第74節 パレード 城塞都市に現れた希望の星
閑話から戻ります。
目が覚めた。夢も見ないで寝ていたようだ。ここのベッドは快適だった。やはり、お金持ちというか、高貴な人達はいいな。僕は自分の藁ベッドを思い出していた。でも布を敷いているだけでも贅沢だよ。中継の街の、アーデルハイトの小屋なんて、藁に直接潜って寝てたものね。
「殿下、お目覚めですか」
昨夜の従者さんが僕が目覚めた気配に気づいたのだろう。暖炉の反対側、天蓋を下している方から声を掛けてきた。
(本当に徹夜だったのか・・・なんか申し訳ない気持ちいっぱいだよ)
「おはようございます。もう朝ですか?」
「はい。少し早いですが、夜はそろそろ明けます。もうすこし横になっていても結構ですよ」
この時代は、時計はまだ無かったので、人々は太陽の動きに合せて一日を送っていた。古代ギリシャでは精巧な時計が作られていたが、ヨーロッパに伝播することは無かったようだ。
蝋燭は消されたままだ。暖炉の火ですこし明るくなっており、うっすらと部屋全体が分かる。城には基本的に窓がない。要塞として造られているので当然だ。ただ、弓を射るための狭間はある。壁の厚みはかなり厚いのだが、部屋側は広く、外に向かうほど細く狭くなるように四方に傾斜がつけれれている。これは、弓を多方向に打つための工夫だ。
しかし、常に開いているので寒い。ここの城では、内側に板の扉がつけられているので、夜は閉めており、隙間風はあるものの、扉がないよりはましだ。
従者さんは、狭間の扉を少しあけ、外を見たようだ。きしむ音でなんとなくわかった。
「殿下、そろそろご準備をお願いします」
「はい」
僕は目をぱっちりあけて、昨日の服を着た。一瞬自分の服がないと思ったけど、宮宰さまのところで立派な服を着せてもらったことを思い出した。僕はそれを身に着けて、ベッドから下りた。
(あれ、僕の靴はどこ?・・・あ、そうかこれだったか・・・)
足元には、毛皮を裏返して真ん中で縫い合わせてある上等な靴があった。暖かい靴だ。
「すぐに朝食になりますので、こちらにお願いします」
従者さんは客室の扉を開けて、警備兵に目配せして、後ろを振り返った。僕はちょこちょこと歩いて、従者さんの後ろを歩いていく。ぐるぐる階段を上って、公爵様の食堂に向かった。警備兵が表情を変えずに立っている。こちらを見もしない。従者が、扉の前にいた執事さんに声をかけると、執事さんは扉を開け、僕が来たことを中の人に知らせた。
中には、もう皆揃っているかと思っていたら、公爵様だけが座っていた。公爵夫人達は何処で食べているのだろうか・・・
(参ったな、二人だけで食べるの?)
公爵様が、僕を見て、挨拶してくれた。なんか昨夜と同じく機嫌が良いようだ。
「殿下は、よく眠れたかな・・・」
「はい、公爵様、素敵なベッドでした。ありがとうございました」
「それは良かった。今日もまた活躍していただくので、よく食べておいてくだされ」
それから食事が始まった。パンとソーセージとシチューだ。シチューの中には謎の肉が入っている。まずはシチューから手をつけた。木匙で肉も掬って口に運ぶ。
(あれ、なんの肉なんだろう。鳥じゃないよな。猪や豚でもないし・・・)
もぐもぐしながらお肉を噛んでいると、公爵様が話しかけてきた。
「殿下、何の肉かおわかりか?」
「いや、美味しいですけど、食べたことがないようです」
公爵様は、ますます嬉しい顔になった。
「ふふふ、昨日、レオポルトが献上してくれた鹿だよ」
「え、鹿ってまだ居るんですか?」
「フィリップによると、殆どの野生生物はしぶとく生きているらしい。魔物に食べられたりもしているようだが、狼や熊は、魔物を食べたりもしている。狼や熊が満腹だと、それなりに鹿は生き残るのだろう。レオポルトが言っていたが、魔物は強いものほど、テリトリーの内側に居ようとするらしい。つまり、人里から離れるほど強い魔物が出るというわけだ。不思議だよな。塩街道でいえば、街道側に出るのは弱い魔物で、黒い森に分け入れば、分け入れるほど、強い魔物がでるということだ。つづら折りのところの魔物は結構強いぞ」
(え、そうなのか・・・アーデルハイトと歩いて上ったけど、かなり無謀だったんだ・・・)
公爵様は僕の表情を読んだようだ。
「ま、殿下なら、だだ漏れ聖結界で、どこを歩いても大丈夫だろうが・・・逆に上級悪魔が出てくるかもな」
(なにそれ、気休めかと思ったら、逆に脅かしているの?)
