第32節 坊主、裂け目に落ちる
アグネスさん、綺麗なのですが、目が時々怖いそうですよ・・・
鉱夫さんが様付して呼ぶということは、実は高貴なお人なのでしょうか。
「あら、ロタール、おはよう」
ロタール呼ばれたのは昨日の鉱夫さんだった。
「昨晩、坊やを雇ってくれたのはロタールだったのね?」
「はい、それで今朝、事後となりましたが、報告に参りました」
後であっても報告は必要だそうだ。本来ならカウンターの石板に記録しておかないといけなかったらしい。そうでないと、坑道で行方不明になっても誰も探してくれないらしい。確かにそうだよなと納得した。だって中に入ったかどうかわからないもんね。
「坊主、よかったら昨日の片付け手伝ってくれないか。お礼は焼きたてのパンだ」
ロタールは、袋の中にパンを持っているようだ。確かにいい匂いがしてる。うん、僕は即決だ。
「お願いします」
「おお、いい返事だな。仕事はすぐ終わるから、終わったら次の仕事を探すといい。じゃ行こうか。おっと届出」
アグネスは、ニコリとして一枚の石板を出して記入した。無事に帰ると石板の内容を消すそうだ。カウンターの後ろの棚には石板が沢山積まれている。
「じゃ、戻ったら報告してね。いってらっしゃい」
ロタールは昨日の台車を押してきていた。
「こっからは下りだから、坊主、台車にのってくれ」
なんでも下りは重い方がコントロールしやすいそうだ。念のための腰にロープを結びつけてロタールはロープは使わずに、取っ手を掴んで引っ張るようにして台車を進めていった。自重で落ちようとするのを引っ張る感じだ。いざというときには前にもブレーキがついているので頼むといった。
ロタールは昨日の坑道の分岐までくると、出てきた方とは反対の坑道に入り、カーブを下っていく。登りと下りでルートが違うらしい。
下りはスピードも出て、楽にハインリヒの大広間についた。積み替え場所までは、あまり高低差がないので、僕は台車から降りて後ろから押すことになった。積み替え場所につくとロタールは台車のブレーキをかけて、トロッコに乗るように合図した。今度は単にブレーキ係だそうだ。ロタールが巻き取り装置をリリースすると同時に、ブレーキを僕がかけ、下りるスピードをコントロールする係りだそうだ。基本的にはゆっくり下りるように指示された。スピードがですぎると巻き取り装置のカチカチではうまく止められなくなるので、なるべく歩くぐらいのスピードでトロッコを下していく。昨日のあの距離が一瞬のようだった。積み替え地点についた。昨日のトロッコに乗り換え、ブレーキをセットした。同じことの繰り返しだが、より慎重に微妙なコントロールができるようにやった。なんか遊び感覚だったので楽しかった。
「よーし、ついたぞ。ブレーキうまくなったな。ほれ!約束のパンだ。親方が来たら、上に連れていくから、食べて待っててくれ」
僕はお礼をいうと、パンを割いて食べ始めた。焼き立てだからか、皮もやわらかい。パン焼き小屋の見習いになったら、いつでも食べ放題なのかな・・・僕は真剣に考えた。
あっという間に食べてしまった。あ、すこし残しておくべきだったよ。次はいつ食べられるかわからないんだもん・・・
食べてしまって手持無沙汰になった僕は、あたりをうろうろと歩き、珍しいものを見て歩いた。時々ロタールさんが遠くなると急に暗くなるので、明るい方への移動を余儀なくされた。しかし、すごい塩の柱の量だ。見とれたいたら、急に真っ暗になった。うわ。慌ててロタールさんのいる方向を探したが、真っ暗で何も見えない。
「動くなよ。塩の近くには岩の裂け目があるから落ちるぞ・・・今、すぐ唱えるから待て」
遅かった。すべてを聴くまでの間に方向感覚を失った僕は後ろ向きによろめいた。体制を立て直そうとして後ろに足をついた途端、そこには地面がなかった。僕は裂け目に落ちたのだった。体がやわらかいというのは、子供の特典だ。僕は落ちなかった足をすぐに引き寄せ体を止めようとした。
滑って落ちていったが、意外と足がすぐに引っかかって止まった。下から吸い込むような空気が僕の背中をかすめて落ちていく。意外な風の冷たさに、僕は怯えてしまった。とにかく、引っかかっている。上に上ることはできるだろうか・・・
「おーい、坊主、どこだ?・・・急に真っ暗になったから動揺したか?聴こえたら声を出せ!」
「ロタールさん、ここです」
「ん?裂け目に落ちたな?動くなよ・・・こっちか?いや、いねえな・・・それともこっちか?」
裂け目の中が急に明るくなった。ロタールさんが覗いているからだろう。
