第71節 街道の探索と戦闘 その10
僕が夢を見ている間、外では変なことが起きていたんだ。
なんだか嫌な予感がするよ。
僕は寝るときは、裸だ。ていうか、皆そうだよね。嫌な夢だったけど、すごくリアルだったな。とにかく全身汗でぬるぬるしていて気持ち悪い。僕は枕元に置いていた下着を取ろうと手を伸ばした。あれ、ない。枕には猫ロッテは居なかったけど、僕のパンツもない。
すこし同様したけど、ここは僕の部屋だから、裸でベッドの外にでても大丈夫だ。しかし、困ったな。下着は2枚しかないんだ。僕は、部屋干ししていたパンツを取って、履き、上着を着た。
その時、ドアを誰かがけたたましくノックした。この激しい叩きかたは、アーデルハイトだろうな・・・どうしたんだろう。怒ってるのかな・・・嫌だな。
「ちょっと待って・・・今開けます」
僕はドアまで歩いて、扉の鍵を外し、ドアを開けた。やはりアーデルハイトだった。やはり怒っている。嫌な朝になったな。夢も酷かったけど、最悪な日になりそうだよ。
とにかく、こういう時は、彼女の観察だ。えっと、怒っているのは分った。他は、僕は彼女の顔から下に視線を落としていった。なんか木の枝みたいのを、持っているな。
木の枝の先には、あ、僕のパンツじゃないか・・・なんで?パンツを見つめる僕の視線を捕らえてアーデルハイトは言った。
「やはり、犯人はあなたね。その驚きの顔でわかるわ。どうして私の部屋にこんな汚いのを置くのよ」
「ちょっと待って、僕は、昨日の夜、枕元に置いたんだよ。それが朝にはなくなっていたんだよ」
「ちょっと待って、その言い方だと、私があなたのパンツを盗んだみたいじゃないのよ」
「いや、そんなつもりじゃないよ。冷静に考えようよ・・・アーデルハイト、部屋の鍵はどうだった?今朝、起きた時だよ」
「かかってたわ。でも、私が起きたら、私の枕に、これがあったのよ。私はこれに頬ずりしてたのよ。酷すぎない?あなたのことだから、魔法でも使ったんでしょう?やっぱり、使徒様じゃなくて、変態君がお似合いよ。なんで私の顔があなたのパンツで・・・」
まいったな・・・取り付く島もないとはこのことだよ。まだ文句言ってる。もう聞き流すことにした。左の耳から右の耳にね。雪崩のような言葉が納まったところを見計らって、話をしようっと。
「アーデルハイト、申し訳ないです。皆僕が悪いんだと思う。わざとやってないけど、今朝変な夢を見て、夢の中で魔法を唱えていたから、可能性がないわけではないと思う」
「ま、いいわ。返すから受け取って」
アーデルハイトは、汚いものを渡すように、木の枝で挟んだ僕のパンツを僕の目の前に突き出して言った。
「あなたのパンツ、すごく変な匂いがするわ。洗ったほうがいいと思う。ていうか、あー気持ち悪い。早く受け取ってよ。これから顔を洗いにいくんだから」
僕は、パンツを受け取った。情けない気持ちでいっぱいだよ。
「木の枝も引き取ってね」
僕は木の枝ももらった。とんだ災難だ。
「じゃ。このことは秘密よ。誰にも話さないでよ」
「う、うん」
アーデルハイトは、扉を閉めて帰っていった。こんな時に猫ちゃんがいてくれるといいのだけど、どこにいったんだろう。誰かに慰めてほしい気持ちでいっぱいだ。でも・・・僕は考えた。
うん。そりゃそうだよね。人聞き悪いもん。誰かに聴かれなくてよかったよ。完全に変態君だ。
しかし、理不尽だよ。あんまりだ。よくよく考えると頭にくるな・・・でも事実はひっくり返せない。僕はパンツを手にもったまま、やり場のない怒りと、情けない気持ちに苛まれ、しばらく立っていた・・・
あ、でも今日は、また、山城に探索にいくんだったよ。気を取り直して用意しよう。しかし、変な匂いって言い方はないよな・・・僕は少し気になって、自分のパンツの匂いを嗅いでみた。
・・・うわ、臭いよ。なんだ、この匂いは・・・獣のような匂いだよ。あと、よだれのような匂いもする。最悪だ。落ち込んじゃうよ・・・そうか、アーデルハイトは、朝起きたら枕の上にこれがあって、この匂いを嗅がされていたのか・・・
僕は笑いだしていた。悪いことしたけど、いや僕がやったんじゃないよ・・・でも愉快だ。僕はアーデルハイトに同情した。それから、僕は、昨日の夜、仕込んでおいた、フィリップさんとの食事会の残りご飯を出してきて食べた。
食べ終わったときには、気分転換できていた。しかし、夢の内容が気になっていた。まさか正夢で、今日、山城であんなことが起こるのだろうか。
いや、そんなことはないよね。あれは、この世ではなかったと感じる。恐らく地獄に行くなんて聞いたから、それであんな夢を見たんだろう。
