第75節 アーベントイラー 梟の啼く夜2
すこし、文章の作成方法を見直しました。
段落にタイトルを設定し、纏めるようにしています。
Ⅰ 梟の啼く夜
いつの間にか寝てしまったらしい。クリスタは目が覚めた。隣に人の温かみを感じた。
「おかあさん?」
そばで寝ている人の向こう側に、ベッドから離れて蝋燭が置かれているため、影ができてしまっている。暗くて誰だか分らなかった。ぼーっとしていたので、ありえない質問をして恥ずかしかった。
(そうだ。アポロニアさんの部屋に泊まったんだ)
どこかで梟が鳴いているのが聴こえる。寝ようとしているのだが、慣れない寝具と、先ほどから揺らいでいる炎を灯している蝋燭が、火事にならないかと気になって眠れなくなっていた。いつもだと、お腹が空いて眠れないのだから、今日は随分と贅沢な条件だ。
クリスタは、蝋燭が火事になったらと思うと、悪い展開ばかり思いついて仕方ないので、揺らいでいる蝋燭を消すことにした。一旦、ベッドから出て、足元を回って、ベッドの反対側に行った。
ベッドの横に、小さなテーブルが置かれていた。テーブルの上には、きれいなモザイクのようなタイルが貼ってあり、その上に溶けた蝋が入った白い小皿が置かれている。その蝋の中に、芯が横たえてあり、その芯が燃えていた。芯はもう殆ど長さがなく、火は明滅しながら、今まさに消えようとしていた。
(そうか、自然と消えるようになっているのね・・・心配して損したわ)
こういった仕掛けを見るのは、クリスタは初めてだった。お母さんが生きていれば、お母さんも同じようなことを、していただろうなって思った。すこし寂しくなったけど。
小さなテーブルの上に貼られたタイルのお陰で、たとえ芯が小皿から落ちても、タイルの上なら自然に消えるだろう。2重の仕掛けなのだ。
クリスタは、立ったまま、じっと蝋燭の炎を見つめていた。芯はもう殆ど長さがなくなっていて、溶けて透明な液体になった蝋の中に沈み込んでしまいそうだった。その炎は、消えそうになったかと思うと、どういうわけか、また明るくなる。そのたびに部屋が暗くなったり、明るくなったり、明滅していた。
(私の生活というか、人生もこんな消えそうな蝋燭の炎って感じよね)
しかし、使徒様にあってから、すこしは展望が見えるようになってきたと感じている。やはり、神様はいて、私のことを見ていてくださるんだなって思えるようになってきた。
(でも、変な感じがする。神様は願いを叶えて下さった事なんてないと思っていたのだけど・・・それに、この世の利益だなんて願ったら地獄に行くんだもの・・・)
クリスタは、地獄にだけは行きたくなかった。今の生活は、地獄のようなものだから。せめて、天国という未来、ご褒美は欲しかったのだ。
クリスタは、蝋燭の明滅する小さな光に照らされたアポロニアさんの部屋を見回してみた。正直なところ、何も無いような部屋だった。
壁には、薬草らしき枯れた花や草がたくさんぶら下げられていた。そういえば、白柳の枝から痛み止めとかを作れるって言ってたっけ。
蝋燭の載ったテーブルの向こう側には、大きな書見台がある。野外ミサで、神父様が聖書を読む台のようなものだが、高さが低く、座って使うもののようだ。
書見台には、4本の蝋燭がたてられていた。勿論消されているが。その下にはインク壺に、羽ペン立て。アポロニアさんは、本を書いているようだ。というか、開かれて置かれている本があって、その隣に羊皮紙が置かれてあり、そこに書きかけのページが置かれていた。
(これって写本っていうんだよね・・・すごい、これラテン語だよね。きっと)
クリスタは字が読めない。だから、使徒様がスラスラと朗読しているのを見て、驚いたことがあった。アポロニアさんも字が読める。ていうか、アポロニアさんは、ラテン人なんだもん。読めて当然よねって思った。
(修道女になりたいなんて思ったけど、まず字が読めないとダメよね・・・)
仄かに抱いた夢が崩れていくような感じがしたので、クリスタはそこから考えるのをやめて、ぐるりと目を回した。
すぐに別の物が視界に入った。反対側の椅子に掛けてあった、私の服だ。そう、もらったばかりの新しい、お古の服。なんでもアレマン人の民族衣装、つまり晴れ着に似ていると言われた服だ。
アレマン人か。お母さんもアレマン族って聞いたことがあるような気がした。記憶は定かではなかったが、お母さんの遺品の整理をしていなかったことに気づいた。お母さんの晴れ着を探してみようと思った。
