第75節 アーベントイラー 地下通路の果てに
遅くなりました。どうしても眠くて、お昼寝てしまいましたぁ・・・
皆さんの予想どおり、地下通路の先にあったものは・・・
Ⅰ 明星亭
カールさんを先頭に明星亭に入っていった。
「いらっしゃい!」女将さんだ。いつもだと、ウェルカムは、アーデルハイトの仕事なのだが。アーデルハイトはどうしたのと訊くと、お使いに行っているそうだ。
「あら、今日は人数が多いのね。いつもの席だと足りないわよ。テーブルを二つに分けてもいいかしら」
「構いませんよ」
「えっと、じゃ・・・あら、可愛らしいわね・・・新しい女性?ここの砦の人ではないわね」
そういわれて反応したのが、族長さんだった。
「あ、私達、アレマン人でして、銀鉱山で働いているんです」
「あらそう、よろしくね。で、その民族衣装の二人は、素敵ね~民族衣装?あら、クリスタちゃんまで、同じ晴れ着じゃないの~お似合いよ」
「ありがとうございます」ニコーレさんが応えた。
女将さんは、晴れ着ばかりに目を取られていたようで、シュテファニーさんとニコーレさんを見て、驚いた。
「あら、まぁ~ 双子ちゃんなの? 珍しいわね~
もう、これはもう神様の思し召しじゃないの?若い子の双子なんて、そうそういるもんじゃないわよ。なに、クレメンスとコンラートは、鼻の下が長―くなっているわよ」
双子の盾職は、赤くなっていた。こうやって、周りの人が、お似合いとか言っていると、本人たちに脈がある場合、どんどん進行していってしまうんだよね。
でもね・・・アーデルハイトみたいに、つんつんしていて、攻撃的だと、いいなと思っていても、嫌になっちゃうんだよね。
「ちょっと、クリスタちゃん。晴れ着、おばちゃんによく見せて・・・
あ、そうそう、ご案内しないとね・・・とりあえず、適当に座ってね」
どうやら、女将さんは、銀鉱山を城塞都市の北側にある、新しい鉱山の方と思ったようだ。あっけない対応だったので、族長さんもほっとしているようだ。
「カールさん、すみません。訊いてもいいですか? アレマン人は、結構いるのですが?
女将さんは、特別な反応もしなかったので・・・」
「ああ、うちのクリスタちゃんのように、結構いますよ。ここの砦でも、砦の役人の女性でベルタさんが一番有名ですかね・・・アレマン人だと時々話は聞きます。ここの街だって、ザクセン人にバイエルン人、ラテン人など、雑多な集まりです」
「そうですか・・・私が銀鉱山といっても、女将さんはスルーしましたけど、ここは塩鉱山ですよね?珍しくないんですか?」
「いや、多分ですが、女将さんは、城塞都市の近くの銀鉱山と勘違いしていると思いますよ」
「ああ、そういうことですか。納得しました」
お昼は、また、玉ねぎケーキだった。アレマン人の女性アーチャーは、すごく喜んで、美味しい美味しいと騒いだものだから、女将さんが大層、喜んでいた。そして、盾の双子にまた連れてきてくれと、おねだりしていた。
すこしして、アーデルハイトが帰ってきた。
「なんか、広場に偉そうな人が、傭兵団はどこですかって、騒いでいたよ。行かなくていいの?」って教えてくれたので、慌てて広場に向かった。
「すみません、お待たせしました」カールさんが謝っている。
「いや、大丈夫、大丈夫。さて、補給が整ったら、また探索にまいりますぞ」
「はい、じゃ、使徒様、お願いします」
Ⅱ 水路
そんなわけで、また、探索が再開された。
カールマンさんは待たされたので機嫌が悪いのじゃないかと思ったが、そんなことはなかった。相変わらず、独り言劇場で、考えていることがダダ洩れだった。
「手すりの高さを計測しておかないとな・・・恐らくこれで彼ら古代人の身長が予測できるのだ・・・いや、文化的に同じとは限らんぞ・・・ぶつぶつ」
つまり、カールマンさんの頭の中は、学問的な、知的な好奇心であふれていて、待たされたことか関係ないのだろう。待っている間だって、推測や仮説などが頭の中を飛び交っているのだから。学者というのは、変わっているものだ。
さて、相変わらず、廊下は同じ状態で続いている。3分の2が廊下で、3分の1が用水路だ。水は、進行方向から流れてきていて、途切れずに続いていた。僕らが白い床を歩く足音だけが聴こえている。
「この水は、高低差だけで流れているのだな・・・この廊下は、土の中を正確に真っすぐ貫かれておる・・・土圧もすごいものだろうに・・・どうやって上からの荷重を分散しているのか・・・地下につきものの天井や壁からの地下水も全く入っていない。溶かした金属を伸ばしたように、ずっと繋目がない・・・金属だとしても腐食しとらん。驚きじゃ」
