第19節 少女のおうちに泊めてもらいます。
暗闇から現れたのは、悪魔ではありませんでした。
少年は、女の子と接したことがないようです。
でも、女の子って、同じ年でも精神年齢高いですよね・・・
声の主が、真っ暗の闇から現れた。
「き、君は?」
「私はアーデルハイト」
「ぼ、ぼ、ぼくは、自分の名前がわからないんで・・・」
「そんなことどうでもいいわ。それよりお腹空いているんでしょ?
・・・はいこれあげる。よく噛んで食べるのよ」
声の主は僕と同い年くらいの少女だった。かわいいなぁ。女の子って、もしかしてはじめてみたかも・・・いや記憶なかったからね。修道院は男だけの世界だったし。容姿がいいかどうかなんてどうてもよくて・・・ともかく素敵だよ・・・なんかいい匂いがしてる。
「あ、ありがとう」
僕は、もらったパンに皮側からかぶりついた。あちゃー硬えぞ。歯が折れるかと思った。思わず口から出してしまった。
「馬鹿ね。古いパンなんだから固くて当たり前でしょう?でも内側はまだ食べられると思うけど。はいお水。最悪は、これでふやかして食べるのよ」
彼女は皮袋に入った水を渡してくれた。
「す、すいません」
丸いパンは包丁か何かで切られていて、皮側と中身側がある。確かに内側からは齧れる。少しかじって皮袋から水をのみ、柔らかくして飲み込んでいった。うまいなぁ・・・ていうか空腹は最高の調味料ってやつだよね・・・」
「君ってこの街に来たばかりなの?」
アーデルハイトは、茶色い目をぎらぎらさせて聴いた。
「あ、はい、さっき来たばかりです」
「ということは、あの馬車隊で来たのね?」
「ええ、そうだと思います」
何故かその子は、嬉しそうで、期待に満ちた顔をしている。そして続けた。
「お願い、私も連れていって」
「え?いや~、はぁ・・・僕は馬車に隠れてタダで乗ってきたので、なんとも言えないですけど・・・」
その子はがっかりしたようで、言葉を続けた。
「なーんだ、使えないじゃん。宿の前の馬車隊から走ってきたから、てっきり乗ってきたのかと思ったわ」
「ごめんなさい」
「ま、一緒に宿に入らないっていうのもおかしいか。疑えばよかったのね。え、でもさ、どうやって乗ってきたのよ」
「最後尾の馬車のベンチみたいなところに乗ってきたんです」
「え、幌の外の足をかけて登る、ステップってところじゃないの?」
「はい、たぶん、そうです」
「君、凄いね。あの馬車の聖結界があるのって、幌までだからね。どうやって魔物を躱したの?」
僕は何のことがわからないでいた。アーデルハイトは、僕が答えられないのに呆れて、説明してくれた。城塞都市からこの街までの街道は、結構魔物が多いということ、馬車隊が魔物に襲われないのは、聖なる結界が幌や馬車に張られているからだということなどだ。
馬の轡の前から、後ろまでが聖結界らしい。結局ベンチみたいな荷台へのステップのところまで結界が伸びているのではないか。または魔物も結界があるから襲ってこないのではという都合のいい話に落ち着いたが・・・。なんか解せない。
「君って城塞都市から来たんでしょう?いいところなのに。家出とか?もしかして犯罪を犯して逃亡中とか・・・」
僕は、驚いて即座に犯罪なんてしてませんと大きな声を出してしまった。
「しーっ。馬鹿ね。冗談よ。冗談。じゃどうして城塞都市を出たの?私だって本当はあの街で暮らしたいわ。神聖結界が完璧で、物資も食べ物も豊富らしいじゃない?」
そういいながら彼女は目を伏せて自分に言い聞かせるみたいに首を振って続けた。