自分の服を眺めながら、考え事をしているうちに、蝋燭の炎は、瞬いて消えた。部屋は真っ暗になったが、部屋は、なぜか仄かに明るさがあったので、ベッドを回って、布団に潜り込むことができた。
まだ、自分の温もりが残っているような気がした。アポロニアさんは、寝息を立てている。そして、すこし遠いところで、また梟が鳴きだした。クリスタは、梟の家族を想像した。鳴いているのは誰なんだろう。きっと、お母さんが、子梟を呼んでいて・・・その先が思いつけなかった。気づいたら、もう朝だった。
Ⅱ 集合時間
隣に、アポロニアさんは居なかった。クリスタは手を伸ばして、アポロニアさんの人の形に残る温もりを探してみた。もう、温かくはなかった。寝不足だったので、体がだるいが、上半身を起こした。空気が冷えているためか、肌寒い。これなら、早く服を着てしまったほうがいいだろう。わかってはいるものの、下着でベッドから出るにはもう寒い。秋は深まりつつあり、すぐに冬がやってきそうな雰囲気だった。
布団から出たくない気持ちと戦って、えいっと布団から出て、クリスタは、もらった服を身に着けた。タイツは着たまま寝たので、ブラウスとスカートを着るだけだった。スカートは、胸当てがついているので、暖かい。今日の天気によっては、上着がないと寒いだろう。そう思って、自分の部屋に戻ろうか迷った。細長い窓が開け放たれていたので、外を見てみようと思った。鎧戸が外に開かれている。
(そうか、昨日の夜は、閉められていたのか)
廊下の向こうを歩く音がした。どんどん近づいている気配がする。
(アポロニアさんかな・・・)
足音は、ドアの前で止まり、ノックの音がした。ドアが開いて、アポロニアさんが入ってきた。
「クリスタちゃん、おはよう。もう起きてたんだ。早起きね。まだ寝ていても大丈夫だよ」
「アポロニアさん、おはようございます。昨夜は泊めていただいてありがとうございました」
「よく眠れた?」
クリスタは、どう答えていいのか分からなかったが、本当のことをいうことにした。
「あまり、うまく眠れませんでした。昨夜は、梟がよく鳴いていたので、気になっちゃって」
「ああ、最近、この付近に巣を作ったようね。エール醸造所の人たちが、巣箱を掛けたらしいのよ。そうしたら、上手い具合に梟が巣を作ったらしいわ。醸造所の人たち、果樹園を始めるらしいのよ。それでね。果物を食べるネズミ対策らしいわ」
「あれ、ネズミなら、アーデルハイトちゃんや、使徒様が、猫を飼っているのに?」
「あはは、お姫様みたいなモフモフな猫ちゃんでしょう?可愛いよね。でも、果樹園は、砦の外に作られたのよ。猫ちゃんたちは、砦住みでしょう?」
「ああ、そうかぁ・・・猫ちゃんはジャンプできるけど、空は飛べないもんね・・・」
「うふふ。そうねぇ・・・さて、準備しようか? お顔洗おうか・・・」
アポロニアさんは、甕から水を汲み、ボウルに水を入れてくれた。ボウルに手を入れると結構温かい。そうか、ずっと置いてあるから、お部屋の中と同じような温度になるのね。
ふと甕を見ると、暖炉の横に置いてあったことに気づいた。書見台の横に暖炉がある。まだ熾火がくすぶっているようだった。
(そうか、昨夜、蝋燭が消えてもなんとなく部屋の中が見えたのは、暖炉がついていたのか・・・)
アポロニアさんは、暖炉の火を消した。ボウルのようなものを熾火の上に被せたのだった。
この女子寮は、壁は石造りだが、床や屋根は木造だった。よくある作り方だ。先日見学させてもらった、新しい塔砦も、同じような工法で高く持ち上げられていた。とは言っても見て無いのだが・・・しかし、城壁も砦も寮も、みんな同じ作り方だそうだ。
大きい石を薄く割って、モルタルとかいうやつで、接着しつつ、積み重ねていく工法だそうだ。もともとはローマ人の工法らしいけど、歴史がよく分からないクリスタは、ローマ人というとアポロニアしか知らない。まぁ、それはそれで正しいのだが、混乱していて、よくわからなかった。
ライン川を越えて、すごく高い山々を超えていくと、イタリアがあって、更に南にいくと、ローマらしい。そこにはお城や都市が沢山あって、パパ様が住んでいるお城もある・・・そんなレベルの認識だった。井戸端や飲み屋で小耳にはさむ程度の知識だ。
ただ、悪魔の軍勢に追われて、パパ様やアポロニアさんの先祖が北へ、山々の向こうへ、つまりこっち側に、逃げてきたことは知っている。
ふと、あの、お面の顔を思い出してしまった。クランプスというお面はきっと悪魔の顔なんだろう。
(うっ、最悪な朝の始まりだわ・・・)クリスタは、頭からお面を振り払おうとした。
「さて、クリスタちゃん。集合時間が近づいているから、お部屋をでましょう?」
