第71節 街道の探索と戦闘 その17
いよいよ、探索へむけて砦を出発します。
周囲が明るくなってきて、夜が明けそうになったので、僕は集合場所に行った。
もう皆集まっているよ。早起きしすぎたかな。なんだか急に眠くなってきた・・・馬車でこっそり寝るかな。
第2門の前には、2頭で引く兵員輸送用の馬車が1台置いてあって、既に兵士さん達が乗り込んでいた。ギューギューみたい。幌がついていて、中に向かい合わせの椅子が設置されている。座れる人はいいけど、立っている人もいる。中を覗いたら、幌の内側に木の板が張り付いていて、その木の間に角材が渡されている。それを掴んでいるようだ。あとで聞いたら、幌の内側の木の板は、矢よけなんだって。そうか、幌だと射貫かれたら終わりだものね。見えないから避けられないし。
僕らはいつも乗っている戦闘馬車に乗りこんだ。他には、オットー様達が騎馬で参加している。
あれ、アグネス様がいるよ。シャルロッテ様も仔馬に乗っている。すごいな。勢ぞろいだ。ロッテ様は緊張しているようで、しきりに鎖帷子や部分鎧をいじっていた。ヘルメットも被っている。すごいな、小さいサイズだから、作ったんだね。やはり貴族の令嬢は違うね。
それから、すぐに出発となった。今日は訓示がないのか。僕は馬車の床に座って、壁にもたれかかった。揺れが酷いけど、うとうとしているうちに、車列が止まった。あれ、もうエーデルヴァイスの丘だよ。しまった。ねむっちゃったんだ。
「使徒様、起きた? ずっと寝てたわよ。昨日寝れなかったの?」
クラウディアさんが、ニコニコしながら僕の顔を覗いている。
「ごめんなさい。皆警戒して起きているのに」
「うふふ、いいのよ。魔物なんか一匹もでないから。だって、使徒様の垂れ流し神聖結界が
あるから、めっちゃ強い魔物以外は出てこれないって聴いてるもん。寝ている方が垂れ流し量が多いようだってブルーノ神父様が言ってたよ」
うーん、垂れ流しって、言い方が綺麗じゃないよね。でも、垂れ流ししないように、訓練しようとしているんだけどね。まぁでも、寝ているほうが役に立っているなら本望かな。
全員が、馬や馬車から下りて、整列した。兵士さん達は20人ぐらい居る。僕は縦一列に並んだカールさん達の一番後ろに立った。皆、表情が真剣だ。緊張感が丘の上に広がった。
砦守備隊の隊長、騎士オットー様が皆を見回してから話し始めた。
「諸君、これから作戦を開始する。
まず、アグネス様隊は、この場に残り、馬車の軽微と退路の確保を行う。いつ、緊急退避となってもおかしくないので、気を抜くことなく待機し続けてほしい。また、この場所はつい最近、魔物同士の争いで戦場となったばかりなので、襲撃に注意すること。基本的に開けているので、弓兵5人を主として馬車周りに配置する。飛来する矢や槍にも注意すること。馬車を背にし、盾を立てた体制とすること。アグネス様のご指示に従うこと」
フィリップさんが、オットー様の隣で、アグネス様の隣に並んでいるシャルロッテ様を見て、目を細めていた。なんか嬉しそうというか、誇らしげな感じの表情をしている。
「オットー卿、シャルロッテ様は初陣ですぞ」
オットー様は、大きく頷いて、シャルロッテ様に微笑んだ。
「シャルロッテ様、初陣おめでとうございます。できれば、山城までご一緒したかったのですが、貴女はアグネス様の従者故、アグネス部隊の補佐をお願いします」
ロッテ様は、きりっとした表情で、答えた。
「ありがとう存じます。立派に勤めます」
オットー様は、頷くと、緩んだ表情を引き締め、続けた。
「次に検問所跡地だが、警備兵は置かないこととした。単独や少人数で通る時には、充分注意すること。特に、まだわからない仕掛けがある可能性があるので、下手にいろんなものに触らぬようにしてくれ。それでは、残りの者は、私と共に進軍する」
僕らはそのままオットー様にくっついて歩いていった。一応正規軍ではない僕たちは、殿だ。
エーデルヴァイスの丘の終わり部分から街道に入っていく。周囲の山はすでに秋の気配を感じさせる。街道を歩くとひんやりとした風が吹き下ろしてくる。すぐに目的地についた。
検問所というか番所というか、止まらずに中にどんどん入っていく。一列になって、例の暖炉のあるところを通り、僕らは中庭にまで登っていった。皆意外と驚かないのは、暖炉が動かないし、既に開けっ放しだからかな。あとで聴くところによると、既に全員に見取り図で解説済みだったらしい。
中庭にでる、出口のところで、オットー様が振り返り、話始めた。狭いので、僕たちはまだ階段の途中に立ったままだ。
「よいか、中庭に出たら、まず、左の塔の確認を行う。索敵により敵がいなければ、そこに前もって指示した二人が待機する。二人の兵士が頷いている。そうか彼らが当番ね。