僕はワインをちょっと飲んで、ひと息つくことにした。まだ、ソーセージが残っている。朝からこんな豪華な食事は贅沢だよね。僕はナイフを出して、ソーセージを切った。
「公爵様、ご家族とはお食事されないのですか?」
「ああ、いつも一人で食べておる。毒を盛られたら、リウドルフィング本家が全滅するだろう?他にも、色んな可能性があるから、色々と回避しているわけなんだ」
「え?ちょっと待ってください。毒ですか?」
僕は、自分の顔がますます青くなったような気がした。
「はははは、すまん、すまん。殿下のシチュー中には入っとらんよ。入っていたら二人とも既に死んでおるからな。
でもな、悪魔というのはどういう攻撃をしてくるかわからんのだよ。そこに控えている従者だって、知らないうちに悪魔に身体を取られているかもしれんしな・・・」
(げ・・・昨日すやすや寝ちゃったけど・・・もしもそうだったら、夜中に刺されて・・・ぐふっという感じだったわけか・・・)
公爵様は、僕が青くなってビビッているのを見て、嬉しそうだ。
(絶対公爵様は苛めっ子だったと思う)
僕は、ソーセージを食べていた。公爵様は、何か言いたげだ。
「殿下。物事には終わりが一つしかないが、ソーセージの終わりは二つあるというだろう?」
「面白いたとえですね。確かにその通りです」
「うむ。悪魔との戦いにも終わりがあると思うが、ソーセージのように、その終わり方には、やはり二つあるのだろうと思う」
公爵様が言いたいことがよくわからないけど、多分、良い終わり方というのは、人間が勝つことだろうね・・・その反対は言いたくないよね・・・
「殿下。我らザクセン族に、悪い終わり方は無いと信じておる。必ずやザクセンは勝利するであろう。我らリウドルフィングは、ヴィドゥキント様の直系子孫なのだ。何千人ものザクセン族が殺されたが、邪教からカトリックに改宗し、我らは生き残った
この悪魔との戦いにおいても、必ずや勝利すると思っている。そして、その確信の根拠は、殿下の存在・・・」
(なんだかな・・・よくわからないけど・・・責任重大過ぎない?)
「すみません。僕、未だに記憶が戻らないし・・・本当に王子かどうかもわからなくて困っているんです」
「あ、いや、その辺はどうでもいいので・・・歴史書をあたると、辻褄が通るのは、それだけなので・・・それに、王子にふさわしい能力の持ち主だし。なにより、聖ミカエル様の覚えめでたし具合が最高だし・・・結論は必然だから、大丈夫」
(ちょっと、何が大丈夫なの?超テキトーなんですけど・・・)
公爵様は、ふっと笑い、僕をまじまじと見てから話しを続けた。
「よしんば、殿下が偽物だとか、別の人間であるとしてもだ。ここまで符合する人物を担ぎ上げ利用しないことはないじゃないか・・・
ワシは、殿下と血の繋がりを感じておる。これはレオポルトもいっておった。他人じゃないという感じだな・・・まぁ、貴族は、血がつながっているもののほうが、血で血を洗うような争いをするがの・・・」
(怖いことをいうなぁ・・・)
公爵様は僕を見つめた。
「殿下は、我々の希望の星なのだ。
ワシは、子供の頃、うちに住んで、霊的な指導してくださる神父様がいて、その神父様がよく聖書を読み聞かせてくれたのだ。毎日楽しみにしていたのだよ」
(星との繋がりがわからないぞ)
「まぁ、聴け。聖書でも『聞く耳を持つものは、聴きなさい』という主の言葉があるだろう? ワシは、主の御降誕の話が好きだった。特に、我らの救世主がお生まれになった夜の場面が好きだ。貧しい羊飼いが野宿をしているところに、天使が現れて、今夜、救世主が生まれると告げる。すると、夜空いっぱいに神の軍勢が現れて、賛美するんだな。
ワシの初陣は悪魔の軍勢とのぶつかり合いだった。こんな時に天使の軍勢が加勢してくれればと、思ったものだよ。まぁ、実際に大天使、軍団を率いる聖ミカエル様が、オットーに剣を下賜してくださったが。我らザクセンを神は見捨てなかったのだ。