「はい」
廊下を通り、階段を下りると、玄関に昨夜のおばあさんが立っていた。夜勤とか言ってたから、寝ていないのだろう。でも、元気そうだ。すでに寮のドアは開け放たれていて、おばあさんは、箒を持って、床を掃いていた。
「おはよう。お嬢様方? また遠征なの? 頑張るわね」
「はい。行ってきます」
「いってらっしゃい」
おばあさんは、掃除に戻った。アポロニアさんは、私の手を引いて、塩鉱山の街をどんどん東に歩いていった。反対側の鉱山に向かう人も、まだまばらだった。
「クリスタちゃん、お腹空いたんじゃない?」
「ううん。なんか胃がまだ重い感じなの」
「そうか・・・食べ過ぎたのね」
「かもかも・・・うふふ」
アポロニアさんは笑った。
「クリスタちゃん、昨日、変な夢は見なかった?」
「え? ああ、全然平気だったよ。なんでそう思ったの?」
「いや、お面怖がっていたからさ・・・悪い夢みたんじゃないかなって」
「ううん。さっきまで忘れてたから・・・」
「そうかぁ・・・それは良かったね」
「うん」
しかし、狭い街だ。もう、第2門の前広場についてしまった。だが、誰も来ていない。まだ第2門は開いていなかった。
「そういえば、アポロニアさん、さっきどこにいってたの?」
「ああ、大事なお方に会いにいってたのよ」
クリスタは、ちょっとびっくりした。
(アポロニアさんは、修道女だから・・・言葉通りにとれないよね)
アポロニアはピンときた。もう砦の第1門は開いているのだ。つまり・・・
「あ、砦のチャペルに行っていたのね?」
アポロニアさんは、すこし驚いた顔をした。
「クリスタちゃん、すごいわね。そうなのよ」
「だって、ご聖体へのご訪問と、リーゼロッテ様へのご挨拶でしょう?」
アポロニアさんは、びっくりしていた。
「すごいね・・・そこまで判るなんて・・・」
「リーゼロッテ様って、もう、バイエルンに行っちゃうんでしょう?」
「そうなの・・・よく其処まで知っているのね。リーゼロッテ様も、親戚のところがいいでしょうしね」
「うん。そう言ってたよ」
「え?」
アポロニアさんはびっくりしていた。クリスタは、その驚いた顔を見て、まずいことをいってしまったと思った。
「よう! おはようさん」急に声がしたのでびっくりしたが、話がそれてよかったと思った。アレクシスが傍に立っていた。
Ⅲ 黒獅子城への転移
「ああ、びっくりした。どうやって側まで来たの?気づかなかったわ」
「え?ふつうに歩いてきたんだけど・・・」アレクシスはアポロニアに普通に答えた。
「しかし、胃にもたれてないか? 昨日は薬が欲しいと心の底から思ったよ」
「汝、むさぼることなかれ・・・よ。鍛冶屋さんで意識なくす程飲んでたでしょう。そのあとの晩餐会でもタラフク飲んでたし。大食の罪ですよ」
「そんなこと言わないでくれよ。普段は節制しているんだからよう。あんまり飲まないと弱くなるんだって気づいたぜ」
アポロニアは、笑った。
「お、ちびっこクリスタ、やっぱ似合っているな、その服。将来は砦のマドンナか?」
クリスタは、すこしクネクネして、頬を赤くしてはにかんだ。
「グーテンモルゲン!」クレメンスとコンラートだ。タイミングと発声が完全にシンクロしている。
「おはよう~」
「塩砦のほうから、オットー様とカールが歩いてくるわよ」
「本当だ。朝、あいつの部屋に寄ったらいなかったのは、打ち合わせだったのか。あとはクラウディアと少年だけだな?」アレクシスはカールを誘ったのか。しかし、傭兵団長は、打ち合わせがしたかったようだ。
みんなが、暁の明星亭と隣の居酒屋との間の細い道を見た。そこから使徒様が出てくるからだ。
「あ、クラウディアさんがこっちに歩いてきます」クリスタが見つけたようだ。全員が鉱山街側を向いた。すこし朝靄が出てきたようで、遠くのほうが霞んできている。その霞の中から一人の女戦士が姿を現した。
「あとは使徒様ね」アポロニアが言った。
「僕はここに居ます」
「わっ」
丁度同じく到着した、オットー様が笑いながら、立ち止まって言った。
「みんな、おはよう。今朝は実験をしてみたんだよ。気づいたか?」
「え?もしかして・・・今の使徒様のことですか?」
「そうだ」
そこにクラウディアが到着した。
「みんなどう?引っかかった?」
クラウディアは、カールに尋ねたようだ。カールはニヤニヤしながらうなずいた。なんだか訳が分からない。皆がオットー様を説明してほしいと見つめた。
「いや、すまなかった。騙すとか、そういう意図ではない。人の意識の問題なのだ。
前と後ろに同時には意識を集中できないだろう?
