第18節 大聖堂地下、司教聖座の秘密 1
ドミニク神父様、興奮してます。
謎とか大好きですからね。
またドミニク視線です。長かったので、2話に分けます。
ドミニク視点です。
次の日、3時課のあと、カテドラルにいるベルンハルトのところへお邪魔した。朝から気分はもうウキウキだ。まず、古文書とやらが楽しみだし、結界とやらも非常に楽しみだ。
カテドラルの外から入る地下室に彼の部屋はある。
「ベルンハルト殿」
なんだか、身分社会は難しい。様付とするか殿付とするか随分迷ったのだ。
ベルンハルトは下級聖職者であり、私は上級聖職者の下っ端だ。当然私のほうが上だし、ベルンハルトは十字軍に参加した騎士だったらしいから、家柄もいわゆる小さな封建領主以上ではあるだろう。公爵一門の私のほうが上かもしれないが、私にとっての価値基準は、人間の中身だ。
時々修道院で無くなる真際に保護することがある、死にかけの貧民で、何も持たないご老人が・・・まぁ職業は乞食だが・・・もう、頭を下げたくなるような聖性の持ち主だったりする。
知性も教養もある修道士が生涯をかけて得るような内面の聖性を、彼ら貧民は肉体的にも精神的にも厳しい生活を強いられながらも、珠玉のように磨き上げて持っていることに驚くのだ。
我々は何も持たずに生まれ、死ぬときも、何も持っていくことができない。もっていけるのは、魂だけだ。この魂が磨かれた人に、私は惹かれる。そして神は、その魂の重さを量るのだ。誠に尊く聖性の源ある神が目に留められるのはまさにその聖性だ。
ベルンハルトや、エリアスなどは、そんな人、聖性リッチな感じなのだよね。なんか頭上がんないです・・・
「おお、これはこれはドミニク神父様。ようこそおいでくださいました。早速ですが、ちょっとご同行いただけますか」
「はい、よろこんで」
ベルンハルトは、部屋を出る前に、奥の壁のくぼみに設置されている石像の頭を触った。像は大理石造りだが、首が回転した。すぐに首は戻ったが、驚いてみていると、ベルンハルトが行きましょうと合図する。
私は言われるまま、彼の後をついて部屋を出て、地下から出た。
ベルンハルトはどんどん歩き、カテドラルの扉の中へ入っていった。身廊の脇を壁にそって通りぬけ、内廊へ向かう。身廊は信徒の座る席があるところで、内廊は、聖職者などが座る席だ。そのまま奥まですすむと、司教聖座だ。その前の床で、ベルンハルトは、周囲を見渡し、だれもいないことを確認してから、床に片膝をたてて座り、なにかの仕草をした。大理石の羽目板がすこし沈み、すぐに戻った。そして内廊へ戻って右翼廊の先に設けられた礼拝堂に入っていった。小さな祭壇がある。通常は壁にぴったりつくように設けられているが、ここの祭壇はすこし離れている。その祭壇の裏側にベルンハルトは消えていった。
思わず、周囲を見渡してから、私は後に続いて祭壇の後ろへ体を滑り込ませた。意外と幅がある。祭壇の裏側は扉があり、内側にあけ放たれている。そこに地下へと続く階段があった。ベルンハルトはもう姿が見えない。私は追いかけて階段を下った。
しかし、こんな仕掛けがあるとは・・・私は公爵家の城にある礼拝堂で当時の司教様から洗礼を受けた。戴冠式だとか、大きなイベントだとカテドラルにくるが、通例はその礼拝堂ばかりだったので、あまりカテドラルの中は詳しくない。
石造りの階段は大抵すり減ってしまうものだが、ここの階段はできたばかりのようだ。まったくすり減ってない。滑らないように注意して40段ぐらい下ると、廊下になっており、そこにベルンハルトが待っていた。
「いや~驚きました。まさかこんなところがあるなんて・・・」
「あはは、ドミニク神父様、ここにはまだほかに地下道があることはご存知じゃありませんか?」
「ああ、それは口外できませぬ・・・ていうかご存知なんですよね」
「いや~存じませんよ・・・」笑っている。
「神父様、この街は、ものすごい高度な技術で設計されているようです。地下道の図面が残されていたので、見てしまったなんて言えません・・・あははは、この先に保管されている古文書の中に図面があるんですよ。また修道院から恐ろしい速さで侯爵様のところまで駆けつけた、昨日の神父様のことからも類推はたやすいですが・・・」
ベルンハルトはにやにやしてる。このおやじ、憎めない曲者だ。なんか惹かれる。
「なるほど。確かにそうですね。ベルンハルト殿には勝てませぬ。ともかく、早く見せてくださいませ」
「かしこまりました。こちらへ」
ベルンハルトは先を歩いていった。すぐに行き止まりになり、木の扉があった。扉にカギがかかっているが、ベルンハルトがカギを出して開ける。
「不思議なのですが、この鍵は私の部屋のカギと同じなのです」
中に入ると5メートル四方の部屋で、奥の壁に接して大理石の豪華な棺が設置されてあり、その上に彫刻の人型が寝ている。部屋の四隅にライトウェル(明り取りのような煙突)があり、ほんのりと明るくなっている。近寄って見てみると、像の人物は。ベルンハルトの部屋の像と同じだ。しかもレリーフではなく、そのまま棺桶の上に人の形で置かれているようだ。大きさは実物大といったところか。ゲルマン人の平均的な身長っぽい。同じゲルマン系の民族でも、北にいくほど体が大きくなるのだが僧服らしき服をまとった石造の人は、ザクセン人のような気がした。
「これは先程の像の方と同じですね。一体、どなたでしょうか?」私が尋ねた。
「初代司教様だとか、あちらの世界の賢者様だとか・・・。私の部屋で、このレプリカのような小さい像をご覧になったでしょう?どうやらここと連動しているらしいのです」
ベルンハルトは棺桶の蓋をぐいっと押した。大理石の蓋は、上に重そうな像があるのにも関わらず、滑るようにスライドした。そこの中にはまた階段があった。
今日は、興奮して頭がおかしくなりそうだ・・・すごい、すごいぞ。
興奮していると、ベルンハルトがニコニコしながら言った。
「面白いでしょう?怖ろしくもありますが・・・さあ、参りましょう」
「あ、ちょっと待ってください。ここの存在は、司教様はご存じなのですか?そして、私が入ってもよろしいのでしょうか」
一番気になることを確認しておきたかった。私も修道司祭の端くれだ。目上に逆らうとか、司教様の認可外のことはしたくない。私の魂のためにも。
「もちろんです。司教様からご許可は頂いております。私は、ここへの道を、司教様に教えていただきました。この地下室のことは、司教様しかご存知なく、侯爵様でさえご存知ないそうです」
「それは・・・司教様がご許可を下さったはいえ、本当に私が知ってもいいことなのでしょうか」
「むしろ私より、ドミニク神父様が知るべきでしょう。領主一族であり、次期司教に任命される可能性が高いですからね」
「え、初耳です。そんな恐れ多いことが・・・」
ま、実際のところ、世俗の権力との調整は、教皇庁にとって、死活問題でもある。叙任権闘争などは、どろどろとした、聖と俗、二つのせめぎあいだ。バルバロッサ様のように、イタリア支配を狙うとどうしてもパパ様との軋轢が生じるわけで・・・
「まぁ下りてからお話ししましょうか」
さて、秘密の地下室の下に、さらに地下室がありました。
秘密って、知らないほうがいい場合もありますよね。