表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖之剣  作者: アーチ
18/20

18 妖之剣2

「無事だったか、二人とも」


 明久は二人に優しい目を向けた。初音と篝は脇腹の傷が塞がっている彼を見てほっと息を吐いた。


「それは私たちの台詞だよ、お兄ちゃん」

「あ、あんまり心配かけさせないでよ!」


 初音と篝の言葉を受けて、明久は少しだけ笑みを零した。だがすぐに口元を引き締め、正面にいる倉本を睨みつける。


「ここまでだ倉本。これ以上お前の好きにはさせない」

「……はっ、死にぞこないめが。よくも言ったものよ」


 初め、妖刀三振りの主となった明久を見て面食らっていた倉本だったが、明久の様子をじっくり見分して彼の現状に気づいたようだ。


「貴様、傷は塞がってはいるが失った血や体力は戻ってないと見える。その顔にも体にも生気がないぞ。そんな調子で儂と斬り合おうと考えているのか?」


 会心の笑みを浮かべた倉本に、だが明久は悪逆な表情を返してみせた。


「斬り合うのみならず、お前を斬り捨てる」

「……!」


 倉本の目が険しくなる。彼が見て取った通り、明久は本調子ではない。確実な勝機があるわけでもないはずであった。

 そのうえで、倉本と相対して一歩も引かない態度である。倉本の警戒心は、自然高まっていく。


「明久よ……血筋というのを感じるな。貴様は秋鷹によく似ている」


 油断なく切っ先を明久に向けながら、倉本は歯をむき出しにして言った。


「貴様の父親はな、賢しいことに儂の目的に勘付きはじめていたのよ。だから儂自ら、家族共々処理をしてやった。明久、お前はあの夜儂と斬り合い、中々の剣技を見せた。その腕を勝って、今日まで生かしておいてやったのだ。思考を停止して儂の言葉にただ従うお前は、実に愚かだったぞ」


