第75節 アーベントイラー
新しい節に入ります。
タイトルはアーベントイラー、ドイツ語で冒険者です。
フィリップは、結界馬車にのって、北へ向かっていた。悪魔軍の支配地と帝国領を分ける境界線へ向けてである。
帝国領の入り口には、高い城壁があり、悪魔軍の侵攻を抑止している。およそ170年前、一気に侵攻してきたデーモンたちをここで帝国軍が食い止めたことに由来している場所だ。実際には食い止めたのではなく、デーモンはこの場所で停滞し、先に進もうとはしなかったため、両軍が対峙しただけの場所だが・・・しかし、この地は、神聖な場所として、人間達の拠り所とされた。
デーモン達が停滞した理由が不明だが、神の関与だとされた。そして、主が我らを守り給いた、聖なる場所に、城壁が建造され、年月をかけて高く、厚く、堅固なものになっていったのだった。
その城壁は、長い城と呼ばれ、大きな門が設けられている。この門から先が帝国領だ。
ライン川を越えて、南西部からドイツに侵攻した悪魔軍だったが、東には向かわず、北進した。
これは、イタリア王国、陥落したローマから、旧東フランク王国へ逃れた教皇が、そのままフランクフルトに一時滞在していたため、教皇を追うためだったのではないかとされている。
しかし、真相は不明だ。大侵攻が止まったのと、ライン川以西が消滅し、かわりに荒涼とした地獄が出現したのは、ほぼ同時だったとされている。そこから、ある高名な神学者は、神が悪魔と協定を結んだのではないかと言っている。つまり、教皇の命とライン川以西を神と悪魔が取引したのではないかというのだ。それで大侵攻が止まったという説だ。
また、別の説によれば、これは、ある幻視者が見たというイメージらしいのだが、神聖騎士団が地獄の深い階層にまで侵攻し、城塞を築いたからだという。この立場にたてば、悪魔がライン川以西を獲得し、地獄を出現させたが、肝心の地獄が人間に侵攻されてしまったため、地上の悪魔軍の侵攻が止まったということになる。
いずれにせよ。170年前に、この地で、帝国軍と悪魔軍は散発的に戦い、対峙し、急に悪魔軍が撤退したというのが事実だ。
フィリップは、結界馬車の窓をあけて外を見た。このあたりまで来ると、もう魔物はほとんど出ない。馬車は、左右を山に挟まれた谷にある街道を走っている。前方に、左右の山と山をつないで聳え立つ、背の高い城壁が見えてきた。宮宰様の使者として、何回もこの地に来ているが、城塞都市で生まれ育ったフィリップにとっては、帝国領はむしろ異郷だ。前に妻に話したのだが、むしろ、この門をくぐり、悪魔軍の支配地に帰ってくると、故郷に帰ってきたと思うと。我ながらおかしな感覚だと思うが、これは事実だ。
門の前で、帝国軍騎士に止められ、誰何された。馬車には公爵家の紋章があり、明らかに貴人用の結界馬車なのだが、必ず誰が乗っているのか、積み荷はと、改められる決まりだ。食料や物資運搬用の結界馬車でなくても、そういう風になっている。悪魔に身体を盗られることがあるからだ。
フィリップは、顔見知りだった騎士と少し話をしたが、目新しい情報はなかった。いや、無い方がいいのだが。
この城壁の北側には、各諸侯が騎士や兵士を駐屯させるための屯所が設置されている。皇帝や諸侯の騎士達が輪番で門を警備しているのだ。
勿論、公爵軍の屯所もあり、フィリップさんはそこで駐留軍選抜隊と合流し、バイエルン公の滞在地に向かう予定だ。バイエルン公の臣下に現地まで案内してもらうために、フィリップは、バイエルン公の屯所に向かう。
バイエルンの地は、公爵様の城塞都市からは真東側なのだが、途中が悪魔の支配地となっているため、東に直進はできない。そこで、一旦北に向かい、先ほどの城壁を越え、それから東へ移動、南下するルートになる。非効率だが、安全だからだ。戦闘を切り抜けるより時間がかからない。
