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3/10

逃走

足元に転がる骨と肉の塊。前の車両から漂う死の匂い。街に広がりつつある恐怖。それら全ては、目の前の異形から生み出されている。


「どんだけ外側が固くてもサァ、内側に入ってしまえば案外柔らかいもんだよな実際。公国自慢の魔剣使いとやらもまだ来ないみたいだし、もう少し人数減らしても問題ないよなぁ?」


異形と目が合う。

息を飲んだ次の瞬間、右肩を切りつけられた。強烈な痛みで意識が遠のく。

熱い。体温が液体となってどんどん体から抜けて行く。自分が今どんな体勢かもわからない。

この感覚は前にも味わったことがある。


それはいつ?


わからない。体がみるみると冷えていく感覚をじっとりと味わいながら、意識が列車の床に吸い込まれていく……





泥から顔を出すような、最悪な目覚め。

重い体を起こし、周りを見回した。

異形はもういないようだ。列車の乗客たちも、もういないようだ。

辺り一面に転がる肉。

斬られ折られて短くなった骨。

静まり返る街。

どのくらい意識を失っていたかはわからないが、僕が知らないうちに異界の街は活気を失い、死の匂いを漂わせ始めていた。


なぜ僕がこんな目にあうんだ。ただの高校生だったのに。何も知らない普通の18歳なのに。


少し時間が経ったからか、右肩の痛みはもう無かった。信じられないくらい重い体を引きずって列車の外へ出る。僕がこの世界で知っている人間は、もうあの爺さんしかいない。僕をこの世界に呼び出した魔導師の爺さんしか。

あいつにしか、頼れない。

線路をたどって街の外へと向かう。自分の体重を必死に支えてゆっくりと。外へ。


「おや?まだ目撃者がいるじゃないか」


背後から聞こえた声は、あの異形の声。

震えながら振り返ると、奴はいた。列車の中で見たのと全く同じ姿で。


「坊や。完全犯罪のやり方を知っているかい?」


あれだけの数の生命を奪った生き物の声とは思えないほど優しい声。


「し、知らない」


「目撃者全員に居なくなって貰えばいいんだよ」


簡単だろ?と笑う男の右腕は獣のように毛で覆われていた。男の目線が僕の喉を捉えた瞬間、本能が叫んだ。

ここから逃げなければ! 奴から逃げなければ!

必死に走った。自分の体のどこにこんな力が残っていたのかと思うほどに走った。

少し走って、自分の体の右側が軽くなっていることに気づいた。

右腕がない。肩から先が、無い。

右側が軽いことを自覚した途端、バランスを崩して転んでしまった。

バランスなんてどうでもいい! ここから離れなければ!


「いい走りっぷりだ」


追いついて来た刃が軽々と両足を斬りとばす。

膝から下の感覚が飛ぶ。


「でも、おいかけっこはもう終わりだ。俺ァそろそろこの街の魔剣使い達と一戦やらなきゃいけねぇからな」


無遠慮に髪を掴まれて、どこか屋内に投げ込まれる。

もはや痛みなど無い。


「ゴミ捨て場が近くにあったからな。ちょうど良かったわ」


仰向けに倒れた僕の周りには、無数の刃物。不要だと切り捨てられた、この都市の廃棄物達。


「じゃあな。向こうに行ったら、ツレの赤髪にもよろしく伝えてくれや」


首に向けて振り下ろされる刃。

見覚えのある光景が、スローモーションのように目の前で繰り返されて。

残った最後の肢が無意識に握った刃が、指を浅く切って。

そうして僕の意識は、再び泥は沈んだ。

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