第71節 街道の探索と戦闘 その7
いよいよ、砦の城館に入っていきます。
なにも出ないことを祈るしかないです。
オットー様は、また、城壁の上を歩き出したが、城館に入る手前で階段があったので、中庭に降りてきた。
「フィリップ殿、城館に入るなら、全員でまとまって入った方がいいだろう」
「うむ。私も同感だ」
「城壁から館に入るよりは、そこの中庭にある扉から入った方がいいように思う」
城壁の上からも、館への入り口はあるし、ドアも壊れて開いている。中庭に面した城館のドアも壊れて開いているので、どっちからでもいいのだろうけど、単独で入るよりは、団体行動の方が安全だよね。
僕等は、城館の壊れて開いているドアから中に入ることにした。入る前に、フィリップさんが中庭を見回して、言った。
「なんか違和感を感じていたのですが、この中庭に面する城壁には入口や出口がないですな」
「恐らく、城館に、外部との通路があったのでしょう。中庭は、兵士の訓練だとかにしか使われなかったとかでは」フィリップさんは、オットー様の意見に頷いた。
フィリップさんは、城館を見上げていた。
「さて、オットー卿、いざ」
「応」オットー様の声は少し小さかった。まぁ、警戒しているのだろうけど、全然隠密な探索じゃなかったから、ドアを開けると魔物が待ち構えているかもね。
フィリップさんは、城館の一階のドアの前に立った。ドアは壊れて開いている。本来は内側に開くドアなのに外に半分くらいに縦に折れて出ているので、恐らく敵にこじ開けられたのだろう。フィリップさんは、お鍋の蓋みたいな金属の盾を持って、長めの片手剣を持っている。オットー様はまた、片手斧だ。
「リヒト」フィリップさんが、明かりの魔法を唱えた。そっと中に入っていく。
すぐ足元に骸骨が散乱している。
「使徒殿、何かアンチ悪魔魔法とか、かけられぬだろうか?スケルトンが動いても困る」
「・・・ハイリガ アッモスフィアラ」僕は自分で何も意識してなかったけど、何やら口を開いて呟いていた。一陣の爽やかな風が僕から周囲に広がっていき、重くくすんだ空気が、駆逐されていく。
「ヒュー。これはいいぞ」オットー様が小さく口笛を吹いた。
「流石、王子。これならスケルトンに成りそうにないな。今のは神聖魔法かな?」
「なんか爽やかな風が広がっていったぞ」
僕は答えられなかった。最近、気づいたら何かやらかしているということが多いのだ。記憶が戻らないけど、体が覚えているというやつなのだろうか。
館の中は、広間になっていた。天井が高く、奥には幅の広い階段がある。左の壁にはタペストリーだったような破れた布が下がっている。その下には高くなった段があり、中央には立派な椅子が据え付けられていた。その周りにはこれもまた骸骨が散乱している。皆、鎖帷子を着て、先が少し尖ったヘルメットをかぶっている。砕け散った盾が哀れだった。盾に描かれた紋章は、辛うじて判別できるだろうか。
「皆、ゲルマン人みたいだな。死因は色々だ。ヘルメットが叩き割られている奴もいるぞ。こっちは、鎖帷子ごと肩から斜めに体を切り裂かれたようだ。やはり敵は人間ではないな。あまり戦いたくないような奴だろう」オットー様がフィリップさんに話しかけた。
「確かに、今の私の装備では敵わないぞ。卿の聖ミカエルの剣ぐらいがないとやられちまう」
「いや、フィリップ殿、ここの守備隊に配属されなくてよかったと思わないか?まぁ170年前は生まれてなかったが」
二人は小さく笑った。あまり元気のない笑いだった。反対側の壁にはドアが2枚ある。どちらも半開きだ。
「オットー卿、2階にあがるか、左の部屋に行くか、どうする?」
「さっき、城壁の上から見たところ、左側に城門らしきものがあったので、2階に上がって左側に行くべきかと」
「了解」
今度はオットー様が先頭になり、階段を上っていく。幅の広い階段だが、あちこちに死体があるので、時々跨いで上らなければならない。もう、気分は最悪だよ。死体が僕のことを見ているような気がする。でも、骸骨には目がないから、凄く怖くはない。
そうそう、骸骨の眼窩って大きいよね。そうか、目玉って大きいんだな。僕は思わず、自分の目の周りの骨を触ってみた。あー、僕にも眼窩あるよ。当たり前だけどね。僕も死んだらこんな感じの眼窩なんだな。目玉ってやっぱり腐るんだね・・・なんだか今は死について考えたくない。こんなに圧倒的に死が周りにあると、おかしくなりそうだ。