僕は、部屋を出て、第2門に歩いていった。今日は朝からアーデルハイトの襲撃で、遅くなっちゃったからなぁ・・・みんなを待たせていないといいのだけど。
第2門に着くと、もう出発する間際のようだった。全員が揃っているようだ。まずいな。怒られなきゃいいけど。
今日、オットー様が行かない代わりにレオン様がいくと聴いていたけど、あれ、居ない。
今朝なにかトラブルがあって、例の三人が、砦の外に出かけているらしい。それで、出発できない状態だと、馬車に乗りこむ時に、クラウディアさんに教えてもらった。皆僕が遅れてきたことなんか気にしてないようだ。よかった。
フィリップさんとカールさんが会話している。僕は聞き耳を立てた。
「今朝の雷はすごかったですね。バリバリという音で目が覚めましたよ」
「うむ。ワシもだよ。砦の守備兵のところまで走っていってしまったよ」
「え、裸でですか?」
「いやいや、もう起きてきたからな・・・裸じゃないぞ」
「これは失礼しました。兵士は見たんですかね?」
「見たそうだ。雷の様子を砦の南城壁の兵士達が教えてくれたよ」
カールさんは、好奇の目でフィリップさんを見た。続きが聴きたいようだ。
「なんでも、滝のように雷が降ったらしい。それで、平原の木に落ちたせいで火事がおきたとかだ。とにかく尋常じゃなかったということで、オットー卿らが検分にいったのだよ」
「なるほど。凄い雷鳴でしたものね。いや、見たかったな」
フィリップさんは、前かがみになって、カールさんの顔を覗き込んだ。
「不思議なことはそれだけじゃなかったんだがな・・・」
カールさんは、えっ?て顔をした。他の皆もフィリップさんの顔を見た。
「おいおい、すごい好奇心だな。大したことじゃないのだが、不思議なことが起こったそうだ」
「・・・フィリップ様、生殺しは勘弁してください。教えてくださいよ」
「あははは、ごめんごめん。オットー卿が報告を受けたのだが、他の城壁に居た兵士達も証言したそうだが、雷が落ちる前に、兵士達の体が緑色に光ったそうだ。それに、持っていた槍が赤く不思議な光を放っていたとか。皆経験したことがない事だったらしい。確かに、ワシが砦の南城壁で会ったた兵士も緑っぽかったよ。
・・・武器までは見てなかったんだが、なんか身体が光っていたように感じたのだ。
オットー卿は雷の影響かもしれないとか言っていたが、そんなことは聴いたことないからな。なにか悪いことの前触れでなければいいのだが」
「・・・これから出かけるのに、なんか嫌な話ですね」カールさんが、不安そうな顔をした。
それから暫く皆黙っていた。
僕は、今朝の夢を思い出していた。確か、祝福の魔法とか、雷の魔法を僕が唱えていたよな。ということは、なにか現実に起きたことが、僕の夢の中までに影響を与えたということか・・・不思議だ。
城壁の兵士の一人が叫んだ。
「オットー様3名、帰還です。開門」
新しくできた門が、開いていった。最近、第2門は、開け放している。開けてないと、北城壁の北側にできた新しいエリアにいけないからね。オットー様が砦に入ってきた。馬車までくると、オットー様が下馬して、こっちに歩いてくる。フィリップ様も馬車から下り、その場に立って待っている。
「オットー卿、どうだった?」
「単なる落雷だったようだが、尋常ではない量だったようだ。木が何本も燃えていた。雷が落ちた木は、みんな裂けてしまっていたし、すごい威力だったようだな。傍に誰も人がいなくてよかったよ」
「なるほど、では、魔物とかの仕業でもないようですな」
「・・・まぁ、私が見る限りでは、魔物が関わっているような痕跡を見つけることができなかったので、自然現象だったのだろう」
「不思議なことがあるものですな。過去の文献でも、そのような記述は読んだことがない。なにかの前触れでないといいのだが」
フィリップさんは、すこし怪訝な顔をしていたが、すぐに元の表情に戻って言葉を続けた。
「まぁ、兵士達の身体が光ったとか、武器が赤みと熱を帯びたというのは、雷が発生するような空気の状況だったからもしれんし・・・経験のないことだが」
「砦に被害がなかったから、気にしないほうがいいのかもしれない・・・」
オットー様は、自分に言い聞かせるように呟いて、砦に帰っていった。従者が走ってきて、馬を引いていった。
そして、予定通り、レオン様が、外出準備をするのを待って、山城に出かけることになった。
メンバーは、レオン様、フィリップさん、カールさん達空飛ぶザクセン人の傭兵団6名だ。
いかがでしたか。
謎ですね。パンツの瞬間移動でもあったのでしょうか。
12世紀は、寝るときは裸だったそうです。