第62節 アーデルハイトの指輪
いよいよ、伏線回収です。
ていうか、伏線仕込みすぎで、どれがどれだか、わからなくなりつつありますが・・・
子馬の散歩のあと、シャルロッテは姉とわかれ、明けの明星亭に来ていた。もちろん、目当ては猫のロッテに会うためだった。
明星亭の入り口に入ると、正面の棚に聖母様の像が置いてある。これは中がすぐに見えないようにという店の配慮だった。もしもこの棚がなければ、入り口からまっすぐいくと、裏口であったし、厨房に直行できた。
シャルロッテは、女将さんに一声かけて、裏口から出て、納屋に向かった。納屋は、泊り客の馬などの世話をするための藁がストックされている。まだ城壁ができる前は、必要だったのだが、最近は飼料としてではなく、もっぱら寝るための藁を置く場所になっている。アーデルハイトが寝床とするようになってからは、一応客用の藁と、アーデルハイトの藁は分けられることになった。
宿のベッドは、木の箱のなかに、藁を敷き詰めたものだ。藁はそう頻繁には交換しない。しかし、お日様によく干された藁は気持ちのいいもので、お得意様の場合は、特別に交換したりしていた。
シャルロッテが何度の入り口をノックしてあけると、アーデルハイトがいた。ベッド用の藁と、客間用の藁と、お客様用のストックの藁で分けて置いてある。低くなったところには地下室の扉があり、最近は開け放してある。ここから猫の一族が出入りするようになったのだった。
ドアは開いて、シャルロッテが入っていくと、アーデルハイトがニコニコして挨拶してきた。
「ご機嫌よう、シャルロッテ様。猫のシャルロッテ様にお会いになりにいらしたのね?」
「ご機嫌よう、アーデルハイト。あなたのシャルロッテはお元気?」
そう挨拶して、二人は笑った。アーデルハイトは自分の部屋を、宮殿なんて呼んでいたが、それがまた、シャルロッテにはおかしかった。家具も窓もカーテンも食べストリーもないけど、ここには自由があるし、明り取りから入る日も明るく、涼しく快適だった。
猫のロッテがやってきて、鼻をくつけて挨拶してきた。シャルロッテは抱っこして頬ずりした。その時、指に光るものがあり、アーデルハイトの目にとまった。
シャルロッテは身分を示す金の指輪を親指にしていた。同じデザインの指輪をアグネスもしている。これの内側には、レオポルトの娘シャルロッテという文字が刻まれている。シャルロッテは5歳の誕生日にこれを父レオポルトからもらった。まず、生まれた子が5歳まで生きて育つことが大変だったので、無事に成長できたことを祝うためでもあった。前回砦に来たときはしていなかったのだが、それもそのはずで、城塞都市に戻って誕生日を迎えて、父からもらったものだった。
「あら、すごい。シャルロッテ様、指輪手にいれたの?」
「ああ、これ、いいでしょう。父上がくれたの。というか、姉上もしているから、お揃いなの。姉上も6歳の誕生日に頂いて、今は人差し指につけているんじゃないかしら」
「へ~ちょっと見せて・・・」
「うん、見せるだけよ。外してはいけないと父上に言われているの」
「ふーん、そうなんだぁ・・・」
「アーデルハイトも結婚する時に、相手の方から頂けるといいわね」
当時、結婚する時に交わす指輪は金だった。これはローマ時代から続く伝統でもあった。勿論、貧民には高嶺の花であった。ヨーロッパはもともと金の産出が少なかったから貴重な金属だからだ。銀はそこそこ埋蔵されていたし、城塞都市フライブルクでは、銀鉱山のお陰で都市として成長できたということがいえるが、残念ながら金は出なかった。
ブルクと名前に付く街は、大抵新しいものだ。ローマ時代から続く街は、ドイツには少ない。キヴィタスという過去のローマの集住地であれば、大抵、闘技場などの施設があったものだ。城塞都市にはその痕跡すらない。
アーデルハイトは、シャルロッテの指輪が羨ましかった。自分には指輪を送ってくれる父親や親族なんていない。それどころか、天涯孤独だ。一日の食べ物にも困るのに、指輪などといってられない。また、折り紙つきのド貧民なのだから、結婚してくれる相手などいない。持参金も用意できない。大抵、当時の持参金は、父親の財産分与だったわけだから。そんな身の上を痛感すると、辛くなってしまう。そんな時のアーデルハイトの心の慰めは、母から受け継いだあの大きな指輪だった。母が一張羅の中に縫い付けてくれて、絶対人に見せないようにと言われた指輪だ。
