第72節 リーゼロッテ様祭り その6
関東甲信越以北は大変なことになっていますね。
皆さまのところはどうでしたか。
被害に遭われた方々の復興をお祈り申し上げます。
オットー卿がささやいた。
「殿下、ドアが開きます。砦で宮宰様が下りた時を覚えていたら、そのようにふるまってください。ゆっくり、丁寧に。気品をもって」
僕のほうの右のドアが開けられた。召使さんのような男の人が、踏み台を置いてくれた。
「さぁ、おりましょう」
僕は促されるまま、ゆっくりと降り立った。宮廷の召使さん達は、左右に並んで、何かがあったら対応しようとしている。しかし、立派な服を着ているよ。この服を借りていてよかったかもしれないね。
「こちらでございます」
宮廷の召使さんが右手で方向を示した。僕は案内されるまま、振り向かないで歩いていった。後ろからオットー卿がきているのは、鎖帷子の音でわかったから。
館は砦の造りをしていた。立派な階段はなく、石の丸い螺旋階段を上るものだ。3階まで上ると、そこに広間があった。
階段を出ると扉があり、召使さんがいて開いてくれた。
「ミヒャエル・フォン・リウドルフィング様」
召使さんが朗々とした声で広間の人々に告げた。
すると、20名ほどいた人々が振り返った。皆驚いている。中にはシャルロッテ姫様ではないのかという声も聞こえた。皆は、道を開けて、左右に下がり、すこし会釈をした状態で控えてくれている。皆身なりが立派だ。貴族なんだろう。
人々が開けてくれた道の先には、すこし高くなった広い台があり、椅子に座っている人がいた。左右には剥き出しの長剣と盾を持った騎士が4人二手に分かれて立っている。その人たちの中に知った顔があった。城塞都市の門で僕の開いた転移門に入った騎士さんだ。そういえば、公爵様の護衛騎士っていってたっけ。
中央の人は、立ち上がり、台から降りて、僕を迎えてくれようとしているようだ。鎖帷子の上に豪華なマントを着ている。そして、光り輝くティアラをつけている。いやクラウンだろうか。
「わが先祖、ミヒャエル王子、お帰りなさい。いや、驚いた。レオポルトの娘にそっくりじゃないか・・・ここまで似てるとは思わなかったぞ」
「兄上、本当でしたでしょう?私は一回、塩砦で騙されましたからなぁ」
公爵様は、迎え出てくれて、僕を抱きしめてくれた。そして僕を抱きしめたまま、言った。
「なんていってよいのか、わからないぐらいの感動で打ち震えておりますぞ。我が主、誠に尊き聖三位一体の神に感謝いたします」
公爵様は天を仰いで感謝の短い祈りをささげ、僕を抱きしめた手を放し、十字架の印をした。
僕は、じっとしていた。公爵様は、がっしりとした体躯で、大きな男だった。今は、薄い青い瞳で僕を見つめている。
「公爵様、殿下にお座りになっていただいてはいかがですか」
横から、白い僧服に身を包んだ痩身で長身な男性が言った。どことなく、宮宰様に似ている風貌の人だ。金色の糸で彩られた高い帽子をかぶっている。
「そうだな、椅子を三つもて」
台の上に椅子が4つ並べられた。
僕は、公爵様の指図の通り、中央の椅子の右側に座った。その隣に公爵様が座り、その隣に宮宰様、僕の隣に高僧と思われる神父様が座った。
「皆の者、今日は誠に嬉しい日じゃ。しきたりでは、ワシだけが皆の前で座ることが許されているのだが、今日は、わがリウドルフィング家にとって喜ばしい日じゃ。わしら兄弟3人と、先祖である地獄より帰還したミヒャエル王子に並んで座ることを認めてほしい」
公爵様は、ニコニコだ。
「最初に、オットー卿はどこじゃ?」
「はい、閣下こちらに控えております」
「こちらに参れ」
「はい」
オットー卿が後ろのほうから前にでてきた。そして、公爵様の前にきて、片膝をついてかしこまった。
「オットー卿、そなたには礼を申す。私達の、えっと、ひいひいじいちゃん?をよく助けてくれた」
「有難きお言葉でございます」
「うむ。そちには所領をといいたいのだが、何もないのだ・・・然るべき爵位をあたえよう。おって発表する」
「はは、誠に忝く存じます」
「うむ、下がってよいぞ」
そういってから、公爵様は全員の顔を見回した。反対者がいればチェックしておこうという感じなのだろう。宮宰様や高位聖職者っぽい神父様も見回しているようだ。
「さて、異論のあるものもおらんようだ。ここで少し話を替えたい。レオポルト、頼む」
「はい」
宮宰様が立ち上がった。
「皆に知らせがある。ワシは、公爵様のご指示に従って、我らの城から北へ向かい、帝国へ抜ける古い街道の再整備を行っていた。そして、かつての関所に建てられた山城にて、悪魔と戦い勝利した」
一同からおおっという驚きの声が出た。
「悪魔は、諸君らもよく知る、山羊頭のバフォメットだった」
今度は周囲からどよめきが起こった。
「まぁ、バフォメットさえ、わがミヒャエル王子の前に為す術もなく消え去ることとなったがな」
