第42節 恐ろしい事実
ベルンハルトが、話した、悪魔の子とは・・・
「ドミニク神父様、巷に増えた、悪魔憑きと称する者の殆どが、悪魔によるものではない、つまり偽物であると思います」
「ほう、どういうことなのですか?」ドミニクは興味を示した。
ドミニクは、司祭に叙階されるまで、エクソシスト関連の勉強はしてこなかった。しかし、例の少年の一件が身近に起きて以来、気になるようになっていたのだ。
光が強ければ、闇を全て打ち消せるというのが、ドミニクの基本的な考えだった。しかし、光が弱まるときに、隠されていた闇は必ず復活する。戦乱、飢饉、疫病、異端の猛威など、光が弱まる原因となることなど、今の時代、いくらでも起こりうる。来ると言われていた千年王国も未だに到来していない。
ベルンハルトはそんなドミニクの表情を読んで続けた。
「まず、あの少年のような、街を揺るがすような大事件、城塞都市に暮らすもの全てが知ることとなるような事件が起こった後は、そういった症状を示すものが増えるようです。過去にも同様の事例が、文献で数多く残されています。
暗示にかかりやすい者や、もともと精神を病んでいる者、魔女ではないかと思われて疎外されているような者、同じく最下層に生まれ社会に対して報復したいと思う者などが、悪魔の事例を目の当たりにし、自分自身や家族の症状など、色々と結びつけて考えてしまうようになるです。一度、そうだと思い込んでしまうと、全てが腑に落ちるように感じるものです。
この病気は実は悪魔がとか、私が阻害されているのは悪魔がとか、あいつは悪魔と取引しているんじゃないかとか、そのほうが理解しやすいし納得しやすいですから。
酷い場合ですと、自分が悪魔だと信じ込んでしまうものが、誘拐や殺人を繰り返すなど、凶行も起こりやすくなると言われています。まぁ、悪魔が君臨すると信じれば、悪いことをしたほうが褒められるわけですからね・・・困ったものです。
無論、教会がすべての悪い症状を悪魔のせいにしてきたという過去もありますし、そのほうが無学なものには理解しやすい。
単に、悪魔憑きについてだけなら、むしろ、本物より、逆に治療しやすくなるとまで言えるでしょう。ギリシャ哲学のようなカタルシスを利用するのです。悲劇からの救済。そして再生なのです。その辺のヤブ医者の瀉血より効きます。
悪魔祓いの儀式をしたら、ケロっと治ってしまうような場合、殆どが暗示や思い込みが原因で、気の病が原因なのです。人は思っているよりも、自らの気の状態に肉体が左右されるものです。
また先程の凶行を犯すもののように、悪霊に操られている場合もあれば、もともと邪教を信じるものだとか、悪の傾向が強いものは、悪魔になったとか、悪魔が味方についたというだけで、偽りの全能感により、更なる悪を重ねることになりやすい。
ただ、私どもエクソシストが注目するのは、こういう時に周囲が気づいて対処しようとするものの中に、本物がいるということなのです。
先程、フェリックス神父様に、ご母堂を連れてきてくださいと申し上げましたが、自分でここに来れるようなら、まず本物の悪魔憑きではありません」
「なるほど。ベルンハルト殿のご見識、参りました・・・しかし、先程、本当の悪魔の子が顕現したのではと仰ってませんでしたか?」
ベルンハルトは、引き出し開け、中から変わった大理石のようなものを出してきた。石の上に、宝石のようなものが嵌め込められている。ドミニクは不思議そうに尋ねた。
「なんですか・・・これは?見たことがないものですね・・・」
「これは、魔道具というものです・・・」
「魔道具?危険ではないですか?異端審問官に見られぬようお気を付けください」
「ふふふふ、その通りです。他言無用でお願いします。入手先についても言えません。
これは、悪魔の魔力を測るものらしいのです。この宝石を組み替えたり、付け替えることで、色々なものが測れます。たとえば、神父様が魔力をお持ちなら、この赤い宝石が光るのです。ちょっと体を近づけてみてください。結果がどうであれ、別の試験も行いますので、気にせず、一旦お待ちください」
といって、ベルンハルトは石から1メートルほど離れた。ドミニクは恐る恐る近寄ってみた。なんということだ、赤い宝石が光ってしまった。
「どういうことですか・・・私はいったい・・・」ドミニクは激しく動揺している。
