第63節 スタンピード
恐れていたスタンピードが起きてしまったようです。
僕らは、鉱山口のカウンターの石板を調べた。いわゆる入山記録だ。鉱山からは、既に殆どの鉱夫さん達が帰ってきていた。まだ、名前が残っていた人達が、ハインリヒの大広間で魔物があふれかけていると教えてくれた人達のようだった。
オットー様が魔物の特徴を質問している。それから、魔物は、アンデッド系のようだ。レオン様が鉱山口に駆けつけてきた。少し遅れてブルーノ神父様も走ってきた。
オットー様が心配しているのは、これが悪魔軍の陽動作戦の可能性があることだった。
城壁の上から兵士は下げられない。今夜は徹夜で城壁の警戒が必要だろう。
たとえばだが、兵士の人数を鉱山の掃討作戦に回せば、城壁の壁が手薄になる。そこを乗り越えられたり、城壁に穴を開けられたり、最悪の場合は、城壁の足元を掘り下げ、壁自体が倒される事だってありうる。
先日の森の中の修道院では、魔物を率いていたのが、悪魔の眷属だった。そして、その配下はオーガとゴブリンだった。
今日、砦の近くでみかけたということで、砦全体が警戒体制になったが、その魔物はゴブリンだったらしい。奇妙な合致と言うほどでもないが、前回取り逃がしているのが多数いるだけに、関連性を疑わなければなるまい。
取り敢えず、作戦本部を、鉱山口入り口に置き、オットー様を作戦本部とし、砦城部分をレオン様が、鉱山街をブルーノ神父様が中心となって警戒に当たることとなった。
そして肝心の鉱山だ。勿論、兵士は城壁に詰めなければならない。いつものことだが、傭兵達に任されることになった。
それには、バイエルンの星と、空飛ぶザクセン人の2チームが選ばれた。
傭兵達に課せられた任務は、まず主要な坑道の索敵と排除、確保だ。なんてことはない、要は明日の朝まで、ぐるぐる鉱山の中を回って、坑道内に魔物がいない状況をつくるということだ。
まず、問題点は、アンデッドの数が確認できないことだった。
報告者はパニックになり、走って逃げてきた。彼らが見たのは、歩く死体だったようだ。ブルーノ神父様が、疑義を唱えた。歩く死体を暗黒魔法で作るには、材料である新鮮な死体が必要らしい。鉱山には遺体安置所はないし、墓もない。
「転移門で送り込まれたとすると、送り込んだ暗黒魔法の使い手は、かなりのレベルだろう」
神父様は、説明を続けた。
歩く死体には、色々なレベルがある。1番低い者はただ歩くだけだ。しかし、この魔法も使い方次第だそうだ。死体を運ぶのに歩かせて運べば楽だし、弓矢除けとして術者の周囲を歩かせるというやり方もある。何れにせよ暗黒魔法独特の使い方と言えよう。
鉱夫を目掛けて攻撃しようと向かってきたのなら、自律攻撃がコマンドされているだろう。これは暗黒魔法の中程度のレベルだそうだ。道具や武器を使うことができる死体となると、かなりの高レベルの使い手と言えよう。そうなると、歩くどころか走らせることも可能になってくる。
「然るに、中程度の暗黒魔法の使い手だ。あの辺りに材料の死体がないことからも、暗黒転移門で、送り込んだのだろう。一番気になるのは、歩く死体の使い手は、自律型か、自分がそこにいてコマンドするか選べることだな。つまり、ハインリヒの広間に死霊使いぐらいの暗黒魔法使いがいる可能性があるということだ」
みんなが深刻な表情を浮かべている。
「と言うことは、私達バイエルンの星は、聖職者が居ないので、不利ですね」バイエルンの星のリーダーが暗い顔で言った。
「そうだな。元々諸君らには、鉱山口の警備に当たってもらうつもりだ。聖水は大量にはないが、もらってきている。私もここに詰めているので、アーチャーは狭間の廊下に待機してもらい、その周りを兵士が護衛する。剣士の二人は、私の左右で待機。パイクマンの二人は剣士の背後で援護に当たってくれ。何か質問か改善案があれば聴くぞ」
「異存はございません。魔法使いが一人いますが、どうしましょう?」リーダーが質問した。
オットー様は、少し考えてから言った。
「確か、炎魔法の使い手だったよな?」
「はい」
「では私の背後を頼む。剣でさばききれなければ、溢れたものを焼いて欲しい」
「畏まりました」
