第75節 アーベントイラー 北城壁の探索
いつも、お読みいただきありがとうございます。
今日はすこし緩めです。
Ⅰ 門番小屋 寒い日の朝
最近は、すっかり明るくなるのが遅くなっているような気がする。なんとなく夜が長い。寒くなってきたし、朝夕の冷え込みが厳しくなってきているよ。
今朝も寒くて目が覚めたんだ。寒い空気を吸うと鼻が痛くなるじゃない?それね。仕方ないので、わら布団から出て、暖炉に薪をくべて、火をつけようとしたのだけど・・・
(あれ、薪がない・・・)
そういえば、昨日の夜、薪がなかったんだ・・・だから追加で足さなかったんだけど、こんなに冷え込むとは思わなかった。僕は、隣のアーデルハイトとの境の石壁を触ってみた。ほんのりと暖かい。彼女は暖炉をつけて寝たんだろう。こうしていても仕方ないので、服を着た。もう、裸で寝るのは無理があるかもな。服が冷たい。
僕は部屋の扉を開けて外にでた。左側に回りこんで、部屋の右横に置いてある、薪を取って、中に入ろう。
(あれ、薪が一本もないじゃん・・・)
アーデルハイトから借りて、後で返せばいいかなと思って、建物の反対側に回った。
(あれ、アーデルハイトの薪もないぞ・・・)
参ったな。マントとかケープとか毛布とか欲しいなぁ。そういえば、ここに来て、初めての冬じゃん。冬の支度全然してないけど大丈夫なのかな。みんなどうしているのだろう。このあたりは、雪が結構降るらしいから、僕、やばいよね。凍えちゃう。
とりあえず、どうにもできないので、諦めた僕は、集合場所に行ってみることにした。
なにしろ、時間がよくわからないからね。集合は、いつも第2門の開門時間だけど、それだって日が明けてから開くといった、微妙な時間設定だからね。例えばだけど、第1門よりは、後に開ける決まりらしいので、ていうか、砦の門が開かないと、交代要員が第2門にたどり着けないからね。
僕は、部屋にカギをかけて、出かけた。門前の広場には誰もいなかった。ちょうど、これから第2門が開けられるようだ。門の横で震えながら待っていると、門番さんが声をかけてくれた。
「使徒様、寒そうだな・・・まだ、傭兵団の連中は、だれもきてないから、ちょっと暖まっていきなよ・・・こっち、入んな」
僕は言われるまま、吸い寄せられるように門番小屋に入っていった。
門番小屋は、門を出入りする人の記録所だ。兵士の待機所とは別に設置されている。
偉い人は関係ないが、結界馬車の御者さんなどは、出入りを記録する決まりだ。第3門から出ない場合は記録しなくてよい。本来は第3門ができたときに、移設すればよかったのだが、まだ、工事が終わっていないので、あまり重要性がなく、後回しになっているらしい。
門番小屋に入ると、すごく暖かった。
「どうだい、ぬくぬくだろう? 砦から支給された、石炭ってやつを試したんだよ」
石炭って、ヘルマンさんが、鉄を鍛えるのに使っている、燃料だよね。
「へー、それってヘルマンさんが使っているのと同じですか?」
「さすが使徒様だね。その通りさ。石炭というのは、古代ギリシャのころから使われているって話だからね。最近、帝国から入るようになったんだよ。それでさ、薪がすごいだろ?使う量がさ。なんでも今薪が不足しているからさ、少ない量で軽い石炭を使うように指示が出たんだよ」
「薪って不足しているんですか?」
「そりゃそうさ。昔は、森に拾いにいけたし、木だって沢山切っていたらしいが、今は、森には行けないし・・・木だってそう簡単には切にいけないからね・・・
それに砦の拡張工事で、貯木していたのを大量に使っただろう?だからさ、ストックが少なくなったんだよ。このあたりで、冬に薪がなければ、死につながるからね・・・」
僕は、足元の石炭を見た。壊れたバケツ型のヘルムを逆さまにして、その中で燃やしている。少ない量で、すごく火力が強くて暖かい。でも煙というか、ちょっと喉がやられそうな匂いだ。
「お、使徒様、お仲間がきたようですよ」
僕は、門番さんに言われて外を見た。クラウディアさんが来ていた。大丈夫なのだろうか?昨日は、結構メンタルやられてた感じだったものね。
「おじさん、ありがとうございました。また、暖まりにきてもいいですか?」
「いいよ、いいよ。砦の費用だから、皆の暖房だからね。その代わり、防衛頑張っておくれ」
「はーい。頑張ります」
僕は、ビシッと挨拶して、門番小屋を出た。出たところでクラウディアさんと目があった。
(どうしよう・・・なんて言葉をかければいいのかな?)