次は、中庭に落ちている、骸骨を拾い集める。拾い集めた骨は、左の塔の地下に投げ入れる。これは、ネクロマンサーや死霊使いが骸骨を操れないようにするためだ。担当には袋を渡しているので、二人一組で槍をつかって担架を作って運んでほしい。合図が出たら、すぐに取り掛かってくれ。あと、骸骨が動きだしでもしたら、すぐに知らせるように。盾は背中に携帯し、いつでも抜刀できるようにすること。
それが終わったら、私と傭兵団で、庭の中央を調査する。この瞬間が一番危険だ。声を掛けるので、槍と盾を構えて城壁を背に、密集陣形を組むこと。
では作戦を開始する。最初に祝別を神父様にお願いする。全員外にでて整列してくれ」
オットー様が、一番先に中庭にでて、周囲を確認してから、皆に出てくるように手で合図した。全員が城壁を背に並ぶと、神父様が聖水を撒いて、祝別した。アポロニアさんが神父様の背中に隠れて、補助魔法を掛けた。いや隠れたんじゃなくて、背が低いだけだった。
オットー様とブルーノ神父様が先程の二人を連れて、城壁に上り、通路を歩いて左の塔に上っていったがすぐに神父様と一緒に出てきた。
「塔の屋上まで敵はいなかった。今、中に残った二人は床の地下室の蓋を開けている。これから骸骨を処理するが、くれぐれも地下室に落ちないように。あと・・・170年前に無念の死を遂げた同胞のゲルマン人に敬意を。部族は違うが、同じゲルマン人だ。あんまり雑に扱うなよ。あと、一人、そうだな、お前、地下からの扉の前で階段のほうを警戒してくれ。盾を構えて抜刀しておけよ」
「応」
そうか、彼らもゲルマン人なんだよね。ゲルマン人の部族って結構沢山あるし、昔は部族間の戦いも多かったらしいしね。かくいうザクセン族も、フランク族との戦いで何千人も殺されているらしいし。フィリップさんの仮説通りなら、僕はリウドルフィング家の人間だ。つまり、ザクセン族だよ。一度はザクセン族も皇帝になったのだけどね。とにかく、悪魔との戦いに、何族とか言ってられないんだ。人間対悪魔なんだからね。
そんなことを考えながらぼーっとしてたら、大きな袋と槍で、急ごしらえの担架を作った兵士さん達が、中庭の中央に向かって歩き始めたところだった。
ブルーノ神父様は、先頭に立って聖水を撒きながら進んでいく。そして兵士さん達が、外側に斃れている骸骨から順に担架に乗せて、塔に向かってどんどん運んでいった。
骸骨って不思議とバラバラにならないものだね。まぁ、首がゴロンととれちゃうのは多いみたいだけど、鎖帷子とサーコートで包まれているような状態だからかな。でも、鎖帷子は錆びて殆どなくなっているようだ。動き出しそうで怖いよ。
「結構な数だな。何人いたのだろう」ブルーノ神父様がオットー様に話しかけた。
「そうなのだ。他の城から逃れてきて合流したのではないかと思ったのだが・・・」
「食料の確保が大変だったろう。また冬をここでは越せなかったではないか」
「いずれにせよ、崖っぷちだったわけだな」
「明日は我が身だよ・・・オットー卿、わしらもあまり変わらぬよ・・・」
「確かに・・・」
二人は話しながら中央に歩いていった。フィリップ様とレオン様はすこし離れて、盾を構えた傭兵団の二人の左右に陣取っている。盾職の二人の後ろには、いつものカールさんとアレクシスさんが並んで、すこし後ろにクラウディアさん、アポロニアさんが居る。いわゆる密集陣形を取ってじりじりと進んでいるわけだ。
「さて、このあたりかな? この魔物の死体の下を掘ってみることとしよう」
オットー様は、魔物の死体を足で横にどけた。羽がある魔物だったようだ。
「鳥のような骨だな、しかし、身体はゴブリンのような骨格だ。子供ぐらいの身長だ」
そう言ったあと、短剣を出して、地面を慎重にゆっくりとさしていった。3回めぐらいで、手ごたえがあったようだ。オットー様は更に慎重に地面をほじくり返しだした。
上からブルーノ様が覗いている。
「オットー卿、手では触るなよ」
「うむ。・・・流石に怖くて触れぬよ。石だな。使徒殿の仰る通りだった」
オットー様は、赤い宝石のような石を地面からそおっと短剣の上に載せるようにして取りだした。検分したオットー様とブルーノ神父様が話し始めた。
「これは・・・この結晶のタイプは・・・色といい・・・」
「アーデルハイトの指輪の石と同じではないか?」
「そうなると、この石の側にいないと、転移門は発動しないのだよな」
「この魔物が飛んできて、ここに降りたち、転移門を発動させたわけか」
「しかし、厄介な石が出てきてしまったな。草木が生えないから、てっきり瘴気を出すような魔石が出てくるかと思ったが・・・まぁこのあたりは寒いからもともと草なぞ生えないがのう」
フィリップさんが、つかつかと近寄っていった。
