第74節 パレードの後で 混乱
今回は伏線だらけです。すみません。
「さてと。クリスタとやらの話を聴きにいきたのだが・・・」
宮宰様が、眉間に皺をよせて呟いた。
「兄上、殿下のお稽古はいいのですか? オットーも気にしていましたし。殿下の将来にもかかわりますから、早めにお話だけでも、しておいたほうがいいかと存じます」
宮宰様の目の色が変わった・・・
(嫌な予感がするよ・・・稽古って何の稽古なのだろう?)
宮宰様は喜々として立上って、細長い両刃の剣と一緒に、壁にかかっている、お鍋の蓋みたいな金属を取りにいった。そしてお鍋の蓋を取って、振り返って左手に構えた。お鍋の蓋の真ん中には盛り上がった、たんこぶのような丸い突起がある。
「殿下、クイズです。これはなんでしょうか?」
宮宰様はいたずらっこのような表情だ。
「え?・・・お鍋の蓋みたいですけど、それだったら、ふつう木でできていますよね・・・しかも剣と一緒に壁に掛けられているというのも変ですね」
「またまたまた。殿下はご冗談がお好きだ。これは、勿論、バックラーですよ・・・」
「バックラー?ですか・・・」
僕が訳のわからないような感じなので、フィリップさんが見かねて助け船を出してくれた。
「殿下。シャルロッテ様が、アグネス様とお稽古しているのを、ご覧になったことがあるのではないですか?ご冗談が過ぎますぞ」
(あ、思い出した。これやばいよ。稽古って剣の稽古じゃん・・・そうだ、シャルロッテ様は、手斧の攻撃もあの鍋の蓋で防いでいたよね・・・)
「あの、稽古というのは、この小さなお鍋の蓋で、防御する練習ですか?」
周囲の3人が、当たり前じゃんって顔をしている。宮宰様は不思議そうな顔をして、僕にバックラーを手渡ししてくれた。
(うわ、意外と重いんだ・・・)
「殿下。バックラーは、細身の長剣、そこにかかっていますが、その剣とともに、合わせせ技を使いますから、単独ではあまり使わないものですぞ」
「はぁ、わかりました」
「ふむ。よろしい。あ、そうそう、あと、弓兵が接近戦の時に補助防具としても使いますな。いずれにせよ、片手で持つものです」
宮宰様は、僕の返事に満足したようで、右手の親指と人差し指で、つまむように、顎髭を撫でだした。そして、横目でフィリップさんに合図をした。フィリップが説明しろっていっているようだ。フィリップさんは、察しがいいので、すぐに話だした。
「殿下は、もう6歳ですから、剣の練習を開始しないと、手遅れになります」
「は、はい。そうなんですか」
唐突な話だったので、びっくりしてしまったが、でも、盾を持たされたということの延長線上にあることだから、そうなるのは自然な話だよね。でも手遅れって怖い言葉だ。
「そうです」きっぱりとフィリップさんは断言した。そして、僕の瞳を覗き込むように見つめながら話を続けた。
「殿下は、もともと、祓魔師として能力の開発を行っていましたから、エーデルスブルート、高貴な血の量は、人並み外れたものがあります。いつぞやの隕石の雨のように、下手をすれば、魔物の群れどころか、その場のもの、すべてを破壊尽くしてしまうほどの力をお持ちです。
しかし。エーデルスブルートも、使い過ぎれば、力を失います。下手をすれば、生命の力をも使い果たし、死に至ることだってあり得ます」
(こ、怖い話になってきているよ。そうなのか・・・知らなかった)
フィリップさんは、話を止めずに、続けてどんどん話すつもりのようだ。この際だから全て話してしまおうという感じだ。
「敵を駆逐しても、かならず、討ち漏らすことはあります。そして、もう、エーデルスブルートが無い。でも、生き残った敵が斧で殴りかかってきたら、殿下はどうされますか?」
(言うことは一々御尤もですけど・・・そんなの無理だよね。僕にはどうにもできないよ)
「リウドルフィング家とその配下の家臣は、皆、勇猛果敢で、剣に秀でております。マグヌス司教様も例外ではありません」
フィリップさんは、一旦口をつぐんだ。司教様もうんと頷いている。
(聖職者なのに?あ、でもブルート神父様もそうだよね・・・)
「いいですか?私たちは、ザクセンの民のために、リウドルフィング家、つまり、偉大なヴィドゥキント様の血を絶やしてはならないのです。必ず勝たねばなりません。殿下も、万が一、魔法を打ちつくしたとしても、必ず敵を倒し、生き残らなければなりません。死んでもいいのは、すべての敵を討ち滅ぼし、跡取りを育ててからなのです。だから・・・」
僕は、息を呑んだ。(だから?)
