第43節 夢見るカトリーナ
フェリックス神父が、就寝時間をすぎてから、ドミニク神父のところにやってきます。
フェリックス神父が、ドミニクの私室にやってきたのは、その日の夜だった。
終課のあとに、寝ないで本を読んでいると、ドアをノックする音が聴こえた。
「フェリックスです。ドミニク神父様、起きていらしたら、ご相談いたしたいことがあります」
ドミニクはドアをあけた。「これは神父様、どうされたのですか?」
「申し訳ありません。今日はありがとうございました」
「ま、立ち話はなんですので、どうぞお入りください」ドミニクが中に招いた。
フェリックスは、中に入り、立っていた。
「ま、どうぞ、そこにおかけ下さい」
「かたじけない」ドミニクは自分のベッドに座り、執務用の椅子を勧めた。フェリックスが話あぐねて、躊躇している様子だったので、ドミニクが切り出した。
「その後、お母様の御様子はいかがですか?ベルンハルト殿も心配してましたよ」
「ありがとうございます。実は、明日、母上がカテドラルにお邪魔したいと申しております。ベルンハルト殿の御予定をお聴きしたかったのですが、もう遅くなってしまいまして・・・」
「なるほど、で、何時ごろの御予定なのですか?」
フェリックスは、言いにくそうだ。
「実は、母は、ドミニク様がきてくれないのなら、行かないと申しております」
ドミニクは理解に苦しんで、聴きなおしたが、答えは同じだ。何故私が行かないといけないのだ?これも悪魔の奸計なのだろうか。よくよく聞くと、ドミニク神父様のエスコートでなければ、ベルンハルトのような怖いエクソシストのところに私が行けるわけがないと言っているらしい。猶更理解不能だ。
フェリックスに、ごミサの当番もあるので、いつでもというわけにはいきませぬと答えたら、修道院長様、副院長様が戻るまで、すべての司式を自分がするので、母を迎えにいき、送り届けてもらえないかというのだ・・・
フェリックスの御母堂は私の父より少し若いだろう。もしかしたら、貴族のプライドなのか?商家に嫁いだとはいえ、もとはザクセン貴族の一員だったのだから、ベルンハルトのところに行くのは恥ずかしいのかもしれないな・・・
「なにも聴かずに頼まれてくださいませんでしょうか・・・」フェリックスは悲痛だ。
「仕方ない、ひと肌脱ぎましょう」
「ありがとうございます。明日、賛課のあと、家のものを使いに寄越します。もちろん馬車です。あとは家人がわかるようにしておりますので、ただ、母の付き添いをしていただければ、助かります」
「わかりました。ところで確認したいのですが、御母堂の病状はいかがなのですか?」
「それが・・・なんと申してよいのやら・・・」
色々あるようだな・・・彼の家も大変だ。貴族は貴族で色々あるが、商家は商家で色々あるのだろう。商家のことは私はわからぬが、元々ザクセン人は、身分移動を嫌う傾向があるから、御母堂も苦労されたことだろう。同じザクセン貴族の端くれとして、同行ぐらいはいいだろう。まして私は聖職者なのだから、同行してもおかしくない。変な疑いもかけられまい。
「フェリックス神父様、わかりました。参ります。司式の件、宜しくお願いします」
フェリックスは喜色満面だ。足取りも軽く帰っていった。
「あ、また本が読めなかったぞ・・・」
次の日の夜明け前、朝課は眠くてつらかった。直ぐに夜があけ、この街一番の商家の使用人が馬車でやってきた。
司祭館の前に寄せられた馬車は、王の馬車のように豪華であった。見た目はさほどでもないが、近寄ってみれば、その品質の高さがよくわかるものだった。馬具も然るべき名工の作、馬車に使われている木の素晴らしさ、ちょっとした真鍮の金具にかけられた豪奢な加工といい、見えないところにまでお金をかけているのが手に取るようにわかる。
