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妖之剣  作者: アーチ
12/20

12 真相

「お兄ちゃん、どこに行くの?」


 玄関を開け夜気にその身を晒そうとした明久は、ぎくりとしたように足を止め背後を見た。


「初音か……少し外に出ようと思っただけだ」


 努めて平静を保とうとしたが、明久の顔は若干硬い。その表情にはどこか、目ざとく見つけられた諦観が溢れているようだった。

 肩を怪我してからもう二週間近くが経っていた。明久の肩はすでに完治し、一人で出歩くこともできた。


「こんな夜遅くに?」


 初音が腑に落ちないとばかりに小首を傾げた。彼女の訝しむ視線から逃がす様に、明久はその手に抱いていた三振りの刀を隠した。


「少し野暮用ができたんだ。お前たちはしばらく留守を頼む」

「……うん、わかった」


 初音は軽くあくびをかいて、すぐに廊下の奥へ歩いて行く。

 明久は外へ出て玄関を閉めた時、ほっと息をついた。


 ――外へ出ていくのを見咎められたのが初音でよかった。他の二人ならもう少し食い下がっただろう。


 十月も過ぎると、夜はそれなりに冷える。夜道を歩きながら吐く息が妙に生暖かく感じた。

 実を言うと明久は、初音たちに内緒で倉本に会いに行くつもりだった。倉本にはすでに、妖刀三振りを引き渡しに行くと伝えている。

 しかし彼が持つ三振りの刀は、当然妖刀ではない。あくまで妖刀を渡すという口実で、ことの次第を倉本に聞くつもりだった。


 それが危険な行為だというのは分かっていた。もし倉本が彼女たちの言うように妖だったら……おそらく斬り合いに発展するだろう。

 だがどれほど危険でも、真相を暴かなければいけない。そうしなければ、明久はもう、倉本への疑念で身動きがとれそうもなかった。


 こんな夜更けに妖刀を引き渡すという段取りになったのは、倉本の事情によるせいだった。明久からしたら願ってもないことである。昼間だったら、あの三人がまず明久を一人にはしないだろう。

 倉本豊後の住む屋敷は、徒歩で行くにはなかなかの距離だ。約三十分ほどもかかるだろうか。しかしそれだけの時間をかければ、おのずとこれからの覚悟が決まるはずだ。


 指先がわずかに震えているのは、冷気のせいか、真相を知ろうとする恐れによるものか……明久自身にも分からなかった。

 ようやく倉本の屋敷の門前に来たら、そこには矢上がいた。どうやら明久を待っていたらしい。

 軽く言葉をかわして、矢上に倉本の元まで先導してもらう。明久の表情は自然と固くなっていた。


 倉本邸の客間であろう部屋に案内された明久は、礼をして室内に踏み入った。


「おお、明久。すまんの、夜分遅くに。どうしても外せない用事があってな」

「いえ、構いません」


 会釈交じりに頭を下げて、明久は少し客間を見渡した。いたって普通の畳部屋である。花を活けている花瓶や掛け軸よりも、漆塗りの座卓が良く目立つ。

 座卓の前に座る倉本の傍には、見慣れない人物が座っていた。


「隣の方は?」

「ああ、朝内のことか」


 名前を呼ばれて、朝内という名の老人が軽く手をあげた。

 朝内とは、退魔の中でも本家筋にあたる名だった。


「朝内……本家筋の方でしたか。もしやお邪魔でしたでしょうか?」

「いやいや、構わんよ」


 朝内はやや神経質な顔つきをしていたが、朗らかに笑っていた。


「まあ座るといい」


 その言葉に甘え、明久は倉本の正面に位置するように座卓の前に座った。


「実は、朝内も妖刀の引き渡しに立ち合いたいと言ってな」

「妖刀が盗まれたと聞いた時は耳をうたがったぞ。まさかあの倉本がそんな失態を犯すとはな」


 言葉だけを聞くときついことを言っているが、その顔は遠慮ない笑みを携えていた。


「やれやれ、耳が痛い」


 退魔の本家に連なる者がいるのは、ある意味都合がいいかもしれない、と明久は思った。

 彼の目の前で問えば、倉本といえ話をはぐらかすことはできないだろう。


「して、妖刀は?」

「ここに」


 明久は手に抱いていた妖刀を一つ一つ丁寧に座卓の上に差し出した。

 三振りの刀を前にして、わずかに倉本の目が輝いたのに明久は気づく。


「うむ、見事。やはりお前に頼んで間違いはなかった」

「ほう」


 倉本の感嘆を聞いて、彼の傍に座っていた朝内が珍しいものを見たとばかりに頷いた。


「笹雪家と言えば、確か妖を斬る家系だと聞く。忌憚なく言わせてもらえば、退魔筋の中でも末端の家柄だが……倉本が目をかけるのは、ひとえに現当主が有能だからのようだな」