 挑発するように高笑いをする倉本に、明久は冷えた目を向けた。


「倉本、もはやお前の挑発に乗るつもりはない。お前の言う通りだ。俺は自分で考えることをやめ、お前の配下としてただ剣を振るう日々を選んだ。だがそれももう終わりだ」


 明久は、妖刀夜月の切っ先を倉本に向けた。


「妖を斬るために打たれた妖刀……彼女たちが俺の迷いを斬ってくれた。今日から俺は俺の意思で剣を振るう。まずは俺を縛っていた貴様から斬ってやるぞ」

「青二才が、よくもほざくわっ!」


 倉本の怒声が響き、居間全体を揺らした。


「妖刀が迷いを斬っただと? 阿呆が、その妖刀のうち二つはもはや儂の支配下! 妖刀が斬るのは貴様の命よ! 行け!」


 倉本が一喝するや、力を失い地に足をつけていた初音と篝が突如立ち上がる。


「あ……こ、これって……!」

「く、倉本ぉ……! あたしたちを念動力で操るつもりか! この下郎!」


 すでに精魂尽きていた初音と篝の体は、倉本の念動力に支配されていたのだ。

 倉本の念動力に動かされる二人は、一気呵成に明久の体に一刀を浴びせにかかる。

 明久は驚愕に唇を歪めたものの、焦ることなく一刀を閃かせて対処した。


 斬りかかる初音の一刀は体を開いて回避し、続いて迫りくる篝の一刀は刀でもって弾き返す。

 そうして大きく引いて距離を取ると、二人は間断なく間合いを詰めてきた。

 呼吸や間合いを読もうとはせず、ただ数の利で責めたてる。念動力で二人を操る倉本は、そんな方策に出たようだ。


 明久は舌打ちをして、初音と篝の剣戟の受けに回った。

 足を運んで一刀を避け、その手に持つ一刀で迫りくる一刀を撥ね上げ、すり落とし、あるいは払いのける。

 十を超える剣のやり取りを交わしてようやく攻防の切れ目が訪れた。


「くっ……!」


 ここまで明久は常に受けに回ってきた。それは二人に押されているから……という訳ではない。

 反撃に転じようとすれば、その隙は何度かあった。


「やはりな……つくづく甘い男よ」


 倉本は会心の笑みを浮かべていた。


「その年端もいかぬ少女の姿を斬るのは、ためらいを覚えるようだのう」

「俺は、曲りなりにも彼女たち妖刀の主だからな。斬るのは貴様だけだ、倉本」

「その意地がいつまで続くやら」


 ――だが、確かにこのままではまずいな……。


 体力をほぼ失いようよう動かしているこの体。これほどの猛攻を受け続ければ限界を迎えるのはそう遠くはない。

 現状を打破する切欠をどうにか掴まなければ、このままでは負ける。じわりと焦りが生まれてきた時、夜月の冷静な声が明久に届いた。


『明久、見てください、倉本の様子を』

「……?」


 夜月に言われ、明久は瞳の端に倉本がうつる位置をとった。

 こうすれば、攻めてくる初音と篝から目を離さずに倉本を見ることができる。

 倉本は、邪悪な笑みを顔に張り付けたまま、しっかりと目を見開き、瞬き一つせずに明久たちをねめつけていた。


『おかしいと思いませんか?』

「ああ……奴め、なぜ攻めてこない?」


 倉本は、先ほど明久と会話をした場から一歩も動かずに勝負の行方を見守っていた。この状況、倉本自身も功勢にうつれば明久は更に窮地に落とされる。だというのに、それをしない。


『おそらく念動力のせいでしょう。彼が先ほど操っていたのも紛れもなく妖刀ですが、それは私たちのように意思を持たずただ道具として使われるだけの刀。操るのはそう難しくなかったはずです』


 閃く初音と篝の一刀を慎重にさばきながらも、夜月の声に集中する。


『しかし今、倉本が操っているのは意思を持つ妖刀……影である人の姿と本体の妖刀を同時に操っているのですから、先ほどまでとは勝手が違うのでしょう』

「……つまり奴は今、動かないのではなく、動けないということか?」

『正確には、動くと念動力の集中が乱れる、と言ったところですか。どうにか倉本の注意をひければ、初音と篝を縛る念動力は解けるはずです』

「ならば……」


 ――隙を見て倉本を斬りにいくか? いや、だが……。


 二人の猛攻をしのぎながら、明久はわずかに思案した。


 二人を相手にするよりも先に倉本を狙う。それは妙案に思えたが、現状難しいことだった。

 倉本は二人を動かしながら、器用にも自分が狙われる位置取りを避けている。常に明久と己の間に初音か篝を配置していたのだ。

 強引に倉本を攻めに行ったら、初音か篝のどちらかに邪魔され、どちらかに斬られる。かといって倉本を斬れる位置取りを取ろうにも、二対一という構図が足かせになってしまう。


「はははははっ、情がうつった妖刀が相手では実力が出せんか? 結構結構、それが人の限界よ」


 明久の思案を知ってか知らずか、倉本はすでに勝ちを確信したように哄笑した。このまま勝負を決めようとしているのか、初音たちの斬撃が更に激しくなった。

 このままでは押し切られると判断した明久は、篝の打ち放った強烈な一刀を刀で受けるやいなや、大きく跳び下がった。

 ひとまず距離を外し、剣先を正眼に向けて初音たちを正面に置く。明らかな時間稼ぎではあるが、初音たちは動かない。


「……?」


 明久は動かない彼女たちを疑問に思って、二人を操っている倉本に視線をうつした。

 倉本は、先ほど明久が蹴破ったふすまの先にある廊下の奥を見ていた。明久もつられて目をやった。

 廊下の奥から足を引きずる様にして、誰かがやってくる。……矢上だ。彼は明久に斬られた腕を抑えながら、肩で息をしていた。


「ほう、いい所にやってきた、矢上よ」


 矢上を見ながらも、倉本は彼の傷を気にかけもしなかった。


「明久を追ってしとめられなかったことは不問にしてやる。手を貸せ」

「……」


 矢上の目が動き、明久と目が噛みあった。彼の目は、きつく細まっている。


「まずいな……」


 ここで矢上にまで参戦されると、明久にとって急激に不利になる。

 ただでさえ初音と篝を同時に相手するだけで余裕がないのに、そこにあの精妙な暗器術まで加わっては、万事休すという他ない。


『あの時とどめを刺さないからです!』


 叱責するように夜月に言われたが、もはやどうしようもないことだった。


 ――来る!