そうそう、話がそれたが、東方の3人の賢者様が、主のもとに来た話だが、あの賢者様達は、突然夜空に現れた輝く星を見て、王が生まれたことを知り、やってきたんだよな。
そう、殿下は、その星のようなものなのだ。我らを導く、希望の星だ」
公爵様は、目を落とし、しばらく黙った。
「僕は、そんな素晴らしいものではありませんし、まだ子供だし」
「いや、いいのだよ。担ぎ上げるだけだから」
「え?」
「戦場に出るとわかるが、戦の流れは、騎士達の気持ちの強さに左右される。とても倒せないと誰もが思うような強い魔物を、誰かが仕留めたりすると、それが、風のように戦場を駆けるものだ。それだけで、流れが変わる。勝てぬ戦がひっくり返る。
逆に、すごく強い騎士が倒れると、総崩れになりやすいがの・・・人間は気持ちの生き物だからな。面白いのだが、魔物もそういうところがある。ゴブリンなんか、その最たる例だろう。あいつらはもともと地表に住んでいる魔物だし、悪魔軍が地表に溢れてからは、悪魔に従うしか生きる道が無かったのだろう。だから日和見的なんだな」
「あの、それで、担ぎ上げるというのは、どういうことなのでしょうか」
公爵様は、あちゃーという感じで、おでこに手を当てた。
「どうも脱線してばかりだな。すまぬ。
殿下は、お飾りとして最適なのだ」
「お飾りなんですか?」
「言い方が悪かったか? 今、少年のそなたが、剣をもって戦うことはできないだろう?」
「勿論です。鋼鉄の剣など振るうどころか、持つことさえできないです」
きっぱりと言った。だって事実だもの。
「うむ。殿下は昨日の夜、貴族たちが、盛り上がったのを見ただろう?」
「はい。驚きました」
僕は、貴族たちのどよめきというか、歓声を思い出していた。
「あれが、戦場だったら、どうなると思う?」
「はい。なんとなくわかります」
「ふふふ、ザクセン騎士はもともと勇猛果敢で向こう見ずなところがあってな。気持ちが昂ると実力を倍以上に高めるようなところがあるのだよ。煽ててノリノリにさせると手が付けらぬ。まぁ、そういう風に、殿下にご活躍いただこうというわけだ」
「これから戦に出るのですか?」
ふっと一瞬時間が止まったように、公爵様は目を大きく開いて僕を見た。
「殿下の初陣ですな。ははははは」
「ええええ。気持ちが、まだ準備できていません」
「冗談だ。城は魔物で囲まれていないし、城塞都市近くに敵の軍勢はいない。
まぁ、デモンストレーションだ。城からカテドラルまで、パレードを行いたいのだよ。そこにザクセン貴族と騎士が同行する。ただ、それだけの話だ」
(パレード? 行列して歩くだけなのかな? よくわからないよ)
僕は、先頭に立って、武装したおじさんを連れて歩いている姿を思い浮かべていた。
「もちろん、騎士達は護衛として、殿下の馬車の前後をゆっくりと馬を歩かせる」
(なんだ。想像と違っていたな・・・馬車に乗って移動なら、楽だし、いいか)
「わかりました。馬車に乗っているだけでいいのですね?」
「うむ。横にはワシが乗るのでな。お菓子は馬車の中では食べられないぞ」
「お菓子があるのですか?」
(そういえば、今朝のパンは、割いたら白かったな。柔らかくてお菓子みたいだった)
「お菓子という言葉に一番反応するところは、まだまだ子供だな。マグヌスのところで、修道女たちがつくっている焼き菓子でも食べさせてもらうとよい」
「やったぁ」
「ふふふふ」
「あひゃ」
「どうしたのだ?」
「いや、なにか足元にいます」
「ああ、ゴットフリートだろう。さっきまで暖炉の前の毛皮の上で寝ていたんだが・・・ほら、こっちにこい」
公爵様がそういうと、大きな灰色の犬が、凄い勢いでテーブルの下から飛び出してきた。公爵様が投げた肉をぱくりと食べてしまい、座って嬉しそうに尻尾を振っている。太い尻尾だ。
(やばい。もふもふしたくなるような毛だ・・・)
「気づきませんでした。大きな犬ですね」
「うむ。狼だからな」
「・・・え???」
また、僕の顔が蒼くなったようだ。公爵様はニヤニヤしながら僕の顔を見ている。