階段を上りきると、渡り廊下のようになっていた。片側は城の壁で、片側は広間に面している。バルコニーみたいだね。そのバルコニーの手すりには、くの字に折れ曲がった死体が引っかかっている。うは、この人左足が途中で無くなってるけど。怖いな。痛かっただろうな。鳥肌が立ってきたよ。
バルコニーみたいな渡り廊下は、そのままタペストリーが掛かっていた壁に開いているアーチのような上部を持つ、入り口の中に繋がっている。
暗くて中は見通せない。オットー様は、ゆっくりと廊下を進んでいく。オットー様が、リヒトを唱えた。フィリップさんのリヒトが届かないので、自分でも唱えたようだ。廊下の先が明るくなって、床や壁がみえた。相変わらず死体が散乱している。
「・・・結構、兵士が多い城だったようですな。後で片付けの時に数えてみますか。守備隊にしては多過ぎる感じがするし」
「卿もそう思われたのか。私も同感ですな。中庭にも結構な数の死体があったようだし、この下の広間は立て篭もったところを侵入された感があるので、遺体が集中しているのもわかるが・・・しかし、遺体が多すぎる気がしますぞ」
「他の城から逃げてきたのかもしれん。もしくは応援だったのか・・・いずれにせよ、全滅したのだな」
僕等は廊下の先に進んでいった。先の方は軽く明かりがさしてきている。明かりは、形状から、狭間のようだ。狭間は綺麗に5個並んでいる。その手前、左側には階段があった。上にあがる階段と下にさがるく階段が並んでいる。
オットー様は、狭間から外を見て、小さく言った。
「やはり、この下が正門のようだ」
狭間の手前の床には、小さな四角い穴が開いており、天井からぶら下がっている鎖がその穴の中に入っていっている。
「この鎖は、正門の扉を開く為の仕掛けだろう。錆も酷いから、動かないかもしれないな」
僕等は下の階に降りてみた。
下に降りると、鎖の巻上げ機が二つならんでいた。巻上げ機の横では、鎖帷子を着た死体が転がっている。その間には木の扉が閉まったままだった。両開きの厚い木の扉で、鉄板で補強されている。扉には四角い太い木が指し渡されている。
「敵は中庭から攻めてきたのか?フィリップ殿、扉を開けてみよう。手を貸してくだされ」
二人は協力してさし渡されている木を持ち上げようとしたが、かなり重いようで動かない。
僕は浮遊をかけてあげた。
「おお、重さが無くなった。流石ウキウキ王子。機転が利いて素敵ですぞ」
フィリップさん、その綽名、面白いかも。二人は角材を四角い金属から外し、横に置いた。角材はぷかぷか浮いたままだった。それから、扉を引っ張り出した。やはり170年は閉まったままだったからか、蝶番が錆びついて動かないようだ。
「油をささないと無理かもな」
「浮遊で扉の重さを無くしたらどうだろう」フィリップさんが僕に言った。
「じゃ、浮遊かけまーす」僕は浮遊を扉本体にかけてみた。
二人がかりで片方のドアを引っ張ると、少し動いた。前後に何度も動かしているうちに、お化け屋敷のドアのような音を立てて、ドアが開いた。
「鎖の仕掛けは吊り桟橋を上げするものだったか。
防衛の為には巻き上げたままにするはずだから、ここで死んでいる兵士はドアを開けようとしたのだな」オットー様は、想像しているようだ。
「やはり中庭から侵入されて、守備隊が壊滅しそうになったので、退路を確保しようと、まずは桟橋を下ろしたところを魔物にやられたといったところかな」フィリップさんが言った。多分そうなんだろう。
「外に出てみますか」そういうと、オットー様は歩き出した。
吊り桟橋は木が朽ちていて穴があきそうだった。桟橋の下は堀だったのだろうが、今は単なる溝だ。水を堀に引けるような場所ではない。何しろ山の上だからだ。もともと空堀だったのかも。
桟橋の向こうには、石畳が続いていた。道の左右は木々が生い茂り、道を隠している。山の尾根をしばらく進むと180度曲がり、斜面を道はすすんでいく。何回かつづら折りを繰り返すと、森の中の小さな広場にでた。行き止まりだ。フィリップさんは、おやっという表情をして、森の中を進んでいった。後についていくと、そこには道があった。
「なるほど、巧妙に隠されていたのか」
道から森を見ても、城からの道は見えない。街道と敢えて繋がないことで、道の存在を隠していたわけだ。物資の運搬が大変だったろう。馬車から積み替えないといけないだろうし。
「オットー卿、見てくれ、ほら、石畳の色が変わっているぞ。目印だったのだな」
「なるほど、確かに言われれば、色が違う。修理したようにしか見えないが」
それから、街道と思われる道を歩いて進んだ。道は段々と険しくなり左右に山が聳えるようになってきた。
「それっぽくなってきたぞ。おや、城も見える。ほら、左側の山だ」
