第72節 リーゼロッテ様祭り その11
続きです。お肉食べたいのに、宮宰様が色々画策するので、食べられません。
大広間がある、城館の前には、馬車がいくつも並んで行列を作っていた。
皆立派な馬車だ。
「ブルン・フォン・ビルング伯爵、どうぞ」
城に詰める護衛騎士からそう呼ばれて、熊のような大男が馬車より降りてきた。髪は赤みがかった茶色で、長く伸ばしており、髪よりも立派な髭を蓄えている。
「おお、ロタールではないか。お役目ご苦労。このまま進んでよいのか?」
「はい。お願いします。大広間の入り口で、お名前を今一度お呼びしますので、奥のテーブルまでお進みください。公爵様、ミヒャエル王子、宮宰様、司教様がおられますので、ご挨拶いただけます」
「わかった」
(今日の王子ご一行の訪問は突然だったと聴いているが、昼に謁見の間に呼ばれていなかったから、なんかつまはじきされたかと思ったぞ。しかし、ま、いいだろう。ワシが一番の入場だからな。面目が立つというものだ。しかし、王子は本物なのか?なにか証が欲しいものだ。皇帝に担ぎ上げて帝国に侵攻しようなどとは思わないが、少なくとも我らの旗印として悪魔軍をライン川のこちらから駆逐したいものだ)
ブルンが城館に入ると、すぐに大広間の扉が開けられ、執事が大きな声で、ブルンの名を読み上げた。ブルンは中央の通路を正面のテーブルめがけて進んでいき、4人が座っているテーブルの前で一礼した。
「ブルン・フォン・ビルング伯爵。ごきげんよう」
「公爵様、宮宰様、司教様、それにミヒャエル王子、お目にかかれて光栄です。私もリウドルフ家につらなるものでございます。リウドルフ様の妃オーダはビルング家の出身です。
オットー大帝より東方辺境伯を任じられ、リウドルフィング家が帝位に就かれた時に、ザクセン大公を仰せつかったのです」
ブルンは、王子を見つめ、返事を待った。
「はい、存じ上げております。ベルンハルト様とお会いしたことがあったと思います。鎖帷子入れの蓋の裏側に、隠しがあって、ビザンチン帝国の珍しい金貨をここにかくしているのだと見せていただいたことを急に思い出しました」
(何、鎖帷子入れだと・・・ベルンハルト1世だと、そうか、王子はハインリッヒ2世の息子だったな。時代は合うぞ。あのチェストは確かまだ保管してあったな。鎖帷子はすでにないが・・・蓋の隠しか・・・すぐに確かめないとな。しかし、本当なのだろうか)
「ブルン、どうした。顔色が悪くないか?」
「いえいえ、レオポルト殿、なんでもないです。では、また後程」
そういって、ブルンは席についた。右側の列の一番上座だ。次の貴族が、執事の名乗りとともに入ってきたが、ブルンはそれどころではなかった。
(参った。気になって社交どころじゃないぞ・・・そうだ使いをだそう)
ブルンは、使いを屋敷にやって、ベルンハルト1世の鎖帷子入れの蓋を調べるように従者に申し付けた。従者は一旦大広間を出て、すぐに戻ってきた。
「ブルン様、使いを送りました。結果が分かり次第、すぐに知らせを戻すように申し付けています」
「うむ。さすがだな。そちはいつも期待に応えてくれる。嬉しいぞ」
「もったいないお言葉」
従者は下がっていった。既に、上級貴族は全員が着席していた。
料理はまだ始まらない。最初の乾杯は終わった。気もそぞろなブルンは、乾杯の時に宮宰様が行ったスピーチすらちゃんと聴いてなかった。乾杯は発泡性の白ワインだった。悪魔の支配地では珍しいものだ。
(参った。まだ気になって仕方ない。折角のシュトルムなのに、これから折角の牛肉なのに・・・すこし落ち着こう。)
宮宰レオポルトが、乾杯の後、また立ち上がった。
「さて、諸君らの間で、王子は、本当に王子なのかと疑うのものもいると聴く。それは私達も同じだった。聴いての通り、この世界に帰還された王子を最初に見つけたのは、オットー卿だった。彼が、塩砦に迷い込んだ少年が、只者ではないと気づいたことが、いくつかある。例えば、塩砦に向かう街道は、黒い森の中を通り山を登っていく。王子はなんと、そこを途中の街で知り合った少女とともに、歩いて塩砦までやってきたのだ。