「子犬の頃に、群れから捨てられたところを、フィリップが拾ったのだよ。ゴットフリートは生まれつき足が悪かったようで、群れが、この子は野生で暮らすことができないと判断したのだろう。野生というのは厳しいからな。だから、付き合いのあるフィリップに母狼が託したらしい。フィリップは、森の中でその子を拾い、抱えて帰ってきたのだが、そりゃ狼だから全員が反対してのう・・・
レオポルトが、アグネスの涙に参って、保護を願ってきたのだ」
「・・・レオポルト様の御息女で、今は砦にいるアグネス様ですか?」
「そう。当時はレオポルト達も城に住んでいて、ワシはあの子を小さい頃から見ているので、レオポルトより父親らしいことをしているぞ。
懐かしいのう。アグネスの泣いているところは、可愛かった・・・」
公爵様は、目を細めてから、目を閉じた。なにか回想している感じだ。
公爵様は、ぱちっと目をあけて、僕の顔を見た。
「殿下を見ていると、アグネスを想いだすのだが、やはり血なのだろうな。
ま、それも、もう10年以上前の話だ。子犬?いや子狼だったこの子も、もう、おじいわん、いやおじいかみ?になってしまったよ」
(しかし、この部屋に入った時には、気配を感じなかった。いきなり何かに足の臭いを嗅がれたからびっくりしたけど、食べ終わるまで待ってたのか。賢い子だな)
ゴットフリートは、普通に立っているとテーブルより背中の位置が高い。テーブルの下を通るときは、身を屈めて通る。公爵様が追加の肉をくれないので、今度は下をくぐらず、回り込んで僕のほうへやってきてぺたんとお尻を下し、お座りをした。目が訴えている。
「ふふふ、何か欲しいらしいぞ。その残っているパンが好きだから、もう要らないのなら、千切って与えてやってくれ」
(え、このパンは、持って帰ろうとおもってたんだけど・・・)
僕は仕方なく、小さく千切ってゴットフリートに差し出した。ゴットフリートは頭を斜めにして、僕の手を齧らないようにパンを食べた。いや、ひん呑んだ。そして、またじっと僕を見つめる。尻尾を振っているので、もっとくれという意味だろう。
(う、怖いけど可愛い。仕方ない、残りも全部あげよう・・・)
僕は残っているパンをすべて細かく千切ってあげてしまった。ゴットフリートはパンが無くなったことがわかったようで、ゆっくり歩いて、暖炉の前に敷かれている毛皮の上にごろりと寝転がった。
「そうそう、話の続きだが、他の犬とうまくやっていけるか不安だったのだが、結構仲良くなってな。この子の血を引く犬が多いのだよ。いわゆる狼犬だな」
「塩砦では犬がいないので、犬との接し方がよくわからないのですが・・・」
「犬は、序列を弁えているので、普通に接すればよい。また、誰が強いか察するので、そのあたりの勘は鋭いな。面白いもので、強い犬ほどそうだな。まぁ、騎士に接するようにすればよい」
(騎士と言われて一番に思いうかべるのは、オットー様だけど・・・あの人は聖騎士だもん。狼っぽいけど、犬ではないよね)
その時、ドアがノックされて、執事さんが扉を開けて入ってきた。ドアを閉めて振り返り、良い姿勢で言った。
「公爵様。そろそろお時間ですので、ご準備のほどをお願いします」
「うむ。わかった。殿下。従者が先ほどの部屋に案内するので、そこで支度をしてくれる。声がかかるまでゆっくりしていい。では」
公爵様は、スタスタと出て行ってしまった。そのあとを従者が一人、更にそのあとをゴットフリートが一匹歩いてついていった。
「では殿下。参りましょう」
部屋の隅から進みでて、声をかけてくれたのは、夜通し警備をしてくれた従者さんだった。寝てないのに大丈夫なのかと心配になったが、声をかけてよいかわからぬまま、後をついて、ひんやりとした、ぐるぐる階段を下りて、もとの部屋に向かって、ついていった。
部屋に入ると、暖炉には新しい薪がくべられていて、暖かい。気配りが身に染みた。こんな少年なのに申し訳ない気持ちだよ。
「殿下。こちらでお待ちください」