「うむ。では、作戦開始前に食事をしてくれ。すぐそこのエーデルワイスで食事するように、費用は砦が出す。話はつけてあるからな。食べたらすぐに帰ってきてくれ。少しぐらいならエールを飲んでもいいぞ」
「有難き幸せに存じます。さぁ、みんな行くぞ!」
「応」みんな嬉しそうに食事に行った。
「さてと、レオン卿も、城を頼む」
「ああ、任せておけ」レオン様は、ニコリとしてどすどすと歩いて行った。
「さぁ、残っている諸君らには、もう説明は不要だな。明星亭の女将が、お弁当を持ってくることになっているので、受け取ったら中に進んでくれ。手始めにハインリヒの大広間まで行って帰ってきてくれ」
オットー様がそう言っている間に、明星亭の女将さんがお弁当を持ってきた。
「さぁ、皆に祝福を授けるぞ」ブルーノ神父様が大きな声で言った。全員神父様に向かって軽く頭を下げて、祝福を頂いた。
「あと、確かめた訳ではないが、悪者君の魔除け効果は期待できないからな。むしろ、死体は助けて欲しくて、悪者君に近寄ってくる可能性が高い。教皇庁のエクソシスト講座で習ったことがあるのだ」
えっ、どういうこと?僕は理解していなかった。訳が分からなくて誰かが教えてくれないかなってキョロキョロしてしまった。静かにしていたアポロニアさんが、口を開いた。
「ちゃんとした人間なら、身体のどこかに、聖なる者の痕跡が残るのですよね。すると、死体と言えども、自らの異常な状態から立ち直ろうとする。その痕跡が彼らの拠り所となって、同じような聖性を纏うものを探そうとする。だから、例えば、祝福を受けた者とそうでない者ならば、圧倒的に、前者を目掛けて襲うという訳ですよね。神父様」
「残念ながら、正解だ。流石だな、アポロニア」ブルーノ神父様が嬉しそうだ。
「だから、私達の中で、一番が悪者君で、次が私ですね」
二人は笑った。笑ってる場合では無いよね。オットー様がニヤニヤして、ボソッと呟いた。
「悪者君、改め、魔除け君。更に改め、魔寄せ君だな。君らも改め、魔寄せ君と愉快な死体達と名乗ると良いぞ」
皆んなで笑った。可笑しくないよ。皆が笑ってると、バイエルンの人達が帰ってきた。ブルーノ神父様は、鉱山街の城壁の兵士達を指揮するために、鉱山口から立ち去った。
鉱山口の前でさっき決まった陣形をとったので、カールさん達が出発することになった。
僕が青ざめているのを見て、カールさんが、
「大丈夫だよ。俺らが君を守るから」皆んなが頷いてくれた。アポロニアさんが、僕に尋ねようとしている。
「悪者君?貴方、何か神聖魔法使える?」
「いえ、何も使えないと思います」
「そうだよね。今夜、何か覚えられるといいね」
「はい」正直なところ、不安でそれどころじゃないよ。僕らは盾の二人を先頭に坑道を進んでいった。オットーさんがボソッと呟いた。
「ここの坑道は幅が広いので陣形が組みやすいよな。前に城塞都市の近くの銀山に派遣された時は狭くて大変だったよ」
「それ、何年前の話よ。空飛ぶザクセン人結成前でしょ?」
クラウディアさんが突っ込んだ。そういえばいつもは饒舌なクラウディアさんが、今日は大人しいと思った。やはり緊張しているのかな?
そんなことを話していたら、ハインリヒのすぐ手前まで来てしまっていた。
歩く死体は、声を出すことができないと言われている。そして食事もできないと言われている。確かに、死んでいるのだから、声だって出せないし、咀嚼や嚥下、ましてや消化なんて無理だよ。しかし、食べられないからこそ、食への欲求がすごいようだ。食べても吸収できないのなら、欲求は永久に満たされないままだ。歩く死体としてよみがえることは、まさに地獄の責め苦だと思う。
僕らは、ハインリヒの大広間を見下ろす入り口に立つことができた。そして唖然とした。大広間中、立錐の余地がないぐらい、歩く死体がいるようだ。そして、僕らを感知したらしく、全員が一斉にこちらを振り向いた。カールさんが小さな声で話した。
「このままの姿勢で、ゆっくりと後ろに進む。もちろん倒しながらだ」
僕らは生き延びることができるのだろうか・・・
最後までお付き合いいただきましてありがとうございます。
恐れていたことが起きてしまいました。生き延びることができるでしょうか。
この続きは明日の深夜アップ予定です。よろしくお願いします。