「剣の稽古を始めるのです」
(怖いよ・・・剣で切られたら血がでちゃうし。下手したら死んじゃうじゃん)
僕が青ざめていたので、フィリップさんも、理解したようだ。
「殿下。いきなり真剣ではお稽古しませんから、大丈夫ですよ。それに、念のため、鎖帷子やヘルメットをつけますから」
(え?鎖帷子って、子供用があるのかな)
「あと、防具もここ170年にわたる、悪魔との戦争のお陰で、画期的に進化しておりますので、ご安心ください」
(僕は、色々と想像してしまった。鎖帷子を身に着け、ヘルメットをかぶった自分の姿だ。なんだかワクワクしてきたよ。かっこいいよね・・・ん?)
ふと視線に気づいて、そちらのほうを見ると、宮宰様が目を細めて僕を見ていた。何か話そうとしているようだ。
「おっほん。さて、殿下。フィリップがバイエルンから戻ってきたら、早速練習を開始しましょう。師匠はフィリップですぞ。まずは、木剣とバックラーの稽古で、ロッテと一緒に練習するといいかもしれませんな」
「は、はい」僕は返事をしてしまったが、なんか騙されているような気もしていた。
(ちょっと、まって、今ロッテ様との練習って言っていたよね・・・うは、シャルロッテ様は、超負けず嫌いだよ・・・ボコボコされる・・・)
僕は、考えていた。なんだか、避けられないのだろうな。なんか屠られる家畜ってこんな気持ちになるのかも)
うすうすわかってはいたのだけど、この世界は、3っつの人間の種類に分かれている。
祈る人、戦う人、働く人の3種類だ。
塩砦や、鉱山で言えば、兵士、鉱夫、騎士、司祭、商人などが暮らしているが、祈る人は、ブルーノ神父様とアポロニアさんだけだ。しかし、彼らは戦う人でもある。貴族階級だから。砦の兵士さん達は、戦う人というより働く人だ。
兵士さん達は、実際、給料は貰っているようだけど、大した金額でないようだ。移動の自由があるわけでもない。実際、砦から抜け出しても魔物にやられて死ぬだけだろうけど。兵士さん達は、どうやら、公爵様か宮宰様の家臣らしい。でも、自分の財産は持てるし、結婚もできる。子供も育てているしね・・・でも、子供は自由に職業を選べることはないみたい。親と同じ仕事に就くみたいだ。
オーガが支配していた、エールの醸造所から救い出された人達は、完全に奴隷だった。だから、砦で暮らすようになって、生きたり、結婚したり、そういう普通の自由に戸惑ったようだった。聴くところによると、ご飯も与えられるまで食べられないどころか、時々魔物に食べられちゃうらしいしね。まだ、僕の猫ちゃんたちのほうが自由だと思ったもの。僕は、お金はないけど、一応、戦う人、つまり騎士階級というか、貴族階級の一員なんだ・・・だから、戦う力を身に着けておかないといけないんだ・・・
「殿下。どうしたのですか?ぼーっとしていますよ」
僕は、フィリップさんに声を掛けられて、我に返った。
「いや、ちょっと眠くなってしまったんです」
「ふふふ、まだまだちびっ子ですね」
「そ、そんなことはないです。今日は、すこし、エーデルスブルートを使い過ぎたようなので」
脇で聴いていた司教様が頷いて、同意してくれた。
「そうですか・・・わかりました。では、私はバイエルンに発ちますが、その前に、クリスタから話を聴きたいですな」
宮宰様も、司教様も頷いている。
その時、ドアをノックする音が聴こえた。
宮宰様が「入れっ」と言った。
「入ります」
聞き覚えのある、いや、懐かしくも感じる声だった。扉を開けて入ってきたのは、宮廷服ではなく、いつも砦で着ている鎖帷子にサーコートのオットー様だった。
「オットー。やっと兄上に解放されたか」
「はい、宮宰様。新しい公爵軍の構成について、色々と・・・」
「まぁ、兵士が増えていないのに、警備するところが増えるからな」
「ええ。塩砦の兵士の補強なしで、他の砦への分隊の派遣は、弱体化につながる恐れがありますし、また、例の新しい塔の守護隊もこともあります。
