恐怖
一両目を片付けて、二両目の最初に斬った坊やは、普通なら失血死するくらい血を流していた。
だからとどめを刺す必要がないと思った。
なのに生きていた。
ふらふらと力なく走る坊やには、もう逃げる力は無かった。足も斬り飛ばして、左手を力なく動かすことしかできない状態まで追い詰めて、首を斬り飛ばした。
なのに、生きていた。
切り落とされた部分からは昆虫のような手足が生え、頭の無い首から醜悪な頭が生えて来た。
目の前で人間が、悪魔に体を奪われる様子をまざまざと見せつけられ、俺は思わず嘔吐した。
人間を殺し始めた頃の嫌悪感とは全く毛色の違う。これは、もっと根源的な嫌悪感。
「最悪だ」
悪魔の手には、片刃の剣。そういえばここは失敗作の魔剣が集まる場所だったか。
そんな魔剣と死に際に繋がって、こんな姿になってしまうとは。
なんと惨めなことか。
「オ」
悪魔から漏れたのは言葉か、それともただの息なのか。
わからない。
反応する間も無く振られた剣は、痛みもなく俺の左肩と左腕を分けた。
黒い脚を踏み込んで、悪魔が迫り来る。嵐のような乱撃。だが所詮は振り回しているだけだ。
「甘いッ!」
大振りの隙を逃さず剣を持つ手を斬り下ろす。
返しの剣で胴を切り上げると、刃が肉を裂く確かな感触があった。
黒い汁を吹き出してふらつく体に、手に持った剣を何度も突き刺す。
心臓とか、肺とか、肝臓とか、そんなものは関係ない。目の前の悪魔の息の根を止めたい。目の前にある嫌悪感を取り除きたい。その一心でひたすら剣を刺した。
倒れ、体に無数の穴を開けて、夥しい量の黒い血を流して悪魔は動かなくなった。
息を切らして粘ついた唾を飲んだ。
「なんて奴だ……確実に追い詰めたと思ったんだけどな。まさか出来損ないと繋がってあんな姿になっちまうなんてな」
まあ、大したことはなかったな。そんなことを思ってゴミ捨て場を後にしようとした時、背後からどろりとした気配を感じた。
恐る恐る振り返ると、奴がいた。
切り落とされた腕、無数の刺し傷、かろうじて繋がっている胴体。足元には信じられない量の血。
いくら魔剣で強化された肉体だとしても、ここまで斬られてまだ生きているのは不自然だ。
不自然だが、目の前で起きていることは事実だ。
切り落とされた面から腕が生え、空いた穴はみるみるふさがり、切断面がくっついて行く。
今までの傷が嘘だったかのように、悪魔は復活した。
頭も潰した。心臓も潰した。それでも死なないなら、俺はどうやってこいつを殺せばいいんだ?
自分の体が、頭部を失って倒れる様を地面から見ながら、俺はそんなことを考えていた。