第71節 街道の探索と戦闘 その23
魔法円の中から現れたのは。
魔法円のなかから、急に浮かび上がるように現れたのは、美しい女性だった。女性は美しいドレスを着て、頭には宝石のついたティアラをつけている。その女性は哀しい顔をして、前を見つめている。髪は薄い金色で、瞳は青。肌は透けるように白い。むしろ不健康と感じさせるような青白い肌。アグネスさんを彷彿とさせる風貌だ。明らかに貴族の娘だろう。
焦点があわない目でその人は虚空に向かって話しかけた。
「私は、ペグニッツ伯ハインリヒの娘、リーゼロッテと申します。あなた方は、この場所に辿り着き、魔法円を知るような知恵と力を持った人であると思います。どうか、私の願いを聞き入れてください」
フィリップさんが、その女性から目を離さず、オットー様に話しかけた。
「ペグニッツ伯は、ヴィッテルスバッハを生んだ貴族だ。つまり、バイエルン貴族のはず。アグネス様を感じるのは多分血の近さ故ではないか?」
「権威のあるものとして、話されている、あなたはどなた様ですか?残念なことに、もうあなた方を見る力が今の私にはありません」
「私が、代表して話します。リゥドルフィング家に仕えております。ザルツブライ隊長の騎士オットーと申します。
リーゼロッテ様、よくわからないので、教えて下さい。あなたはどこにいらっしゃるのですか?」
オットー様がそう訊くと、リーゼロッテ様は、急に床に崩れ倒れ、泣き出してしまった。
「私にはもう時間がありません。私の父が、悪魔バフォメットと契約してしまったので、私の魂は永遠に地獄で苛まれる運命なのです。父は、この夏の離宮の下に流れる地脈が、力を持つことを利用し、結界を作りました。父は既に亡き人となり、魂は煉獄に行くことも叶わず、地獄の深いところに閉じ込められております。最近、地下に変動が起こり、地下水脈の流れが変わり、この地の下にうまく流れなくなってしまいました。この水脈こそが、魔力を運んでいたのに。
その為、結界を維持できなくなりつつあります。私も既に命が尽きた身ですが、禁忌の術により、魂をこの館に縛り付けています。ただ、先程も申しました通り、あれほど潤沢であった地脈は痩せ細り、間も無く禁術も解けてしまいます」
「何か私達に出来ることがありましたらと思います」
「流石、心強いお言葉。オットー卿、先程、あなたは、リゥドルフィングの名を口にされましたね」
「はい、私の主君は、ザクセン貴族の王、ヴィドゥキント様の直系の高貴な血の持ち主でございます」
オットー様が話終わらないうちに、またお姫様は咽び泣き出してしまった。
「リーゼロッテ様、いかがされましたか」
「いえ、申し訳ありません。取り乱してしまいました。私の姉は、私の替わりに、次期皇帝陛下と目される方に嫁ぎました。リウドルフイング家にです。今は何年なのですか?」
「1172年です」
「え?そ、そんなに経ってしまっているのですか」
リーゼロッテ様は、また泣き出してしまった。
オットー様は、困ってしまっている。
「女性に泣かれるのは苦手です。リーゼロッテ様、私は騎士として貴女のお役に立てればと思います。どうすればいいでしょうか?」
「申し訳ありません。取り乱しました。せめて姉に会えればと願っておりましたのに、致し方ありませぬ。私は、この城の中にある、結界の中に隠されております。わたしは、残念ながら既に命無き身。呪いにより幽鬼と成り果てております」
「幽鬼と、仰るのか?しかし、ここにおられる貴女様は、至極真っ当なレディであられるようだが」
「結界を維持するため、私は結界を侵すものがいた場合には、恐ろしい化け物になってしまうのです。これは、悪魔に私の魂を渡したくなかった父の奸計のせいです。魂が手に入らぬなら、私が人と接することができないように、悪魔が呪いをかけたのです」
「リーゼロッテ様、その辺りがよくわからないのですが、時間がないのなら、急ぎましょう。私達は何をすればいいのですか」
「宜しいですか?結界が崩壊する前に、私の身体を清めて欲しいのです。そして、これは願っても叶えられないかもしれませんが、出来ることなら、この地より私の身体を運び出し、然るべき聖堂において、来るべき時までご保護頂きたいのです」
「清めるとは、どのようにすれば?」
オットー様は、助けるとは言ったものの、段々と複雑になる話に困惑しているようだ。
「もうこの姿を維持できないようです。明日、お昼頃に、厨房の地下室に来ていただけますか?」
そう言うと、リーゼロッテ様は消えてしまった。
僕も、わからなくなってきたよ。
「よし、一旦退却しよう」オットー様が指示した。
僕らは、梯子を残したまま、その場を離れて、城から撤退した。毛布は、またあの二人が大事に抱えて持って歩いた。
エーデルヴァイスの丘に戻ると、そこで会議が行われた。
丘でキャンプし、あまり離れない方がいいと言う意見と、逆に危険だと言う意見があった。
結局、何が起こるのかわからないのと、泊まる準備が無かったので、一旦砦に退却し、対策を練ることになった。
