彼らにとっても不幸ですから・・・」
二人はやるせない気持ちになっていた。自分がアンデッドに変えられ、友軍に刃を向けるなどと想像したくもない。オットーは話題を戻した。
「それで、新しい城壁は、そこから台地の上をそのまま西に進み、谷川の手前で南側に折返し、また北城壁に接続させます。城壁の構造は他と同じにします。
従来の北城壁に接して、新しい兵士の宿舎を建設します。北城壁と新城壁の間には、馬場を設け、ランスの練習ができるように整えます。これは、シャルロッテ様のためでもありますし、また、大規模な戦いに備えて、騎士団の再構成をするためでもあります」
「ふむふむ。いい計画ですな・・・ザクセン騎士団の復活ということですね」
「そうです。今は馬も少なく、本来騎士に叙階される者も、馬をもつことが適わない時代です。悪魔軍との戦いは膠着状態ですし、城に籠る防戦ばかりですから、再び大攻勢に対抗するには、やはり平地を駆け、敵を蹴散らす騎馬隊の機動力は必要です」
「公爵様もお喜びになるでしょうな・・・」
それから二人は、北城壁を西の端まで歩いていった。
「ご覧のように、谷に面した崖は、まっすぐではないので、城壁工事は大変でしょうね。この前、城塞都市のから来た親方も、時間がかかるが、城壁を谷下から作っていったほうがいいだろうと申しておりました。早く作るには、すこし台地のほうに城壁を下げて、この丘の上に作るのがいいのでしょうが、それですと、谷から上りやすくなりますし」
フィリップは、うんうんと聴いている。次に、一旦城壁を下り、傍の建物の紋をあけ、鉱山街の中央通りに抜けた。
「おやおや、建物の入り口かと思えば、トンネルのようで・・・単に移動するための通路だったとは」
「私も赴任当初は驚きましたぞ・・・よく考えられております。この通路は南側の建物にもあります。スタンピード対策なんですな・・・」
一つしかないが、何故か中央通りと名付けられた通りを横断し、二人は南側の建物の扉を開けて通路を抜けて、南城壁に上った。
「おお、いい眺めですな」
「そうですね。フィリップ殿は、そこの谷を通ってこられたのですね・・・」
「はい、そうですが、なにか?」
「いや、魔物だけでなく、色々な野生動物がいませんでしたか?」
「昔から、狼の一族がいますね。増えても減ってもいないようで、鹿だけでなく、魔物も餌にしているようです。最近はゴブリンも餌にしているようです」
「そうなのですか・・・やつら増えていますからね。巣もいくつかあるようだし・・・比較的賢いゴブリンであっても、単独行動をすると・・・」
「そう、狙われますね。人間も然りですが、まぁ、彼らは賢いから、人は襲わないようです」
「ほう・・・それは何故なのですか?」
「私達レンジャーは、森を味方につけなければなりません。餌付けするのですよ。特に彼らが飢えている冬にです。犬と同じです。懐くと可愛いものです」
「驚きました。あなたは、不思議な人ですな・・・いや、すごい。流石、宮宰さまの懐刀と呼ばれる筈だ」
「いや、オットー卿、かいかぶらないで下さい。私は単なる森番です。森で一番怖いのは、飢えた狼の群れに囲まれることですから・・・いわば自衛策ですよ・・・」
二人は南城壁の上を歩いていった。オットーが南側の計画を話し始めた。
「南側は、耕作地を木柵で囲う予定です。昔のローマの砦方式ですな。何しろ広いので、費用を考えると、ローマの砦方式しかないでしょう。内側にぐるっと控え台を取付け、その中に土や石を込めます。耕作地では、小麦や大麦などを育てるつもりです。これで帝国から購入する量を減らし、また・・・」
「砦エールを醸造するというわけでしょう?」
「そうなのです。レオンが乗り気で・・・」
「醸造の職人はいるのですか?」
「例の森の修道院に捕らわれていた、奴隷たちです」
「え、では・・・そうか、ザンクトガレンですな?」
「そうです」
「いや、気づかなかった・・・ザンクトガレンの西にもう一つ修道院があったのですが、そちらは完全に廃墟です。遠回りになるので、ザンクトガレンには寄ったことがないのですが・・・まぁ、寄らなくて正解でした。不意打ちで殺されてました・・・」
「あなたほどのお方が、ご冗談を」
「いや、相手がオーガとなると、弓だけでは倒せないでしょうし、なにしろパワー負けします。聖剣や聖戦斧でもあれば、または、レオン卿ぐらいの体躯がないと・・・勝てる気がしませんな・・・」
