第61節 騎士見習いシャルロッテの一日(午後編)
あまり盛り上がりのない話の連続ですみません。
昼食は、姉と二人だった。オットー様たちは、砦に来ている石工の親方と街の宿屋で食事をしながら打合せをしているとのこと。
シャルロッテは、姉に、ベルタの凄さを語った。最初はオットー様に文句を言おうと思っていたことまで話したが、今は感謝しているといった。姉はうんうんと頷いてくれた。
「やはり、傭兵で鍛えただけはあるでしょう?ベルタのエクセキューショナルソードは凄いのよ、切れ味もすごいけど。結構薄い刀身なの。正確に打ち下ろさないと、上手く切れないし、痛いらしいから。レオン様が切り口を見たことがあるらしいけど、あ、ご飯中だったわね・・・」
今度はシャルロッテが頷く番だ。まぁ、騎士を目指すなら、これくらいの話で気分が悪くなってもいけないわよねとシャルロッテは自分に言い聞かせて姉の話を聴いた。
「ベルタは、迷宮のかなり深いところまで行ったことがあるの。死線をくぐってきただけあって、強いわよ。私じゃ勝てないと思う。私の剣は所詮、対人間の剣だから・・・
ベルタの剣は、魔物や悪魔の眷属に対する剣だそうよ。戦法が違うらしいの。オットー卿は、どちらも使えるようだけど、隠しているわ・・・そういえば、聖剣、見せてもらった?」
「いいえ、腰に下げているところは見ましたけど」
「今度見せてくれるように頼んでみるわ」
「ありがとうございます。姉上?」
「なあに?ロッテ」
「・・・オットー様はどうやって聖剣を手に入れることができたのですか?」
「あぁ、気になるわよね。詳しくは教えてくれないのよ。隠しているわけではなく、彼は慎み深い人だから、あまり話したがらないの・・・ただ、夢で啓示を受けて、帝国側の一番北から、そうザクセン地方から船にのって、大天使聖ミカエルの島にいったらしいわ。そこで剣を祭壇に捧げたら、剣が聖剣になったらしいの」
「え?ライン川の向こう側は地獄になったんじゃないんですか?」
「島はあるらしいのよ。そしてウェセックス王国とか、いわゆるアングロ人、サクセン人達の7王国のあった島も残っていたらしいわ。
つまり、地獄に飲み込まれたのは、ライン川から西の海までらしいの。もしかしたら、聖なる島のお陰で、その先のウェセックス王国とかが、飲み込まれなかったからもしれないわね・・・そして、聖ミカエルの出現した聖地は、イタリア王国にも2か所あったから、もしかしたら、そこだけ、悪魔軍は占領できない可能性があるとか。そこを拠点とできれば、イタリア王国は取り返せるかもしれないのよね・・・」
「へ~、凄い凄い、その時に備えて、私も聖剣が欲しいですわ・・・でも、帝国から船って、一番北までいかないと港なんてないのでしょう?」
「なんだか、エルベ川を下って海に出て、ノルマン公国の残党が、ノルマンディーを奪還しようという軍船に便乗したとか・・・それがどうなったのか知らないけど・・・聖なる島なら私も行きたいわよね~でも、啓示を受けてないと行っても無駄かもよ・・・」
「ああ、そうなのかぁ・・・お姉さま、どうしたら啓示を受けられるかしら?」
「うふふ、それは私も知りたいわ。ロッテが何故聖剣を望むのか、その理由が正しいか、まずはお祈りから始めたほうがいいかもね。あと、オットー様によると、啓示では剣をくれるということではなかったらしいわよ・・・天の軍勢に加われということだったみたい。だから、忠誠を誓うために祭壇に剣を捧げたみたいね・・・」
「う~ん。悩ましいです」
「ロッテ、まずは剣の腕を磨くことよ」
「はい。その通りですね・・・すみません」
シャルロッテは何か焦っているのかもしれないなとアグネスは感じた。恐らく進路のことだろう。
午後からは、アグネスの従者として、シャルロッテは、鉱山口に行った。とはいえ、仕事があるわけでもないから、魔法書を読むことになる。宮宰様の文官が写本してくれた本だ。豪華な表紙がついていて、シャルロッテの名前も入っている。
大攻勢以前は、魔法書という言葉は禁句だった。魔法書を持っているだけでも火あぶりになってしまうぐらいだったから、皆、プリニウスの博物誌と呼んでいた。