「私も指輪は持っているのよ。お母様から頂いたの。お母様はそのお母様から、おばあちゃんはそのお母様から代々もらって受け継いだものなのよ」
「へー見たいわ、見せてくださらない?」
「絶対見せてはだめって言われたから、無理よ」
「じゃ、私の指輪を外すから、指に嵌めてもいいから、交換で見せっこしましょうよ」
シャルロッテは、アーデルハイトが嘘をついているか、金、いや銀の婚約指輪程度だろうと思っていた。見せてくれなくてもいいとも思っていた。
しかし、アーデルハイトは、迷った挙句、服の隠しに縫い付けられた布の袋の糸をほどいて、隠されていた指輪を出して見せた。
それは大きく太い金の指輪で、大きな赤い八角形の宝石がついていた。宝石の周りには文字が刻んである。よく読めないが、ラテン語のようだ。目の前に出してもらって、触らないで、字を読んだ。
「赤き石は正統な者にのみ光を与える?」
シャルロッテは驚いてしまった。すこし動揺して、こういった。
「これって、正統な持ち主がはめれば、その石が光るっていうことじゃないの?ね、嵌めてみて・・・」
そういったものの、シャルロッテは予想外の出来事に動揺していた。
「ダメよ、そんな高価なもの、出してはダメ。もうこの話はやめましょう。大人に知られたら取り上げられるわよ」
アーデルハイトはもっと動揺した。そうか、人に見せてはならないというのは、そういう結果になるからか・・・激しく後悔したが、もう遅かった。
そこに、アグネスが扉を開けて入ってきたものだから、二人の動揺はピークに達した。
アグネスは、自分の子猫がすぐに近づいてすりすりしたので、二人の同様に気づくことなく、最後まで猫と戯れていた。
そのうち、女将さんが手伝いを頼むと顔をだしたので、アーデルハイトはお店に移動した。糸をほどいてしまったので、隠しから指輪を入れた袋が落ちはしないかと気が気でなかった。なんども服の上から隠しのある、腰のあたりを触るので、女将さんは腰が痛いのかいと、余計な心配をしてくれた。ますます、アーデルハイトは不安になってしまった。
シャルロッテは、あの子があんな凄い指輪を持っていることに対し、疑念の気持ちでいっぱいだった。「おかしいわ。貴族のわたくしだって宝石付指輪を持っていないのに・・・もしかして拾った?・・・いやあんなのが落ちているわけないわよ・・・盗んだ?・・・いや、あんなのを持っている人なんかこの街に居るわけないもの・・・どういうことなの?」
この地では、指輪に宝石をつけることが許されていたのは、王侯貴族か聖職者のみだったから、アーデルハイトが、あのような素晴らしい指輪を持っていることが理解できなかったし、法に背いているのではと感じるのであった。その日の夜は、姉上との食事もなんか楽しくなく、夜もよく眠れなかった。
次の日の朝、シャルロッテはまだ逡巡していた。
侍女アンナにさりげなく聴いてみようかしら。大人なら何かわかるかもしれない。いや、アンナはやめておこう。変なことに巻き込まれて連座処刑とか可哀想だわ。この街でこんな微妙なことを相談できる大人なんて・・・あ、お姉さまがいた。
お姉さまは、あんな可愛い顔・・・よく似てるって言われるの・・・うふふ・・・そうそうあんなに可愛いのに恐ろしいほど腕が立つし、氷魔法だって凄腕だ。公爵軍の隠し玉とか言われてるから、大丈夫よね。
今朝の剣のお稽古は、南城壁近くに、ゴブリンが現れたという騒ぎで、中止となってしまった。お客様用の部屋に泊まっているのだが、部屋で待機といわれ、そろそろ辛くなってきた。しかも、先ほどから例の件で頭の中がいっぱいだ。
もうだめ、限界。やはりお姉さまに相談しよう。そうと決まったらシャルロッテの行動は早かった。侍女の隙をついて、砦の部屋をすうっと抜け出していく。ドアを出ると、立っていた兵士に声を掛けられる。
「お姉さまに会いにいくの。警備は大丈夫。あなたはそこにいて子猫ちゃんが出ないようにしてくださるかしら」
「はっ」うふふ、命令されるのに慣れている人は、扱いやすいわ。これがオットー卿なら絶対ついてくるから面倒くさいもんね。子猫ちゃんはいないのに、嘘をつくのは良くないわね・・・いやあとで連れて来ようっと。後から証拠をつければいいわよね。
脱走に気づいた侍女が窓から叫んでいるが、聴こえない振りで砦を出てまっすぐ鉱山口へスタスタ歩いていく。魔物が出たっていっても、城壁の外でしょう?