心配をよそに、クラウディアさんは、ニコッとほほ笑んで、声を掛けてきてくれた。
「おはよう! 使徒様。朝早いのね? なんか、ほっこりしてない?」
「おはようございます。今、門番さんのご厚意で、石炭で暖まっていたんですよ」
「どれどれ、手を貸して?」
クラウディアさんは、僕の手を握った。
(うひゃ、冷たい・・・)
「ふにゅにゅにゅ・・・やわらかいね・・・ぷにぷにぷに・・・すごい暖かい手ね。もしかして眠いんじゃないの?」
「いや、クラウディアさんの手が冷たすぎるんですよ」
クラウディアさんは、よほど手が冷たいのだろう、僕の手を離さないで、猫の手のように扱っている。
(ペットになった感じがする・・・ていうか、手が温かいと眠いというのは、赤ちゃんだ)
「こら、何、手握ってほっこりしてるのよ?」
おや、これは、アポロニアさんの声だ。
(すごい、アポロニアさんが、マント着てる。いや、マントが歩いているみたいだ)
「グートゥン・モーーールゲン。使徒様、クラウディア」
「グートゥン・モールゲン。これはこれは、マントの女王様」
「もう、やめてよ・・・寒くてね・・・裾の処理が終わらなかったけど、寒いよりいいわよね・・・もう、ザクセン人は背が高すぎなのよ」
確かに、マントの裾はがたがただった。切ったままなのだ。半分ぐらいは縫ってあった!が、残りの半分はナイフで切ったままだった。
「よう、おはようさん。今日は、砦の外にちょっとだけ出るので終わりだろう?」
アレクシスさんだ。後ろには盾職の二人がいた。
「あれ、カールがきてねぇのか。あとはクリスタね?」
「今日はお休みよ」アポロニアさんが言った。
「お弁当は、砦で食べるからね・・・」クラウディアさんは同意している。予め女子でそういうふうに決めていた感じだ。
誰も反対する人はいないよ。クリスタは大変だから、たまにはゆっくりして、お父さんと一緒に一日を過ごすべきだと、僕も思うよ。
「カール、遅いね・・・あ、きたよ」クラウディアさんが見つけたようだ。
砦の方を見ると、カールさんが、やってきているが、オットー様の前を歩いている。露払いのようだ。
「すげぇ、小物感半端ねぇぞ」
「ちがうわよ、オットー様が大物なのよ」
アレクシスさんも、クラウディアさんも酷いよね。
「仕方ないわよ。貴族で、騎士で、砦の守備隊長で、聖剣持ちと・・・
独身で傭兵で、変な名前つけている傭兵団長からね、1ミリも勝てるところないもの」
(ちょっとアポロニアさんも酷いよ・・・)
カールさんは、僕らの前までやってきた。オットー様は、門番の小屋によるそうだ。
カールさんが、僕らのところまでやってきて何か言っている。
「おい、今、酷いこと言ってなかったか?」
「ううん。気のせいじゃない?」クラウディアさん、酷いな。
「幻聴が聴こえだすと、やばいらしいよ。カール」アポロニアさんも酷い。
「まぁ、人気者は辛いよな。カールさんよう・・・」
「おい、アレクシス。悪意を感じるんだが・・・」
「おっと、オットー様が出てきたぜ。話はあとだ」
(その辺が、小物感を生んでいるんだと思う・・・)
オットー様は、門番小屋から出てきたが、なんかニコニコだった。
「皆おはよう」
「おはようございます」
「今日は、朝早くから済まない。一応、無駄だと思うのだが、変な噂で皆、浮足だっているからな。調査は早く済ませ、公開したほうがいい・・・協力感謝する。さぁいくぞ!」
僕らは、オットー様を先頭に第3門まで歩き、砦の外に出た。
そういえば、初めてかもしれない。新しくできた城壁をまじまじと見た。第3門を出ると、そのまま街道にアクセスする道なのだが、その道をまっすぐ歩かないで、左に曲がって路肩になっている丘みたいなところを登る。その丘を掘削して、新城壁は建造されているのだ。
僕らは、メンテナンス用に作られている石段を登り北に向かって新城壁伝いに歩きだした。結構高さがある。新城壁の上には、警備の兵士さん達が、等間隔でいて、パトロールしているようだ。オットー様は、兵士を見かけると、指笛を鳴らして自分たちのことを知らせている。兵士さんはオットー様だとわかるとピシッとして挨拶してくれる。
新城壁は結構長いので驚いた。昔は、旧北城壁の北側にある、そんなに広くない、なだらかな丘のようなところだったと思ったのだが、砦の内側に取り込まれると、それなりに長く感じるね。