 矢上が身を低めて投擲する姿勢になったのを、明久は確認した。


「あ……明久! 防いで!」


 投げつけられるであろう暗器を避けようと身構えた所で、背後から篝の声が飛んでくる。

 明久は慌てて背後を振り向き、一刀を盾にして篝の刀を迎えうった。篝は明久の名を呼んで彼に危険を伝えたのだ。


「お兄ちゃんっ!」


 窮地はまだ続く。今度は明久の右側面に初音が躍り出た。

 明久は強引に篝の一刀をはね返し、背後に跳躍。力加減をする暇は無かった。その体は地から高く浮き、体勢を崩さずに着地をするには、着地の衝撃を逃がさなければならない。


「くぅっ!」


 それが多大な隙を生むと知っていたが、他にどうしようもなかった。明久は、地に足が触れると同時に前かがみになり、片手を地につけ着地の衝撃に耐えた。

 それは致命的な隙だった。


「詰み、だ」


 倉本が低く笑うのと同時に、矢上の両手がはしった。

 絶体絶命の窮地に冷や汗を浮かべていた明久は、その光景を余すことなくとらえていた。


「が、あぁっ!?」


 低い叫び声が響いた。矢上が投擲した暗器をその左目に受けた倉本の絶叫だった。

 倉本は驚愕しながら暗器を引き抜き、左目を抑える。


「な、なにをする、矢上!?」

「舐めるなよ、倉本。俺は、お前の都合のいい道具ではない……!」


 呆気にとられたのは、倉本だけではない。初音と篝、それに夜月ですら、矢上の行動は意外だった。

 ただ一人、明久だけが矢上を真っ直ぐ見つめていた。

 矢上がちらと明久を見る。一瞬だけ噛みあった矢上の目は、覚悟をした者の輝きを放っていた。


「勘違いするなよ、明久」

「矢上……」

「お前の言葉に諭された訳ではない。俺は、俺の信じたことをやったまでだ」


 だからお前も、お前の信じることを果たせ。耳に届くその声は、いつも明久が聞いていた慣れ親しんだ親友のもの。しかしそれは、倉本の怨嗟にすぐかき消される。


「おのれ……おのれ! 半端な半妖風情が! 妖たるこの儂に立てつくか!?」


 倉本は怒声一喝、鞘鳴りを響かせ一刀を引き抜き、矢上に斬りかかる。

 思わず助けに入ろうとした明久だったが、矢上は明久を制止するように目線を向けた。

 矢上はすぐ倉本に目線を戻し、迫る一刀をかわした。そのまますぐ隠し持っていた暗器を取り出し、倉本に投擲する。


「くぅっ! こしゃくな!」


 倉本は喉に迫る暗器を危うくかわす。しかしその時にはもう矢上の体が殺到していた。

 その手にはやはり暗器。細見ながらも先端が鋭利に尖った棒で、倉本の心臓を刺し貫こうというのだ。

 だがほんの一瞬の間に、矢上の体に二振りの刀が突き刺さっていた。倉本の手にある刀ではない。これは、初音と篝が斬り合ってた時に彼が念動力で操っていた刀だった。


「矢上、我が念動力を忘れたか!」


 倉本は、客間に落ちていた刀をとっさに操っていたのだ。

 矢上にとどめを刺した確信を得て、倉本はよこしまな笑みを浮かべる。

 だが死を目前にした矢上の顔は満ち足りていた。借りは返したぞ、と矢上が小さく言ったのを倉本は聞いた。


「……なっ、あっ!?」


 倉本が気づいた時にはすでに遅かった。矢上の狙いは倉本を倒すことではない。倉本を……妖を倒すのは、いったい誰の役目か。矢上はそれを知っていた。

 倉本が慌てて明久に視線をうつす。


「……形勢逆転と言ったところか」

「ぐっ……!」


 明久の傍に、初音と篝が寄り添っていた。その姿は先ほどまでと違う。彼女たちは、倉本の忌まわしい念動力の呪縛から解放されたのだ。

 矢上を仕留めようとしてとっさに使った念動力。あれのせいで、二人を縛っていた念動力が解けてしまっていた。人の姿をとる妖刀二本を操りながら他の刀も操れば、集中力に限界をきたすのは自明のことだった。


 しかし、倉本はあまりの怒りによりそれを失念していた。矢上はこれを狙って自らの命を賭けたのだ。そのことに気づいた倉本は、己の不甲斐なさに強く歯を噛みしめた。

 腹心であった矢上がその心を変えたのはなぜか、倉本には分からない。だが明久は、その答えをおぼろげに理解していた。


 おそらく矢上は、彼なりに意地を通したのだろうと明久は考えていた。

 倉本豊後に支配されていたのは、なにも明久だけではない。明久が彼の支配から逃れ刀を握って立ち上がったように、矢上もまた、倉本から己と言う存在を脱却したのだろう。

 矢上の協力により、今この手には妖刀夜月、そして左右には自由の身となった初音と篝がいる。


 ついに妖刀三振りが明久のもとに揃ったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