第71節 街道の探索と戦闘 その21
すみません。遅くなりました。
天井が下がってきている。びっくりしたので、すぐにオットー様を呼んだ。
全員が駆けて出て来ようとしたので、扉付近が超渋滞だ。
「天井が・・・」僕の声で全員の目が天井に釘付けだ。
天井の半分が一度全体的に下がったのだけど、一旦止まり、今度は手前側の天井が下がってきた。
「おお、凄いぞ、隠し階段じゃないか」フィリップさんが叫んでいる。
見ていると、天井ごと斜めに下りてきて、その上面には階段がある。木製の階段だ。天井は石だったのに、実は石を貼付けていたのか。石だと思うと誰もそこに入口が隠されているなんて考えないからね。
階段の先端には鎖があり、階段の先端付近を2か所で吊っている。上を覗くと大きな歯車が回転して鎖を伸ばしているようだ。
「使徒殿、どうやって下ろしたのだ?」オットー様が僕に訊いた。
「いや、あの、例のフックですよ。何個か並んでいるんですけど」
「あちゃー、そんなところにフックが沢山あるなんて気づかなかった」
オットー様が驚いておでこに手をあてている。いつもより、言い方が軽くなっていて、キャラが変わったみたいだ。確かに、フックが1個しかないと気づかないよね。下の検問所のところでは、いかにも服とか掛けそうな感じでいくつか並んでいた。木を隠すには森になんていうけど、まさにそれだ。
階段は、床に着いて止まった。上のほうからギリギリギリという音がしてくる。
「オットー卿、どうする?上ってみるか?」
「いや、待とう。フィリップ殿、よく観察してからのほうが安全では?」
そんなやり取りをしていたら、カチっという音とともに、階段が元に戻りだした。皆が口を開けてみていた。すぐに、元の天井に戻ってしまった。そして、壁のフックは、カチッと上に上がって元の位置に戻った。
「すごい仕掛けだな。これは機構をよく研究して、我々の城にも応用していきたいぞ」
フィリップさんがしきりに感心していた。
「さて、では、また下がるかやってみよう」
オットー様は手を伸ばしてフックを下げた。
また、フックは折れたように下に曲がり、天井が下りてきた。オットー様とフィリップさんが乗り込んだ。
「王子も来ますか?」僕が行きたそうな顔をしていたので、フィリップさんが気を使ってくれた。僕は、大きく頷いて、階段に飛び乗った。残った皆が、興味深々の目で見ている。
すぐ上に戻りだした階段の上で、僕は転びそうになっていた。下りて床に着くと踏み面は平らになるのだけど、上に上がっていくと、平らじゃなくて、ギザギザというか、のこぎりの歯のようになってしまうんだね。当然と言えば当然だけど、思いが及ばないと、驚いてしまうよね。倒れそうになったけど、大人たちは、天井の方に手が届くので、すぐに手を伸ばして倒れなくて済んだ。僕は、格好悪いけど、しゃがんでやり過ごした。
階段は天井裏に納まったが、明りがないので暗くなってしまった。僕はすぐにリヒトを唱えた。
部屋が明るくなった。5メートルぐらいの四角い部屋で、中には家具もなくガランとしていた。天井は貼られて無く、上には木製の床があった。上階の床を支える梁が見える。階段の梁のところには大きな歯車があり、鎖が下のほうに向かって伸びている。階段とは反対側の隅の天井に、四角い穴が開いていた。その下までいくと、まだ上の階があることが分かった。まぁ、天井が木製というだけで、上階があることは想像できるけどね。
「これは梯子が必要だが、ゴブリンは飛び降りたのか?」
中には埃が積もっていた。床を見ると、小さな足跡が残っていた。
「なるほど、やはり、思った通りだな。破風の小さな窓を壊して、侵入したようだな。さて、上に上るとしよう」
「え、フィリップ殿、梯子がないのに上るのか」
フィリップさんは、ニヤっと笑って、腰から丸めた紐のようなものを出した。
「うわ、ずっと使ってなかったからな・・・絡まっているよ。ちょっと待ってくれ」
「それは、いったい?」
「縄梯子だよ。投げてフックで引掛けて使うんだ」
フィリップさんは、紐の先端にある、フックをグルグル回して投げた。先端は四角い穴に入った。フィリップさんは紐を引っ張って、紐を左右に広げた。細い2本の紐だ。ところどころに左右を繋ぐように同じ太さの紐が結び付けられている。