「……いえ、勿体ないお言葉です」


 恐縮して明久は身体を縮めた。


「おいおい、若い者をそう褒めるな。調子に乗ってしまうだろう?」


 倉本が冗談交じりに言い、朝内と二人で快活に笑った。

 明久はやにわに明るくなる空気の中で、緊張に顔を張りつめさせていた。

 それに気づいた朝内が、不思議そうに明久を眺める。


「どうした、そのように緊張して。もっと楽にせんか」


 明久は朝内の言葉に大きな反応を見せず、静かに倉本の様子を伺っていた。

 倉本が目の前に差し出されていた妖刀を一振り掴み、軽く抜いて刀身を改める。

 すると倉本は先ほどの上機嫌が一変、眉根を寄せた。


「これは……妖刀ではないな。どういうつもりだ、明久!」


 倉本は強く音を鳴らして鞘に刀を納めた後、明久に強い語調で問いただす。

 やにわに変質した場の空気に、朝内は目を丸くしていた。


「騙すような真似をして申し訳ありません。しかし、簡単に妖刀を渡すことが出来ない事情があります」


 明久は頬に汗が浮かぶのを感じながらも、怒りを見せる倉本の目を真っ直ぐ見つめた。


「倉本様、妖刀をお渡しする前に、お聞きしたいことがあります」

「……ほぅ?」


 倉本の目がきつく細められた。明久は構わず、その目を見つめる。


「……率直に聞かせていただく。倉本豊後……あなたは妖なのではありませんか?」

「な、なにを言うか笹雪よ! 無礼だぞ!」


 明久の言葉に誰よりも先に反応したのは、朝内だった。色白で丸い顔を一気に紅潮させ、泡を食ったように唇を戦慄かせている。


「今の言葉を撤回しろ! でなければ笹雪、貴様は退魔の連なりから席を外してもらうことになるぞ!」


 叱責されながらも明久は、朝内の反応は無理もないことだと思った。

 退魔に関わる者として、妖と疑われるなど恥辱と言う他ない。彼と倉本がおそらく気が置けない仲だとすれば、己が侮辱されたも当然のように思うだろう。


「無礼なのは承知の上で聞いています」

「だからといって……! ええい、若年ながら倉本の下で立派にやっているかと思ったが、やはり年相応に礼儀を知らない若造か!」


 激昂する朝内の隣で沈黙を保っていた倉本が、おもむろにその手の平を朝内に向け、彼をなだめる様な仕草をした。


「まあまあ、良いではないですか」

「倉本……お前、あのように侮辱されてよく落ち着いていられるな」

「いえ、まあ……明久がなぜこのようなことを言ったのか、それを知ってからでも怒るのは遅くないと思いまして。ひとまず事情を聞いてみるのもいいではないですか」

「……お前がそう言うなら……」


 倉本の冷静な言葉を聞いて、まるで冷や水を浴びせられたように朝内は押し黙った。


「明久よ、なぜ儂が妖だと思うのだ?」


 朗らかな声とは違って、その視線は心中を抉るかのように鋭い。

 少しばかり、明久の心は揺れていた。今謝れば、ひとまずは礼儀を知らない者として叱責を受けるだけで許されるかもしれない。

 しかし迷いはほんの一瞬だった。明久は意を決して言った。


「ある者たちから、そう聞かされました」

「それは誰だ?」

「……あなたが、何者かに盗まれたと偽り私に探させた妖刀たちからです」

「ほぅ……」


 倉本の目が刀にうつる。明久は、その倉本の瞳にどこか揺れる感情が見えた気がした。


「妖刀が喋ったとでも言うのか?」


 朝内が信じられないとばかりに食ってかかった。彼はおそらく、明久が適当なことを言ってごまかそうとしているとでも思っているのだろう。


「あの妖刀たちは、そこいらの妖刀とは一線を画します。あの妖刀たちは人の姿に化け、言葉を話すこともできます。朝内様はともかく、倉本様はご存知でしょう?」