フィリップ殿は、ゲルマン人としては、どちらかというと小柄だ。先祖代々森番だったこともあり、特殊な戦闘能力に秀でているから、先祖からずっと、この体型で生きてきたのだろう。オットーはフィリップを尊敬していた。主人を想う忠誠心、深い洞察力、体術、弓、短剣、スカウト、暗殺など、できることは沢山ある。また薬草などの知識も豊富だ。森の中で、騎士団を率いて、彼と戦ってもまず勝てないだろう。
「確かに、オーガ―と一対一では、私も勝てる気がしません・・・私たちは、事前にオーガ―だろうとあたりをつけて、不意打ちを躱して、二人がかりでしたからね」
「あなたこそ、ご謙遜を・・・今、城塞都市の吟遊詩人が歌ってはやらしている歌によると、聖剣使いのオットーが、オーガ―の腕を一刀両断し、バーサーカーのレオンがオーガ―を串刺しにし、オットーが聖剣で首をはねたと。そして蛮族の姫様を救い出したと・・・」
・・・オットーは驚いた。いつの間に・・・もう、しばらくは城塞都市に帰るのは控えないと・・・なぜ、そこまで詳しく知られてしまっているのだろう・・・しかも、なんだ、蛮族の姫って。とりあえず、平静を装って、話を続けた。
「あの修道院に捕らわれていたのは、以前の修道員で働いていた下働きの者達の子孫でしたよ。蛮族の姫なんて居なかったし・・・」
「ふふふふ、ま、物語とはそういうものですぞ・・・オットー様は、宮宰さまに報告されたでしょう?宮廷の女性たちを喜ばせるために、レオポルド様が、吟遊詩人にそう作らせたようです。女性たちよりも、公爵様や騎士達が喜んだようですが・・・」
・・・オットーは動揺していた。なんとか、話題を変えたい。
「うぐぐぐぐ・・・困ります・・・フィリップ殿に申し上げても仕方ないのですが・・・そうそう、あの修道院の側には、まだ、麦畑があります。今度、魔物たちに殺され、そのまま放置された司祭や修道士を埋葬しようと思っておりまして、ついでに、麦を収穫し、醸造用の道具を持ち帰ろうと思います。一番必要なのは、酵母だそうです。よかったら、城塞都市からも応援いただけると助かるのですが・・・まだ、宮宰さまには相談しておりません」
「なるほど・・・宮宰様のお耳に入れておきます。オーガに捕らわれていた奴隷が見つかったという話は聴いていたのですが、てっきり土の中の巣かと思いました。まさか、ザンクトガレンのエール職人だとは、初耳でした。帝国側に奴隷の引取を依頼されてませんでしたか?」
「はい、取り下げました。まぁ農民としか報告しておりませんでしたし、帝国も特殊技能がなければ、かえって迷惑がりますからね・・・まぁ、公爵領内で醸造できれば、公爵様の利益になりますから。まさか、この砦に醸造所を造るだなんて、思いもしませんでしたが・・・」
「いや~、酒飲みの執念はすごいですな・・・」
「なんでも、あの修道院のエールは味が全然違うそうです。麦の汁にさらにホップという草を加えているとかで、レオン卿によると、クルートをいれるものと比べると、格段のうまさだそうです」
二人は、レオンのことを思いだして笑った。フィリップは、前回来たときに見た、レオンのあのジョッキのデカさに驚いたようだ。あれは、特注だそうですよとオットーは教えた。あれも売れるのじゃないかとフィリップは言った。彼もほしいようだ。城塞都市の瀬戸物職人が作ったらしいから、あとでレオンに頼んでおきますとオットーはいった。
鉱山街を一周した二人は、砦に戻ってきた。砦の一段高い城壁に上り、一番東側の城壁に立った。
「そして、砦の強化ですが、ここの場所に塔を建て、塩街道の南北を監視します。できれば4隅に塔を建てたいと思っています。また、砦ではなく、内側に城を建て、要塞化するつもりです。そして、いま、正門のある石橋を拡幅し、その下を宿舎にします」
「おや、街道はどうするのですか?」
「街道は付け替えます。ここにできる塔の下を通るように迂回させる予定です」
「ほう。かなり時間がかかりそうですな」
「そうですね・・・しかし、やり遂げます」
「おお、意気込みが頼もしいですぞ。
公爵様のお考えでは、ここの砦が、我ら人間の生命線になるだろうということです。大攻勢が再び始まると、城塞都市も落とされる可能性がありますから、その時に退却先とでき、また軍を立て直し、その間、守れる拠点が必要です・・・ここも落ちるとなると、帝国の長城など、ひとたまりもないでしょうし」
「確かに仰る通りですな。できれば、悪魔の支配を終わらせたいものです」
フィリップも大きく頷いた。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回は、打合せですが、地底湖の水がなくなったことや、骸骨剣士が出たことで、探索どころではなくなりそうな予感がします。(これから書くんですけど・・・)
また宜しくお願いします。