馬車はすぐに商業のハイタウンの一等地にある豪華な家の玄関の車寄せに横づけされた。ドミニクは家令と思われる男に促されて、馬車から降り、玄関横の待合室で待った。
待っている間にワインが出された。さすが城塞都市一の商人だ。一口ワインを飲んで驚いた。この前、公爵様が市参事会よりもらった樽ワインよりも数倍うまい。今日は、フェリックス神父様の顔を立て、嫌々きた次第だったが、このワインを飲むだけでも労苦が報われるというものだ。ドミニクがワインを味わい、その余韻に浸っていると、御母堂がこられた。
これも、また、驚いた。美しい人だ。どこが悪魔憑きなのだろう。肌の色つやといい、姿勢、目、唇の血色といい、頬の色、どれも申し分ないほど健康そうだ。
ドミニクは挨拶した。もちろん、貴族のしきたりでだ。
御母堂が、ドミニクを見て開口一番いったことは・・・
「お父様によく似ていらして・・・」泣きそうになっている。それから御母堂は人払いをされた。宗教的な相談をしたいとのことだ。
そして、お話をしばらく聴いた。御母堂の調子がおかしくなったのは、悪魔の子騒ぎの時からだそうだ。
悪魔の子が火刑に処されるという話を聞いて、御母堂は、いてもたってもいられず、お忍びで見に行ったそうだ。そこで、お母様は、美しい少女のような少年をみてしまったわけだ。少年は目隠しをされていたので、顔を見ていないと思うのだが、御母堂は、絶対美少年だと直感したそうだ。
しかもそのあと、公爵様が馬で駆けつけるときもそこにとどまり、見てしまったのだ。公爵の一行の中に、馬にまたがる、美しい青年を。
自分が娘時代に恋焦がれていた、ある貴族の青年にそっくりな美しい青年・・・御母堂は一気に娘に戻ってしまったらしい。母から、娘カトリーナに。
願いながらも叶うことのなかった恋。もしも私があの方と結ばれていたなら、先ほどの火刑に処せられる子のような美しい子供が二人の間に生まれ・・・妄想は、彼女の心を真っ赤に染めていくのであった。政略結婚、いや降嫁なのだから、政略というより金のためだった。貴族の娘である以上覚悟していたことではあるが・・・やはり、何年も心の底に沈殿していた熾火のような思いに火がつき、火は炎になり、地獄の業火のように身をむしばむようになっていった。
恋の病は、納まることがなかった。あの人に生き写しな、あの完璧なギリシャ彫刻のような青年、しかも、僧服に身をつつんでいた。やはり、あの時と同じで、手に届かない、叶うことのない恋なのだ。希望や夢は絶望に転じた。食べ物も食べられなくなっていた。
周囲からすれば、この母の変容は、悪魔憑きに思えただろう。
彼女はもう50代になる。分別を取り戻さなければならない。頭ではわかっていた。目が曇っていたのだろう。ふと冷静になることができ、気づいた。あの僧服は、息子フェリックスの修道会の服ではないか。母は使いを息子に送った。
あとは、息子の謀り事だった。まんまと、ベルンハルトもドミニクも、はめられたのだ。
ドミニクは、思った。このままフェリックスのシナリオ通りに、ベルンハルト殿ところまで行き、悪魔を祓ってもらい、もとの御母堂に、カトリーナから母に戻っていただく。その触媒として自分が使われるのなら、それはそれでいいではないか。
ドミニクは、言った。
「カトリーナ?では教会に参りましょう」
少女のように恥じらい、頬を染めたカトリーナは、ドミニクに手を預けた。そして馬車にのりこんだ。カテドラルまではすぐだ。しかし、カトリーナにとり、それは永遠だったかもしれない。夢を見るような瞳でカトリーナはドミニクの横顔を見つめている。その眼差しの美しさは、彼女が天に召されるまで続いたとのことだ。
ショートショート風でした。
お読みいただきありがとうございました。
いかがでしたか。まだ続きますが・・・
予定では一旦あちらの世界に戻り、鉱山での少年の魔法修行を描きたいと思っています。
宜しくお願いします。




