第72節 リーゼロッテ様祭り その8
復活しました。
悪魔に関する話を読んだり書いたりしていると、かなり調子が悪くなります。
まだ完全ではありませんが、机に座れるまでは復調しました。
再開しますので、宜しくお願いします。
僕は、オットー卿を見た。僕の視線に気づいたオットー卿は、頷いた。
「では、転移門を出します」
そういって僕は椅子から立ち上がった。
「お願いします」公爵様が答えてくれた。
「ある程度場所というか、厚みが必要なので、扉の前で開いてみます」
僕は、歩いて部屋の出入り口である扉の前に立った。そこには、オルドルフが立っていたが、彼は前に僕が転移門を開くところを見ているので、表情が変わらない。とはいえ、余り明るい部屋ではないので、ヘルメットをかぶっている彼の顔は良く見えないのだが。
僕はオルドルフに軽く会釈をし、テーブルのほうへ向きなおった。テーブルの上には、昼間であるが、燭台の蝋燭が揺れている。城というのは、防御を中心に考えられているので、窓がなく、弓を射るための狭間があるだけだ。もっとも、この狭間から弓を射るというよりは、城主である公爵様が外を見るためのようなものだ。
皆僕を見つめて、期待しているように目を輝かせているようだった。全員の顔を見てから、僕は心のなかで祈るように転移門を出した。呪文のように唱えると、魔法と思われてしまうからだ。実際、司教様も癒しを与えてくれた時に、そのようにしていたし・・・
出入り口の前に、大人の高さほどの青く輝く、細長い卵のような転移門が現れた。内側にいくほど白い光に満たされている。空気が出入りするような音が静かにしている。
その静寂を破ったのは、司教様の声だった。
「おお、これが噂の門か・・・なんという美しい光。天にも通じそうな神秘的な色・・・」
宮宰様が司教様に何かいいたげだ。
「マグヌスよ。百聞は一見に如かずとは、このことだな」
「兄上の言葉は語りつくせておりませんでしたからな」
「それは済まなかった。というか、これは・・・やはり私たちの主からの力によるものなのだろう?」
「恐らく・・・」
僕は、転移門が消えてしまうのではないかと少し焦って、皆に声を掛けた。
「さぁ、消えてしまわないうちにお入りください」
「よし、ではワシから参ろう」公爵様が立ち上がり、歩いてきた。
「いや、お待ちください。護衛が先に、危険がないかどうかを見ますので」
オットー卿が立ち上がり、公爵様を制した。
「忝い、それでは露払いを頼む」
「畏まりました」
オットー卿は、そのまま入っていった。そして公爵様、宮宰様、司教様、僕の順で入った。僕は入る前に、オルドルフさんに声を掛けた。
「全員がいなくなると、皆さん心配されるでしょう。お留守番をお願いしてもいいですか?」
「もちろん。周囲に悟れれないように注意します。なるべく早くお戻りください」
「了解しました。では」
僕らは、ザルツブライ、つまり塩砦の礼拝堂の中に立っていた。転移門に入った順に、一列に並んで、祭壇の前の通路に立っている。皆、祭壇の前で片膝をつくと、十字架の印をして、立ち上がり、後ろの人にその場を譲り、左右に分かれて祭壇の前に並んだ。
「おお、これが、リーゼロッテ様か」公爵様が呟いた。
祭壇の前には、沢山の花が飾られている。
「綺麗な姫じゃないか・・・まぁ、当然ではあるが・・・誰かに似ている気もするな」
宮宰様もぶつぶつつぶやいている。
司教様は、どこからか、聖水撒きを取り出し、聖水を撒いている。
「確かに死んでいるようだ・・・すこし触れてもいいだろうか」
オットー卿が頷きながら、極力最小限でお願いしますと小声でいった。
「うむ、勿論。呼吸の有無と体温を見るだけだ」
司教様は、リーゼロッテ様の首を触り、自身の顔を姫様の鼻に近づけた。
「運ばれてきたニシンのように冷たく死んでいる。呼吸もしていない。食人鬼なんて言ったら神様に叱られてしまうぐらい美しいお方だ」
公爵様がにやりと笑って、司教様の恐ろしい仮説はどこかに消し飛んだようだなと笑った。
「はい、兄上。聖水の滴がついても焼け焦げないのが、その証拠ですな。それどころか、聖水がすぐに沁み込み、跡がのこりませんでした。リーゼロッテ姫は、神からの大いなる祝福を受け、罪や穢れの罰である腐敗から免れていらっしゃるようです」