現在、ヴィッテルスバッハ家が領主となっている、バイエルン公領の一番南側は、山岳地帯で天然の要塞といってもよい。この地域には幾つもの山城がある。
ここでは、谷を挟んで南北に山城が対峙しており、北側がバイエルン軍、南側が悪魔軍だ。つまり、バイエルン公領はL字型に悪魔軍と対峙しているわけだ。無論、常に戦闘状態ではない。
互いに斥候をだし、偵察活動をしつつ、もしも、出会ってしまった場合に、散発的な戦闘をするだけだ。戦闘というよりは、接触し、威嚇し、逃げるといった程度だ。要するに、相手が、軍勢を城から出そうとしているかどうかなどをチェックしあっているに過ぎないわけだ。
バイエルン公の屯所で、案内役の騎士に会った。バイエルン公は、1000年以上続く古い街、アウクスブルクに滞在しているらしい。この街の周囲には殆ど山がなく、豊かな森に囲まれ、二つの穏やかな川が流れる、過ごしやすい街だ。ヴィッテルスバッハ家が、バイエルン公になってから時間は経っているが、公としての主要都市をどこに定めるのか、まだ決まっていなかった。会うたびに違うところにいるというのも、フィリップとしては大変だ。フィリップは、アグネス様との会話を思い出した。
「フライジングがいいと思うのですよ。でも、ミンガ(ミュンヘンのこと)になりそうだと聴いています。とはいえ、ミンガであれば、なにかあった時に逃げ込むとしても、ここからでは距離がありすぎます。
姫様達は、バイエルン地方とザクセン地方の両方に接する街、ニュルンベルクに逃げ込むように、宮宰様からご指示がでるでしょう」
「・・・うーん、生まれてこのかた、城塞都市と塩砦しか知らないですから、ちゃんと行けるかどうか不安です」
「・・・もともと、我らザクセン族が住んでいた土地に戻るのにもいいですし、宮宰様奥様の出身地、バイエルンに逃れるのにも丁度いい場所ですから。宮宰様もどう転んでもいいようにお考えだと思います。
まあ、私も、この地で生まれて、この地で育っていますから、今更かつてのザクセンの地に戻っても、違和感しかないでしょうが・・・それなら、いっそのこと、ここの森で狼や熊と戯れたほうが楽だと思います」
「まぁ、フィリップったら・・・悪魔軍を掃討することができたら、そういうのもいいですわね・・・」アグネス様がぼそっと呟いた。
掃討できればいい。できないどころか、次の侵攻で城塞都市がデーモン達に呑まれたとしても、とにかく、姫様達には生き残ってもらいたいと願うフィリップだった。
フィリップは、バイエルンの騎士達と合流し、アウクスブルクへ向かうのであった。
フィリップさんを見送った僕は、シャルロッテ様が、僕を獲物を狙うような、ぎらぎらとした目で見ていることに気づいた。あれ、これはやばいかもしれない・・・危険を察知したが、どうにもできない・・・
「殿下。お稽古をつけて差し上げましょうか?」
アグネスさんがニコニコしながら、成り行きを見守っている。なんかロッテ様は上から目線の高飛車な態度だけど、以前よりは優しくなったと感じる。
「あ、いや。その・・・」
「ご心配なく。剣を交える稽古ではないです」
「え?」
「剣の初心者は、怪我をしたり、させたり、危険ですから、まずは素振りからですといいたいのですが・・・今日のフィリップの訓練はバックラーの使い方でしたよね」
それって、かなり見下されているような・・・でも、実際に打ち合うとなると、負けるに決まっているから、ここは回避しておきたいよね。打算に動いた僕は、二つ返事で返答した。
「バックラー、ご伝授お願いします」
