第72節 リーゼロッテ様祭り その7
昨夜の投稿を書き換えました。
公爵様たち3人と僕を残して、全員が出ていった。部屋を出る前に僕たちに挨拶してからだ。いつもだと、身分の高い順に出ていくようだけど、今日は違ったらしかった。部屋の中には、護衛騎士4人と、オットー卿だけが残った。文官たちもすでにいなかった。
「さて、ここではなんだから、上の階に行こう。オルドルフ以外は休んでよいぞ」
公爵様は、すうっと立ち上がり、階段に向かった。
「さぁ、殿下、我らも続きましょう。こちらです」
レオポルト様が僕を案内してくれた。螺旋階段を上っていく。3階の部屋の入り口の左右には、衛兵と思われる二人の兵士が盾を構え、抜身の剣を手に持った状態で立っていた。
ドアは開け放たれていて、中が見える。長いテーブルが置いてあって、既に公爵様が席についていた。公爵様の後ろの壁には、またタペストリーがかかっている。
僕は案内されるまま、お誕生日席に座っている公爵様の右斜め前の席に座った。正面は宮宰様だ。その隣には司教様が座った。僕の隣にはオットー卿が座った。
「オルドルフ、ドアを閉めて、内側の警備を頼む」
「はい。畏まりました」
オルドルフさんは、目で衛兵に合図し、ドアを閉めさ、閂をおろし、内側に立った。剣は抜かず、盾だけを構えている。
「さて、これで身内だけになったな。あ、オットー卿は身内ではないが、殿下の後見人のようなものだからな。身内のようなものだ」
どうやら、近親者だけで話し合いをするようだ。宮宰様が、あたりをつけるように質問した。
「兄上、リーゼロッテ様の件ですか?」
「左様、さっそく本題とは、そう焦るな」
「いや、フィリップを呼び戻す必要はありませんか?」
「うむ。余は考えを改めるつもりはないから安心せい」
「では、なぜ、このように秘密会議を?」
「われらの司教様がお話をしたいそうだ」
急に振られた司教様は、おやっという顔をして、公爵様を見た。
「公爵様が、そのように私を呼ぶときは、お戯れかと思いますが、強ちそうでもないご表情故、兄上、食人鬼の件ですか・・・」
「そうだ。マグヌスよ。余は、あの本は読んでおらん。詳しく教えてくれないか」
「兄上は、読書がお嫌いでしたからな。いいでしょう。簡単に短く話しましょう」
マグヌスと呼ばれた司教様は、司教の帽子を脱いで、テーブルの上に置いてから、咳払いをし、語りだした。マグヌスが帽子を脱ぐということは、司教として話すのではないという暗黙のルールが兄弟の中であったのだが、他のものは知る由もない。
「ある村で、夜になると、人や家畜が襲われて殺される事件が多発した。生き延びた村人から、足が悪い食人鬼で、どうやら最近死んだはずの、その村に住んでいた男に似ているということがわかった。
そこで領主と神父が、早朝、その男の墓を暴いたところ、その男は、死ぬ前は病で痩せ細っていたのに、でっぷりと太り、腐りもせずに眠っていたというのだ。
しかし、息もせず、冷たく、まぁ確かに死んでいる。墓からどうやって出たのか分からないが、この男のせいだということになった。
神父の話では、以前にもこういうことがあったと文献にあったそうで、悪魔に身体を盗られているいるので、すぐに焼いて、灰にしてしまわないと、また夜になると徘徊し、人や家畜を殺し歩くだろうとなった。
そこで、完全に焼くために、川まで持っていこうという話になった。ところが、墓から出そうとしたが、重くて持ちあがらない。出さないと灰にまでできないしな・・・一部でも焼けずに残ると復活するらしい。
急遽、石工達を呼び出し、クレーンで持ち上げ、そのあと、牛で引いてなんとか川原まで持っていき、油を掛けて灰になるまで燃やし尽くしたそうだ。それからは、食人鬼が出なくなったという話だ・・・」
「なるほど。遺体が腐敗しておらずとも、そういうこと可能性、つまり悪いほうの可能性もありうるという話だな・・・」
公爵様は何も言わず、考えているようだった。司教様は、話を続けた。
「死んでしまったら、霊魂と肉体は分離する。霊魂の行き先は、三つだ。皆が知っている通り、天国、煉獄、地獄の三つだ。まぁ、普通は身体は腐るので、問題がないのだが、生前に悪魔に身体を盗られてしまっていると、腐らない。年を取らず、ずっと生きているという話があるが、その場合は、中身が人間でないと思ったほうがよい」
公爵様は首を傾げて、髭をいじったり、長い髪に両手で手櫛をいれたりしている。考えているのだろう。
「で、マグヌスよ。リーゼロッテ姫の場合はどう思っている?」
宮宰様が司教様に訪ねた。この三人は兄弟なんだね。司教様は、すぐに返事をした。
「まぁ、食人鬼ではないと思う。オットー卿、一つ訊きたいのだが?」
「はい、なんなりと」
オットー卿は急に話を振られて緊張しているようだ。
司教様はその様子を見て、すこし笑って口を開いた。
「いつぞや申しておった、聖ミカエル様が隣在した時、そなたの剣はどうだった?」
「はい、励起された状態になりました。振動し、光り、軽く熱を帯びました」
「ふむ。それは、殿下が力を振るうときにもおきると聴いたが。違いはあるのか?」
