第21節 荷車コースター
やはり急ごしらえの連結には無理があったのでしょう。
遊園地のような状態になります。
僕らを載せた荷車は、ゆっくりと動き出した。
荷車の中は、長方形の箱の上をシートが天井のように蓋をしている感じだ。寝返りは打てるが、うつ伏せになって肘をつき、少し上半身を起こそうとすると被せられたシートに頭が当たる。僕らは暫く仰向けで並んで寝ていた。お互いに腕や腿を押し付け密着させ、反対側の手と足を荷車の内壁に押し付けながら、突っ張る感じで前後にずれるのを防止する感じだ。きっと上から見たら文字のエックスみたいだろうな。
後ろの方で閉門と叫ぶ声が聞こえた。ギーという鈍い音や、閂の棒をガタゴトと門に取り付けているような音が聞こえた。
「何だ。思ったより簡単だったね」とアーデルハイドに話しかけると、彼女は唇に指を当てて、
「周りに誰がいるかわからないんだから、暫く黙りましょう?」と小声で言われた。
僕は浅はかだったことを少し恥じた。
それから暫くは、僕達は全身を耳のようにして外の様子を聴きとっていた。
先ずは荷車の車輪がガラガラと回転しながら、道を進んでいる音が聴こえる。少し遠く感じる馬の蹄の音、時々嘶いたり、ぶるるって言う馬の声も聞こえる。時折だけど鳥の鳴き声も聞こえた。
なんだかんだ言って気丈に振舞っているけど、アーデルハイドは、怖いんだろう。そのうち僕の手を握ってきたが、その手は凄く冷たくなっている。
そう言えば、お母さんが急死したって軽く言っていたけど、相当辛かっただろうね。僕は記憶が無いから過去に影響を受けないけど、修道院に始めて泊まった夜、ヨハネとパウロの二人、しばらく密かに泣いてたもの。アーデルハイドには過去があり、記憶として何時も引きずっているはずだ。僕らは旅の仲間となったけど、彼女にとっては、これは旅じゃない。生き残るための戦いなんだね。何だか耳を澄ましていると考えが内面に向かいやすいのかな。色んな考えが僕を過ぎっていくよ。
馬車は、真っ直ぐ進んでいるうちに、少し上り始めたようだ。頭を進行方向に向けていて良かったよ。アーデルハイドも落ち着いてきたようで手も暖かくなってきた。
それから20分ぐらいしてからだったが、大きく左に曲がり、少し真っ直ぐ進み、今度は大きく右に曲がり、少し真っ直ぐ進むのを何回も繰り返すようになった。九十九折なのか。外が見えないってストレス溜まる。坂も急なようで、勢いをつけて登る感じだ。段々と左右への揺さぶりも大きくなってきた。そうだ、僕らは鉱山の街に向かってるんだった。さっきの人も峠とか言ってたよね。ここで工事してたんだとすると、ここらで魔物が出たんだ。僕は急に怖くなってきた。城塞都市を襲っていた羽が生えた魔物の事を思い浮かべていると、
ずっと黙っていたアーデルハイドが、口を開いた。
「ちょっと、やばくない?さっき車輪が浮きそうになってなかった? 」
確かに浮きそうになってたよね。アーデルハイドは気になるらしく、少しシートを捲って覗いてみてと僕に言う。その為には、仰向けからうつ伏せにならないと無理だけど、体を固定する為にも今の姿勢は変えられないし、無理言わないでよって言おうとした時、不幸は起きたんだ。
大きく曲がり出した荷車が、片側の車輪を浮かし、傾くと、また戻って車輪を着地させたようだが、その瞬間、何か木のようなものが引き裂かれる様なメリメリという音がしたかと思うと、急に僕らの荷車は停止した。
そして、ゆっくりと後ろに向かって動き出した。だんだん加速している。
外が見えない荷車の中で、僕らはさとった。見えないことの恐怖を。これから起こる悲劇を。
ヤバイのは、わかっているけど、どうしようもない。この時、アーデルハイドが女子お得意の金切声でも出していたなら、馬車隊の人に気づいてもらえたんだろう。でも、何が起こるかわかっている時って出せないものだ。
僕らの荷車は、ガタガタと、前後左右と上下に細かく振動しながらスピードを上げていく。
この時のことはきっと一生忘れないだろうって、いや天国で思い出すのかななんて思っていると、何かに荷車はぶつかり、その後何かに乗り上げ、ジャンプした。うわ、なんかの感覚を思い出した。そうかブランコの上りきって下りるときの・・・