「いた。よく引っかかったな・・・よかったよ。そのまま落ちたらどこまで続いているか確かめた奴はいねえからな・・・おい、よく聴け、そこは良く落ちるんだよ・・・親方が砦に言って、今度網を設置してもらう話が出てたんだ矢先だぜ・・・まぁ、今はそんなことどうでもいいな・・・坊主、ちょっと右の方見ることができるか?」
僕はたまたま右を見ていたので、はいと答えた。
「そこの足元は、キャットウォークみたいになっているだろう?キャットウォークって猫が歩くような細いやつな・・・昔の坑道の跡なんだよ。そのままそのキャットウォークを右に進めそうか?」
そ、そんな・・・落ちてはいけないという気持ちが筋肉を硬直させ、動けないでいた。
「いいか、しっかり聞け。まずは落ち着くんだ。今、救助用のロープはない。取りにいけるが、いくと魔法の主である俺がいないから、そこは真っ暗だ。でも、坊主がちょっと横に動くと小さい横穴があるはずだ。
よく聴けよ。その横穴は、古代の坑道だ。今は使われていないが、そこに入れば、反対側から助けにいける。そのままその斜面で暗闇で待つか、明かりが見えるうちに横穴に入るか、どっちか好きな方を選べ。ただし、この裂け目は地獄につながっている可能性が高い。昨日うちの専属傭兵が警戒してただろう?」
そうだ、しきりにあちこちの裂け目を除いてた・・・やばいかも、まずいかも、どうしよう。きっとトカゲのでっかいような魔物が壁をひたひたと登ってきて、足を齧られてしまうかもしれない・・・うは、足が震えだした。
「坊主、どうする?」やけに落ち着いた声だ。ロタールさんが続けた。
「ちょっと前だが、塩柱加工のおばさんが落ちたんだよ。でもさ、カニのようにじりじり動いて横穴に入って、自分で歩いて戻ってきたんだ・・・おばさんだって大丈夫だったんだから、坊主にもできるんじゃないか?」
うーん、だから声が落ち着いているのか・・・おばさんよりは身が軽いつもりだ。なんか急に怖くなくなってきた。
「ロタールさん、やってみます」
「お、そうか、暗くなったら言ってくれ、俺が右に動くからな」
僕は返事をして、横にずりずりと動きだした。まずは右足をすり足ですこし移動し、崩れないか確認しつつ、右手の引っかかる石を探し、安定しているか見極め、左足を引き寄せて、左手を引き寄せなにかを掴む。なんどか繰り返しているうちに、急にお腹のところに凹んでいるところがあり、斜め前に倒れそうになった。必死で支えたが、筋肉痛だったことを思い出してしまった。
僕が思わずうっという声を出したので、ロタールさんが声を掛けてきた。
「どうした。暗くなったか?」
「穴があるようです。入れるかどうかやってみます」
「よおし、いにしえの坑道は、人が入るとほのかに光る古代の魔法がまだあるはずだ。そこにいてもいいし、一本道だからずっと進んでもいいぞ。突き当たると上にあがる階段がある。それを登ると塩柱の集積場の隅にでれるはずだ。どうする?」
「わかりました。進んでみます」
「よおし、いい子だ。じゃ、向こうで会おう」
ロタールさんは動きだしたようだ。急にあたり一面がまた暗闇に包まれた。
でも、ほんのりと坑道が明るくなってきた。ここに居ても仕方ないので、僕は前に進むことにした。腰を屈めないと歩けないぐらいに低くて丸い坑道だ。レオン様だとハイハイしないと通れないんじゃないかな?レオン様のそんな姿を想像してたらなんかおかしくなった。ニヤニヤしながら歩いているうちに、少し先の壁に光るところがあることに気づいた・・・
光るところに近くになるにつれ、僕の肩が熱を帯びてきたように感じた。岩の裂け目から白い光が見えている。近づいてみると、なにかの本が裂け目に押し込まれていて。本自体が光っているように感じる。手を差し込んで、なんとか本に触れることができ、中指の先を辛うじてひっかけて、前に引きずりだした。革表紙の本だった。
表紙にはルーン文字が書かれている。あれ、読めないじゃん。
僕は、本当にルー文字なのか、それても汚れていて読めないのか、すこし表紙を撫でてみた。
文字が光だし、文字がラテン文字に変わった。なんていうことだ・・・本物の魔法書じゃないの?
お読みいただきましてありがとうございました。
少年は、危機一髪でしたね。しかし、なんか大変なものを拾ってしまったようです。
指輪を拾って大変な目にあうお話がありましたが、なんか不幸な大冒険のフラグでないことを祈ります。
次話は深夜になりそうですが、なるべく早く投稿しますので、ご期待ください。




