第74節 パレード 結末
主人公が転移した後の城塞都市のお話です。
カテドラル広場に残された人々は、まだ、興奮冷めやらぬ感じだ。
大聖堂の入り口の前の階段を上りきったところに、公爵たちは、まだ立っていた。
「兄上、この後のシナリオは、どうなっているのですか?」
「あ、考えていなかったぞ・・・レオポルト、なんとかせい」
(兄上は、アイデアマンだけど、詰めが甘いんだよな・・・)
レオポルトは、公爵の実の弟で、宮宰という役職についている。今でいうところの大臣だ。実際、優れた能力がないと務まらない役職である。フランク王国で有名な宮宰といえば、メロヴィング王朝のカロリング家、鉄槌のカールこと、カール・マルテルが有名だ。戦となれば、有能な将軍でなければならないし、また、政治の実務においても有能さが必要とされる。無論、公爵の弟、レオポルトもカール・マルテルに負けていない。
「わかりました。まずは、穏便に解散させましょう。兄上、スピーチを一発お願いします。
ザクセンを盛り立ててください。転移した二人が、砦からしばらく戻らない旨を伝えてくだされば、助かります。戻ると思って待たれても困りますので。
スピーチの後、貴族、騎士達を兄上の護衛として、城に戻らせますので、そのまま馬車に乗ってください。来た時と同じ並びで戻ります。私は、兄上の馬車に乗ります。打合せしなければならないことがありますから。
ブルン辺境伯は、また先陣を頼む。広場の領民は、聖堂参事会員にまかせる。
ハンス、我らは城に戻るので、穏便に解散させてくれ」
ハンスと呼ばれた男が後ろから進みでて、片膝をついて、応えた」
レオポルトは、背後に控えていた、補佐司教を呼び、後を依頼した。マグヌスから事情を聴いていたようで、特に問題が無かった。レオポルトは実際この補佐司教を知っている。何故なら、彼もまたリウドルフィング家の一員だからだ。身内と有力貴族で要職を固めるのが一番よいとレオポルトは思っている。そういいながら、時々、身分や血に関係なく、新しい能力者も取り立てる。レオポルトの采配の絶妙なところは、その気配りであろう。
それから、レオポルトは、トランぺッターを呼び、今一度吹き鳴らすように命じた。彼らが公爵専用のメロディーを奏でると、広場の喧噪は、すぐに静まった。皆どうなっているのか聴きたいからだろう。公爵は、指先を曲げ、スピーチの仕草をした。
「ザクセンの戦士と民よ。我らが王子と司教は、我らの生命線である塩鉱山を視察し、神にご加護を願うため、しばらくは戻れぬ。二人の留守の間、城塞都市を守ってくれ。
我らは城に戻り、王子の帰りを待つ。
司教の帰りを待つ聖職者たちは、ザクセンのために神に祈ってくれ。勿論、民も神に、そして聖母に祈ってほしい。我らの願いは、聞き届けられ、必ずやこの土地は、人間のものとなるであろう。天は、我らに力を与えてくださるはずだ」
広場は歓声に包まれた。また、先ほどと同じ、ザクセンコールが起きている。
(ザクセン人は、こういう感じだから、御しやすい・・・逆にいえば、アジテーターに注意しないといけないな・・・ワシも乗りやすい性質だし、よくわかる。ブルン辺境伯のように、脳味噌が筋肉でできている場合は、特に、悪魔にこの弱点を突かれないようにしないと拙いぞ・・・)
公爵は、宮宰のほうにちらっと視線をやり、ニヤリと笑うと、大聖堂の前の階段を降り始めた。宮宰レオポルトと辺境伯も後に従う。聖職者や参事会員が跪き見送る。公爵が馬車に向かうと貴族達や騎士達が次々と跪いていく。馬車に乗り込むと、辺境伯も馬車の傍で跪いてから、自分の軍勢に歩いていって騎乗した。レオポルトの馬は従者が騎乗した。
トランぺッターが公爵の馬車の左右を騎乗してすり抜け、最後尾で、またファンファーレを奏でた。
辺境伯が先陣を務め、また行列が開始された。辺境伯の軍は、折り返すようにカテドラルに背を向けて後方へと歩く。飛竜の襲撃で崩れた隊列も今は綺麗に直され、辺境伯の後に続く。広場を埋め尽くした騎士団が半分以下になってから、やっと公爵の馬車が動き出した。まだ、領民は並んでみている。公爵もサービスで簡単に手を振って声援に応えている。ずいぶんと適当に手を振っているようだが、応えるだけ立派だ。貼り付けたような笑顔だが、その裏には深い苦悩があるような複雑な顔をしている。
広場を出て、貴族の屋敷に近づいてくると、やっとレオポルトは口を開いた。
「兄上、お話があります」