大攻勢以降、教皇様の配下でも、魔法を使って戦う聖職者が現れ、ほぼ魔法は公認されたが、ただ、良い魔法か悪い魔法かは慎重に吟味された。つまり、天使の力を使うのか、悪魔の力を使うのかだ。
シャルロッテは今、明かりの魔法を特訓している。リヒト、リヒト、リヒト、言葉だけを唱えてもできる気がしない。
「ロッテ、高貴な血をイメージして、その血から、魔力を紡ぎだすの。あとは、明るくなる、暗闇の中のともし火を想像するのよ」
「はい、姉上」
さっぱりわからなかった。果たして自分に高貴な血、エーデルスブルートが流れているのか不安だった。鉱夫でさえ、リヒトが使える者がいるのに・・・騎士がダメでも魔法使いという道もあると思っていたが、ダメだったらどうしよう・・・時間だけがただ徒に流れていく感じがする。
「さて、9時課よ、子馬さんのお散歩の時間よ。行きましょう」アグネスが声を掛けた。
「あ、はい」
9時課というと、城塞都市では、おやつの時間だった。砦に向かって歩いていくと、アンナが籠を抱えて歩いてくるのと出会った。どうやら鉱山口に届けにきたようだ。
「シャルロッテ様、おやつですよ」アンナはニコニコしている。なんだか、子供扱いされているように感じて、シャルロッテは不機嫌になった。形ばかりのお礼をいってバスケットをもらってスタスタと厩舎に向かってしまった。アグネスは申し訳なさそうにアンナに詫びを言った。
「ごめんなさい、アンナ。魔法がうまく使えないから、機嫌悪いのよ。まだまだ子供だから大目に見てあげてくださいな」
「大お嬢様、魔法は使えないほうがいいです。いつ時代が変わって、魔女として糾弾されるかもしれないじゃないですか。私は元から反対しているんですから・・・最近は、うちの殿様だって、魔法の可能性についてお坊ちゃまたちと議論している変貌ぶりで、私としては怖くて仕方ないのです」
アンナの反応は、敬虔な信徒の、ごく一般的なものだ。アグネス自身も魔法が使えるようになるまでは、そのように感じていた。アンナが氷魔法が使えるようになったのは、偶然からだった。その経緯は見っともないので、父以外、誰にも話していない。父は最初は驚いていたが、すぐに受け入れてくれた。それどころか、最近は兄上達とそんな話までするのか・・・アグネスは厩舎前まで歩きながら思い出した。
そう、あれは物凄く暑い、異常気象の年だった。真夏の剣のお稽古で暑くなりすぎて、具合が悪くなってしまい、城の暗い1階の武器倉庫の部屋で、石の床の上に寝かされていた時だった。女性だけに、誰も鎖帷子などの武装を解いてくれず、暑さに苦しんでいた。もちろん女性の従者はいない。
石はひんやりとしていたが、それだけでは熱は発散しきれない。鎖帷子の下には、綿入りのアンダーコートがあるのだから。熱が抜けるはずがない。朦朧とし、意識が遠のく中で、アグネスは白昼夢を見た。
ああ、氷が欲しい、氷室に入って、氷を砕いて、床に敷き詰めて、ごろごろしている自分を上のほうから眺めていた。今思えば、半ば死にかけていたのかもしれない。
父か心配して見にきた。父は井戸水をくんできており、桶ごとアグネスに浴びせかけた。その時、水がどんどん氷になってしまったのだ。アグネスは鎖帷子ごと急速に冷やされて、目を覚ました。父は驚いた。あちこちに氷の固まりが張り付いている。これは魔法なのか?これは他言できない。父レオポルトは、意識を回復した娘に訪ねた。
アグネスは開口一番、
「あれ今私、氷室で寝ていたはずでしたのに・・・」
アグネスは担架に乗せられ、侍女たちのいる部屋に戻り、やっと武装を解いてもらった。それから1週間、高熱をだし、寝込むことになった。
レオポルトはこのことを他言できず、しかし、やむに已まれず、宮廷魔導師に相談した。
魔導師の話では、恐らく熱が体内に籠って一時的に命が脅かされたことにより、氷室で冷却を望んだ明確なイメージが原因となって、エーデルスブルートが魔力として熱を変換する形、全身から汗がほとばしるイメージで魔力が発動していったのだろうと結論づけた。全身から魔力を発動したので、体力の消耗が激しいのと、冷えすぎて風邪を引いたらしかった。
あの時、どうしても、かき氷が食べたかったのよね・・・