「おお、すげ、縄梯子になった」オットー様が驚いている。
「じゃ、所有者の特権で、お先に」
そういうと、フィリップさんはスルスルと上っていって、上の口から中に入ってしまった。僕たちは、その身軽さに驚いてしまった。
フィリップさんは、上から四角い口から顔だけだして、覗いてニヤニヤしながら一言言った。
「なれないと落ちます故、注意されたし」
「お、応」オットー様がすこし躊躇しているように答えた。
オットー様が登りだしたが、前後にグラグラして、上りにくそうだ。
「いや、これはムズイ・・・」
それでも息を荒げて登っている。なんとか上の階にたどり着いた。
「ふぅ・・・縄梯子がこんなに難しいなんて・・・」
「細引きなので、安定しないのですよ。まぁ、レンジャーは、これも仕事のうちですからな。練習、修行あるのみです。さて、王子、いかがされますか」
「・・・空を飛ぶ魔法にします。多分縄梯子は無理だと思います」
「わかりました。では、避けて待ちます」
僕は、またフリーゲンを唱えて、宙に浮き、そのまま入口まで上がっていった。
「やはり、わしも魔法が使えるようになりたいな」
「オットー殿、王子のその魔法は、最高難易度の一つですぞ」
「じゃ、細引き縄梯子をつくるところからだな」
あはははと皆で笑った。
それから部屋の中を見回すと、壁の一部に四角い穴があいていて、まるで壁にかかった青い絵のようだった。
オットー様は窓のようなところに近づいて検分している。
「元々は鉄格子のようなものが嵌っていたようだが、これだろうな」
足元には網目になっている四角い窓枠のようなものが落ちているが、ひしゃげてしまっていた。
「これは、あのゴブリンが壊した感じではないな。もっと古いものだ」
フィリップさんも曲がってしまった枠部分を検分して意見を言った。
「いかにも。最上階部分とはいえ、壁自体もかなり厚みがある。そこに嵌められたものが、外から叩き破られたようだな」
部屋自体の大きさは下の階の部屋と同じくらいで、左程大きくない。破風部分にあたる壁と、その反対側の壁は三角形になっている。屋根裏部屋という感じだ。屋根の裏側が見える。一体なんのための部屋なのかわからない。
「普通、城における部屋というものは、明確に用途が決まっていて、わけのわからない部屋などは無い筈なのだが・・・家具でもあればわかるが、なにもない部屋だからな」
オットー様が首をしきりに振っている。
「おや、ここの床だが、なにかの跡がある・・・いや、床板が交換された跡か・・・いや違うな、なにかが描かれて消されたようだ」
フィリップさんは、窓台のようなところをしきりに調べている。窓台は、外にむかって勾配が付けられている。雨が吹き込んでは外に流れているような跡がついていた。
「さて、ソウルイーターを召喚したトラップは・・・このあたりではないか・・・何か痕跡でも見つけることができれば安心できるのだが・・・こうやって勾配がついていると、魔石の破片などは、外に転がって落ちてしまうだろう。ここでこうやって色々動いても、何も起きないようだ。一旦下に戻って、おかしなことが起きてないか調べようか?どう思う。オットー卿」
「うむ。謎が深まるばかりだからな。一度下に降りよう。木でもいいので、この窓は閉めておきたい。下で材料を探そう」
僕らは下に降りていった。家臣の居住区には、階段の横のレバーを下げると階段が下りていき、降りることができた。
下では捜索が中断されていて、各自めいめいに休んでいた。
「オットー様、お腹空きましたぁ」
さすがクラウディアさん、このタイミングでこの空気で遠慮なく言えるのっていいね。
「そうだな。特に変化がないようなら、一旦エーデルヴァイスの丘に戻ろう。アグネス様がソーセージパンを沢山作ったらしいからな。食事にしよう」
全員から歓喜の声が上がった。
「おいおい、エールはあるのか?」
「仕事が終わるまではお預けだ」
「神父様、そりゃないぞ・・・」
それから皆が急いで中庭に下りて、兵士さん達と合流して、秘密階段を通って、エーデルヴァイスの丘まで歩いていった。速足でね。
「クラウディア、なんだそれ」
アレクシスさんが変なものを見るような目でクラウディアの背中の丸い太い長い棒状のものをみている。
「えへへ、これね、毛布なんだよ。あそこのベッドにあったんだ」
