召喚
気がつくと、見慣れない場所にいた。
薄暗い部屋。西瓜ほどの大きな水晶玉を大切そうに抱えた赤髪の少女。山積みにされた見たことのない装丁の本。そして足元の円陣。
「や、やったわ!」
赤髪の少女が歓声をあげる。トマトのように鮮やかな髪を短いツインテールにした、活発そうな少女だ。
「こ、ここは?」
赤髪の少女は、僕が喋ったことに少し驚いた様子だったが、真剣な顔になって僕の方を向いた。
「ここは私の工房よ。色々聞きたいことがあると思うけど、あなたにはやってもらいたいことがあるの」
ついてきて、とだけ言うと彼女は部屋の外へ出て行ってしまった。ここはどこか、何のために、どうしてここにいるのか、彼女は誰なのか。わからないことばかりだったが、今は彼女についていく他なかった。
部屋から続く廊下は一本道で、そのまま外へ続いていた。建物は鬱蒼とした森の中にあったようだ。
「悪いけど、お爺様に会ってもらってから各種質問に答えるわ」
そのままどんどん先へ行ってしまう。
舗装されていない道を、彼女の後について歩いていく。しばらく歩くと小綺麗な小屋が見えてきた。
小屋のドアを少女がノックすると、中から僕よりも頭一つ分身長の低い老人が出てきた。
「ああよく来たね、アレクシス。それと別世界の少年。まあ入りなさい。お茶でもいれよう」
老人に招き入れられて入った小屋の中は、思っていたよりも快適そうだった。
小さなテーブルに丸い椅子が四つ備え付けてあり、壁の棚にはよくわからないものが入った小瓶がぎっしり詰め込まれている。窓際には花が飾られていた。
隣の椅子に座った少女にようやく質問をした。
「ここは一体どこで、君とこの人は何者なんだ? どうして僕はここにいる?それにやって欲しいことって?」
「まあ落ち着いて。順を追って説明するからさ。
まず、ここはインファス公国。超巨大樹の枝の上にある、人口約800万人の小さな国だ。
お爺様と私は、この国で一番の魔導師とその弟子。あなたには遠い世界から来てもらった。この国で最強の魔剣を使ってもらうために」
「聞いたことのない国だ。それに魔剣? なんだそれ」
「その辺りについては、私が補足しよう」
老人が僕と少女の前に湯気のたった湯のみを置いた。
「私の名はワイズマン。一応この国で一番の魔導師だ。この国は現在、隣の国と絶賛戦争中でな。大きな戦力が必要なんだよ。で、私の一生で最高傑作と言ってもいい魔剣を作り上げたわけだが、残念ながらソレを起動できる人間が、この世界にはいなかったわけだ。
そこで別の世界にちょろっと使い魔を送って、適正者を探した結果」
「僕が適正者だったわけですね」
「そうだ」
湯のみに入っていたお茶からは、嗅いだことのない香りがした。
「僕にはあっちの世界でやらないといけないことがあるんです。突然こんな所に呼ばれて、魔剣だとか戦争だとか言われても困りますよ! 僕を向こうの世界に戻してください」
「あの」
少女が手を挙げた。
「異界転送の魔法は1日に一回しかできませんし、明日までここでゆっくりされてはいかがでしょう」
それにお爺様の最高傑作が起動するところも見たいし。ボソリと呟かれた言葉は無視するして。
「仕方ないですね。1日だけ、ここでお世話になります」
「ありがとう。突然召喚してしまって、君には済まないと思っている。
隣国との戦力差は大きくないが、戦争が長引くほど人が死ぬ。一刻も早く戦争を終わらせたいのだよ」
湯飲みの中身を一口飲むと、少女の方へ向き直る。
「自己紹介しておきなさい。アレクシス」
少女は、はいと返事をして体を僕の方へ向けた。
「私はアレクシス。15歳で、お爺様の助手です。アレクって呼んでください。
いつかお爺様のような立派な魔導師になることが夢です。あなたをこの世界に召喚したのは私ですので、明日は責任を持ってあなたを元の世界へかえしたいとおもいます」
と、アレクの話を聞いて思い出した。
「そういえば、僕も自己紹介してませんでしたね。
僕は牛ノ谷一羽、18歳です。
特技は無し。趣味は読書と掃除。よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますね。 ウシノ」
「早速略すのか……」
「それじゃ、早速街を案内しますね! ウシノ!」
こうして僕の異世界転移は幕を開けた。まあ明日には元の世界へ戻るのだが。