今度は歓声が沸き起こった。しかし、いちいち反応がいいお客さんだよ。そういえば、フィリップさんがいない。あ、でも、フィリップさんは宮宰様の家来だから、ここには出席できないのかもな。
「この城は、守備隊を置き、帝国へのもう一つの街道を守る要衝とする。悪魔より領土を取り返した暁には、公爵様は、我らに褒美として下げ渡されるおつもりである」
また、貴族さん達は、レオポルト様の声に歓声を上げたよ。ザクセン人はノリがいいのかもね。
「さて、この話には続きがある。我らは、山城でバイエルン大公の先祖にあたる姫君の霊に遭遇した。この姫君の霊によって、城の隠された部屋に進むことができ、我らは、なんと姫君のご遺体を発見したのだ」
いや~、固唾をのむという表現があるけど、それだね。皆、ごくりって喉を鳴らしそうだよ。宮宰様は、簡潔な表現だけど、皆の心をつかむのがうまいよね。
「そして、ご遺体は、腐敗していないどころか、今にも動きそうだったのだ」
はい、ここでまた歓声と思ったら、その通りだったよ。
「そして、大天使聖ミカエル様が現れ、姫の魂は天に運ばれた」
はい、ここで感嘆のため息。おお、みんな息を吐いている。中には天を仰いで十字架の印をしている人も何人かいるね。しかし、高いところからの観察は楽しいかも。
「姫君は、霊魂と身体を奪われないように170年の間、悪魔と戦っておられたのだ。そして、わがミヒャエル殿下の聖なるお力を借りて、ついに悪魔に勝利したのだ」
皆の興奮が最高潮に達したようだった。
「で、レオポルト様、ご遺体はどこに?」
一番前にいた厳つい人が訊いた。
「うむ。今はザルツブライの礼拝堂にお連れしている」
「是非、お目にかかりたいのだが・・・」
「わしもです」
「わしもじゃ」
すごい、皆興奮している。
その時、一人の老人が手を挙げて発言を求めた。
「どうした。じぃ、申してみよ」
「ありがとうございます。公爵様、司教様、宮宰様、そして殿下。数百年前に、修道士ペトルスが書いた亡霊の話はご存じかと思います。果たして、その姫君は、まさかとは思いますが、食人鬼ではありませんか。ご確認されましたか」
周囲の熱意は、水を打ったように静まり、皆戸惑っている。僕の左に座っていた、司教と呼ばれた人が、口を開いた」
「じいがそういうのも尤もだ。その恐れはまだ否定できないのだ。しかし、姫は、バイエルンの姫。我らザクセンに決定権はない。すでに、レオポルドが、フィリップをバイエルンに使者として派遣した。さすがに食人鬼をバイエルンに送るわけにいかぬから、これからザルツブライに行き、この目で確かめようと思う」
「司教様、姫様は、聖女になられるのでしょうか」
誰かが後ろの方から叫んだ。
「うむ。内容からは、聖女確定だろう。悪魔との戦いの潮目が変わりそうなこの時に、教皇庁が認定しないはずがないと思う。祈れば、天への太いパイプになるぞ」
「姫君はどなたのお嬢様なのですか」
別の声が後ろのほうから聞こえた。
「プファルツ伯の娘、リーゼロッテ様だ」
おおという声が起った。
「・・・プファルツ伯は、ヴィッテルスバッハの始祖だよな」
「そうだ。その姫君のご遺体が美しい状態で発見されて、聖女認定となったら・・・」
「発見して、悪魔から救ったのは我らザクセンではないか。姫君を渡すのは癪だな」
みんな好き勝手に話だした。ワイガヤってやつだね。
「皆の者!」
公爵様の鶴の一声だった。
全員がシーンと静まり返った。
「聖遺物は、当然、我らにも頂けるものと思っておる。しかし、ご遺体は、バイエルンにお返ししたい。貴公らにも娘がおろう?
聴けば、プファルツ伯が、民を救うために悪魔と契約したらしい。ところが、悪魔の謀り事により、伯の魂だけでなく、姫の魂と身体まで要求されたとか。
リーゼロッテ姫は、プファルツから遠いこの地で、悪魔から、高い聖性によって、ご自身を守ったのだ。170年だぞ・・・
貴公らの娘がそうなったとしたら、どうだ?自分の領地に戻してやりたくはないか?
もちろん、姫様の身の回りのものから、聖遺物として、分けてもらう交渉はするように、フィリップに申し付けておる。
バイエルンはよき隣人じゃ。関係を損なうわけにいかぬ。よいな?」
驚いたのだが、皆一斉に跪いた。やはり、ザクセン貴族というのは、侮れないと僕は感じた。鋭い感受性、そしていざというときに団結し疎通する意志。これがザクセン貴族の強さなのだろう。あと、公爵様の正論と君主としてのカリスマ・・・これに尽きるのだろうね。僕の血にも流れているのだろうか。あ、まてよ、僕の方が先祖なのか・・・変な感じだ。
「では、解散とする。今夜は、ミヒャエル王子の帰還を祝し、宴をとりおこなう。みな参加してくれ。あと、オットー卿は残ってくれ」
「はっ」
全員が立ち上がり、部屋を出て行った。
僕らの周りには、護衛騎士と、オットー卿だけが残った。
いかがでしたか。
文中に出てくる食人鬼ですが、次回、司教様の口から
ご説明があるかと思います。
実際に、そういうお話が修道院の記録に、いくつか残されております。