そして、僕らの荷車はガサガサと藪のような中に着地した。幸いな事に止まってくれた。荷車は壊れなかった。ただもの凄く斜めになってる。心臓がバクバクしてる。凄く時間が経ったようだけど、実は数秒だったりするんだよね。
「大変な事になったわね」アーデルハイドは泣きそうだ。
「何とかするしかないよ・・・まずはここから出よう」
僕は、取れかけているシートを捲って、顔を出して辺りを見回した。
森の中だった。でも、すでに霧はなく、お日様が差してきて木漏れ日が優しい光を投げかけてくる。ロープを引っ掛けていた、金属製のフックは鉄釘ごと取れている。僕らは荷車から飛び降りて、ロープを解いてシートを回収した。結界の効果があるって朝誰か言ってたよね。
僕らは林道に戻った荷車。結構ジャンプしたと感じたけど、林道の路肩のすぐ脇だった。
「さて、歩くしかないよね。どれくらいかかるかわからないけど。日が暮れる前には鉱山街に着きたいし、夜は魔物が出そうだし」
僕はアーデルハイドに明るく言った。勇気付けないとね。
「あなたって、底なしのバカね。今すぐにでも魔物は出るのよ。ここは悪魔の支配地なの。もう終わりだわ。魔物に食われてしまうのよ。こんなことなら、あの街で暮らせばよかった。惨めで何時もお腹が空くけど、死ぬことはなかったもの」
絶望的って、こいう顔なのか。僕も火刑台の上ではこんな顔してたんだろうな。
僕は不思議と怖くなかった。どうしてかわからないけど。そしてアーデルハイドに言った。
「少しでも街に近づけば、生き残るチャンスが増えるんじゃない?それに結界シートもあるから、二人で被っていこう?」
渋々承知したアーデルハイドと、前後に並んでシートをお互いの頭に載せてシーツお化けのような出で立ちで歩き始めた。背後からの攻撃が怖いので、後ろを長くすると、前は足元までは隠れないが前が見えないと危険なので、僕は頭を出し、肩から左右にシートを流し、風呂上がりに大きなバスタオルを首にかけてるような感じにした。横は足元まで隠れたので結界効果が期待できそう。神聖結界って城塞都市で見た魔物が空中で弾き飛ばされてたやつでしょう?根拠ない自信って怖いよね。てっきり結界が僕らを魔物から守ってくれると思っていたんだ。
アーデルハイドは木の靴だったので、歩くのが大変そうだ。僕は彼女のペースに合わせて林道を登って行った。黒い森っていうから木が黒いのかと思ったら、木が密集してて、暗いからだと彼女が教えてくれた。そんなに行かないうちに峠を越えたようで、なだらかな丘陵地帯になってきた。森も疎らで、地面は草に覆われていてそれこそ緑の絨毯のようだ。でも、左右には高い山が切り立っていて山岳地帯であることは変わらない。険しい山に挟まれた真ん中ののどかな丘っていうべきかな。道はそんな丘の上を続いている。
「ね、喉渇かない?水飲み休憩しようよ」アーデルハイドが訴えてくる。
僕らはシートの中に向かい合って、皮袋から水を飲んだ。何か変な光景だけど。
「一口だからね・・・あ、ちょっと飲み過ぎじゃない?今、ゴクじゃなくてゴクゴクしてなかった」
はい、すみません。細かい性格だな。皮袋の水は限られている。これからどれだけ歩くのかわからないんだから。計画的に飲まなければいけないらしい。アーデルハイドは、皮袋を肩から斜めにかけて、さあ行くわよって感じだ。
また例のシーツお化け体制で歩きはじめた。お腹空いた。もう夕方が近付いている感じの太陽になってきている。アーデルハイドの木靴の中の足も悲鳴をあげてるわよって言ってる。生まれてこの方、こんなに歩いたことはないそうだ。
太陽が赤みを帯びてきた頃、ザルツブライ、塩の砦は見えてきた。
いかがでした?
結局半分ぐらい自分の足であるくことになりました。
ザルツブライは、ザルツブルグ風ですが、違うところです。
もちろん、シュバルツ森もシュバルツバルトからの借用です。
南ドイツとかオーストリアが好きなので・・・
アーデルハイドというのは、アルプスの少女ハイジの名前でしたが、
ゲルマン系の名前で昔からある女性の名前なんです。
彼女がもともといた街は、南ドイツのフライブルグという設定です。
もちろん二つの世界に切り離されていますから、こちらの歴史とは
異なります。
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