相変わらず、独り言劇場の主演だ。
「これ、どこにむかっているんすかね?」アレクシスさんが退屈そうに訊いた。
「うむ。方角がわからなかったのだが、建築物の関連性からすれば、恐らく、塩砦の地下ではないだろうか?」
「ひぇ~、相当距離あるぜ・・・」
「うむ。さっき、砦に戻った時に計算してみたのだが、あと1万歩も歩けば、塩砦のはずだ」
すごいな、このおっさんって、アレクシスさんの顔に書いてある。クリスタは、それを聴いて数を数えだしたが、100を超えるとあやふやになって、またゼロから数えなおしていた。教えてあげないとだが、今はそんな余裕はない。でも、傭兵団の大人だって、ちゃんと数えられるか怪しいものだが。
数についていえば、石工の親方たちは凄かった。図面というものに、数字が書いてあって、その通りに造っていけば、城壁が繋がっていくのだそうだ。確かに出来栄えはよく、遠くから見ても砦の城壁の天端は一直線に揃っていた。しかし、この廊下は、はるかに優れた技術で造られている。カールマンさんは、小人、つまり、ツヴェルク伝説の元となった、実在の種族なのかもしれないと言っていた。ツヴェルクといえば、夜のうちに靴を作ってくれたりとか、妖精のイメージだったけど、なんか、こうやって凄い建物を見せられると、なんか、イメージが変わっていくものだね。
ずっと、前の景色に変化がなかったのだが、なんか終わりが見えてきたようだ。
「おや、行き止まりのようだぞ。急ごう」カールマンさんが早く歩き始めた。
僕はついていけない。足が短いからね・・・みんなもマイペースで歩いているので、僕もそうした。カールマンさんが、先の方へ歩いていくと、壁の明るさが一緒に動いていくことに気付いた。そうか、魔法の明かりに反応して、増幅しているのか・・・理解したよ。
「おーい、早く来てくれ、すごいぞ」
無理ですって。カールマンさんは、学求心というか、探求心という心のエネルギーがあるからいいけど、僕らのエネルギーは、お金とかご飯だからね。アーベントイラー、つまり冒険者なんて皆そうじゃないかな?
カールマンさんは、僕らが遅いことを特段怒ることなどなく、自分の研究観察に夢中だった。つまり、独り言劇場なのだ。
「ほうほう、この水は、常に一定量、出ているようだな。どうやってコントロールしているのだろう・・・おや、なんとなく、水量が落ちてきたようだが・・・族長のいじったのが、今頃になって効果を生んでいるのか?恐らく水量のコントロールつまみだったんだろうな」
廊下は唐突に行き止まりになっていた。手すりは、正面の壁にあたって終わっている。水のほうは、壁に穴があいており、そこから、まだ出続けている。そして、右の壁には、開口部があった。廊下はそこで右に曲がっていたのだ。しかし、幅は半分ぐらいに狭くなっている。カールマンさんが、どんどん先に進んでいったので、後に付いていった。
「おーい、階段があるぞ」カールマンさんが言った。どこか嬉しそうだ。
廊下は行き止まりになって、そのまま階段になっていた。少し上ると、踊り場があって、折り返してまた登る。何回か繰り返したのちに、階段は踊り場になったまま、唐突に終わった。踊り場の横幅の3分の1ぐらいの幅の出口があった。そして、その外側は、岩になっている。入り口のところの逆のような感じだ。繋目がなく、岩と一体化しているが、外側は全て岩だ。
「一体どうやって作るのだろう・・・岩が先か壁が先か、それが問題だ」
うーん、考えていることが、相変わらずダダ洩れだよ、カールマンさん。
出口の正面は、岩の壁だった。急に暗い感じになったので、皆が明かりを唱えた。あまり変わらない。恐らく、今までの白い壁が明るすぎたので、目が慣れてしまったんだろう。
岩の壁と見えたのは、天然の洞窟の壁で、左のほう続いていた。右はすぐ壁だ。足元も急に凸凹しているので、長く歩いた疲れがどっと出てきた。
「カールマンさん、ここはどこでしょうね?」
「うむ、今から調べるしかないのだが、推測が正しければ、塩砦の地下洞窟だと思うのだが」
皆で、左側方向に洞窟を進んでいった。しかし、すぐに行き止まりになった。
「おや、行き止まりか・・・いや、スリットがあるぞ」
そういうと、カールマンさんが、その縦の裂け目に入っていった。
「おーい、来てくれ」
カールさんがその声に応えて後に続いた。裂け目は、L字型になっており、すぐに別の洞窟に繋がっていた。そしてその洞窟はすぐに終わり、広い空間に出た。もちろん洞窟の一部だが。
「おや、ここは見たことがあるぞ・・・」カールさんがつぶやいた。