帰りの馬車では、誰も喋らなかった。余りにも想像を超える出来事だったからだろう。各自が、起きたことを反芻し、自分なりに消化しようとしているようだった。リーゼロッテ様を見なかった人達も、話を根掘り葉掘り聞こうとしなかった。まるで、関わり合いになることを恐れているかのようだった。
砦に戻った時には、もう夕飯の時間だった。皆んな素早く食事を済ませて、鉱山口の二階、野宿部屋に集まった。周りの人に話を聞かれないためと、ほかに多くの人が、集まれる場所がなかったからだ。
僕は、初めて砦に来た日のことを思い出していた。あれから、凄いスピードで変化したと思う。
皆んなは輪になって座っていた。僕はアポロニアさんの横で、シャルロッテ様の横に座った。この辺りが身体が小ちゃい人ばかりだから、何となく馴染むんだよね。今夜のロッテ様は機嫌がいいから、僕が横に座っても何も言わなかった。なんか凄く僕を意識しているから、やりにくいよ。
「では、話しを始めよう。
まず、今日会ったことを整理して話す。
今日、皆に参加してもらった山城探索だが、幽霊に会った。幽霊は、あの城の領主だった、ペグニッツ伯ハインリヒ公の娘らしい。リーゼロッテ様と名乗っていた。ペグニッツ伯は、ヴィッテルスバッハ家の先祖に当たる方で、由緒あるバイエルン貴族だ。
あの城は謎だらけだ。確かにそこに空間がある筈なのに、入れない部屋が、その最たるものだが、リーゼロッテ様の話では、そこに結界があり、まさにその結果の中に、リーゼロッテ様のご遺体が隠されているようだ。
全てご本人からの受け売りだから、信ずる信じないと言うことが前提となるがな。
ここまでで、何か質問や意見はないか?」
カールさんが手を挙げた。
「カール。話してくれ」
「はい、あの、ミイラの件ですが、ソウルイーターは、どうなったのですか?」
「それについては、恐ろしい仮説がある。ブルーノ神父様、お願いします」
「うむ。リーゼロッテ様ご自身が仰っていたのだが、自分には呪いがかけられていて、幽鬼となって結界に近づくものを襲うと言うのだ」
「すみません。リーゼロッテ様とソウルイーターの関連が、分からないのですが、あ、もしかして、
幽鬼というのは」
「カールその通りだ。幽鬼は古い言い方だな。つまり、ソウルイーターはリーゼロッテ様ご自身である可能性が高い。ただ、幽鬼自体は言葉の幅が広いので、正確にはリーゼロッテ様が呪いで何になっているのかは不明だ」
「なんと、お気の毒な」カールは俯いた。
ブルーノ神父様は、溜息をついてから話を続ける。
「あの、お美しい方が、ソウルイーターになってしまうというのは堪らないよな。お父上が悪魔と取引をしたらしい。取引の内容は分からない。大攻勢の最中だったこら、有利な契約は出来なかっただろう。ともかく、その代償として、悪魔は娘の魂を欲したらしいが、それを妨害するために、結界を設置したようだ。元々、あの地は地脈に魔力が溢れ出るような場所だったそうで、結界は強固で、長く力を与えてくれるものだったようだ。
しかし、地脈の流れが変わり、魔力も枯渇してきているらしい。今思いついたのだが、ここの地底湖の水位はどうなったか?」
カールさんが、また手を挙げた。オットー様が頷いて報告するよう指示した。
「まだ、回復しておりません。干上がったままです」
「それが原因かもな。つまり地下深くで何か変動があったのだろう。皆も知っている通り、ここの地下には迷宮があり、かなりの範囲で広がっている。あの山城の下にも迷宮は続いているという話もあるからな。
さて、話を戻すが、怖い話はまだあるのだ」
ブルーノ神父様は、水筒の水を飲んで、話を続ける。
「あの、ミイラを見てから喉が渇いて仕方ない。この前のゴブリンと死霊使いの戦いがあったが、一致しないか?死霊使いは、召喚されたのかもしれない。より高位なアンデッドにな」
皆が、神父様の顔を見つめた。
「私が恐れているのは、これが悪魔の奸計で罠かもしれないということと、リーゼロッテ様はソウルイーターどころか、リッチキングかもしれないということだ。ご自身がソウルイーターとは仰っていない。ゴブリンとの戦いに召喚されたのが死霊使いだ。先にソウルイーターを召喚し、コソ泥を働いていたゴブリンを殺し、その後でコソ泥と一緒に来ていたゴブリン達を、死霊使いと、また死霊使いが召喚したスケルトン戦士で、壊滅させた」
「それらを召喚出来るようなアンデッドは、リッチと思われるということですね?」
「そうだ。アポロニア。しかも、ヴィッテルスバッハの源流である血筋だ。エーデルスブルートの強さは計り知れない。呪いでアンデッドになったとしたら、元々持っている力と相まって、リッチキングになるやもしれん」
「ヴィッテルスバッハ家は、そんなに魔力があるのですか?」
ロッテ様が驚いている。アグネスさんが微笑して、話し始めた。
「ロッテ、なぜ、お母様が、リウドルフイングに嫁いだ知っていますか?