「殿下が側で、聖性を高める時は、恐ろしいほどの振動になります。なんと申していいのか・・・」
「思ったまま述べてみよ。我らしかいないのだから、気にするでない」
「・・・はい。殿下の時に感じる激しさは、こう粗削りな感じがします。悪い意味ではありません。カタカタと激しいのですが、振幅が大きく、どちらかといえばゆっくりです。聖ミカエル様の時は、小さ目ですが、重く震えます」
「で? その時はどうだったのだ?」
「聖ミカエル様だと感じました。何度かご出現頂いていますので、感覚的にわかります」
「ふむふむ。なかなか面白い話だな。殿下はまだ若い。くちばしが緑色だから、多分粗削りに感じるのだろう」(くちばしが緑とは、ドイツの表現で未熟であること)
「ははは、くちばしが緑とは、面白いな。でもマグウスよ。大天使と比較して、くちばしが緑色でないものなんて、いないだろう。
しかし、その剣を振動させるということは、聖性がかなり高いということだ。そして、殿下の名前が大天使と同じというところも暗示的だな。恐らく、ミカエル様に似ている波長なのだろう。
我がリウドルフィング一族に、高貴な血が流れていることを誇りに思う。
まぁ、ヴィッテルスバッハの血と混ざることで、相乗効果が生まれるのだろう。
殿下の父君も、母君も、聖性が異常に高く、ありとあらゆる聖魔法を使いこなしたと聴くぞ。話がそれてしまったが、食人鬼でないのかどうか、確かめに、リーゼロッテ姫に会いに行きたいものだ」
宮宰様は、公爵様の言葉を聴くと、にやにやしながら、僕に視線を送ってきた。ああ、多分転移門を開けないかということだろう。しかし、高位聖職者の前で魔法を使っても大丈夫なのだろうか。ブルーノ神父様によれば、教会には、いまだに魔法の類に根強い抵抗、反感があるということだ。ブルーノ神父様は、自らも魔法を使うくせに、これは魔法ではないと言っているし、修道女アポロニアさんにも、魔法というなといつも口うるさい。
困った僕は、俯き、テーブルの上の木目を見ていた。いずれにせよ、僕からやりますと言わないほうが得策だからだ。
「殿下、恐れ入りますが、公爵様もあのように仰っています。例のものを開いて、皆さまをお連れしてはいかがでしょうか」
オットー卿は、平然と提案してくる。まてよ。例のものってなんで濁すのだろう。ここで僕が転移門をホイホイと開いたら、すべて僕のせいになるのじゃないのかな?
いや、まてよ。ここで魔法について態度が不明な人は・・・司教様だけだから・・・
僕は、思い切って、司教様に訊いてみることにした。
「司教様?」
「なんでしょうか。殿下」
「ザルツブライの従軍司祭、ブルーノ神父様が、教会が魔法を認めていないので、表だって魔法という言葉を使ってはいけないと仰っています。それについて、教区を束ねる司教様のご意見をお聞きしたいのです」
司教様は、目を見開いて、顔を輝かせた。あれ、失敗したかも。
「殿下。神の玉座を飾るもので、私達の主が最もお喜びになるものは何だと思いますか?」
・・・おっと、こういう展開は考えていなかったよ・・・
「司教様、よくわかりません。しかし、逆説的に考えるのなら、悪魔の一番嫌がるものなのでしょうね。たとえば、聖母様の御心とか。殉教した信徒の魂とか・・・」
司教様は、満足した表情を浮かべた。
「やはり、貴方様は、私達の先祖ですね。このマグナス、貴方様を誇りに感じます。
私達の主の玉座にふさわしいもの、それは清い人間の魂です。悪魔はそういうものを嫌います。サタンは、もと天使です。つまり、魔法の良し悪しは、それが使われる目的によって決まるのですよ」
そういうと、司教様は、なにか、もごもごと唱えた。
「あ、司教様、今・・・」
僕は、体力が回復するのを感じた。他の人たちも、おっという顔をしている。全体魔法だ。しかもかなり癒しの力が高い。そうか、司教様も魔法を使うのか・・・
司教様は、ニコニコしながら、僕の目を見て、大きくうなずいた。
「すべての聖性の源は主です。つまり神様から発生します。それは、かならず善いことにつながります。聖性とは善であり、命なのです、命は神様から生まれます。命を守り、命を育むものは、それは主の御心に叶うものなのですよ。因みに今のは魔法ではありません。神様に、お願いし、神様が皆さまを癒してくださったということを忘れずに。神に感謝しましょう」
皆が「神に感謝」と声を合わせていい、十字架の印をした。こういうのは、反射的で子供のころから刷り込まれているから、自然にできるのだろう。僕もついしてしまったよ。
「司教様・・・なんか、わかった感じがします」
ふふっと司教様は笑った。
「あなたが誰かの為に何かした時、それが正しいことなら、神様があなたを通してその人に働きかけたのです。神の道具になったのですね」
なんだか脱線したようだけど、魔法を使っても問題ないようだ。僕は決心して、転移門を出すことにした。勿論、塩砦の礼拝堂で眠っている、リーゼロッテ様のところにだ。
内容がぶれてしまったので、最後を切り捨て、
書き換えました。