正直、交代制のやりくりだけでは手に負えません。そのあたりを、陳情というか、お知恵を戴こうといった次第だったのです」
「お主が訴えねば、そのままになってしまうからな。塩砦が落ちたら、公爵軍は詰んでしまうということについては、兄上はどういっておったか?」
「はい。宮宰様と、同じ考えでした。あと、皇帝陛下が、なにやら南に侵攻する御計画を持ちかけておられるとかで、いっそ、最前線の砦を、皇帝陛下の配下に渡してしまったほうがいいのではないかと仰っていました」
「なるほどな。それで、砦の守備隊を引き上げ、分散させて、各砦の不足を補おうということか。皇帝陛下の侵攻計画も、タイミングが良すぎるな・・・あ、すまぬ。椅子が無いな」
「いいえ。結構です」
「まぁ、そういうな。おい。椅子を持て」
「は」従者さんが返事をして、部屋の外に椅子を取りにいった。
すぐに従者さんが、椅子を持ってきてくれた。通常、家臣は、主人の前では座れないらしい。だから、さっき、フィリップさんは躊躇っていた。オットー様は、一応騎士なので、領主階級なわけだけど、下級貴族で、宮宰様のような上級貴族とは違うから遠慮しちゃうのだろう。
横で黙って話を聴いていた司教様が、オットー様が椅子に座ると、話を再開した。
「兄上。なんかすべてのタイミングが良すぎませんか」
「なに。椅子のことか」
すこし呆れた顔をしつつ、肩を竦めた司教様は、話を続けた。
「いや、帝国からの申し出ですが、偶然にしては、話がうますぎます。南への侵攻計画が、唐突過ぎるというか、なにか変な感じがしませんか。我々の各砦が手薄な状態を知っていて、最前線の砦付近を探索させようという話が湧いてきた。最前線と呼ばれているが、あの砦は、ここしばらく戦闘状態になく、魔物も減っている。今のままでは、兵士を減らすのは当然の結果になるでしょう。更に、探索で兵士を出すとなると、あの砦は手薄になる」
宮宰様は、髭をいじりながら、司教様を見つめて考えていたが、急に立ち上がり、執務机の前に立って、書類を探し始めた。お目当ての書簡らしきものを見つけると、読み始めた。それから執務机の前の自分の椅子にどんっと腰をおろし、ため息をついた。
「兄上、どうされましたか」
「わしら兄弟は、いいバランスだよな。公爵様もワシも騎士というか戦士というか・・・ザクセン人の勇猛果敢な血をよく引いていると、よく父上も仰っていたよな」
「いきなり、どうしたのですか」
「兄上とワシの二人だったら、滅んでいたかもしれないということだ」
「おっしゃる意味がわかりませぬ」
宮宰様は、薄い蒼い瞳で司教様を見つめている。
「むかしのことだが・・・ワシはマグヌスが戦に向かないことを一族の恥じだと感じていた。それは誤りだったよ。そちの勘というか、知性は我らを正しく導いてくれるだろう。まぁ、聴け、マグヌス」
なにか反論しようとしている司教様を宮宰様は手で制してニヤッと笑って話を続けた。
「ワシや兄上だったら・・・いや、兄上の名誉のために訂正する。ワシだったら、渡りに船で、この案に飛びついていただろう。しかし、おかしいよな。タイミングが良すぎる」
「つまり?」司教様の目が輝いている。宮宰様と同じように薄い青い色だ。
「これは、悪魔の奸計かもしれぬ・・・お主らに、話しておらぬのだが、実は、この城塞都市には、幻視者がいるのだ。勿論信頼に足る人物だ。いままでいくつもの危機をその幻視能力で乗り越えてきたのだよ」
「え?それは誰ですか?聖職者ですか?」
「こればかりは、兄弟でも教えられぬ。秘中の秘なのだ。幻視者が誘拐されたり、暗殺されたりするリスクは冒せないからな。まぁ、それはいいとして、幻視者から書簡を貰っていたのだ」
そういうと、宮宰様は、羊皮紙を取り上げ、朗読を始めた。
