出発
長い爪の生えた指で、自分の頬に触れると、やはり人間の顔ではないのだとわかる。
「バケモノの動きが鈍ったぞ! 一気に攻めるぞ!」
兵士たちの突き出す槍が、今までで一番の殺意を持って、俺の中枢に繰り出される。それを遮ったのは、アレクだった。
「そうぞう魔術!」
兵士の鎧が蠢くように形を変え、持ち主の心臓を穿つ。バタバタと倒れる兵士を一瞥し、俺の方に近づいて来る。
「く、くるな! 俺は人間じゃないんだ!」
思わず振り回した腕が、アレクの手を吹き飛ばす。
「あ……」
硬直した俺を見下ろして、フン、と彼女は鼻を鳴らす。
「別に、君が人間じゃないのは見りゃわかる。それに、あたしも人間じゃない。見ろ」
吹き飛ばされた腕から、血は全く出ていない。青白く、半透明な糸によって、腕と肩が繋がっているのが見える。
「あたしは、オートマタだから。君に会う前からずっと。あたしは何人も存在するし、自己修復もする」
肩に巻き取られるように縮む糸に引かれて、腕が元の位置に戻る。
「君をこっちに呼んで、こんな目に合わせてしまったことに関しては、申し訳なく思ってる。だから、あたしにできることなら、なんでもするし、知っていることなら、なんでも教えるよ」
「なら2つ、頼みがある」
「言ってみろ」
「俺を元の、人間に戻してくれ。あと、明日じゃなくて今すぐ、向こうの世界に返してくれ」
「両方あたしの力では無理だが、方法を教えることならできる」
彼女が人ではないことを知ってしまったからなのか。出会った時とは雰囲気が違うからなのか。なんだか、彼女の言動には冷たいものを感じた。
「まず、君を元に戻す方法だが、君は今、普通とは違う状態だ。半魔剣生物といったところか。魔剣を使いすぎた者は、魔剣と混ざり合いヒトならざるものとなるというが、君は今、その状態から一段階深く魔剣と混ざり合っている。あたしのそうぞう魔術でも、そんな所まで溶け合ったモノを分けるのは難しい」
水たまりの泥と、兵士から流れる血が混ざり、マーブル状の模様を作っている。今の俺はコレか。
「ただ、この世界を貫く龍脈の力を取り戻せば、可能かもしれない。世界のエネルギー、全ての人間ののマナが集まるその力を取り戻すことができれば、私のそうぞう魔術を底上げして、存在状態を書き換えることができるようになる。かもしれない」
「龍脈の力を取り戻すには、どうしたら良いんだ」
「力を乱すもの、力を横からかすめ取る者達を倒す。この世界を旅して、障害をひとつひとつ取り除くことが必要だ。きっと長い時間と、大変な苦労がかかる」
「それでも、俺が人間に戻るには、それしかないんだろ?」
「ああ。そしてこれが、すぐには元の世界へ返せない理由でもある」
人間に戻らずして、元の世界に戻ることはできない。当然のことだ。
「そうか。道はひとつなんだな」
アレクは、俺の顔を黙って見つめるだけだ。一瞬の沈黙の中、俺は決心した。
「わかった。やるよ。俺はこの世界の、力の乱れを取り除いて人間に戻る! そしてそのまま向こうの世界に帰る!」
俺の言葉に、アレクは深く頷いた。
「わかった。でもとりあえず、その見た目は気持ち悪すぎるから、見た目だけでも人間にするね」
そうぞう魔術! の掛け声とともに、俺の体が軋み、粉々になり、混ざり合った。粘土のようにこねまわされた俺の体は、徐々に人の姿をとっていった。
もはや慣れ始めてきた、全身の痛みが引くと、俺の体は元の、見慣れた人間の形に、戻っていた。