「ここは、地底湖だったところじゃない?」クラウディアさんが叫んだ。
「ということは、危険だ。魔物がでるぞ。すぐに帰って、武装を整えよう」
カールさんが言った。
「うむ。そうだな・・・今日はここで終わりにしよう。その方がいいだろう」
僕らは、塩砦に転移門で移動した。この発見は、すぐにオットー様達に報告された。
Ⅲ 塩砦
「なんていうことだ。地下でつながっているとは・・・」
「そうだな。推論通りだったので、たのしかったぞ」
「カールマン様は、相変わらず鋭いですからね。公爵軍の宝ですな」
「いやいや、ワシよりも、鋭いお方がいるのだ。そのお方に負けぬよう、切磋琢磨することで、ワシらは更に鋭くなっていく。そしてその成果を公爵領全体が手にすれば良いだけのこと。悪魔との戦いは総力戦だからな」
「御意。お疲れでしょう。あちらに宴の準備がございます。どうぞお寛ぎください」
「うむ。ありがとう、あと、殿下やカール達に宜しく伝えてくれ」
砦の食堂で、僕らは待っていた。ここに入るのは久しぶりだ。兵士達の食事以外には、作戦会議などで使われるだけなので、広さもあって、比較的空いていて便利な部屋だ。
オットー様が入ってきた。この部屋には扉がない。厨房への扉はある。
「諸君、並びにアレマン人の方々、この度は、大変な探索を見事に成し遂げてもらった。
砦を代表して、そして、公爵領全体を代表して、御礼申し上げる。
カールマン様も、いたくお喜びであった。皆の苦労を労っておられたぞ」
(オットー様のこの言い方からすると、やはり身分の高い人だったのか・・・)
「さて、族長殿」
そういって、オットー様はテーブルの椅子に座った。
「今後の話なのだが、恐らく、其方の銀鉱山を含む土地一帯は、公爵様の領土に組み込まれるだろう。そうなると、諸君らアレマン人の一族は、ここに暮らすザクセン人、バイエルン人たちと同じく、公爵領の領民になる。
領民となれば、税金がかかる」そういって、オットー様は、にやりと笑った。族長さんは、覚悟していたようで、厳しい顔で黙っていた。
「族長よ。気に病むことはない。アレマン人には、いくつかの選択肢を用意する。その中から選べばよい。今の鉱山に暮らし続けてもいいだろう。税金はかかるが、銀を採掘すれば、簡単に払える。ただし、例のアンデッドの件が終了するまでは、一時的に移住をお願いしたい。司祭館の地下にあると思われる部屋が解明されたない限り、あの付近に住むことは、かなり危険だからだ。
諸君らを、全員1か所で受け入れることは、現時点では難しい。テントを使用するなら、ここの訓練場あたりで行けるだろうが、これから寒くなるので、厳しいよな・・・
族長、おぬしはどのように考えているのだ?」
「はい。私たちの村も、幼子がなかなか生まれず、男ばかり増えて、実のところ、種族としての限界が近づいておりました。このままでは、滅びるばかりです。やはり、人は新しい血を、新しい文化を受け入れねば続かないということを痛感しております。
ただ、私たちは、耕さない農作をし、家畜を細々と育て、最小限の暮らしをしておりました故、他の村人、いや、街の人に溶け込めるかどうか、わかりません。
あの村は日が射すところは、あの穴の下しかございません。人間は、日にあたらないと、おかしな病気になります。洞窟や鉱山の奥に暮らせないのは、そのせいでもあります。
このお話は私の一存では決められませんので、一旦、一族のものに諮りたいと思います。どうかお時間を頂けましたらと思います」
「うむ。わかった。まぁ、今のは先に延ばしてもよい。公爵領にまだなっていないうちから、あまり動いてもよくないからな。其方の村には、現在、警備の兵士を派遣しているが、様子を見て減らしたい。南のゴブリンの動きも気になる。一連の活動で、あやつらや、他のデーモンを刺激した恐れもある。大量のゴブリンが攻めてくる可能性もある。実際、この砦も最近攻められたし、北にある廃墟の山城も、占拠しようと大量のゴブリンが押し寄せたばかりだしな」
「そんなことがあったのですか・・・」
「うむ。ゴブリンの増えるスピードは速い。しかし、やつらの穴ぐらは広くないからな。すぐに人口爆発だ。従って、外に新しい巣を求めて、はぐれゴブリンが出ることになる。
其方の南にある巣はどうだ?」
族長さんは、話を振られたが、よく分からないようだったので、シュテファニーさんの顔を見た。シュテファニーさんは、頷いて、発言の許可を申し出た。
「あの、よろしいでしょうか?」
「うむ。申せ」