「城の東にウーラノスの影がさす時、正しき者は歯噛みをするような苦しい戦に巻き込まれるだろう。人の子らは打ち取られ、その骸は、高き塔に吊るされる。塔は地の底より燃え上がる業火に飲み込まれるが、かつての勇者たちは、ラインを超えて凱旋することができない」
皆、語られた内容がさっぱり分からないようで、沈黙がその場を包んだ。
「兄上、一体どういう意味ですか?全くわかりませんが・・・」
宮宰様はニヤッと笑って、楽しそうな目をして口を開く。
「そうだろう? ワシも分からないのだ」
全員がガクッとなった。
「すまぬ。まぁ冗談だ。しかし、幻視者の語りは分りにくいようになっているのが常だ。考えると色々な意味が見えてくるのだ」
「よくわかりませんが、騙されていないですよね?」
「うむ。それもあるかもな・・・」
(うわ。宮宰様の意外な一面をみちゃったよ・・・)
皆が目を点にしていたので、宮宰様は手紙をテーブルの上に置いて、困った顔をしてぽつりぽつり話しはじめた。
「まず、城の東だが、この城がどの城かだ。ワシらからすると、城は城塞都市を意味するだろう、話の内容からいって、当てはまらないと思う。もしくは、城は城塞都市を意味するとすれば、東は、城壁の東なのか、それとも、城塞都市の東のほうを意味しているかだ」
フィリップさんがはっとして呟いた。
「城の東とは、最前線の砦も東にありますよね・・・」
司教様もその言葉に反応して言った。
「それを言うなら、中継の街も東側だぞ」
「そ、そうですね。どちらのことなのでしょう」
宮宰様が話に割り込んだ。
「そもそもウーラノスとは誰なのだ?」
「兄上、ギリシャの神の名前でしょう。ほら、クロノスに男の大事なところを切られてしまった神ですよ」
司教様がニヤニヤして答えた。
「ああ、わかったぞ。嫌な話だよな・・・昔、エリカに脅されたことがあったな」
「兄上がおねしょするからですよ」
「おいおい、殿下の前で止めてくれ。今の殿下より小さい頃のワシだからな」
僕は聴いていない振りをして、下を向いた。宮宰様は、話をもとに戻した。
「ウーラノスの影とは、一体なんのことなのだ?」
「ウーラノスって、単純に天とか神を差しているのではないですか?」
「うむ。そうすると影が差すというのが、意味的に狭くなるな・・・天の影が差すというのも変だ。神の影が差すというのは、神が手を差し伸べられるという意味なのか?それとも、神の力が働かない陰に入ってしまうという意味なのだろうか・・・」
皆、考え出して無言になった。
「正しき者が歯噛みをするような戦いという言葉からも、どうも、後者の意ゥ味でしょう」
「うむ。そう考えたほうがいいな」
フィリップさんも同意して頷いている。そういえば、オットーさんは静かだなと思い、座ったほうをチラ見すると、借りてきたライオンのように風格ある感じで考えているようだった。身分的には、騎士ではあるものの、主家筋の兄弟の前では、控えているようだ。
(砦では、一番偉い感じだけど、まぁ、アグネスさんとかには、身分的に頭が上がらないようだし、階級社会って嫌だね・・・あ、でも、僕はそれで得をしているのだから、そうも言えないか・・・)
「さて、地から燃え上がる業火とは・・・」
「明らかに地獄が関与することを示しているということでしょう」司教様はきっぱりと言った。
「やはりそう考えるのが妥当だろうな。オットーはどう思っている」
「は、悪魔の軍勢に蹂躙される可能性を示唆しているように思います」
「うむ。想像するのも嫌だな・・・フィリップはどうだ?」
「傭兵団をライン近くに派遣する予定があるので、気になります」
「フィリップ殿、確かに。
カール達のことですよね・・・カール達は、殿下が同行してくださることを期待しているので・・・殿下が同行されるかどうか、ご意見を宮宰様からいただけましたら助かります」
「皇帝陛下からの依頼なのだが、陛下は、教皇様からの依頼だと仰っているようだ」
「それは、教皇庁ルートからも聴いています。恐らく本当でしょう」司教様が言った。