「あ、門みたいですよ」僕もなんか嬉しくなって言った。やっと帰ってきた感じだったからだ。門の跡地に、盾を構えた、顔なじみの戦士が立ってこちらを驚いて見ている。
「ヤッホー」僕は嬉しくなって叫んでしまった。山に反射して小さなこだまが起きた。
カールさんが飛び出てきて、嬉しそうに、こちらに走ってきた。
「オットー様、フィリップ様、そして使徒殿、お帰りなさい。遅いので心配しましたよ」
「すまん。カール、上は凄いぞ。170年前のままだった。魔物に倒された兵士の死体だらけだった。まぁ、皆んな骨になってたがな」
「うわ、死霊術師はいなかったのですか?」
「うむ。幸いなことに、エーデルヴァイスの丘にいた類いの奴は居なかった」
「さて、一旦撤退するとして、暖炉を閉じてやらないとですぞ、オットー卿」
「そうでした。仕組みを調べますか」
僕等はまた壁輪の中に引っ込んだ暖炉のよこの穴を抜けて、階段を降りていった。それから暫くは謎解きで、頭の体操だった。
僕が引き下げたエル字型のフックの真下辺りに、鎖がぶら下がっていた。天井にある穴から出ているが、この先に重りがついていて、それが床にあるレバーを押しているようだ。
このレバーは横向きの大きな歯車の回転を止める仕掛けだ。歯車には大きなゼンマイのような板バネが仕掛けてあり、このバネに蓄えられた力が歯車を回すようだ。この歯車には鎖がついていて、暖炉の下にある歯車と繋がっている。暖炉は床のスリットを通じてレールの上に乗っているようだ。
暫くあちこち見ていたフィリップさんは、納得したように話し出した。
「大体の仕組みはわかったが、最初のフックにどうやって鎖を戻すかだな」
オットー様が、最初の鎖の所に歩いていって観察し始めた。
「おや、天井のこっちにも穴が開いている」
皆が見ると、オットー様は天井の穴に手を入れて鎖を引き出した。カチカチと音がして、さっきのレバーの上に落ちた重りが少しずつ上がっていく。
「ここの仕組みはわかったぞ。問題は、暖炉を元に戻すと外に出れなくなるということだな」
「オットー卿、また上に上がって同じ道で戻るしかあるまい」
「確かにそうだが、城の門を閉めなければなるまい。すると、後にも先にも行けなくなる。冬に閉鎖したとなると、誰が城を最後に出たのだろう」
「うむ、入るときはいいのだな、暖炉から入れるから。問題は最後の一人が出る時か。最悪、正門を閉めてから、縄梯子か、ロープで、外壁から降りよう」
という事で、暖炉の下にある装置を使って、バネを巻くと、少しずつ、バネに力が蓄積され、また、暖炉もジリジリと前に進み、ピタッと壁の穴にはまった。また僕等は同じように城に戻り、同じように正門の内側にたどり着いた。
「可能なら桟橋もあげるのだが、かなり腐っているからなぁ。悩ましい所だ。ずっと下されたままだったから、そのままにするか?」フィリップさんがぶつぶつ言っている。
あ、今ふと思ったけど、ロープとかないけど、どうするのかな?
「さて、じゃ、また、ぷかぷか王子、浮遊をかけてくだされ」
フィリップさんは、開いているドアの方のフックに、浮遊で軽くなった角材をかけた。
そして僕達に外に出るように指示した。半ば追い立てられるように出されてしまった。ドアはまた凄い音を立ててしまった。
僕は気になっていることを、オットー様に言ってみたが、オットー様は、ニコニコするだけだ。そして、こっちにおいでと、僕を城壁の下に連れていった。
オットー様の視線を追って、見上げていると、フィリップさんが、城壁の上に急に現れ、蜘蛛のようにスルスルと壁を伝っておりてきた。
「えー? どういうことなんですか?」
フィリップさんは、既に空堀の底まで到達している。そして、すでに空堀の上に上がってきている。
オットー様が僕の驚いている顔を見て、笑いながら話してくれた。
「フィリップ殿には、城壁なんて意味がないんだよ。城塞都市の壁が高いのは知っているだろう?あの壁だって安安と乗り越えるんだからな。なんかの魔法らしいが、教えてくれないんだよ。大したものだが、秘密を教えてくれるともっといいよな」
僕は、フィリップさんの力というか、物凄さをわかってなかったよ。
フィリップさんは、僕等と合流すると、
「お腹空きましたなぁ。さぁ砦に帰りましょう」と言った。
僕等は、また同じルートで山を下り、街道を歩き、カールさんたちと一緒に馬車に戻り、皆んなで砦に戻った。もう夜ご飯の時間だ。お腹空くはずだよ。
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