「結界のことだろう?」
「そうです・・・」
公爵は眉間にしわを寄せて悩んでいるような顔をした。レオポルトは話を続けた。
「・・・結界は破られると、大聖堂の鐘が、ある特別な鳴り方をするのは、ご存じだと覆います」
「うむ。今回は・・・鳴らなかったよな・・・」
「はい。今まで破られたことがないので、鳴らなかった理由がわからないのです。
つまり、破られたかどうかも定かでない。もしかすると、破られたのかもしれないが、何らかの不備で鐘がならなかったとも考えられるし、もしかすると、結界に穴があって、そこをピンポイントで抜けてきたとも考えられる」
「うーん。考えるのが面倒だな・・・ブルンだったら、フリーズしそうだな・・・フィリップは今日いなかったどうなのか?やつに確認はできたのか?」
「彼は、バイエルンに使者として参りますので、今、屋敷で支度中です」
「そうか。マグヌスが戻ったら会議だ。地下道でカテドラルに集合だ」
「兄上・・・顔がにやけていますよ」
「ははは、なんか昔を思い出すな。レオは、地下道で怖くて泣いたことがあったな」
「確かに。兄上は、トイレに間に合わず、地下道でおもらしして、父上に掃除させられたことがありましたね」
ふたりは顔を見合わせて笑った。レオポルトは真顔に戻り、呟く。
「まさか、城塞都市内部で、手引きしたものがいるとは思いたくないが・・・」
公爵は、眉間にしわを寄せている、弟を見ながら呟く。
「飛竜が現れるなぞ、ここ100年以上も話を聴いてないからな。どこから来たのかも探らないとな・・・」
「もともと、地上の生き物ではないですからね。東方辺境伯が対峙している戦線では、リザードマンを主力としているそうですから、飛竜もあるいはそちらから来たかもしれませんぞ」
東方辺境伯領では、戦線が膠着したままだ。もともと、山岳地帯でも高度もあり、夏でも溶けない氷河があるぐらいだ。
冬は戦争にならない。夏の間だけ小勢りあいをするだけだ。かつてのイタリア王国側の城を占拠した悪魔軍は、トカゲのような魔物が主力で、冬は滅茶苦茶弱いので、城から出てこないらしい。
「転移してきた可能性も捨てられぬな。転移となれば、手引きしたものがいるはずだ」
「しかし、結界馬車以外は、城塞都市に出入りしておりません。斥候は出しておりますが、皆無事に帰ってきておりますし・・・」
「・・・悪魔のことだ。知らぬうちに身体を盗まれているかもしれぬ。一応、斥候に出たものを詳しく調査したほうがいいな・・・」
「御意!」
話はそこで止まってしまった。これ以上話しても解決にならないからだ。そうしている間に二人が乗った馬車は、城の門をくぐった。
馬車から降りる際に、公爵がレオポルトに言った。
「バイエルン公への書簡を作成するので、あとで届けさせる。フィリップは忙しいだろうが、出る前に結界装置の点検を頼んでくれ」
「かしこまりました。では、私は一旦屋敷に戻ります」
馬車から降りると、従者が自分の馬に乗ってやってきた。そこで、屋敷に戻ろうとしていると、公爵の従者が伝令にきた。今年から従者になったばかりの若者だ。
「宮宰様、公爵様より託でございます。王子の剣の訓練はどうするのだとのことです」
「わかった。公爵様には、私が直々に稽古をつけるつもりだと伝えてくれ」
「はっ」
従者は、城館に走っていった。
(確かに、気になるところだな・・・年齢的にも、そろそろ剣を習う頃だ・・・ザクセンの男であるからには、剣も究めないとな。楽しみだわい。殿下はどんな使い手になることやら・・・筋がいいといいのだが)
レオポルトは、マグヌスのことを思い出していた。
(マグヌスは、剣の才能が皆無だったからな。あいつは、動く前に色々と考えるのが悪い癖だったし、しかも、目が弱いのが致命的だ。剣は訓練も重要だが、直感で察して動けぬようだと勝てないのだよ・・・そう、あいつは聖職に就いて正解だった。いずれにせよ、リウドルフィング家で、教会も抑えないといけなかったからな)
フランク王国では伝統的に、従軍司祭を戦に同行させるほど、教会との繋がりが深い。教会に、ザクセンの利益を守る代弁者が必要だ。ゲルマン諸侯は、誰もが同じ戦略を取っていて、必ず一族の誰かを高位聖職者に就けているのだ。
(悪魔をこの地から追い払うことができたら、今度は人間が相手になるからな。殿下にも生き残れるよう、剣術を究めていただかないといかん)
レオポルトは、馬を歩ませて、自分の屋敷へと帰った。