 明久は朝内の言葉を受けながらも、彼と目を合わさずに話していた。明久の目は常に倉本に合っている。表情の些細な変化すら見逃さないためだった。


「……ふふ。ああ、そうだな。あの妖刀は人に化けられる。そこいらの妖刀もどきとは違う、真の妖刀だろう」

「なんと……」


 本家に連なる朝内ですら、人に化けられる妖刀というのが現代に存在するとは信じられなかったのだろう。彼は目を丸くして明久と倉本を交互に見ていた。


「妖刀は盗まれたのではない。彼女たちの意思でこの家から……いや、あなたの元から逃げ去った。違いますか?」

「ほぅ……それは面白い考えだ」


 倉本は、ここにきても余裕を携えて笑みをこぼしていた。

 もしや、倉本は妖ではないのか? そんな一抹の不安を抱いた明久は冷や汗を流した。


「……実を言うと、妖刀の一振り目を手に入れてから、この考えにはいたっていました。しかし、なぜ、妖刀が自らの意思で逃げ出したのか、それが分からなかった。数百年も倉本家の蔵に収まりながら、なぜ今?」

「さて、なぜだろうなぁ?」

「その答えは他ならない彼女たちから教えてもらいました。彼女たちは妖を斬るために生まれた妖刀。妖となったあなたに気づき、あなたを斬るための協力者を探しにこの家から逃げ出したのです」


 明久が言い終わると、沈黙が訪れた。

 朝内の、倉本の、明久の、呼吸すらも聞こえそうなほど、しんと空気が冷えていく。

 朝内がようやくなにかを言いだそうとして口を開いた瞬間、それを制するように倉本がおもむろに喋り出した。


「やれやれ……少しお前のことを舐めていたようだな。まさかお前が妖刀と交流を深めるとは、思いもしなかったわ」

「く、倉本、どういうことだ? 笹雪が話した事は真実なのか!?」


 朝内は驚愕に目を大きく開いて、倉本に詰め寄った。彼は倉本から、妖刀は何者かに盗まれたと確かに聞いていたはずだ。それが嘘だと分かった今、明久よりも倉本の方へ不審の目を向けていた。


「ええ、まあ、事実ではありますな」

「な……」


 悪びれず言う倉本に、朝内は絶句したようだ。


「さて困ったな。まだ正体を知られるわけにはいかなかったが……明久よ、お前も罪深い男だな」


 困ったように頭をかきながら、倉本はとぼけたように言った。

 そのひょうひょうとした態度のせいか、朝内は言葉を無くし狼狽えているばかりだ。


「く、倉本……お、お前を……見過ごすことはできん。このことは本家の者に報告させてもらう」


 ようやく戦慄く口を開かせてそう言った朝内に、倉本は豪快な笑い声をあげた。


「明久、聞いたか? これが本家の人間だ。くははは、こんな平和ボケした連中が上を牛耳っているなど、命を賭けて戦っているお前からしたら心底のバカに見えるだろう?」


 倉本は今までに見せたことがないような、邪悪に染まりきった笑みを突如浮かべる。


「こやつ、ここから生きて帰れるとでも思っているらしい」

「待て倉本!」

「矢上、殺せ」


 制止もむなしく、倉本がそう命じると同時に矢上は動いていた。明久が反応する間もなかった。

 ふすまの前に立っていた矢上は俊敏な動きで懐から抜き出した脇差を投擲し、寸分たがえず朝内の喉の中心を穿つ。


「がっ!?」


 驚愕は一瞬。朝内はすぐに視界を暗くして意識を失ったことだろう。即死だった。

 躊躇せず本家筋である朝内の殺害を命じた倉本に対しても、倉本の命令に機械的に動いた矢上に対しても、明久は戦慄を覚えた。


「……! 倉本!」


 明久は立ち上がり、座卓に置いてあった刀のうち一振りを手にして抜き払った。

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