従者さんは、そういって、椅子を勧めてくれた。僕は言われたとおり座った。従者さんは、僕が座ると、部屋の隅にいって立った。
(あれ、椅子は一つしかないんだ・・・ひー、徹夜で更にまだ勤務で、立ちっぱなしじゃない・・・申し訳ないよ)
従者さんを労いたいけど、どう話しかけていいのか分からないので、心の中でもじもじしていると、部屋を誰かがノックした。従者さんは、ドアのところにいき、覗き窓を開けて訪問者を確認した、ドアが開けられ、別の従者さんが箱を持って入ってきた。
「殿下、こちらを身に着けていただきます」
「はい? なんですか?」
新しくきた従者さんは、僕の椅子の前までくると、傍のテーブルに立派な小さい箱を置き、蓋を開けて中身をみせてくれた。中には、王冠らしきものが入っていた。様々な宝石がちりばめられている本物の王冠だ。
「フェルム・コローラムでございます」
従者は、蓋を開けたまま、その場を離れ、壁際に立った。
宝石に目が奪われていたが、扉の方から新たな声がした。
「それは、ローマ帝国皇帝及び、イタリア国王の冠です」
声がしたほうに視線をやると、いつの間にか、神父様らしき法衣に身を包んだ人が戸口に立っていた。
「ミヒャエル王子、初めまして。私は、城の礼拝堂付司祭ヴィルヘルムでございます
王子は、本来はローマ皇帝に就くべきお方です。もともと、ミラノの大聖堂に保管されていましたが、イタリアが悪魔軍に占領されるときに、我がザクセン騎士団が、保護したものです。むしろ、本来の持ち主であられる方のために、保管していたと申してもよろしいと思われます」
「ラテン語の意味は、鉄の王冠ですね」
「左様でございます。その鉄とは、私達の主イエス様を十字架に打ち付けた、聖遺物である鉄の釘を叩いて伸ばしたものに宝石を嵌めたものです。本来は、聖遺物であるため、大聖堂から出せない決まりでしたが、悪魔に蹂躙されれば、聖遺物は必ず汚されるため、撤退中の騎士団がお救いしたわけです。ザクセン騎士団は、殿を務めていた故、救出が可能だったのですが・・・」
「・・・そんな貴重なものを、神父様は、どうして私に見せてくださったのですか?」
「あなた様こそ、その王冠を戴くのにふさわしい方だからでございます。かつては、カール大帝様やオットー大帝様も戴冠した由緒正しい冠です。ローマ帝国の正統なる継承者であられる、殿下こそ、この王冠にふさわしいのです。それに、これは、公爵様の命によるものでございます」
ヴィルヘルム神父様は、しずしずと歩いて王冠の入った箱の手前に立ち、手袋をはめて、箱から王冠を取り出して僕に見せてくれた。
(鉄っていうけど、これ金でできているよね・・・)
確かに金の板だ、その上に緑色の宝石が薄く貼られており、ところどころに金の花をかたどった飾りがつけられ、花弁の中心には宝石が埋められている。宝石の中には、赤いものがあり、スピネルと思われるものや、ルビーのようなものもある。特にスピネルは、転移門を開いたり、聖結界を発生させることができる希少な魔石だ。
「神父様、鉄というわりに鉄が使われていないようですが・・・」
「おや、鋭いですな。その通りです。こちらをご覧ください」
神父様は、王冠の内側を見せてくれた。内部の中心に、輪として金の板をつなぎとめている鉄のような鈍い灰色の金属が帯のように通っている。
「これが、太い鉄の釘を叩いて伸ばしたものなのです。ほら、なんとなく釘のように見えてくるでしょう?」
(あ、本当だ。確かに釘みたいだね・・・うわ、すごい聖遺物だよ。畏れ多すぎる)
「さぁ、これから被っていただきます。、よろしいですか」
(ちょっと待って。一体どうなっているのだろう。さすがに被るのはやばくない?)
僕はドキドキしてしまった。事前説明欲しいよ~公爵さま~助けて~
お読み頂きありがとうございました。
本文中の鉄の王冠とは、現存する聖遺物をヒントに書いています。ロンバルディアの鉄の王冠と呼ばれていますが、現在もミラノにあります。本文の初期のころに名前だけ出た赤髭王もこの王冠を使って戴冠式を行っています。