シャルロッテ様は、断られると思っていたので、嬉しかったらしい。アグネスさんもニコニコが激しくなっていて、溶けそうな顔になってきている。よくわからないけど、女子ってこういうことで喜ぶのかな・・・少なくともアーデルハイトは喜ばないだろうな・・・ここの二人は、武人系女子というわけか。多分だけど、僕より力が強いと思う。腕相撲したら負けそうだし・・・
「殿下。剣は、叩く、切る、刺す、払う、受け流すなど、いくつもの剣捌きがありますが、それを知るには色々な剣捌きを、身をもって知るのが一番いいですわ。
あと、片手剣とバックラーの組み合わせですから、バックラーにも、その剣に応じた多種多様に渡る基本的な構えと使い方がありましてよ。
まずは、超超基本的な型から参ります」
そういうとロッテ様は 左手にもったバックラーを腰の前に引き寄せて構えた。なんだか嫌な予感がするけど・・・
「バックラーは、重い武器も受け止められるよう、厚い金属でできています。
だから重いでしょう?さぁ、同じように構えてみて」
僕は、見様見真似で同じように構えてみた。
「よく、突き出して構える人がいるけど、筋力に自信がないのなら、今の構えがいいわ。戦いは、敵全員を倒さないと終わらないから、スタミナに注意しないといけなくてよ。疲れて動けなくなったら容易に討ち取られてしまいます。
では、軽く剣を振るいますので、バックラーで受け止めてみて」
シャルロッテ様、またさっきのギラギラした目になっているよ・・・怖い・・・
「最初は左の肩を狙います。ゆっくりといくわよ」
ロッテ様の木剣が風切音を伴い恐ろしい速さで、振り下ろされてきた。
おいおい、どこがゆっくりなんだ?
僕は剣の軌道を見ながら合わせるようにバックラーを押し上げた。バックラーの中心にあたったロッテ様の木剣は、内側に逸れ、僕のヘルメットで止まった。なんだか鈍い音がして、それなりの衝撃が頭頂部に感じられた。
うん、多分痛くない・・・よね?
「ごめん。止まらなかったわ。殿下。バックラーは面積が小さいでしょ?
剣を受け止めるというか、そのまま留めておくのは難しいのです。だから、剣に勢いがある場合は、バックラーに一度あたったあと、盾から外れて、勢いのまま流れます。
剣はこの場合、外には流れず、内側に流れます。剣を振るう人の腕の構造上そうなりますからね」
ロッテ様は、そういって一歩下がって剣を上段からふるってみせてくれる。確かに、まっすぐ下しているが、内側に流れていく。ああ、そうか。石を投げるときだって、右手は投げた後、左手の脇の下のほうへ向かうよね・・・
ロッテ様は、僕が頷いているのを見ながら言葉を続けた。
「剣を流すのなら、身体の外方向へ逃がすのです。そうすれば、相手の体のバランスを崩すことにもつながり、次の攻撃につながりにくくなります」
「わかりました」
「では、同じ個所への打ち込みを、もう一度しますから、受け止めて外に流してくださいね」
「はい」
それから何十回も同じ動作を繰り返し練習した。最後のころにはバックラーを持っていられないぐらいに疲れてしまった。腕が重くて辛い。
そうか、ずっと戦っていたら、疲れて動けなくなるっていうやつだね・・・
(もう辛いよ・・・腕がプルプルしてきたし、肩が痛いんだけど・・・)
その時助け舟が出された。
「恐れ入ります。殿下にお話しがございます」
オットー様の従者さんだった。やった。稽古を中断できる。
「・・・なんでしょう」僕は呼吸を押さえるのに苦労しながら、でも肩で息をしつつ、ゼーゼーと応えた。
「オットー様が、打合せしたいことがあるとのことです。砦までお越しください」
僕は、喜びを隠して、さも残念そうにシャルロッテ様を見た。どうやら、ロッテ様は、疲れていないようだ。息も上がってない。
(うーん、体力の差というか、筋肉の差、歴然だね・・・なんとかしないとなぁ)
「あら、どうぞ。今日はこれぐらいにしましょう?」