そして、なぜ、お父様が、貴女と使徒殿との結婚を願っているのか」
え?何?知らないよ。僕の意思とか関係ないみたいだよ?
「使徒殿が、父上やフィリップ殿の言うように、リウドルフイングの王子だとしたら、どうなるのか。リウドルフイングもヴィッテルスバッハも、どちらも高い魔力を代々受け継ぎ、これまで数多の魔導師を世に送り出してきました。これは両家の血の盟約なのです。互いに血を交わし、エーデルスブルートを薄めないという」
「でも、私の中の血はあまり濃くないようです」
「ロッテ、そんなことはないのですよ。貴女はまだ幼い。使徒殿のようになるには時間がかかります。使徒殿は、恐らく私達の先祖、神聖騎士団に参加したミヒャエル王子でしょう。そうだとすれば、辻褄があいます。地獄では人間の時間は止まるそうです。罪人を永遠に苛むためです。170年の長き間に、数多のも悪魔とたたかえば、あの様な聖性溢れる奔流の様なエーデルスブルートの持ち主になりうるでしょう」
僕は、困っていた。知らないうちに結婚させようとか、酷くない?あんな高飛車で上から目線のロッテ様だよ。僕の奴隷人生決定的じゃん。ちょっと待って、しかも僕が先祖ってことは、血が濃すぎてダメなんじゃないの?
「話を元に戻そう。神父様が仰るように、リッチキングだとしても、リーゼロッテ様の言葉を信ずるなら、それは、結界を侵すものに対してだ。私は、姫を信じて明日食堂の地下に行く。姫がリッチキングになるのならば、聖ミカエル様の力を借りるのみ。
これまで、デスナイトとは剣を交えたことはある。恐ろしい強敵だ。デスナイトは、リッチキングが召喚する僕。簡単に勝てる敵ではないが、なんとかしたいのだ」
「オットー卿の気持ちはわかる。わしも行くぞ。結界の中にお酒があるかもしれないし」
なんだ、後半を言わないと格好いいのにね。
「レオン卿ありがとう」
「わしも行くぞ。わしの推察が外れていることを確かめにな」
神父様、あれだけ悪い話を煽っていたのにね。
「ふ、ワシが行かねば、縄梯子が要るかもしれんからな」
フィリップさんも表明した。理由がこじつけっぼいよ。
「カール、無理しなくてもいいぞ。だが、できれば、結界の外までは来て助けてくれないか」
「かしこまりました。皆んなもいいよな?」
「私は毛布係だから、結界の中まで行きます」
もじもじしているクラウディアさんに向かってアポロニアさんが言った。
「クラウディアも毛布係として、結界の外でみんなを魔法円の中に入れてあげてね」
「うん、任せて」
「あ、そうそう、リーゼロッテ様は、魔法円の中から現れただろう?恐らくだが、円から出なければ、呪いが発動しないのではないか?結界の力が弱まっているのなら、魔法円を持っていって、その上に乗ってもらわないとな。ご遺体もそうだ。毛布をかける必要があるだろう。
あれ、アレクシスさんや盾職の二人は、何も言わないけど、行くのかな?
アグネスさんが、躊躇いながら、フィリップさんを見て、話し出した。
「フィリップは、ダメって言うでしょう。
でも、私も結界の中に行きたいです。私も異なる時代に生まれていれば、リーゼロッテ様と同じ立場だったはずです。同じ貴族の娘として、お助けしたいです。あと予め申しますが、ロッテは外に残って。これはリウドルフイング家のためです」
ロッテ様はコクッて小さく頷いた。貴族は家のためという言葉に弱いからね。可哀想になるよ。
フィリップさんは泣きそうだ。目が真っ赤になっている。小さい頃から面倒見てたらしいから、お父上より接する時間が長かったのかもな。
「姫様」フィリップさんは小さく呟いた。
「姫様のことは、私が命をかけてお守りします」
オットー様は、その様子を目を細めてみてから、宣言した。
「さて、では、決まったな。明日はどうなるかわからぬが、全力を尽くそう」
ちょっと、僕は?意思を表明してないのですよ。どういうこと。
「では、明日は少し遅めに出る。よく寝て、英気を養ってくれ。
あ、使徒殿。悪魔をやっつけた、あの3点セットの魔法、明日もピンチの時はお願いしますよ。では解散」
え?はなから僕って
選択する権利がなかったの?
いかがでしたか。
なんだか風邪をひいた上に、花粉症で死んでます。少し執筆ペース落ちてます。
これから病院行ってきますね。
評価とかブクマお願いします。
やる気出ますからね〜。
夜には次話投稿したいと思っております。
宜しくお願いします。