「無理よ、無理。まずお金がないから馬車に乗れないわ。歩いて行くうちに魔物に食べられちゃうし、それに城門をあけてくれないわよ。悪魔が化けてるとか、悪魔憑きと思われるもの。さらに街で暮らすには手に職がないとだし。ギルドの親方に弟子入りして修行できるにしても7歳になるまでに弟子入りできないと、乞食しか職業がないわ。しかも、城塞都市では乞食は認められないんですって」
「僕が助けてもらった孤児院だと見習いに出してくれるっていってたよ」
「へー。そんなことがあるんだぁ・・・孤児院なんて初耳だわ、さすが城塞都市ね。この街でも聞いたことがないわ。でも、よそ者は入れてもらえないでしょう?」
「いや、近くの村でね。親が悪者に殺された二人は、引き取ってもらえたよ」
僕はヨハネとパウロの事を思い出していた。二人とも無事かな・・・
「え?近くに村なんてあったかしら。170年ぐらい前はあったらしいけど、千年ごろから始まった悪魔の大攻勢で、最初の時に滅んだって聞いたことはあるけど・・・。
あれから城塞都市付近の村や町は、都市以外は悪魔軍の支配地になっちゃったっていうから、呑気に農作業なんてできそうもないけど・・・」
「え?なんか変ですね・・・」
ていうか辻褄が合わない。まず、170年ぐらい前の悪魔軍の大攻勢とか、支配地とか、ありえない。昨日の朝から、ドミニク神父様や二人には会えてないけど、あんな荷車みたいなオープン馬車で呑気に出かけていったんだから。
そういえば、城塞都市の門は朝開いて夜閉めるぐらいで、あんなに厳重じゃなかったし。そもそも城塞都市の城壁があんなに高くなっているのはおかしかったよな・・・
それから、彼女は自分のことを話し出した。この街道をもう少し奥にいった街からここに、出稼ぎに来ていた母親と、食堂住み込みで暮らしていたのだが、母親が急死したため、その食堂を出されたらしい。
新しい住み込みの人がきたから部屋がないそうだ。この街に孤児院はないし、元居た街にも頼る親戚がない。父親はとうの昔に死んでいるらしく、僕と同じ天涯孤独なんだそうだ。
食堂の女将さんは気の毒がって時々亭主の目を盗んで残り物をくれるらしいが、それがさっきのパンだった・・・で、この街で生活の見込みが立たないので、新天地を目指しているらしい。僕は自分の逃避先も気になっていたので聞いてみた。
「アーデルハイトは、どの街に行こうと思ってるの?」
アーデルハイトは呆れた顔で、わかりきっていることを聴くなって感じで答えた。
「・・・鉱山街よ・・・あそこはものすごく危険だけど、だから私みたいなちびっこでもできる仕事もあるし、上手くいけばご飯もちゃんと食べられるらしいし・・・」
「へーそうなんだ。鉱山って穴の中で宝石とか探すの?」
アーデルハイトは、こいつ馬鹿でしょ・・・いやきっと大馬鹿よって感じの目でいった。
「君さ、世間知らずにも程があるわよ・・・だから結界のない馬車の場所に、ただ乗りしたりするんだね・・・ていうか、すごい強運の持ち主なのか、大馬鹿なのかわかんないよ」
酷い言われようだ。呆れたまま彼女は説明してくれた。
鉱山といっても取れるのは岩塩だそうだ。しかし、坑道の下は地獄のようなところにつながっていて、悪魔に率いられた魔物が沢山いるらしい。海から塩を取り寄せるには悪魔軍の領地があって無理らしい。だから、どうしても人間の必需品である岩塩はとらなければならない。
しかし、迷宮のような地下の魔物とも戦闘しなければならないこともあり、護衛の傭兵や冒険者が沢山雇われているらしい。で、鉱山の入り口には、砦と製塩施設、兵士、傭兵や冒険者のための食堂や兵舎、宿屋があって、大変な賑わいとのこと。城塞都市の公爵軍から派遣されている兵士たちは、砦の防衛が任務なのと、坑道側へ迷宮側から魔物が溢れたときの討伐を仕事としているようだ。確かに、傭兵のような仕事をしていたら、消耗が激しくて軍が成り立たないだろう。