(助かったよ・・・従者さんが天使に見える)
「では、こちらへ」従者さんは、アグネスさん達に跪いてから、立ち上がり、くるりと踵を返して歩き出した。
僕は急いでついていこうとしているのだが、なんだか人の身体みたいにコントロールが効かない。しかも、あちこちが痛い。従者さんは、僕が付いてこないのにすぐに気づき、振り返り、僕のヘルメットを取ってくれた。
ふう、息ができる。ヘルメットには沢山小さな穴があいているけど、やはり、息が籠るよね。フィリップさんが使っているような兜のほうがいいなぁ・・・
(う、なんか痛い。これって、筋肉痛なのかな・・・)
ギクシャクと歩きだした僕の後ろには、僕の鎖帷子とかを着せてくれた、これまたオットー様の従者さんが歩いてついてきた。
もうすっかり秋となった、砦がある谷に、両側にそびえる高い山から吹き下ろす風は、冷気を伴い、火照った僕の体を冷やしてくれる。
鎖帷子って冷えると冷たくなるんだね。しかも穴だらけだから、風通しがいい。下に着込んでいる綿入れのような服が汗を吸ってべとべとしていたけど、今度は冷たくなってきた。これは気を付けないと風邪を引くかもな・・・
そう思っているうちに、砦についた。
僕は、執務室の下にある支度部屋に案内され、鎖帷子やら装備一式を脱がせてもらった。体をよく拭いてもらったら、少し調子がよくなった。そして、宮宰様の奥様から頂いた高価そうな上等な服に着替えて、従者さんにくっついて執務室に入った。
そこには、砦の3人と空飛ぶザクセン傭兵団のカールさんが、テーブルについてエールを飲んでいた。
従者さんが、その様子を見て、小さなため息をついた。当初は飲む予定がなかったらしいが、僕の事を待っている間に、醸造所でできた新しいエールの話題になり、じゃ、試飲しようということになったらしい。全員、かなり飲んでいるようだ。
「お、ミヒャエルヒェン。待っていたぞ。まぁ、エールでも飲め。うまいぞ」
普段は、呼ばれないヒェン付だ。まぁ、変態君とかよりはいいけど。なんだかちびっ子になった気がする・・・身長はみんなの半分以下だけど、ヒェンを付けられるのはもっと小さい子だよね。ていうか、オットー様が酔っぱらっているのは、珍しいかもね。
そんなことを考えていたら、従者さんが小さなジョッキに入ったエールを持ってきた。明星亭では、僕もワインとか飲んでいるし、エールだって飲んだことがあるんだ。エールは発酵が止まらないから、どんどん強くなってしまうんだよ。だから、あまんまり飲まない。小さいジョッキで一杯なら大丈夫って言えないんだよね・・・
「さてと、では、アーベントイラー達に乾杯!」
「イエー」
「頑張ります」
(うわ、カールさんも結構酔っているな・・・しかし、カールさんが頑張るって、なんなの・・・アーベントイラーに乾杯って・・・なんで、冒険者に乾杯するのだろう・・・
なんか嫌な予感がする。皆ニコニコしているけど・・・)
「殿下。また一緒に戦えるなんて光栄です」
(え?カールさん、何言っているのだろう?)
「カール、雪が降りはじめたら帰るようにしてくれよ。あと、遠くに行きすぎないように」
「そう、オットー卿の仰るとおり。応援に駆け付けられるぐらいの近さで頼むぞ」
「はい」
レオン様は相当呑んでいるのだろう。ふらふらしている。いつものバカデカイジョッキを持ちながらも不思議とジョッキだけは揺れない。いやむしろ、ジョッキを空中に固定し、ジョッキを中心にふらふらしている感じだ。
「ま、ピンチの時は、殿下に転移門を開いてもらって帰ってくるのだ。我らが駆けつける時は、殿下に何かあった時だからの。あとは、殿下に神聖結界を開いてもらうといいだろう。魔物ならすぐに退散じゃ」
(ちょっと、神父様、なんか怖いこと言っていない?)