皆は、あの街道がどういうところか知っているだろう?どうやったらそんなことが可能なのか。私は文献をあたって、また、教皇庁にも手紙を出した。そうしたら、あの高名な帝国一のエクソシストであるベルンハルト枢機卿様から返事がきた。一度その少年い相対というものだった。
私は、リウドルフィング家に残る、歴史書をあたった。すると神聖騎士団に参加した、ハインリッヒ2世の息子、ミヒャエルではないかという結論に達した。ミヒャエルは、まだ幼子だった。家族で地獄に乗り込んだわけだ。そして、ベルンハルト枢機卿からの手紙にも、そういうことが書いてあった。
不思議なことではあるが、地獄では、堕ちた人間を永遠に苛むために、時間が繰り返し、前に進まないところがあるとのことだ。神聖騎士団が砦を築いたところはそこ、炎の地獄だったらしい。また、ベルンハルト様が少年の正体を掴む、証拠があるといっていた」
レオポルトは、ワインを飲んで、喉を潤してから言葉をつづけた。
「それは、教皇庁で行われている、エーデルスブルートを高めるための禁術だ。教皇庁の記録では、ミヒャエル王子は3歳の時に、その禁術を受けていることがわかった。これは、肩や体のエーデルスブルートの通り道に、聖性放出孔を設け、強制的に聖性を出させるための術だ。場合によっては死んでしまうのだが、生き残ることができれば、高い聖性を持つことが可能となる。その孔は、痣のようでもあり、刺青のように見える。ベルンハルト様はわざわざ砦まで来られて、王子の体を確認し、禁術の痕を確認された。
王子、誠に申し訳ありませんが、その印を皆に見せていただくわけにいきませんか?」
(まただよ。宮宰様は、いつも事前打ち合わせ無しなんだからな・・・こんなに人がいるのに、僕裸にならないといけないの?・・・でも、仕方ないか・・・)
(僕は、立ち上がり、上半身をはだけて見せた。全員の目が僕にそそがれている。なんだか変態みたいだ)
おおおと、皆がどよめいた。宮宰レオポルトがまた話始めた。
「王子、ありがとうございます。これでも信じられないものもいるだろう。王子、服を着てお座りください。
次に、王子を見出した、聖騎士、オットー卿にご登場いただこう」
閉じられていた扉が開け放たれ、執事がオットー卿と大きな声で言った。
さっきと同じポーズで入り口に剣を構えて立っているオットー卿が歩いてくる。同時に僕たちのテーブルから従者とオルドルフが歩いていく。
通路の中ほどで、オットー卿は剣を従者の掲げるトレーの上に置いた。
(あれ、おかしいな。さっきは光ってなかったのに、既に光っているぞ。レオポルト殿も気づいているようだが、ポーカーフェイスで何も悟られないようにふるまっている)
「オルドルフ卿、聖剣を掲げてくれないか。
王子、例のものをお願いします。強めで・・・」と言って、僕にウインクした。
(参ったな。できるのかな・・・僕は、少し強く思いを込めて念じてみた。
さっき、何もしないで念じただけなんだけど、やってる感がないから、工夫してみてくれtってレオポルト殿に言われちゃったんだよね・・・うーん、それらしく手もでも上げてみるかな・・・)
すると、剣は一瞬太陽のように輝いた。まるで室内ではなくて、真夏の太陽の下にいるようだ。でも熱い感じではない。
(おや、)
一同は感嘆の声を上げていた。
「すごいぞ、こんなの見たことがない」
光はしばらくすると落ち着いてきて白からオレンジになってきた。皆の目も慣れてきたようだ。
「文字が・・・なにか文字が現れました」オットー卿が素っ頓狂な声を上げた。冷静沈着な武人の変な声だったので、あたりはざわざわし始めた。
「本当だ、文字のようなものが見える」確かに、光る文字のようなものが見える。
公爵が驚きを隠せない様子で、オットー卿に尋ねた。
「オットー、こんなことは今までにあったか?」
「初めて手に入れたときに、なにか文字が浮かびましたが、それと同じ字かもしれません・・・」
オットー卿は、立ち上がり、オルドルフの傍まで歩いてきて剣の文字を見た。
大広間は騒然としている。皆、席から立あがり、中央の通路を見ている。
「オルドルフ、一体何と書いてあるのだ?」公爵様が尋ねた。