「殿下が、ご同行いただければ、探索自体は簡単に終わるだろう」
(なんだかなぁ・・・知らないうちに担ぎだされているみたいだよ)
司教様が僕のほうに向きなおり、説明を始めた。
「パパ様は、どうしても、聖遺物を取りに行きたいらしい。つまり、イタリアに侵攻したいらしいのです。その事前準備として、ライン川の渡河が可能かどうかの調査を依頼されています。厳密にいえば、ライン川を渡るのではなく、その周辺の地理や地形、あと悪魔軍の警備状況ですね」司教様は少し困った顔をしている。
「マグヌスよ。聖遺物は既に悪魔に破壊されているのではないのか」
「兄上、聖遺物のパワーは計り知れませんよ。恐らく破壊はできないと思います。オットーの剣も柄に聖遺物が仕込まれているらしいし」
「はい、おっしゃる通りです。開けることはできないのですが、聖ミカエル様がそのように仰っていました」
「悪魔といえど、被造物でしかない。神を超えられないのだから、神に由来する聖遺物が破壊できるわけがないのです」
「なるほど、わかった」
「それで、その遺物が何かだな・・・まさか鉄の王冠ではないだろうな?」
「いや、それは、秘密裏に我らが所蔵していますから、まずいことになりますが、パパ様が欲しいのは、カリスらしいです」
「な、なんと・・・カリスとな?」
「はい」司教様は自信ありげに答えた。
「カリスとは、つまり・・・聖杯のことか?」
「はい。詳しくは分からないのですが、最後の晩餐の時に使用されたものといわれているものです。400年ほど前に、ある修道僧がエルサレムの教会で見たと言われているもののようです。それが、どうやらイタリアにあるらしいのです」
僕は、非常に困っていた。
(聖遺物の鉄の王冠って、この間、パレードの時に、僕が被っていたものだよね・・・あれ、どこにやったのだっけ・・・もしかして無くしたのかな。やばい。記憶が曖昧だよ)
僕の心臓がバクバクいっているのが自分でも聴こえた気がする。
(パレードのあと、カテドラルのところで、転移門をくぐって・・・そのあと、砦の礼拝堂で、おじいちゃん聖人が急に現れて、リーゼロッテ様が起き上がって・・・うん。まだ僕は冠を被ったままだったはずだ・・・そして、リーゼロッテ様が急に起き上がって、スタスタ歩いていってしまったから、急いで追いかけて・・・)
僕は背中に冷や汗が流れるのがわかった。そう、急いで歩いたから、何回か段差で躓いて、冠を手で押さえて・・・(やばい。どこかで落としたのかな?)
周囲では大人達が、吊るされるのは一体誰なんだろうとか話しているが、まったく聞こえなくなってきた。ふと、我に返ると、宮宰様が話をしていた。
「・・・この話は、確かに何か変だ・・・しかし、表向きには断れない話だ。最前線の砦を皇帝陛下の軍に預けるのが得策だろうが、先ほどの幻視者の話では、砦は落ちるな・・・帝国のやつらは、ザクセンの民を守らず敗走するだろう。ラインを超えて凱旋できぬとなると、傭兵団は、ラインを超えるが戻れないということかもしれない。城塞都市の守備を減らして回したほうがいいのだろうか」
「兄上、それこそ悪魔軍の狙いかもしれませんぞ・・・」
「参ったな。すっかり惑わされてしまっておる。悪魔に付け込まれるぞ」宮宰様は、すこし弱気になっているようだ。
しかし、ここに居る全員が、その危険性をひしひしと感じているようで、皆、言葉無く、黙っていた。
「パワーゲームのほうが、楽ですね」オットー様がぼそっと呟いた。
「オットーらしいな・・・」宮宰様が苦笑いしながら応えた。
全員が頷いた。宮宰様の執務室は、ただ時間だけが徒に流れていた。
現在、オットー卿の聖剣探しの旅を書いています。西暦1168年を想定しています。フランス全体が地獄に飲み込まれていますので、十字軍もない世界です。結構表現が難しいです。近日公開します。ブクマお願いします。