「ぬしらも、ついて行きたいのじゃろう? わしも行きたいぞ。最近は、隠居のじじいみたいで退屈しておるしの・・・できれば冒険に行きたいぞ・・・ぐぅ」
「・・・神父様、ブルーノ神父様。起きてください。寝ちゃだめですよ」
カールさんが、神父様をゆすったが、もう高鼾をかき出したから、多分起きないだろう。
「聖職者は、酒を呑んでもいいが、酔っぱらってはいけなかったんじゃないですか?」
そういうと、神父様は鼾をとめ、目をパチリとあけた。
「誰が酔っぱらっているって?ワシは酔ってはおらんぞ。ぐぅ~」
「カール、もう寝かせてやれ。それよりも、ほれ、まだ干し肉あるぞ」
「お、ワシも干し肉を頂こう」
レオン様が手を伸ばして干し肉を取ろうとして、テーブルの上にあった小さな皮袋を取った。
(あちゃ・・・大丈夫かな・・・いや、さすがにそれはないよね)
僕がそう思っていると、レオン様は小さな皮袋を口にいれて、噛みだした。
「ずいぶん柔らかい干し肉だな。いや、結構うまいが、噛みきれんぞ」
「・・・おいおい、レオン、卿が口にしているのは、わしの皮袋だぞ・・・おい」
「すまんすまん。オットー卿の齧りかけの干し肉であったか。あははは。気にするな。まだ他にあるからな」
「カール、レオンから取り上げてくれ。あれ?寝ているのか・・・」
知らないうちに、カールさんは、座ったまま目を閉じて上半身を回転させるように、ゆらゆら揺れている。
「仕方ない」
オットー様はそういうと、立ち上がり、テーブルを回って、干し肉をレオン様の口にいれて、自分の皮袋を取り出した。レオン様は、目を瞑ってくちゃくちゃと噛み続けているが、干し肉を噛み始めた途端、目をパチリと開け、これは美味いといってまた目を閉じた。
オットー様は、苦々しく笑いながら、僕を見て、肩を竦めた。そして皮袋をレオン様の服で拭いて、ポケットに仕舞った。
(何が入っていたのだろう・・・気になるな)
「・・・レオンの凄い顎の力も、このなめし皮を破ることはできなかったと見える・・・
殿下、酒は飲んでも、のまれるなというのはこれだ・・・」
見回すと、皆鼾をかいて寝ていた。オットー様は、レオン様とブルーノ神父様の従者達を呼んで、寝室へ連れていかせた。
「さてと、カールはどうするか・・・コンラート達を来させるとしよう」
オットー様は、控えていた自分の従者を使いに走らせた。
「殿下。では解散としましょう」
「オットー様、お呼びになられた理由をまだお聞きしていませんが・・・」
「あ、すまん。そうであったな。申し訳ない・・・」
オットー様は、大きな欠伸を一つしてから話しはじめた。
「・・・実は、帝国からある任務を言い渡されたのだ・・・
公爵様は、お立場上、断ることが難しい。そこで、渋々受けるしかないと判断された」
「あの、どんな内容の任務なのですか」
「調査なんだ・・・殿下も、ここに来るときに、中継の街から来ただろう?