「申し訳ありません。読めません」オルドルフは掲げていた剣を胸元まで下げてチェックしたが、読めない文字のようだ。
「どうやらギリシャ文字のようです」
司教様が冷静な声で言った。司教も立ち上がり、テーブルから剣の場所までゆっくりと歩いてきた。
「マグヌス、何と書いてあるのだ」
公爵も堪らず自席から立ち上がった。
「・・・はい、オ、ミカエリ、サスディニアリ ビニアリ・・・のようです」
「どういう意味なのだ?」
「ミカエりはお前に聖なる力を授けると書いているようです。恐らくですが」
「そのミカエりというのは誰のことか?」
「大天使聖ミカエルでしょう」
静けさが大広間を覆った。
皆、オットー卿が地獄となってしまったライン川以西の向こう側になる、大天使聖ミカエル出現の島に巡礼をし、苦難の旅の末に、大天使より剣を授けられたことを知っている。
また、この剣とオットー卿の存在は、悪魔の支配地で沢山の魔物と戦い抜くザクセンの人々にとって、暗黒の中の一条の光であった。
(どういうことなのだろう。どういう意味があるのだろう。僕は考えていた)
剣からまだ文字は消えていない。しかし段々薄れてきている。微妙に、息をするように振動を繰り返して、少しずつだが明滅しており、その明滅の度に文字が薄れてきているようだ。
(もともと、聖剣は、オットー様が励起させないと光らなかったはずだ。しかし、さっきのリハーサルで、光りは消えずに残っていたよね。オットー様の大事な剣なのに、壊しちゃったのかな・・・怒られちゃうよ)
「オットー卿」僕はテーブルの席から立ち上がり、話しかけた。
「はい、殿下。なんでしょう」
「励起させるために、お祈りはされましたか?」
「いえ、しておりませぬ。しかし、既に軽い励起状態になってしまっていました」
僕は、目を伏せて床の石を見ていた。
(やはり、リハーサルが原因だ。なんか悪いことをしてしまった)
「殿下、気にされなくても大丈夫です」
オットー卿は、オルドルフから剣を受け取った。そして入場してきたときのポーズに戻った。剣を上に向けて柄を胸の前で持ち、剣の腹を見せている。
「殿下、この剣は生きています。だから常に変化しているのです。大天使ミカエル様は、この剣を私に下さるときに仰いました。私が、正しい心で、正しいことのために使うなら、この剣は育つであろうと・・・育つにつれて光は増し、威力も増えるであろうと。
殿下。この剣は、貴方様のお力で、どうやら次のフェーズに移ったようです」
「オットー、それはどういう意味だ?」宮宰様はやっと口が利けるようになったようだった。
「レオポルト様、お見せしましょう」
オットー卿は、何か短い祈りを唱えている。
聖剣は、また、まばゆい光を発した。皆、眩しくて目を開けられなかった。直ぐに光は弱まったが、空気を揺るがすような鈍く低いブーンブーンという音は消えなかった。
会場に居た人々から感嘆の息が漏れた。
「いま、励起させました。これまでにない聖なる力を感じます。
この剣が育てば、龍の胴体であっても一太刀だと聖ミカエルは仰っていました。
どうやら殿下がエーデルス・ブルートをこの剣に流されたことがそのように働いたのかと・・・
恐らくですが、先ほどの文字は、この剣の力が一段階上がったということを教えてくれるものだと思います。始めて励起することができたときも同じように文字のようなもが浮かび上がったと思います。意味は分かりませんでしたが・・・」
「よし。わかった。さて、皆の者。腹も減っただろう。まずは飯を食ってから、この話を続けようぞ。オットー、剣を納めてくれないか」公爵様が大きな声で告げた。
「応」全員がほっと一息をつき、着席した。オットー様も、すこしホッとしたように、姿勢を崩し、剣を鞘に納めて、退出していった。全員がその背中を見送っていたが。
(おお、よかった。行きあたりばったり過ぎるよ。宮宰様。自分の発案なのに、想定外の結果でフリーズして固まっていたし・・・しかし、公爵様の鶴の一声はやはりすごいな。支配者だね)
従者たちや給仕係りが忙しく動き始めた。新たに酒が注がれていった。
(次はお肉だね・・・僕は嬉しいよ)
次回こそ、いよいよ、お肉タイムになります。