「え、そんな危険なところで仕事ってどんなことなの?」
「まぁ、一番お金が高くて、危険なのが、坑道に入る冒険者のお供ね」
「ええええ、死んじゃうんじゃないの?」
「馬鹿ね・・・迷宮に入る人たちのお供なら死んじゃうけど。坑道よ、坑道」
ぼくが恐ろしいと怯えていると付け足して説明してくれた。
「あのね。魔物が出るのが迷宮。塩を取るのが坑道。鉱夫達の護衛に雇われるのが傭兵とか冒険者で、その冒険者が雇うのが冒険者のお供」
よくわからないという顔をしていると、呆れたように説明をしてくれた。
「騎士には従者ってついてくるでしょ・・・え、騎士もわからないって?どういう暮らししてたのよ。孤児院って監獄なの?・・・だからさ、騎士が槍頂戴っていえば、槍渡す人よ。で、騎士が盾っていったら盾わたすの。それと同じでね。冒険者が盾ちょうだいっていったら盾渡すし、これ持ってていわれたら持つのよ」
「えええ、槍とか重くないの?」
「たとえよ、たとえ・・・坑道って狭いでしょ。体が小さい子供のほうが有利なのよ。お弁当もってきてって言われたら、坑道をするするって走ってきて「はい、お弁当です」みたいなさ・・・実際に聴くところだと、松明係りとお弁当係が多いらしいわ」
アーデルハイトは面倒くさくなってきたようだ。それでも僕は食いついて、しつこく教えてもらった。実際に宿に泊まりにきていた、引退して街に帰る冒険者から聴いた話らしい。その冒険者は腕を魔物にかじられて引退せざるを得なかったとのこと。
うは~怖い怖い。でも、魔物と遭遇するのは、迷宮に迷いこまない限りまずないとか。でも、稀にスタンピードとよばれる、魔物の溢れに会うこともあるので、稼いだら引退する人が多い。生きているうちに引退するのが鉱夫も冒険者も夢らしい。
「でさ、ザルツブライにあの馬車隊はいくのよ・・・それについていきたかったの」
話が見えたよ。ザルツブライって塩の砦か・・・そのまんまだな。
「君と話してると眠たくなってくるわ。で、どうするの?どうやって次の街にいくつもりなのよ。とりま、寝ないとでしょう。寝るとこないなら、うちにきたら?雨はしのげるわよ。そこの宿の裏だから超近いし」
「お願いします」即答かよ・・・って顔で見てくる。
とにかく今日は疲れたよ。早く寝たい。ていうことで付いていきました。宿の裏に僕らは回り込んだ。彼女は暗い倉庫のような建物の扉を開けた。
「はい、ここよ。いっとくけど変なことしたら、ナイフでぐさっだからね。明日から血のおしっこがでるんだから・・・ま、そんな感じの子じゃないか・・・その辺のわら集めて寝てね」
驚いた。彼女の家って、家じゃなくて納屋だった。
「驚いてるなぁ?でも結構快適なんだよ。馬用の飼料をいれておく納屋でね。宿屋のおばさんからいいよって言われてるんだ。馬丁のおじいちゃんが一人いるけど、その人は自分の部屋があるからね。明日は早く起きないと、馬丁のおじいちゃんにフォークでさされちゃうから注意ね。あはは。じゃぁ蝋燭消すよ。火事になったら大変だから。おやすみ」
彼女はそう言って、すこし高く干し草が積まれている上のほうで寝だした。僕は低いところの藁をかき集め、それにくるまって寝ることにした。
さて。すこし長くなっていまいました。
明日から10連休ですね・・・あれ、今日からか・・・
遅筆気味ですみません。連休は頑張りますよ~