新城壁に囲まれた部分には、乗馬場、これはシャルロッテ様のために宮宰様が造られたのだが、騎馬の練習をするための周回コースだ。これが一番北側だったと思う。厩は砦の中なので、訓練する時は馬で行く。
その手前に緩衝ゾーンがあって、弓の練習場があって、通路があって、エールの醸造場と宿舎がある。醸造場や宿舎は、もともとの旧北城壁を利用して建てられた。
「なんか、眺めがいいですね」カールさんがオットー様に話しかけている。
「そうだな。魔物が見えないといい感じなんだが・・・」
オットー様は、盾を構えたまま、小さい手斧を持って歩いている。勿論、皆、警戒しているし、武装している。なんか長閑ではあるけど。
南北に延びる新城壁は、丘を縁取るように立っている。塩街道は並走する感じだが、街道と丘の間には浅い谷がある。川はない。川は丘の反対側にある。
城壁は丘が終了しかけるところで止まっていた。角を曲がると、急に雰囲気が変わった。城壁ではなく、先を尖らせた丸太が、空を向いてびっしりと立ち並んでいる。
「あれ、こんなになっていたのか・・・」カールさんが間抜けな声でつぶやいた。
「はははは、カールの専門は地下だから、このあたりまでは管轄外か?」
(オットー様に言われてら・・・知ったかぶりぐらいすればいいのにね)
オットー様は、僕たちのために、解説をしてくれた。
もともと、北からの侵入を防ぐために、これらの丸太壁は設置されていたらしい。丁度丘の終わり部分に造られていたので、そこまで南北に新しい城壁を伸ばしたということだ。
この丸太は、雪解けを待って、来年の春から抜いて、城壁を築造する計画だそうだ。
「これ抜くの大変そうだな。やはり内側に新しい壁を立てるべきか・・・迷うところだ」
オットー様がつぶやいた。
Ⅱ 探索
一旦、立ち止まった僕らは、周囲の警戒と観察を始めた。城壁の北側は、東側と同じように浅い谷になっている。この谷を西側に向かっていくと、高い山があるが、その手前が川になっている。昔はこの谷は川だったそうだ。今でも雪解け水が増える春から夏にかけては、川になってしまうこともあるらしい。
オットー様は谷のほうに降りていって、地面を調べている。
「カール、来てくれないか?」
「は」 そういうと、小走りで、丘を下りていった。すこし足がもつれそうだ。
(ううっ、小物感というか、下っ端感あるなぁ・・・まぁ軍人だから仕方ないよね)
オットー様が、草などを指さしてカールさんに何か話している。それから、谷の向こう側を見てから、丘の上に二人で上がってきた。
「じゃ、西側へ行ってみよう」
そういうと、スタスタと大股で西に向かって歩いていく。とがった丸太が林立する横を早足で。風景は変わらないまま、西側で、南北に流れる川の手前まで着いてしまった。川側には、新しい城壁が立ちあがっていた。川の左右は、岩山のようになっている。その岩の上に、新城壁は増築されるように立ちあがっていた。高さは結構ある。川が侵食したのだろう。
川の両側には、河原があり、一部、草むらが生い茂っている。アポロニアさんが、なんか言っている。あのあたりの草が、白柳らしい。薬にできるんだよね。
ここからは見えないけど、この川の流れを利用した、水車小屋が鉱山街の下の方にはある。その上に、パン焼き小屋があるんだよね。
オットー様は、新城壁の下の方、川の両側にある石の山肌を観察し始めた。
「このあたりは岩肌でも、山羊とかがほぼ直角の壁を歩いていたりするからな」
「そうなんですか」
「カール、例のクランプスだが、足が蹄なんだよ。だから、岩肌も歩ける。しかも、すごい跳躍力をもつらしいぞ」
「ほうほう」
(うーん、カールさんて、絶対出世しない感ある)
でも何か言おうとしているみたいだ・・・がんばれ!
「オットー様、クランプスは山羊とは違って、草は食わないんですよね」
「うむ。そうなんだよ。だから、先ほどまでの草が食べられたような跡を見ると・・・」
「クランプスではなく、黒首山羊かもしれないというわけですね」
「かもしれぬな・・・しかし・・・」
「それを偽装として、実はクランプスかもしれないということですね?」
「そうだ。おぬしの言う通りだ・・・ここからは足場でもない限り進めな・・・戻ろう」
オットー様は満足気に戻りだした。
(おお、カールさん、すこしポイントゲットしたのかな?)
