第22節 白い魔物
ザルツブライ守備隊 隊長 オットー フォン フライベルグの視点です。
ザルツブライは、小高い丘の上にある。
すぐ側に切り立つ高い山があり、鉱山はその山の麓に口を開けている。
ザルツとは塩だ。海が所領にない地方での命を支える貴重なものだ。だからこそ、ここの砦の任務は我々人間の生命線でもある。
歩哨に立っていた兵士が緊急事態を知らせる角笛を吹いている。
砦の守備隊長を公爵様から拝命したばかりの騎士オットーは、いよいよ来てしまったかと、覚悟を決め、長い両手剣を下げヘルメットを被った。すぐに部屋の窓から首を出し、砦の上に立つ歩哨を見た。鉱山の入り口ではない方向を向いている。おかしいな。窓の下に私の従者の一人ゴルトムントが走って報告に来た。
「魔物が溢れたか?」
「いえ、街道を、見たことない魔物がゆっくりモゾモゾこちらに向かっています」
「今、参る」
建物の下でゴルトムントは、待っていた。一緒に砦の上に向かう。なんだモゾモゾって。
砦の下から弓兵長に命令した。
「まだ打つな。見極めよう」
弓によっては100メートルは届くが、無駄に矢を使いたくない。ここでは補給が限られているのだから・・・
今日は城塞都市からの補給があった日だ。今、馬車隊は第2門付近で荷下しをしている。下の街に貸していた荷車を、連結して輸送中に紛失したとかで、到着時に馬車を検分したのだが、荷台のステップの木が、かじり取られたように裂けていたのだ。
オットーは、嫌な予感がしていた。結界の効かない荷車ごと齧るのだとしたら、それは、ドラゴン並みの大きな魔物ではないか。それとモゾモゾって合致しない。
砦への階段を登り、物見櫓まで一気に駆け上がり、歩哨から説明を受ける。
「あそこです。オットー隊長。大きな樫の木のところです。前の街の広場の所です。見えますか、白い魔物です」
前の街とは、大攻勢の時に壊滅した古い街のことだ。樫の木なら120メートルぐらいか・・・
いた。見つけたぞ。白い魔物ははじめて見た。
白は、聖なる色であり、魔物で白いものはいないはずではなかったか?
オットーはよく観察することにした。
まず、足が遅いぞ。中々近寄ってこない。
魔物が襲うつもりなら、恐ろしい速さで駆け寄ってくるものだが。
何だかお尻にコブがある。前の方にあるのは、頭か?毛が生えてる?。
随分間抜けな魔物だ。思わず笑ってしまった。あれが砦を落とせるものか。
オットーはラッパ兵に警戒レベルのラッパを吹かせた。さっきのラッパが急襲注意だから、危険度がさがったわけだ。兵士達が武装して砦の中庭に集合していたが、まだみんな緊張している。みんなスタンピードかと恐れているのだ。
騎士レオン卿が物見櫓に上がってきた。そのでかい体が入ってくると狭くなるが、仕方ない。
強い魔物の討伐は私達騎士の仕事になるのだ。彼の意見は重要だ。私達が先陣を切らねば、全員の士気にかかわる。二人の合議が大事なのだ。
「どれどれ、魔物らしくない魔物って、あ、あの白いの1匹か。まるでシーツお化けだな。ぷぷぷ。面白い」
「レオン卿、貴公のお考えをお教えいただきたい」
「オットー、他人行儀な、レオンで結構」
「済まぬ。私にはあれが魔物とは思えぬが、もう少し引き寄せて正体をみたいのだ」
「わしは構わぬ。子供の遊びのような魔物に、貴重な石弓のボルトを使うまでもないと見た」
「では、私にご一任くだされ」
「あんな白いヒラヒラ、まず白いだけでも魔物であるはずがないからな。私はビールでも飲んで吉報を待つぞ。あははは」
レオンは巨体を揺らして下りていった。もう仕事する気はないな。
砦中にレオンの笑い声が響き渡ったので全員の緊張が解けたようだ。
なにしろ、レオンは巨体で怪力だ。
彼の使う片手斧は、普通の兵士なら両手で用いるハルバードのようなものだ。
その威力たるやヘルメットを叩き割り、盾を切り裂き、プレートの胴にも穴を穿つ。いや、絶対に敵にはしたくないバーサーカー戦士のような騎士なのだ。
勿論、馬術も槍も優れており、申し分ない。
むしろ、彼が力を発揮するのは、全員が下馬した後の白兵戦だ。彼はどんな相手でも手を抜かず全力だから、彼が笑うということは戦う気が起きないということだ。
オットーが守備隊隊長で、彼は参謀。猪突猛進タイプの騎士が参謀とは変だが、公爵様は、その組み合わせの方がいいと言われた。確かにレオン卿が指揮官なら常に当たって砕けろになる。逆に意見を聞かれる参謀の方が、レオンの成長に繋がるとお考えだ。流石、皇帝陛下から、悪魔との最前線を任せられるお方だ。
二人とも、かつては小さな所領を持つ封建領主の末裔で、悪魔軍の攻勢で所領を失い、今は公爵の城に騎士として仕え、間借りしている。だから同じ境遇のためか気が合うのだ。
私たちは、かつて小さいとはいえ封建領主であった。その頃は、領地の農夫を戦時には兵士として率い主の戦いにはせ参じていた。しかし、領地なき今は、兵力を維持できないのだ。
農民兵士たちは、普段は畑を耕し、剣や弓の鍛錬もし、結婚して後継を残すことで、忠実な家臣団として一定の戦力を代々保つことができたのだが、そういった農民兵士を抱えることは経済的に無理な時代となってしまった。今は従者を数人かかえるのが限界だ。