(あ、なんか懐かしい感じがする。あの街の宿前の暗がりで、アーデルハイトに声を掛けられたんだよな・・・)
思えば、まだ数か月しか経っていないんだよね。いろんなことがありすぎて、もう何年も前みたいな感じがする。
「あの街から北に向かうと、この砦に至るのだが、東に向かうと、最前線の砦といわれている小さな街に着くんだ。そこには、公爵軍が駐屯している。そして、そこから先は、街道はあるものの、我々が支配しているわけではない・・・」
オットー様は、眉間に皺を寄せながら、次を続けた。
「もともと、我々は、デーモン達の支配地の中に、点として街を押さえているだけだ。そして街道が線だ。かつてのローマ人が造った街道を維持するのがやっとだからな。つまり、城塞都市、中継の街、最前線の砦を東西の街道で結び、中継の街、塩砦、長い壁を南北の街道で結ぶ。その点と線を支配しているだけだ」
「はい。それは、ここに来てすぐに、アグネス様より教えていただきました」
「うむ。そうだったな。単刀直入にいうと、最前線の砦の西側を探索してくれという依頼だ。いわゆる軍事偵察とでも言うべきか・・・」
「ということは・・・進軍するのですか?」
僕は驚いていた。なんとなくではあるけど、今のデーモン達とのバランスは均衡というか、つり合いがとれていて、このまま砦の中にいれば、平和だと思っていたからだ。
「殿下。進軍するかどうかは決まっていない。どうやら、パパ様の差し金らしいんだ・・・」
僕はもっと驚いた。何か悪い予感がしてきた・・・折角生活が安定してきたのに・・・あの狭いけど気楽な僕の家、となりに煩いアーデルハイトが住んでいるけど楽しい僕の家は、どうなってしまうのだろう・・・
「近い将来、砦から出て戦わないといけないのですか?」
今度はオットー様が驚いているようだ。
「殿下。酔いが醒めるようなことは言わんでくれ。城塞都市やここの砦は、われらをこの地に繋ぎとめる楔なのだから・・・徒に侵攻して均衡を壊すのは得策ではない。じわじわと領地を増やしていくほうがいい。公爵様も宮宰様も同意見だ。バイエルン公やオーストリア公が食い止めているデーモン軍の主力がこちらに回されては敵わんからな・・・」
オットー様は、僕の顔を覗き込むようにして、見つめた。その眼は酔っぱらいの目ではなかった。
「殿下。悪魔軍の層は厚いのだ。その気になれば、地獄から手練れを何師団も呼べるのだ。城塞都市はひとたまりもない。やつらはすぐに我らを蹴散らせるから、やらないだけなんだ。そうなったら、逃げることもできない。なにしろ、この地の死守が我らザクセンの任務だから・・・」
僕は、怖ろしくなってしまった。だって、城塞都市の近くを流れるライン川の向こう側は地獄の地表部分だし、今僕が住んでいる塩砦の鉱山だって、地下深くで地獄に通じているのだ。
僕が青ざめているのに気付いたオットー様は、急に表情を改めて、優しい感じになった。
「殿下。大丈夫。パパ様が考えておられるのは、ライン川を越えて小さな奇襲部隊を送り込めないか、またそのために渡河可能なライン川の場所を探るということらしい。どうやら、イタリアに向かうどこかに、聖遺物が隠されているらしい。その遺物は、戦局をひっくり返すほどの力があるらしいのだ・・・この話は決して人に話さぬように。あと、送り込まれるのは帝国軍からだ。我らは軍勢を割くこともできないからな・・・というわけで、さて、カールのお迎えもきたので、我らも解散としよう。そうそう、殿下にお願いしたいのは、カール達の補助だよ・・・いつもと同じだろ?
では、神の御加護を。オヤスミ、殿下」
「おやすみなさい」
いつのまにか、盾職の二人が部屋に入ってきていた。二人は、カールさんの両脇を抱えて部屋から出ていった。従者さん達が、オットー様の執務室のお片付けを開始したので、僕も部屋に戻ることにした。
その前に、全然飲んでいなかった、小さなジョッキに入った、僕のエールの残りを一気に飲み干した。
いかがでしたか?
話の筋をどんどん進めてしまいたくなる癖があります。
でも、描きたいのは、それではなくて、地下迷宮での戦闘だったり、
冒険譚なんですよ。
それで、前半部分で かつて割愛していた、地下迷宮の冒険などを
復活させて、最初のころの節に挿入していきます。
話が前後してしまうのですが、ご理解ください。