Ⅲ 明星亭
僕らは、第2門でオットー様と別れた。歩いたので疲れたね。朝と昼兼用で、ご飯をすることになって、そのまま明星亭になだれ込んだ。
「今日は、お昼用意してもらってないんですか?」
僕は、カールさんに尋ねた。
「うん。そうなんだよ。だから、クリスタも荷物がないから、休んでもらったんだ」
「お昼ごはんは大丈夫でしょうか?」
「お、さすが使徒様。大丈夫だよ。今頃、砦でお父さんと食べているんじゃないかな」
「手配していただいたんですか。ありがとうございます」
「いや、オットー様のご配慮だよ。あの御方は、本当にリーダーだよ。学ぶところが多い」
アーデルハイドがやってきた。本当に慣れてきている感じがする。ミニ女将だ。
「今日は、玉ねぎケーキね」
「おお、バイエルン名物?」
「わからないけど、もともとこの地方の料理よね」
玉ねぎケーキというのは、玉ねぎをスライスして焼く料理だ。ツヴィーベルクーヘンと呼んでいるキッシュみたいな料理だ。
出てきた。狐色に焼けていて、いい匂いがする。みんな一皿ずつ配られた。
「うめぇー」
「美味しいね」
「これは美味いぞ」
どう?って感じでアーデルハイトが出てきた。
「美味しい?」
「うん、ほっぺたが落ちそうよ」
「もしかして、アーデルハイトが料理したの?」クラウディアさんが訊いた。
「まぁね・・・」ちょっと得意げなアーデルハイトだ。
「すげぇな。どこで覚えたんだよ?」アレクシスさんは食いしん坊だ。
「おかあさんに習ったの」
「へぇ~大したもんだ」
「ふふふふ、じゃぁね、ごゆっくり」
いや、美味しかったでござるって感じだった。それから、カールさんが今日の探索の総括をしてくれた。
まず、目撃されたのは、暗かったので、不明であること。恐らく黒首山羊ではないかということ。2から3匹で行動することが多いようだから、その可能性は高く、蹄の跡も数頭という数だったこと。草が食まれていたので、おそらくクランプスではないという推測だ。
「一応、砦からの通達は、山羊だったということになるが、川のとこで話したように、クランプスが偽装している可能性も捨てきれない。城壁組は、警備を強化するとのことだ」
「もしも、クランプスだとすると、あの街道で見られた奴なのかな?」
「クラウディア、そうだと思うが、山羊かもしれぬ」
「じゃ、山羊が発見できたら、違うってことかな・・・」
「うーん、そこが落とし穴のようなものだな・・・人間は、自分のいいように解釈しがちだが、実際は、反対かもしれない。武人としては、反対側を想定して動くほうが、いいと思わないか?」
「いいこというじゃねぇか。カール見直したぜ」アレクシスさんが大きな声で言った。
「見直した」小さい声で、盾職の二人も口添えしている。
「ね、あとで北側の丸太のとこ、皆でいってみない?」
「お、いいね~ アポロニアの提案に乗った。どうだ?カール」
「うむ。そうだな・・・一度もあそこまで行ったことなかったからな。行ってみるのもいいかもな」
「よし。決定!」
「やったぁ~」
「いぇ~い」
「アレクシス、アポロニア、クラウディア。遊びに行くんじゃないからな」
カールさんは、念を押していた。
僕は、薪がない話を急に思いだした。
「あの・・・」
「どうしたの?使徒様」クラウディアさんが僕を見てくれた。
「皆さんは、暖炉用の薪はどうされていますか? 僕、もうないんですよ・・・これから寒くなるのに」
「あ、そうなんだ。私は時々買っているのよ。なるべくケチケチちびっとずつ使っているけどね。あとは、ヘルマン伯父さんから、石炭もらったりしてる。でも石炭は気を付けないと、毒ガスを出すこともあるらしいから、もっとケチケチ少ししか使わないけどね・・・そもそも、あの部屋の薪は、最初はどうしたの?」
「大工さんが置いていってくれたんですよ。端材っていうんですか?」
「そうか・・・だから調達方法を知らなかったのね。よおし、あとで一緒に買いにいこうよ。北の丸太の帰りとかさ」
「ありがとうございます」
(よかった。なんとかなるかもな・・・)
それから、僕らは、北の丸太城壁にいくことになった。
玉ねぎケーキは、塩味なんですけどね。
どちらかといえば、キッシュパイのようなものでしょうか?
南ドイツの家庭の味のようですよ。
ご存じのように、南ドイツが舞台ですから。
あとは、スイスの北西部、オーストリアの西部が想定エリアです。
カトリック信徒が多いエリアですね。