街の人が何人かすれ違い。軽い会釈をしてくるので少し止まって会釈を返した。
「ミニアグネス様だよ・・・なんか小さくした感じね・・・」
シャルロッテは、そういわれても結構気にしない。むしろ嬉しく感じていた。城塞都市では、庶民との交流もない。狭い貴族社会だけで暮らし、姉上もいないから比較もされない。シャルロッテは、鉱山街が気に入っていた。狭いし、料理も限られているし、デザートも少ないし、お菓子もないし、でも、自由だ。城塞都市でこんな風に出歩けるなんてありえない。もう、最終的な進路を決め中ればならない時期なのだが、将来を決めあぐねて息苦しさを感じていた彼女には、この解放感は最高だった。騎士になるというのも、城塞都市で従者として採用してくれる騎士がいないため、塩の砦にいる姉のところに行く口実でもあった。勿論、進路について悩んでいるのは事実だが。
早足で歩いたので、すぐに鉱山口についてしまった。お姉さまがいる。シャルロッテに気づくとすぅっとカウンターから出てきた。
「あら、ごきげんよう、小さなお姫様。お部屋で待機じゃなかったの?一体いかがされたのかしら?」
「姉上様、ごきげんよう。すこしお時間をいただいてもよろしいかしら・・・」
アグネスはニコリと微笑むと、門を警備している兵士に一言声をかけて、鉱山口前の広場、といっても狭いが、広場にシャルロッテを誘った。
手すり柵までくるとアグネスは振り返って聴いた。
「どうしたの?お城に帰りたくなったの?」
「いいえ違います」
「じゃ、子猫ちゃんに引っかかれたの?」
「あはは、ロッテは、私に触れる時は爪をしまってくれるのです」
「ロッテって飼い主に似て優しいのね」
シャルロッテは嬉しくなって話すことを忘れそうになった。
「あ、お姉さま、アーデルハイトのことで相談したいのです」
アグネスはピーンときた。昨日の二人の変な態度はこれか・・・やはり何かあったのね・・・
アグネスは一通りあらすじを聞いて心配していた。もともと宝石などにうるさいシャルロッテがそこまでいうのなら、それなりのものをアーデルハイトがもっているのは事実だろう。この地では、母の宝石は、娘が受け継ぐしきたりだ。シャルロッテが4歳の時、どの宝石を自分が受け継ぐがリストを作っていたのを、お母様が見つけて大笑いしていたことを思い出した。数は半分なのだが、悉くシャルロッテのもらうリストのほうが高価で、取るに足りないものばかりがアグネスのものに予定されていたのだ。木柵に幼い字でかかれたそのリストはまだ母の手元にあるだろうか・・・字を覚えて最初に書くのが宝石リストだなんて、末恐ろしい子だと母は笑っていたが。
シャルロッテによると、その指輪は、黄金でできており、大人サイズだそうだ。特に赤い八角形の宝石が素晴らしいとか。まるでパパ様や皇帝陛下の冠につくような立派なものだそうだ。アーデルハイトは、彼女の母がまたその母からと代々受け継がれてきたといっていたらしい。
あの子は、言葉遣いも正しいし、礼儀もわきまえている。平民の子とは思えないところがある。礼儀作法や物腰というものは、母から娘へ伝えられていくものだ。商家から貴族に取り立ててもらう一族もいるが、2代や3代そこらで、洗練というものまでには届かない。貴族から見ると、やはり、元商家だと思わせるところが多々あるものだ。
しかし、あの子の身のこなしや気位の高さ、気品はそう身に付くものではない。前に聴いたら、先祖は大攻勢の時に、西から逃げ延びてきて、ライン川を越えて下の街の隣の町に落ち着いたというので、西フランクあたりの貴族だったのかもしれないなとアグネスは思っていた。アーデルハイトの母親もすでに亡くなっており、指輪は当然、母から託されたものだろう。頼れるものもない中で、生き延びるために鉱山街にやってきたのだ。恐らく、その指輪が、彼女の一族の最後の宝であり、最後の頼みの綱なのだろう。
本当に困ったらその指輪を売って、生き延びるということだ。砦では、同じ年頃の娘と別れて暮らす刑吏ベルタが、見かねて色々と面倒をみるほど困窮しているのだから、その指輪は、大切にしなければならないだろし、例え売らなくてはならなくなっても、安く買い叩かれてはならないだろうとアグネスは思った。
シャルロッテの話はまだ続いていた・・・指輪には文字が刻まれているらしい。
赤き石は正統な者にのみ光を与えると書いてあるという・・・アグネスははっとした。続きをシャルロッテがしゃべる。
「それで、じゃ、正当な持ち主なら指にはめてみてって言ったんですけど、お母さんから誰にも見せるなとか決して人前ではめるなって言われてたからって、はめないの・・・」
「ふーん、わかったわ。あなたもこの話を他の人に話してはだめよ。本物なら、アーデルハイトもあなたも命を狙われるわ」
シャルロッテは、驚いていた。自分にまで類が及ぶとは考えられなかったのだろう。宮宰の令嬢の証言なら、法的にも効力を持つ。持ち主からの簒奪を狙うものが口封じをしない筈がないだろう・・・まぁ杞憂だとアグネスは思っていたが。しかし、砦の秩序のためにも、またアーデルハイトの身の安全のためにも、放置はできないと思った。
「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。シャルロッテ?ベルタさんと私も交えて、今夜でも女子会を開きましょう・・・明星亭ね・・・猫シャルもいるし、ロッテもつれてくれば?個室だから逃げないわよ」
シャルロッテは喜んでいた。
次回、女子会開催します。
いよいよ、アーデルハイトの素性が判明します。
月曜の夜、更新予定です。
宜しくお願いします。




