第66節 地底湖の異変 その3
カール達が迷宮へ巡回にいっているうちに、フィリップがやってきました。
7月に入って二日ほど雨が降り続いた。
雨が止んだと同時にフィリップさんがやってきた。
アグネスが鉱山口のカウンターの奥で、椅子に座って本を読んでいると、どこかで、誰か呼ぶ声がする。不思議に思って、警備の兵士さん二人を伴って声のするほうへ行ってみると、下の川に降りる階段のところに、フィリップがニコニコしながら立っていた。
ここにも鉄格子の門があり、鍵がかかっている。フィリップは開けてほしそうだ。アグネスは、兵士にいって鍵を開けてもらった。
「アグネス様、お久しぶりです。ご足労いただき、また開錠して頂き、恐悦至極に存じます」
「フィリップ、どうしたのですか?第2門から馬車できたのではないのですか?」
「いえいえ、お嬢様、馬車は分不相応でございます」
「ここではなんだから、砦に参りましょう。警備兵、留守を頼みます」
「はっ」
アグネスは、先に立って、階段を上った。
鉱山口と鉱山街の間には谷川が流れている。冬の雪解け水や、氷河の溶けた水がいつも流れていて、比較的年中水量がある。同じような階段は、鉱山街の北側にもあり、こちらは、水車小屋に繋がっている。鉱山街は岩石の上にできているが、その壁の一部を掘削してできた階段だ。階段にはびっしりと鉄格子が嵌っており、鉱山街の誰もが利用できるようになっている。水車小屋は勿論、粉ひき場だ。
人間の軍隊が攻めるとすると、この階段が突破口として標的になりやすいだろう。しかし狭くて急なので、大勢では無理だ。北階段を上がると正面にパン焼き小屋があるが、このパン焼き小屋の2階には兵士が常駐している。石弓を構えてだ。
そんな話をしながら、アグネスはフィリップを連れて砦に歩いていった。
「お嬢様、あの少年をどう思います?」
「あら、急な話ね。あの少年って、使徒様のことね?あ、そうそう、悪者君のことね?」
「おや、使徒様とは、随分扱いがよくなりましたな・・・なにかあったのですか?」
「うふふふ、フィリップもあの子が歌う聖歌を聴かせてもらうといいわ。美しいのよ、心が洗われるというか、聖霊で満たさるとような感じというか、ほんと、天使の声よ・・・」
「ほう・・・あの子は不思議な子ですな・・・お父上もいたくご興味をお持ちですぞ。神聖結界といい、あの容貌といい、突然現れた経緯といい、どうも神聖騎士団員の子孫ではないかと噂されております。つまり、地獄から帰還したということで・・・神聖騎士団は壊滅したのではないかとの憶測も飛び交っております」
「神聖騎士団ね・・・確かリウドルフィング家からも参加してたそうね・・・」
「そうなのですよ。あの子が何故、シャルロッテ様にそっくりなのか・・・やはり高貴な血のせいではないかと・・・レオポルト様は、あの夜、シャルロッテ様の影武者だったことを見抜けなかったのです・・・随分とショックだったようですよ」
「・・・あら、何故気づいたのかしら」
「あのあと、城塞都市に戻られて、シャルロッテ様との何気ない会話で気づいたようです」
アグネスは好奇心で目を輝かせた。ばれたとしても父は笑って済ます性格だ。
「あの時、帰ったら6歳の記念に、指輪を送ろうと枕元でロッテ様に囁いたそうですが、ロッテ様は、あとでお父上が例のものいつ送ろうかと聴かれても反応がなかったのです。あれだけ宝石や金銀アクセサリーに目のないお嬢様が、聞き逃す筈ないですし、すぐに催促してくるはずですよね」
「ああ、それは気付くわね・・・なんで、あの子言わなかったんだろう・・・」
「やはり、アグネス様が後ろで糸を引いていたわけですね・・・」
「あら、しまった・・・ふふふ、流石、フィリップね。負けたわ」
「今のお言葉、光栄に存じます」
砦では、フィリップの突然の訪問に驚いていた。
オットーが、驚いている。
「川沿いに上ってくるということは、滝を上られたのですか・・・」
「オットー卿、滝の近くに昔の階段があるので、滝は上っておりませんぞ」
「階段があるのですか・・・」
「ザンクトガレン修道院の修道士の日記の写本が城塞都市の図書館にありましてな。それに記されているのです。塩鉱山にいく、近道として階段を滝の西側に造成したと・・・彼らの土木技術はたいしたものです。未だに崩れておりません」
滝は、下の街から上がってくる街道の峠の西側にあるらしい。フィリップ殿は、下の街を経由せず、森の中を斜めに進んでくるから早いのだ。因みにザンクトガレンというのは、この前の森の中の修道院の名前だ。
「さて、本題ですが、そろそろ例の街道を探索したく、予定をつめていただきたいと思います」
「わかりました。カール達は、今日は迷宮まで巡回にいっていますので、今日の夜にでも、戻ってから打合せしましょう。それまで、貴賓室で、ごゆりとお休みください」
「ありがとうございます。お言葉ですが、砦および鉱山街の城壁の拡張計画について、打合せしたいので、一緒にちょっと計画地を回りませんか?」
「おお、それはありがたい。止まってしまうのではないかと心配していたのですよ」
「公爵様も、スタンピードが起こるなら、猶更強化する必要があるだろうとのことです」
「ありがたいお言葉です。では、フィリップ殿、ご案内します。参りましょう」
「お願いします」
フィリップとオットーが、仲良く出ていくのを見送ったアグネスは、新しくできる馬術競技練習場に思いを馳せた。ロッテに早く乗馬術を教えないとね・・・
いかがでしたか。フィリップはせっかちな性格なようで、すぐに実行に移したいタイプのようですよ。




