第72節 リーゼロッテ様祭り その5
大変ご無沙汰しております。
身体を壊して寝込んでいました。更にメンタルも・・・
やっと復調してきましたので、再開させていただきます。
宜しくお願いします。
オットー様はどこにいったんだろう。もう帰りたい。でも、この服着替えないと、盗んだと言われるの嫌だし・・・
その時、侍女さんが入ってきて、奥様に耳打ちした。奥様は残念そうな顔をしてから、僕に向き直り、表情を笑顔に戻して言った。
「ミヒャエル王子、お城から使者がきまして、公爵様があなたをお呼びです。オットー卿は下に居ますので、一緒に向かってください」
「はい。あの、僕の服・・・」
「その服を着ていってくださいね。殿下の服は洗っておきます」
「え?じゃお借りします」
「ふふふ、いいの。お似合いですから、お受け取りください」
「でも・・・」
奥様は、ニコリと笑った。
「さぁ、いってらっしゃい」
「は、はい」
僕は侍女さんに案内されるまま、部屋をでて、玄関にいった。
玄関の前には、すでに豪華な馬車が横付けされていた。それは、レオポルト様が前に砦に来た時に使っていた結界馬車だった。
馬車の中にはオットー様がすでに乗り込んでいたが、下りてきて、僕を奥の席に乗せてくれた。進行方向に向かって右側の席だ。
宮宰様の館を出た馬車は、騎士二人の先導で、城塞都市の西側にある、城へと登る道をどんどん進んでいく。馬車の右側の窓から眺めると、街が眼下にあり、小さくなっていくのが分かる。窓にかじりついて外をみていたら、オットー様が城塞都市の歴史を教えてくれた。
「もともとは山の上に城しかなかったそうだ。
そのうち、城相手の商売をする商人が山の麓に集まり住むようになり小さな町になった。
それから周辺農民のための市場も開かれるようになり、当時の領主が市場や街を保護したため、交易拠点となり、更に栄えたので、蛮族や盗賊を防ぐため、城壁をつくる必要ができた。
だから、城を囲む、もともとの城壁と、都市の外側を囲む城壁と2重の城壁があるんだ。そして、悪魔の大攻勢のあと、いくつか残った砦を傘下にもつ中心城塞都市となり、更に城壁を高くし強固なものにする必要ができたのだ。
元の領主や騎士たちは、大攻勢で戦死した。最初の頃は為す術が無かったのだよ・・・人間のルールで戦争しようとしても、そうはいかないよな」
オットー様はそういって苦笑した。
「その悪魔軍の侵攻を止めたのが、われわれザクセン騎士達だった。一時はボロボロにやられまくったが、当時のローマ皇帝が先頭に立ち、騎士団を立て直した。
騎士を主力とはせず、重装歩兵の密集陣形を主力としたのだな。もともとゲルマン人は密集陣形が得意だったから、バイエルンの南部で戦線が崩れるのを防いだらしい」
僕は疑問に思ったことを訊いてみた。
「オットー様、騎士よりも重装歩兵のほうが強いのですか?」
「使徒殿、人間同士で一対一なら騎士のほうが有利だ。
しかし、魔物と入り乱れての混戦となると、厳しかったそうだ。当時の悪魔軍の主力は、前衛が、死肉漁りと呼ばれた、大型の狼のようなトーデスフントと、紋章に出てくるような獅子のような大きな魔獣だ。こいつらの爪や牙は鋭いし、跳躍力がすごい。その後ろにオーガーが控えている。
集団で一人の騎士に飛び掛かって、馬の脚や騎士の腕を噛み千切るんだ。チェーンメイルなんて意味なかったと聴く。
そして、運よく撃退できても、疲れ切ったところに、オーガーの戦斧ときたら、生き残れないよな・・・」
僕は、なんだか見たことがあるような気が光景の気がしてきて、なにか、心の底から言いようの知れない感情が湧きあがってくるのを必死で抑え込んだ。そう、エーデルスブルートが暴走しそうな感じだ。
オットー様は、天使ミカエル様から貰った剣が振動を始めたので、僕の精神状態に気づき、話題を変えてきた。
「使徒殿、人間は、やられっぱなしじゃなかったのだよ。当時のローマ皇帝はザクセン人だったのだが、軍を騎士中心から、歩兵中心に変え、強固で大型の盾を開発し、前衛を盾職で固めた。まぁ、もともとのラテン人の戦い方だな。ゲルマン人もそうだった。
更に、盾の下にくさびを装着し地面に打ち込むことにより、盾が衝撃に耐えられるようにしたものだから、魔獣達は、密集陣形を崩すことができず、槍に刺されて斃れていったそうだ。密集陣形では頭の上も盾で塞ぐので、魔獣が跳躍力を持っていても問題なかったのだ。