今、最初に砦から出てきた俺たちに意識を取られ、殿下の家のほうに取られて、次は、クラウディアだ。これが三つの方向に分かれて、順々に注意を向けた。誰かがアイツはどうした?というと、そっちをみんなで見てしまう。
殿下は、第2門から普通に歩いてきただけだったのに、誰も気づかなかった。
意識の動きというのは、容易に操作されやすい。君らは、ずっと鉱山や洞窟、そして地下迷宮で活動してきたから、前ばかりに注意を向けやすい傾向がある。左右は壁だしな・・・あとは殿役が後ろを注意すればいい」
「そうなのか・・・ということは、これが外の世界となると・・・」
「そうなのだよ。それが一番心配なわけだ。カール、あとは頼む。ではワシは戻るので、よろしく」
「ありがとうございました」
オットーは、くるっと踵を返して、砦に戻っていった。霞みというよりは霧に近づいてきた周囲は視界が悪くなってきている。カールは息を吸って、ひと呼吸おいてから話始めた。
「いよいよ、今日から探索にかかるわけだが、オットー様が心配されてな・・・ちょっと実験してみようってことになった。オットー様の従者にも協力してもらって、朝から仕込んだんだよ。集合する時は、殆どが西から来るだろう?そっち側に住んでいるのだから。
そして使徒様は南側の狭い通路からだ。予想しているから、それ以外に注意が行きにくい」
カールは、そこで言葉を止めた。そして全員の顔を一人ずつ見た。
「朝一番で油断しているから、引っかかりやすい。仕方ないことだが、これが悪意を持つ者の攻撃だったら、ひとたまりもないよな」
「・・・確かにな。あの馬車のおっちゃんを襲った悪魔だって、空を飛べるのだから、こんな街だって飛んで来る可能性があるんだよな・・・なにしろ、道の上まで屋根で覆えないもんな。上から滑空されてきたら、まず気づかないぞ」
カールは、そこまでの敵を想定していたわけではなかったようだ。顔に書いてある。
「アレクシス、その通りだな・・・そこまでは考えていなかったよ。
とりあえず、今朝の実験は、その・・・なんだ。警戒意識の分散とかいうやつだ」
「なんなんだ、それ・・・」アレクシスが突っ込んだ。
「俺もよくわからなかったが、集団で行動する時に、警戒を分担して、互いの隙を補おうっておっしゃっていたんだ。
逆に、敵と戦う時も、おとりとか、フェイクに注意しろってな。
たとえば、藪の中で、敵の反対方向に石を投げて、ガサガサと音を立てると、そっちに敵の注意がいくだろう?そして敵は背中を見せてくれる。塀の向こう側にヘルメットが光って見えているから、そこに飛び込んだら、ヘルメットだけだったとかな・・・罠が仕掛けられたら一発だ」
「つまり、情報がフェイクだとか、おとりの可能性もあるから、みんなで手分けして注意しろってことね」クラウディアがまとめてくれた。
「うむ。そういうことだ。
すぐにはできないかもしれないが、注意してほしい。先手必勝だが、同士討ちは避けたいしな・・・お、第2門が開くぞ。そろそろ出発するか。使徒様、お願いします」
ミヒャエルは、頷いて、右手のひらを前に出した。すぐに、転移門が現れた。
「どうぞ、黒獅子城の門の内側に開きました」
「ありがとう。霧が凄いかもしれないから、転移門から出たら、すぐに、左側に移動し、内城壁を背中につけて待機してくれ」
カールを先頭に、全員が次々に入っていった。転移門は厚みがないのだが、1メートルぐらいの長さがあるトンネルのように感じるものだった。この長さの間に転移先との空間を接合しているのだろうと、城塞都市の学者達が言っていた。カールはそんなことを思い出しながら、転移門から出た。意外なことに、霧も霞もなく、クリアな視界だった。
すぐに左手にある内城壁の壁に背中をつけて、全員が揃うのを待った。
何人かの住民が驚きの声を上げていた。衛兵たちは、話を聴かされていたため、動かず、見ていたが、好奇心の塊のような瞳を向けてきている。
全員が出てきた。最後は、クリスタの両肩に手を乗せて、背中を押した使徒様が出てきた。転移門は、その青い光を煌めかせ、空気の中に吸い込まれるように小さくなって消えていった。黒獅子城の正門の内側だった。
いかがでしたか。
小説の裏情報というか、中世のことや、背景となることを、
ブログで説明することにしました。
とりあえず、第1話から、書くことにしています。
明日には公開したいと思っています。ブクマお願いします