遭遇
「まず、これから行く街について説明しますね」
先を行くアレクについていく。
「お爺様の家と、ウシノを召喚した工房は街から少し離れた森にあるの。で、街はこの道をまっすぐ行った先に……」
獣道に毛が生えた程度の道を進んでいくと、少し大きな街道へ出た。
街道には、チラホラと旅人らしき人たちがいるほかは、人影は無かった。
さらに10分ほど周りに原っぱしかない道を歩いていくと、高さ10メートルほどの石造りの壁が現れた。
「あれが私たちの国、インファス公国の首都シルイです」
アレク曰く、インファス公国の人間の殆どが首都の壁の中に住み、一部の人間は首都近くで村を作ったり、彼女たちのように細々と暮らしているらしい。
「魔導大国でもあるインファス公国の壁は、いかなる攻撃でも崩れることはないです。さらに街で生産される魔剣は世界でも有数の性能を持っています」
「そんなにすごいなら、どうしてすぐに戦争を終わらせられないんだ?」
「色々あるんですよ。でも明日帰るウシノには関係ないことです」
それっきり彼女は黙ってしまった。
アレクと一緒だったからか、検問をあっさりと通り抜けて街へ入った。
街の活気は凄まじく、屋台の店主が出す大声にいちいちビクついてしまう。
「お兄さん! 安いよ! 蒸し立て揚げたてでなんと1つ100満!」
「こちら珍味ホンビロ! 今ならおひとつ200満!」
「珍しい黒髪にきっと似合うよ! 髪飾り買っていかないかね?」
店先に下がった赤い提灯、薄汚れた屋台の看板、朱塗りの建物、がなりたてるような話し声。
街が放つアングラな空気に当てられて、酔ってしまいそうだ。
「ここは街の真ん中を貫く大通り。このまままっすぐ行けば、国の中心であるお城に行けます。最初にお城でも見に行きましょうか」
「ああ。それにしてもすごい活気だ。戦争中とは思えない」
「この街の防御は鉄壁ですから。今まで一度も破られたことはありませんし、これからもないでしょうね。みんなこの街の防御力を信じて疑わないんですよ」
「そうか」
ふと街の中心にある赤い城を見る。
以前旅行で中国へ行った際に見た城のようだと思った。城というより宮殿のような。
「あそこまで歩いて行くのは大変なので列車に乗りましょう」
路面電車のようなものが走っていることに気づく。
二両ほどの短い列車に、アレクとともに乗り込む。
「こんなものまであるのか。これの動力はなんだ?」
「魔力ですよ。この都市の地下には、大きな龍脈があって、そこから魔力を吸い上げているんです。龍脈からの魔力は、この街のあらゆることに使われています」
過ぎて行く景色の中に、見慣れないものが見えた。
必要の無いものが集まっているのだろうが、ゴミ捨て場と言うには少し綺麗すぎる。
「あれは?」
「あそこは廃棄物収集所です。街で生産されたり、外から持ち込まれたものの、誰も使わなかったり、使えなかったりしたものが集められて処分する場所です。
廃棄物の種類によって集まる場所が違うんですけど、あそこは魔剣の収集所ですね。使い物にならない魔剣が集められる場所です」
「なるほど」
この世に形作られたと言うのに、必要とされないなんて悲しいことだ。
過ぎて行く異世界の街は、不要なものを切り捨てているはずなのにどこか薄汚く、どこか醜く見えた。
つまらないこと考えていると、突然列車が止まった。
「どうしたんだろう」
「私、少し見て来ますね」
そう言って席を立つアレクの背中を目で追う。
まあ大したことはないだろう。アレクもすぐに戻ってくる。
そんな緩い考えは、次の瞬間に断ち切られた。
足元に転がされたアレクの首。
前の車両には、もう生き物はいない。
車両の境界を超えてきた異形の者の手には、不気味な剣。
思っていたよりも早く近づいてきた死は、以前よりも静かに迫ってくる。