それからのアグネスの魔法の能力の発展はめまぐるしいものがあった。やはりキッカケが大事なのだろう。なんて思いだしていたら、アンナはすでに砦の城に戻っていて、シャルロッテがケーキパンを殆ど食べてしまっていた。いつのまにか、厩舎の前でベンチに座っていた。私の悪い癖ね・・・隙のないようにしないといけないのに・・・
ふと籠をみると、一つしか残ってない。確か6個あったと思ったけど・・・
「あれ、ロッテ、私の分はないのですか?」
「姉上、さっき確認しましたよ・・・上の空でしたからね。全部食べていいとのことでしたが、念のため一つ残しておいたのですわ」
しまった。まぁ、仕方ないわね・・・ここは姉らしく、一つで我慢しましょう。
「じゃ、頂きますね・・・」ロッテ食べ過ぎよ。成長盛りだろうけど・・・却ってよかったわ、最近太ってきたみたいだから。我慢、我慢っと。美味しい。幸せだわ。
そのあと、白馬の親子を厩舎から出し、轡をとって砦の中庭をぐるぐると歩かせた。
白いタテガミと名付けられた子馬は、母親と遊びたくて仕方ないようで、母馬の白雪にじゃれている。今はまだ、よく遊び、親との関係を深め、シャルロッテとの関係も同様に深める時期だ。
馬は25年ぐらいは生きるが、戦馬として使える期間はそんなに長くない。地域での紛争が多いときは、戦闘で死ぬ馬も多いのだが、大攻勢以降は、騎士の出番が少ないし、また紛争もほぼない。しかし、公爵様は、悪魔軍の暗黒騎士団を警戒しておられる。敵に機動力がある場合、陣が破られると一気に総崩れになる可能性がある。そんな時に、騎馬騎士達に出番はある。
その時のためにも、在籍する騎士数以上の馬の繁殖と、訓練は欠かせない。オットー卿は、父上の意見に基づいて、鉱山街を拡張して、騎士戦の訓練場を作ってくれることになったと言っていた。
子馬ももっと広いところを自由に駆け回りたいだろう。城塞都市なら、丘の頂上にある城から城下町まで走らせることができたが、ここにはそんな所がない。結界馬車をひかせて、長距離を走る訓練をするぐらいしか、スタミナのトレーニングができないのが悔しい。
砦に練習場ができれば、馬上槍試合ができるようになる。実戦に近い戦いだ。しかし、人間と戦うことが少ない今の時代は、一定のルールに基づく試合などは、役に立たないのかもしれない。東フランク王のハインリッヒ捕鳥王が、試合のルールを決めたのは、10世紀の初めで、大攻勢前だったのだから・・・
夕方になったので、白馬親子を厩舎に戻し、藁でブラッシングしてやった。それからアグネスは鉱山口に戻って、事務手続きの監督を引き継いだ。シャルロッテは、明星亭にいって猫と遊んでくると言っていた。アーデルハイトとも上手くやっているようだし、同じ年の女の子の友達は、城塞都市にはいなかったので、いい結果になったと思う。
平民というか、都市の自由民とうまく付き合う方法を身に着けておかなければならないし、また、味方を増やしておかないと、有事の際に助力が得られない。
アーデルハイトは、貴族に対して媚びるところがないし、あれだけ困窮しているのに、卑屈でもないし、気高い精神の持ち主だから、シャルロッテの友人として最適だろう。
勤務が終わり、明星亭によると、すでに飲んで食事をしている人達がいた。聖母像の裏手に回り、裏口から中庭に出た。もちろん、行き先は納屋である。扉をあけると、いたいた、可愛いわ・・・私の子猫ちゃんもやってきてスリスリしてくる。シャルロッテもアーデルハイトもソックリな白猫と遊んでいる。
そのうち女将さんがアーデルハイトのところに、お店を手伝ってと呼びにきたので、私たちも帰ることにした。
砦までは歩いてすぐだ。オットー様たちは、今夜も、石工さんとの会合があるらしく、二人だけの食事になるらしい。シャルロッテは何か考えることがあるようで、黙っている。納屋で何かあったのかなとアグネスは思った。まぁ、喧嘩したような感じはなかったし・・・すこし不安に思ったが、食事しているうちに、シャルロッテが普段と同じようになったので、それきり忘れてしまった。
お読みいただいてありがとうございました。
このあと、伏線の回収を行う予定です。大した伏線ではないのですけど・・・