帰宅すると、従者に手伝ってもらって、武装を解いた。行列では、護衛なので、鎖帷子にヘルムをつけていて、そのまま悪魔軍との戦いができる状態で臨んていたのだ。実際には、殿下の活躍が凄すぎて、飛竜に戦斧を突き立てるまでには至らなかったが・・・
従者が鎖帷子やヘルムに飛竜の血がついていますと報告してくれた。これから拭き取るそうだ。錆びると大変だからだ。
(そういえば、ワシが父の従者だったころ、父の鎖帷子が魔物の血にまみれ、すっかり錆びてしまったことがあったな。あのときは大変だった・・・大きな桶に砂を入れて、その中に鎖帷子をいれてグルグル硬い木の棒でかき混ぜるんだ。兄上と交代でやったが、臭いし、きついし、辛かったな・・・)
それから執務室に向かいながら、レオポルトは考えた。
(あの飛竜の血になにか仕掛けがないとは言えないな・・・)
たとえば、呪い、毒、自分なら、最初から飛竜を捨て駒として、殺られるのを前提で仕込むことも考えるだろう。
(何もなければいいのだが・・・)
急に不安に襲われたレオポルトは、ドアをノックする音で我に返った。
「はいれ」
「失礼します」
ドアが開いた。さっき、馬をレオポルトのかわりに城に乗り帰った従者だ。
「公爵様より、伝令でございます」
「失礼します。公爵様より、書簡を預かってまいりました」
「うむ。ご苦労であった。確かに受けとった。下がってよいぞ、私の従者から、受領した旨の書簡を受け取ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
兄の従者は、私の従者と一緒に出て行った。
二人が出ていくと、入れ替わりにノックが4回あった。
「はいれ」
「失礼します」
フィリップだった。今日は皮鎧ではなく、鎖帷子の上にサーコートを着込んでいる。
「馬子にも衣装とは、これか? 森番とは思えぬな。どこのナイトが来たのかと思ったぞ」
「お戯れはお止めくださいませ。レオポルト様。どうも重い装備は苦手です」
フィリップは、宮宰レオポルトの臣下で森番だ。奴隷と同じように、人権はない。しかし、戦力の再生産という目的で、比較的権利を制限されずに、戦力として養われている。実際、都市の自由民より経済的に恵まれているし、領民とくらべて権力もある。
フィリップがこの格好をしているのは、公爵の代理でバイエルンに赴くからだ。道中なにがあるかわからない。魔物だけではなく、盗賊に襲われる可能性もあるからだ。実際帝国領に入ってからは、魔物より人間のほうが性質が悪い。結界が通用しないからだ。人間の中には悪魔より性質の悪い者がいる。人の皮を着た悪魔という表現があるが、正にそれだ。完全武装が望ましいのは、そういう輩に備えるためであった。
フィリップは、ヘルムの長く伸びた鼻当てを触り、具合を確かめている。
「レオポルト様、この鼻当てがないヘルムは無いのですか?」
普段、フィリップは完全武装をしないため、ヘルムは借り物だった。
「その鼻当てが、顔への致命傷を防ぐのだ。しかも、大攻勢以前から我が家に伝わる由緒ある兜なんだから、文句を言わずに使いなさい」
「いや、文句ではないのですが・・・どうも視界が狭くなったようで・・・」
レオポルトは正面からフィリップの顔を覗きこんだ。フィリップは、比較的目と目の間隔が狭い顔立ちだから、気になるのだろう。確かに、この兜は、白兵戦用だ。斧や大剣を持つ戦士達と対峙するにはふさわしいが、フィリップのようにレンジャー的な戦闘を得意とするものには、あまり好ましくないのは事実だ。
レオポルトは、困ったように
「まぁ、向こうに着いたら宮廷服に着替えるから、それまでの辛抱だ」
「御意。ザクセンの名を汚さぬよう、働く所存でございます。ご安心くださいませ」
「うむ。間もなく、兄上からの書状も届くであろう。出立の準備を頼む」
「はっ」
フィリップは、レオポルトの執務室から出ていった。入れ替わりに兄上の従者が入ってきた。
「おお、来たか。待ちかねたぞ」
「はい、こちらでございます」
「大儀であった。下がってよいぞ」
「はっ」従者は、城に帰っていった。
レオポルトは、従者に書簡を渡して言った。
「これをフィリップに渡してくれ」
その時、近くで女性の悲鳴が聞こえた。レオポルトは側にあったバックラーを取って、駆け出した。部屋を出て廊下の左側に向かう。従者には、手で右側の廊下を回るように合図した。
(声は、この近くの部屋だったな・・・こっちか?)