「ありがとございます。私は、村の守備や警らを担当しております射手のシュテファニーと申します」
「うむ。存じておる。弓の腕が凄いそうじゃないか」
シュテファニーさんは、すこし赤くなった。
「あの、ゴブリンは、巣穴が狭くなってくると、攻撃性が高くなるようです。以前よりも、外に出ているゴブリンの数も増えたようで、ここ数か月にわたって、遭遇し、戦闘に至るケースが増えております。騎士様がご心配されている、はぐれゴブリンの群れ出現も間近ではないかと思います。
・・・私が一番心配しておりますのは、私たちの村が、実はゴブリンの巣としても好都合であることです。あの辺りを丹念に調べれば、容易に発見されてしまうと思います」
オットー様は、感心しているようだった。確かに、しっかりとした観察眼、推察する能力、理論的に説明できる力、さらに、弓の腕、すごいと僕でさえ思う。
「シュテファニーとやら・・・お主、ワシの軍に入らぬか?給金は弾むぞ。それにだな・・・
わが砦のエース、クレメンスをやるぞ」
クレメンスさんも真っ赤になった。勿論、シュテファニーさんも夕日の太陽のように真っ赤だ。
「聖騎士様!」ニコーレさんが、叫んだ。
「なんだ?」
「失礼ながら、そのお役目、私にもいただけましたらと存じます。その代わり・・・」
「わかっておるぞ・・・コンラートを寄越せというのだろう?」
甲高く、オットー様が高笑いをした。
「よしよし、クレメンスもコンラートも、あんなことやこんなことを好きなようにしてよい。のう?カールよ」
「御意」流石、聖騎士ファンのカールさん。オットー様に心酔しているからね。
オットー様は、今度は族長さんに向き直って言った。
「族長、どうする? 4人の婚礼を許してやるか?」
「参りました。二人の様子から、こうなるとは思っておりましたが、聖騎士様のお墨付きとあらば、致し方ありません。しかし、この二人は、私たちの村の数少ない若い女性です。このまま取られてしまいますと、わが一族の存亡が危機に瀕します」
「まぁ、それはよくわかるぞ。一度、お見合いでもするか?祭りがよかろう。最近はやっていないのだが、若い男女が知り合う祭りだ。よい出会いがあるかもしれぬぞ」
「ありがとうございます」
「さて、引き続き、カールの部隊は、アレマン人村落の警備を頼む」
「は!」カールさんが立ちあがって敬意を示した。
すぐに、オットー様は、食堂を出ていった。扉のない出入口からだ。これは緊急出動できるようにつけてないらしい。真冬はつけるらしいけどね。下働きの人が入れ替わりで入ってきて、暖炉に薪を足していった。
カールさんが、立ちあがったまま、皆に告げた。
「明星亭で食事をしてから、村に戻ろう」
僕らはぞろぞろと食堂を後にした。
エールで乾杯をした。アレマン人たちは、エールが気に入ったそうだ。とくに泡がいいそうだ。
「いや~オットー様は、すごいですね・・・流石、聖騎士だけあります。
シュテファニー達をくれっというのには、驚きましたが、まぁ、どう考えてもそれがいいのでしょうね。そうでなくても、双子は結婚が難しいですからね」
「そうなんですか。それはなぜ?」
族長は言い淀んで、黙ってしまった。
「まずね、双子からは双子が生まれやすいのよ」アポロニアさんが言った。
「あとね、双子の好みは一致するから、同じ人を好きになるのよ。
こっちは二人なのに、あっちは一人だと、上手くいかないでしょ?
だからね・・・部族によっては、忌み嫌われる場合もあったと聴くわ・・・アレマン人がどうかは知らないけどね・・・そうでしょう?族長さま」
「はい、修道女様のおっしゃる通りです。なかなかうまくいかないものですね。私達に双子を忌み嫌う習慣はございませんので、ご安心ください。この二人は、なかなか、結婚できなかったので、今回は、本当によかったと思います。村が落ち着くまでは結婚は難しいですが、早いところ、あの忌まわしい、暗黒司祭の館をなんとかできればと思います」
「そうですね。禁術の解明ができれば、西の森に救うアンデッドたちも退治できるんじゃないかなと思っています。教皇庁へは、早馬が仕立てられたと聴いておりますので、すぐに、専門家が派遣されるでしょう。神に祈るしか、今はできませんが・・・」
族長さんは、アポロニアさんの言葉に深く頷いていた。かつては、洞窟の共同墓地から死体を盗んでいたぐらいだから、いつ村に侵入してもおかしくないのだ。もしかしたら、今がその時かもしれないのだ。僕は背筋が冷やっとした。
いかがでしたか?
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