「・・・なに?気持ち悪くないのか?」
アレクシスさんは、信じられないといったような顔をしている。
「平気だよ。時間が経ってもまだふわふわだし、虫にも食べられてないんだよ。しかも死体があったわけじゃないし。臭いもしないよ」
「あれ、そっちも毛布かよ。アポロニア、毛布が歩いているみたいだぞ」
アポロニアさんは、四角く畳んで体の前に抱えている。
「うるさいわね。いいでしょ」アポロニアが間接的に身体が小さいことをからかわれたので、少しむっとしている。
「うは、怖いこわい。ちょっと触らせろよ」
アレクシスさんは気になったようだった。二人は声を揃えて
「ダメ―」と言った。
「なんか不思議な織物だな・・・防虫成分でも織り込んでいるのだろうか」
ブルーノ神父様が近寄ってみている。
「なんかベッドに使われている木とかに秘密があるようですよ」
アポロニアさんが答えている。
「固定化の魔法か?すこし調べたほうがいいぞ。フィリップ殿に調べてもらいなさい」
「神父様は心配性ですね」
「いや、あそこの城には、色々な秘密が隠されているようだ。まだ、私達の知らないことがあるやもしれん」真剣な顔だ。アポロニアさんは少し心配になったようだ。
「わかりました」
そんな話をしているうちに、丘についた。盾を地面に立てた弓兵達が、隠れていた盾の影から出てきた。アグネスさんとシャルロッテ様が、馬車の中から出てきた。
「おかえりなさい」二人で声を揃えて言ってくれる。
「ソーセージパン、ご馳走になります」オットー様がアグネス様に言った。それから、交替で、馬車の中でソーセージパンをご馳走になった。とてもお腹が空いていたので、一人一個では足りなかったけど。
でも美味しかった。ソーセージパンは、ライ麦パンに切り込みを入れて、茹でたソーセージと野菜をはさみ、ソースがかけてあるだけだ。切れ込みが、綺麗なものと、ギザギザなものがあったので、きっとギザギザの下手なのが、シャルロッテ様が作ったのではないかと皆言っていた。ライ麦パンは硬いのだけど、ソースがかかって丁度いい柔らかさになっていた。バスケットの中のパンはすごい勢いで無くなっていく。
「貴族のお嬢様が作ってくれたものなんて、食べる機会ないのだから、大事に食べようぜ」アレクシスさんが盾職の二人に話かけている。
食べ終わった僕は、アグネスさんとシャルロッテ様にお礼をいった。ロッテ様はなんか嬉しそうだった。ギザギザのことは見なかったことにしよう。これを指摘すると、殺されそうだから・・・
馬車の回りには、戻ってきた兵士さん達も盾を地面に立てて、その後ろに座っている。コンラートさん達の盾がすごく大きいので、僕は、二人の後ろに座って休憩した。この丘は開けている台地だが、周囲に森山があるので、弓に狙われる可能性があるそうだ。確かにゴブリンは弓を使うからね。要注意だ。
馬車の中では、最後になった、砦の要職の3人が食べるところだった。僕が座っているところから食べているのが丸見えだ。
「いただきます」そう言ったかと思うと、レオン様は一口で食べてしまった。
アグネスさんが笑って言った。
「まだ、ありますよ。レオン卿。あと、これもどうぞ」
アグネスさんは、ソーセージパンをもう一つ渡し、陶器でできたジョッキに入った飲み物も渡した。
レオン様は、パンを二口で食べ、ジョッキの飲み物をグイっとあおった。
「おや、これは美味いエールだ。もしかして、塩砦の?」
「はい、魔物の奴隷だった人達の作ったものです。つまり、レオン卿のエールです」
「アグネス様は甘いのだから・・・ま、それぐらいじゃ酔っぱらわないだろうからいいか。でも、それ以上はやめてくれよな」ブルーノ神父様が笑いながら言った。
「いや、レオン卿は、お酒を飲んだほうが、強いって、お父様がいっていたので。ね、ロッテ?」アグネスさんはロッテ様に話を振った。
「はい、よくそのお話をききます」
レオン様は思い当たる節があるようで、すこし困った顔をしている。多分、お酒で失敗した話なんだろうと、あたりを付けたけど。
オットー様は、知っているようで、ニヤニヤしながらやり取りを面白そうに見ていた。なんか、ピクニックみたいだね。僕は何となく幸せを感じ、それを噛みしめていた。
いかがでしたか。
次の話は、夜に投稿したいと思っています。
よろしくお願いします。