礼拝堂のドアが開き、聞き覚えのある声が聴こえた。砦の一人しかいない従軍神父様だ。
「だれかおるのか?おや、これは司教様、それに公爵様まで。宮宰様、オットー、どうされたのですか。驚かさないでくだされ。外に見張りを付けていたのに、中にいるとは・・・」
「ふふふ、我らの王子様に連れてきていただいたのだ。聖ミカエル様の翼でね」
司教様が悪戯な少年のような表情で笑いながら答えた。
「なるほど、皆さま、王子の転移門で来られたわけですな」
「そういうわけだ。まぁ、すぐに城に戻るので、気にしないでくれ」公爵様がいった。
「目的は、リーゼロッテ姫ですか・・・」
全員が頷いた。ブルーノ神父様は、司教様の前に進み跪いて、差し出された司教様の指輪にキスをした。
「今夜は、我らの王子のための晩餐会があるのでな。堪らぬぞ。ザクセン貴族はお祭り騒ぎだからな」宮宰様がぼやいた。
「まぁ、よいではないか。故郷を捨てさせられ、悪魔支配地で捨石にされた我らザクセンが、心を一つにする良い機会だ」公爵様が宮宰様をなだめている。
「さて、兄上、私は満足しました。いつ戻ってもいいです」
司教様は、一抹の不安である、食人鬼の可能性がゼロになったと思ったようで、納得したようだった。
「なるほど、司教様が気にしておられたわけですな・・・」ブルーノ神父様が呟いた。
それを聴きつけて、司教様が小声でブルーノ神父に答えた。
「皆、魂が抜けたあとの自分の身体が心配だからな。悪魔と戦って勝利したリーゼロッテ姫の話は参考になるというものだ。それに、腐らないご遺体というものは、見たことがなかったからな。教区を束ねる者として、この教区で起ることは把握しておきたい。また、パパ様にご報告しなければならない立場なのだ。察してほしいものだ・・・さて、王子、また、転移門をお願いします」
僕は、司教様の言葉に一々頷いてばかりいる、ブルーノ神父様に一礼して、また転移門を開いた。皆も、ブルーノ神父様に一声かけて転移門に次々飛び込んでいった。
僕は、一度居た場所なら、イメージするだけで転移門をつなげることができる。
目の前に、先ほどのテーブルと、火のついた燭台が見えた。
「お帰りなさいませ。皆様」オルドルフが、妙に甲高い声で叫んだ。公爵様は振り返ってオルドルフに頷いてみせた。
「いやー、転移門とはこれほどとは・・・想像できなかったぞ、オットー」
「はい、砦でも、滅多に使うことはございません。王子次第ですし、頻繁に使えば、人としてダメになってしまう恐れがございます」
「さもありなん。頼り過ぎは禁物だな。秘中の秘として、いざというときに使うからこそ、生きてくるものだと思う。このことは秘密とし、我らもよほどのことがない限り、王子にお願いしないようにする。これが帝国の知ることとなれば、王子は今のところにいることができなくなり、帝国にいいように使われることになるだろう。まぁ、王子がそれを望むなら止めはしないが・・・」
公爵様がオットー卿としていたのは、僕に関する話だ。しかもなんか恐ろしい結末のようで、ぼくはすかさず発言した。
「公爵様、私はそのようなことは望みません。皆様とお会いして、私はやはりザクセンにとどまることを希望しています。この地で宿敵、悪魔と戦うことが私の義務であると感じています」
「よく申された。さすが、我らの御先祖様だ。私は嬉しいですぞ」
皆が同じことを口にした。
僕だって、帝国に連れ去れたくない。馬車のように、いいように使われてしまうだろう。
「さて、では、晩餐会まで、各自休憩としよう」
「王子、こちらへ。疲れたでしょう。すこし休みましょう。オットー、オルドルフ、きてくれ」宮宰様が、ドアの前で、こっちにおいでをしている。
「おや、レオポルト。王子の独り占めか?ワシもゆっくり話をしたかったのだが・・・」
「兄上、私もです」公爵様と司教様が残念そうな顔をしている。
「いや、晩餐会の打合せをしたら、あとは王子とご歓談いただきますので、今しばらくお待ちください」
「そうか、わかった」
「兄上、私にも時間を与えてくださいますよね?」
「無論じゃ。ワシは、家族に紹介するだけだからのぅ。血縁者なのに、晩餐会で初めて会うというわけもいかんからな。さほどかからぬ。安心せい」
僕は、人気者なのは嬉しいが、なんかペットみたいだなと思いながら、宮宰様について部屋を出た。
次回は、ザクセン貴族の晩餐会の予定です。