「ああ、これは、凄いものを見つけてしまったな・・・想定外だったよ」
「フィリップ殿、どうする?」オットー様が尋ねた。
「やつらも、よくこんな高価な宝石を使い捨てにしたな。皇帝に知られないようにしないとな。欲しがるぞ。ローマ皇帝の冠に相応しい宝石だからな。
転移門を作ることができるのだから、2個あるのなら、城塞都市と塩砦を結びたいがな。いつでも行き来できるぞ。
まぁ、発見したのは卿だから、わしは特になんも言わん」
「あはは、それなら、わしは発見したが、ここに埋まっているといったのは、使徒殿だ。
使徒殿ならザクセン朝の王子だし、本来なら皇帝陛下になっていたのだから、この宝石に相応しい方だ。
わしは献上させていただきたく存じます」と言って僕をみてニヤっと笑った。
「まぁ、とりあえず呪いなどの検分をしてからだな。念の為だが・・・」
「よし、じゃ、錬金術師フィリップ殿、お預けいたそう」
「ちょ、ちょっとまて、魔封じの革袋を出すので・・・」
フィリップさんが慌てているのは見たことがないから、すこし面白かった。なにか革袋のようなものをだして、その口を広げた。オットー様が短剣の腹から赤い宝石を袋の中にポトリと落とした。
「この宝石は、かすかに力を出しているようだ。ここの土地に秘密があるかもしれない。かなり慎重に扱わないと危険かもしれんぞ・・・」
・・・あの、なんだか勝手に決めてますよね・・・僕は、自分が言ったとおりに石が埋まっていてほっとしたのだけど、まさか、宝石が、しかも皇帝陛下が欲しがるような高価な宝石が出てくるとは思っていなかった。
これ、かなり危険な状態じゃないのかな。みんな厄介払いしたくて、僕に押し付けていない?いや、皇帝陛下が欲しがったらあげちゃうから・・・ていうか、そんなもの持って歩くの無理。
「オットー様、遺体の移動が終わりました」
「おう、すまぬな。次はあの右の塔の最上階で斃れた戦士達を回収してくれ」
「はい」
兵士さん達は次の塔に向かった。
オットー様は作業している兵士を除いて、全員を集合させた。
「いよいよ、核心部分に入る。まずは、見つかった新しい魔物の死体の付近から行こう。
諸君らが調べているうちに、わしが見張りをし、魔物が近づいたら撃退する。
とにかく固まって、一人になることがないようにしたい。
そして、遺体処理班は、すこし交替しながら休憩してくれ。休憩は、中庭に上がってきた階段の扉の内側で行うこと。危険を感じたらすぐに階段で下に逃げてほしい。
さて、突入班は覚悟を決めてくれ。さあ、行こう」
僕らは、昨日撤退したルートを逆に進んだ。オットー様が、レオン様の道案内で、聖剣を抜刀したまま、先導してくれた。聖剣は、ビリビリと振動しながら光を放っている。
家臣の居住区までは正門の上の階段を上がってすぐだ。というかもう道を覚えたよ。
中に入ると、昨日と同じように、2段ベッドとチェストが並んでいる。
チェストは意外と粗末だった。これなら僕のチェストのほうがいいかもな。
家臣居住区の一番奥に例のゴブリンのミイラがあった。入口は、オットー様がブロックしているので安心していられる。
「やはり、ここに仕掛けられているような感じはないな・・・どこかでトラップを発動させて、それに気づかぬまま遺品を漁っていて、気づいた時には後ろにソウルイーターがいたといったところだろう」フィリップさんがそう呟いた。
怖い物見たさというのは理解できるけど、アポロニアさんとクラウディアさんは、ミイラを囲んで、どこからか見つけてきた棒でつついて、キャーキャー言っている。怖いとか言ってる割に、嬉しそうなんですけど。どうして女子はこういう時に、こういう風に盛り上げれるのかわからないよ。僕なんか怖くて見てられない。目を見開いて、虚空を睨んでいるんだよ。苦悶の表情というのはこれです!みたいな枯れ木を刻んだような顔だ。夢に出ないといいな。
二人は、ブルーノ神父様にガミガミ怒られた。オットー様が次に進もうと一同を促したので、説教はそこまでになった。二人はほっとしていた。
居住区から、階段を降り、オットー様を先頭に、例の大広間に繋がる廊下に入っていった。廊下を抜けると、大広間の上をバルコニーのように見下ろす廊下に繋がる。この廊下の突き当たりに階段があり、大広間に降りるようになっている。
この大広間以降は探索できていない。前回は下の中庭の入り口からここに入り、階段を上り、今来たルートに進んだだけだった。
オットー様が振り返り、一人一人に言い聞かすように言った。
「さて、いよいよだ。気を引き締めていこう。気を付けないと命を落とすぞ」
次話では、未探索エリアに侵入します。
今日の夜には投稿できそうです。
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