レオポルトは用心しながら次々と各部屋のドアを開けていった。すると、声がきこえてくる。数人の声だ。争う声ではない。レオポルトは安心したが、気を抜かず、次の部屋に進んだ。
「もう、マグヌス様。それに王子様ったら、心臓が止まるかと思いました」
「すまぬ、エリカ。其方がいるとは思っていなかった」
ドアをすこし開けると、そんな会話が聴きとれた。マグヌスと王子がいるようだ。
「おやおや、随分と早かったじゃないか。姫はどうだったのだ?」
「おお、これは兄上、姫は大暴れというか、大活躍というか・・・大変でした」
「おいおい、姫は死んでいるんだろう・・・変なことを言うな!」
二人は、客間の中に転移門を開いて出てきたのだった。掃除をしていた、女中のエリカが驚いて声を上げたようだった。
「兄上、今日私は奇跡を目の当たりにしました。もう大興奮しております。ボニファティウス様が現れただけでも凄いのに、姫様が起き上がって街を歩いていったのですぞ」
「マグヌス殿。それでは皆目見当がつかないと思います。宮宰様に、最初から経緯を丁寧にお話されたほうがよろしいのではないでしょうか」
「うむ。殿下の仰る通りだ。マグヌスよ。お主のその言い方だと、大抵常軌を逸した話なのだろう?」
「はい、兄上。そうなんですよ・・・どこから話すべきだろうか・・・」
「マグヌス殿、やはり、礼拝堂についてから順をおってお話されるほうがいいのではないでしょうか」
(さすが殿下だな。冷静沈着だ。どっちが大人だかわからんわい)
マグヌスは、興奮気味だが、ある視線に気づいた。
「あ、エリカ。そうか、掃除ができぬよな・・・そうだ。兄上。執務室に参りましょう」
エリカは、父上のころから、家事全般をやってくれている使用人だ。リウドルフィング家に仕える家臣の一人だが、父が亡くなった時に財産分けで、レオポルトの家にやってきた。レオポルト達を子供のころから面倒みていた人だ。
家臣とは隷属民であり、大昔で言えば、奴隷だ。もちろん、奴隷ほど待遇が悪くはないが、貴族の財産の一部のようなものだから、勝手に出奔などはできない。貴族も騎士も、専門は戦闘であるため、戦闘するための家臣団が必要だ。騎士だけでは戦えないのだ。
平時には、食事の準備もあるし、ハウスキーパーは必須だ。そして、家臣団も再生産させねば、戦力として衰退してしまう。従って、家臣は結婚し、次の世代を育てる。
家臣の中には、戦争で華々しい戦果をあげて、騎士身分にあげられる者もいる。騎士になると、所領が与えられ、そこから上がる利益で、馬を養い、兵士を育てる。
兵士は隷属民で、カールの先祖はその出身だ。槍や弓の稽古をしながら、土地を耕し、家庭を持ち、次世代の子供を育てていく。武勲を上げれば出世の道も開けるし、畑や果樹園で、野盗や蛮族に襲われても、それらを撃退することも可能だから、彼らは真面目に鍛錬に励んだ。
エリカは、屋敷の家臣だ。結婚して子供も育てた。夫は遠征で戦死し、魔物に身体をさらわれ、頭以外は食われたらしい。しかし、彼女は屋敷で仕事をこなし、涙一つみせなかったそうだ。そして息子たちを立派な戦士や文官に育てあげた。
レオポルトやマグヌスは、このエリカに頭があがらない。子供ころから悪戯しては、彼女に叱られていたからだ。執務室に向かう途中に、マグヌスは、レオポルトに話しかけた。
「兄上、エリカも年を取りましたね。引退して楽隠居させてやったほうがいいのではないですか?
レオポルトは、歩きながら視線を床に落とし、少し考えてから話した。
「マグヌス、ワシもそれを考えて、話してみたのだが・・・」
マグヌスは目を輝かせて、次の言葉を待っている。
「・・・すぐに断わられたよ。多少体の動きが悪くなっても、口だけは達者に動くから、見習い女中をぴっちりと指導できるとな」
「あはは、エリカらしいですね」
「うむ。修道院で祈って過ごせるように取り計らうとも言ったのだが・・・」
執務室に到着した。中に入ると、最初に王子に席を薦め、その横にマグヌスを座らせ、テーブルを挟んで、王子の前にレオポルトは座った。
「さて、順を追って話してもらおうか? 特に、リーゼロッテ姫のことだな。あ、まて、フィリップも呼んだほうがいいな・・・」
レオポルトは従者に命じて、フィリップを執務室にこさせた。フィリップがすぐに入ってきた。彼は、相変わらず、兜の鼻当てを気にしているようで、寄り目気味だった。
「さて、フィリップも来たし、話してもらおうか、マグヌスよ」
塩砦に転移した二人は凄いものを見たようですね・・・
次回は、クリスタが見た、不思議な光景です。
ブクマお願いしま~す