「ははは、驚かれましたね・・・別の試験も行いますよ」ベルンハルトは、また近寄って赤い宝石を透明な宝石と入れ替えて、離れた。また石に近づけと促した。
ドミニクは、軽い絶望を覚えながら、悪気のなさそうなベルンハルトを信頼して近づいた。今度も光輝いてしまった。ベルンハルトは、にやりとしながら唇に指をあて、お静かにと言った。
「今から説明しますので・・・赤いのは魔力と申しました。白いのは、なんだと思いますか?・・・」
ドミニクは驚愕している。ベルンハルトはニヤニヤしながら続ける。
「実は、私も、どちらの宝石も光るのです。赤いほうが光ったときは、絶望しましたが。祓魔師として散々祓ってきたのに、実は祓われるほうだったのではないか・・・悪魔の力を使って、悪魔を追い出していたのではないかと・・・
ところが、私は、白いほうでも光るのです。真実を申します。白いほうは、聖性の高さと言われています。それで、これをくれた古い友が、常々申していたこと思い出しました。
悪魔も元は天使だったと。つまり神の力の一部を神から授けられた存在だと。
天使も同様です。純然たる力という意味では、天使の力も悪魔の力も、同じ源から発生したもの。それを悪く使えば魔力と言われ、よく使えば聖性が高いと言われるのではないでしょうか。だから、被造物なら、どちらも光って当然なのです」
「なるほど・・・ふぅ・・・いや、一瞬ですが、物凄い絶望感を味わいましたぞ。神を信ぜず絶望することは重い罪です。しかも、実は、私は悪魔だったのか・・・なんて思ってしまいました。
・・・よく教会に悪魔が入り込み、人々を惑わすという予言がありますが、まさか、それが自分だったのかなんて。ベルンハルト殿も人が悪いです」
ベルンハルトは一笑したあと、真顔になった。
「問題は、そこではなく、これなんです」といって引出から幾つかの宝石を出し、開いているスロットに嵌めたり、例の赤や白の宝石を入れ替えたりした。
「よろしいですか。今までは近くの魔力を測っていましたが・・・今度はだいたいこの城塞都市ぐらいの大きさの中の魔力を測ります」この城塞都市は、よくある丸型の平面形状をしている。カテドラルを中心にしてだから、まさにこの部屋から城壁までということだ。
白い宝石を嵌めると、すこし光っている。そして、ベルンハルトが赤い宝石に入れ替えると、煌々と赤く光りだしたではないか。ドミニクを測った場合の光具合は石を入れ替えても変わらなかったのだから・・・ということは・・・
「そう、明らかに、赤いほうが強いのです。つまり、悪魔そのものというより、悪魔より生まれたものが、この都市の中にいるのです。それは悪魔の子かもしれませんし、悪魔が産んだ眷属かもしれません」
なんということだ。ドミニクは考えていた。確かにこの数週間は、腑に落ちないことだらけだった。なぜ、あの少年が現れたのか。どうして悪魔の子の話が浮上してきたのか。異端審問官をこの街に差し向けたのは誰なのか。なぜ、火刑騒ぎが起きたのか・・・
嫌な結論が頭をよぎる・・・
「ベルンハルト殿・・・貴殿は、陽動だったと・・・」
「ドミニク神父様、そういう結論しか導けないのではないでしょうか」
「つまり・・・」ドミニクは言い淀んだが、最後まで言ってしまおうとしている。
「この街に、悪魔の子が産まれていたということですか・・・そして、先程偽物の悪魔憑きと仰ったが、この悪魔憑きの騒ぎも真実を隠すための陽動・・・」
「そうです。悪魔憑きというより、本物の悪魔の子がいる。そして、その悪魔の子が行動すれば、当然本物の悪魔の手下が生まれる。しかし、周りにおかしな悪魔憑きと称するものが増えれば、本物は隠されることになる」
ドミニクは、悪寒と共に、冷や汗が、一筋、背中に流れていくのを感じた。
「恐るべき奸計」ドミニクがつぶやいた。
「然り・・・我らがこれから立ち向かうのは、本物の悪そのものなのです」
お読みいただいてありがとうございます。
いかがでしたか。
現在西暦1172年の6月です(文中です)
今度日付までいれようか迷っています。
当時は教会の暦に従っていましたので、それ風に書きたいのですが・・・
資料がないのです。カール・ハインリヒ・ビーリッツの教会の暦の歴史に関する本、欲しいなぁ・・・
時代考証はお金かかるのです。