そういったこともあり、皇帝から最前線を託された我らザクセン騎士団は、この城塞都市を確保することに成功し、ここが、バイエルン以南及び以西の人間の最後の希望になったのだ。
攻撃が酷かったころに、城壁を更に高く、堅牢にした。都市の住民はよかったが、各地の農民は大変だったそうだ。生き残っても農地は無くなっているからな・・・殆どが帝国側に移住を希望したそうだ。
一時的に城塞都市は人の数が増えたんだそうだ。爆発的にね。
それというのも、西や南からの領地外からの避難民が多くなって、あのカテドラル前の広場でも入りきれなくて、大変なことになったとか聴くな」
「そういえば、オットー様の先祖の領地でも襲撃を受けたんですよね」
「うむ。私の先祖の館は、城でも砦でもなかったから、あっというまに魔物に蹂躙されたそうだ。まぁ、農民とはいえ、皆戦争の時には参加する兵士でもあったから、かなり生き残ったが、バラバラになってしまったらしい。
カール達も、そういう生き残りの兵士の一人だよ。私の領地の民ではなかったようだが、同じザクセン騎士の領主に仕えていたようだ。
よく、ザクセン騎士が強いと言われるが、その強さを支えているのが、彼らだったのだよ。しかし、騎士も壊滅的な被害を受けたからな。また、悪魔から取り戻すことができたら、そして領地を拝領できるのなら、カール達も誘って、強い軍団をつくりたいものだ」
それから、饒舌だったオットー様は、しばらく黙った。石畳を蹴る馬の蹄の音と、車輪が転がる音だけが聴こえる。
馬車は、坂道を上りきったようで、右に曲がったあとは、平らなところを馬車は進んでいるようだ。
「あぁ、もう着くぞ。使徒殿、そうやって黙っていると、本当に王子様だな。あと、ワシのことは、オットー卿と呼んでくれ。変な誤解を避けるためでもある。頼んだぞ。城の中では、ミヒャエル王子とか、殿下とお呼びするから、変な顔しないでくれ」
そういって、オットー様、いや、オットー卿は僕にウインクした。まぁ、突然だけど、貴族のしきたりとか、そういうやつなのかな・・・気を付けよう。
馬車は止まった。轡を引っ張られて、嘶く馬の声が聴こえた。
門の前に立っていた、衛兵らしき兵士が歩いてきた。護衛騎士の一人が、ミヒャエル・フォン・リウドルフィング様と、騎士オットー卿だと朗々と兵士に告げると、兵士は、馬車に近づいて、中をのぞいた。
兵士は、オットー卿に会釈をすると、下がっていった。それから、掛け声とともに跳ね上げ橋が下りてきた。兵士さんの態度から察するに、オットー卿は、人気者?なのかな。まぁ、天使から聖剣を託されるような騎士だからね。城でも有名なのだろうね。
城の門の前には、堀があるが、水はなかった。橋は、片側が城の門に固定されていて、先端が鎖で吊り上げられているタイプだ。鉱山口のところにも同じタイプの橋が設置されている。橋が下りたら、次は、鉄格子の吊り戸がぎりぎりと上がっていった。
オットー卿は、その様子を眺めながら、呟いた。
「久しぶりだなぁ。
殿下、ワシの元職場の名物、時間が恐ろしくかかる門ですぞ。本当は、すぐ入れる西門があるのだが・・・身分的に、そこから殿下をお通しするわけにもいかないのだよ。
宮宰様も西門を通るのだが、次回からは、西門を通りたいと、仰ったほうが、時間の節約になるから、いいかもしれん。公爵様にご許可をいただいてくだされ」
なんか、オットー様、しゃべり方が変になんてきた。慣れないシチュエーションなのかもね。
やっと、吊り鉄格子の門が上がったと思ったら、今度は外にむかって、木製の両開きの扉が開いた。確かに時間がかかるよね。僕は気になったので、西門について訊いてみた。
「オットー卿、西門というのは、どんな門なのですか?」
「ここの半分くらいの幅で、馬車が通れない。つり橋もないし、堀もないが、狭い階段を城壁に沿って上る必要がある。門は2階の高さにあるんだ。周囲の地面と同じ高さで門に対して垂直な階段だと、突き破られやすいからな」
オットー卿は、外を見ている。
「馬車で通るなんて初めてなんだが、なかなか面白いものだな」
城内に入ったが、まだ道が続いている。しかもまた上りだ。山の上に建てられたのだから仕方ない。城壁の中には、4つの城館が並んでいた。そのうちの一番奥にある、館の前で馬車は止まった。
次回は、公爵との初面談と、恐ろしい予測です。
中世初期に書かれた書物の怖いエピソードを下敷きにしております。
乞うご期待です。