邂逅
部屋。そこに僕はいた。
4畳半程度の広さの部屋に、木の椅子がポツンと置いてあり、僕はそこに座っていた。
僕と、椅子以外何もない部屋。出入り口も、窓もない。打ちっ放しのコンクリートの壁と床を除いて何も無い。
ぼんやりと椅子に座って壁を眺める。僕はどこで、何をしていたっけ?そう考えると、だんだん自分の身に起きたことを思い出してきた。
確か僕は街を襲った異形に四肢をバラバラにされて……
「やぁ、目が覚めたかい?」
どこからか聞こえてくる、どこか愛らしい声。
「誰だ?どこにいる?」
辺りを見渡しても誰もいない。
「そっか。君は3次元の住人だったね。合わせなかったボクが悪かったよ」
部屋の隅にじんわりと輪郭が浮かび、人の形を成した。影法師のような薄い存在感が徐々に像を結び、そこに少女の姿が現れた。
「はじめまして。牛ノ谷一羽クン。」
12歳くらいだろうか。小さな体に、腰まである長い髪。黒いワンピースを着ている。
普通の人間に見えるが、頭と尻にあるのは……
「こら、そんなにジロジロ見るな変態。そんなに角と尻尾が気になるか」
黒い光沢のある短い角と、蜥蜴のような尾。
「なんたって私は悪魔だからな。角と尻尾くらいあって当然だろう」
「悪魔?」
「いかにも。ボクは魔剣に封じられた悪魔。君に呼ばれて来た。
さて、呼び出されたからには契約を結びたいんだがいいかな?」
「僕が呼び出した……」
意識を失う前に握った刃物の感触を思い出す。
あの時のゴミ捨て場にあった魔剣か。
「ボクが聞いた君の叫びは『死にたくない』だったかな。でもまぁ、あんな状況ならそれ以外思うこともないよね」
黒い少女は幼い見た目にそぐわない邪悪な笑みを浮かべると、僕の胸に手を伸ばし、心臓を掴み出した。
触れられたという実感すらないまま、僕の心臓が彼女の手に収まる。
「脳じゃない。やっぱり願いは心に聞かないとね」
少女の手の内で、心臓が黒く燃える。炎の中にチラチラと何かの影が見える。
球体関節の人形、羽の切れた蝶、こちらを見つめるフクロウ、黒い刃物、白い何かと向き合う男……
「なにこれ……? 願いでも、欲望でもない。こんな変なものが君の本質だっていうの? 人間の心が、こんな訳の分からないわけがない!」
心臓の炎を消して、少女が叫ぶ。だが取り乱したのは一瞬で、すぐに冷静になった。
「でも、まぁ。とりあえず『死にたくない』ってことを願望としてから契約すれば良いか」
そう言って、彼女は自分の胸に手を突っ込むと、自らの心臓を抉り出した。
「この心臓を君の胸に入れて、君の心臓をボクの胸に入れれば契約成立だ。悪いけど、ボクはゴミ捨て場で黙って朽ちるタマじゃないよ。君にはボクのために犠牲になってもらうよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! まだ悪魔だとか願いだとか、契約だとか、まだよくわからない。勝手にすすめられても困る! 契約? するにしてももう少し考えさせて……」
僕の意見など全く耳に入っていないようだった。自らを悪魔と言った彼女にとって、僕など自分がいい思いをするための道具でしかないのだ。
そんなことを考えているうちに、彼女と僕の心臓が交換されて、「契約」が成立した。
「悪いね。君に選択肢なんて無いんだよ、ボクと出会ってしまった時点でね。それに、そろそろ体の主導権を取り戻さないと。この街の生物はみーんないなくなっちゃうんじゃないの?」
悪魔が指を鳴らすと、壁に映像が映し出された。
剣を持った兵士らしき人をどんどん斬り倒して行く一人称視点の映像。
視界に入った動くもの全てが許せないような、近づいてくるものを恐れているような、そんな動きで無差別に刃物を振り下ろす。
「今の君の状態だ。君という魂を失って、『死にたくない』という願いだけで動く肉塊だよ」
「僕はどうすれば!」
「そんなの簡単さ。ここから出て、あそこに戻ればいい」
出入り口はあそこだ。そう言って悪魔が指差した先にはさっきまではなかったはずの扉があった。
急いで扉をあけて部屋の外へ出た瞬間、体が粒子状に分解されて、自分の肉体へと強く引き寄せられていくのを感じた。
急げ! これ以上人が死ぬ前に、身体を取り戻さなければ!