オットーは、門番に砦の正門は閉めなくて良いと告げた。
ザルツブライは、砦としての正門があり、それは鉱山口の正面に向いている。
まだ鉱山口から鉱夫達は帰ってきていない。
鉱山口から砦の門までの道の両側には鉱夫や護衛の傭兵相手の店が建ち並んでいる。その店々の裏側には砦より低めの城壁が南北にそれぞれあり、その北城壁に第2門はある。そこは常に閉められいる。これは外からの外敵の侵入を防ぐためだ。無論外敵はかつてのような人間ではない。盗賊や蛮族などは悪魔軍の支配地にはいない。
鉱山や傭兵の人口維持が課題だが、現在のところは、砦の前にある城壁の中の街の人口増加率が若干、自然減や鉱山事故や魔物との遭遇による死よりも勝っている。しかし、スタンピードが起きればすぐにこの街は滅ぶ可能性が高い。砦の守備隊の任務は、鉱山から塩が産出され、出荷される仕組みを守ることで、鉱夫を守る事ではない。守備隊の兵士達はこの砦で生まれ、育ち、家族を持ち、再生産されていく。故郷を護りたい気持ちは重要だが、ただ、血の多様性は重要だ。よそ者を入れないと、よい兵士が生まれないのだ。
オットーが先程の角笛に覚悟を決めたのは、誤りであったが、この砦に赴任してからというもの、公爵様のように全体を俯瞰して考えることが多くなった。
白い魔物が歩いている街道は、鉱山口と砦の正門を結ぶ道と直角に交わるのだが、鉱山口と砦正門を結ぶ道に造られている石の橋の下をくぐるように通っている。
かつては、砦は丘の上に立ち、その丘と鉱山口から続くなだらかな尾根が崖となって終わったところを、街道が通っていたが、悪魔軍の大攻勢後、尾根と砦の間に橋が架けられたのだ。
その橋をくぐってから左に入る脇道を曲がり、大きく回り込むように坂を上り、Uの字を描いて第2門に至る。現在の砦正門は、主にスタンピード時の最後の砦としての門だ。鉱山口に向かう道に店を構える商人や鉱夫達が逃げ込むための門としている。
さてその街道はそのまま北に抜けて行く。暫くすると悪魔軍の支配地も終わるが、そこには辺境伯と皇帝が建造した山地を利用した長城が守りを固めているのだ。この砦は、悪魔軍の支配地での人間のオアシスであり、命の砦なのだ。先月までは、オットーは、公爵軍の正騎士であったが、一年ごとに砦の守備勤務が輪番でまわってくる。従者以外は連れていけないので、単身赴任だ。
オットーは、また白い魔物に視線を戻した。歩哨が変身しましたと騒いでる。
おや、今度は全部が白くなって、短くなり、背中に二つのコブができている。奇怪だ。短弓の射程50メートルに入ったが、弓兵達も興味津々で見ていて、誰も準備してない。
魔物はどうも子供の声のような啼き声をあげているようだ。
いや、人の言葉だ、また二口水を飲んだ。ズルいと聞こえるぞ。一体なんなのだ。あやつは。
また白いのはもぞもぞと動き変身した。今度はもっとよく見える。また前に頭が現れた。金色の毛だ。下に顔が付いている。て言うか子供の顔だ。砦の上にいた兵士の一人が叫んだ。
「魔物じゃなくて悪魔じゃないのか?」
兵士達に動揺が見られた。
「待て、あれは子供がシーツを被ってるようにみえないか?」
「そんな馬鹿な」
その時、鉱山口側の城壁から、馬車隊のリーダーがこっちに向かって叫んだ。
「隊長、あの白いのは、荷車にかけてあった結界シートのようです」
白い魔物は、 砦の騒ぎを聞きつけたようで、さらに変身した。今度はお尻のほうから赤い頭が出てきたのだ。なんてことはない。子供の頭だ。女の子だ。2人の子供がシートを被って歩いていたのだ。馬車隊の1人が叫んだ。
「あれは、下町の食堂の子じゃないのか?」
「いや、下働きのマリアの子だよ。ほら、この間死んじゃった女だよ」
「前の方の子は知らねえな」
鉱山口側の通りは大騒ぎになっていた。丁度鉱夫や傭兵達が仕事を終えてゾロゾロと鉱山からでてきた時間と重なったのだ。全員が城壁に上り、子供たちを見ている。オットーは、第2門の開門を命じた。
子供達は人々に気づき、手を振っている。オットーは、正門下のアーチをくぐり、次を左に曲がり登ってくるように二人にいった。オットーは、そのまま第2門に向った。
一体何が起きているのか。情報を総合すると、簡単には信じられない結果となる。下の街から山道を子供だけで歩いてきたのか?馬車でさえ、峠まで一時間半だ。峠を越えれば、あとはなだらかなので、小一時間だ。峠の上で、一時間ほど馬車から下りずに水や塩を与えて休憩させるので、馬車で通して4時間と見ている。それまでに砦に着かねば、捜索隊を出す決まりなのだ。
子供が歩いて来れば夜まで着かないだろう。しかし、あの女の子は下の街では知られているようだ。これはよく調べなければなるまい。悪魔の罠かもしれぬ。
いかがでしたか。
砦や背景を描き込みすぎたかもしれません。
明日も、家にいますので、書いてアップしようと思っています。今夜はヨーロッパ関連の積読を読み進めたいので、アップしない予定です。
ニュースでは、国外脱出とかばかりですが、国民の75%がお金がなくて連休は家にいるそうですよ・・・
すこし安心しました。ヨーロッパとかに取材旅行とかしてみたいですね・・・
チェコとか、ドイツとか、オーストリアとか、作品の舞台にしてるところ行きたいです。