愛妻家の灰が今
ラッキーストライクくらいしかタバコは知りませんけどね。
どうやら、私は少々人より吸う量が多いようだ。
病院でこっぴどく「1日に吸う量を考えないとあなた死にますよ、どんな吸い方したらこうなるんですか」と医師に叱られたから、私は自分が重度のヘビースモーカーであることに気付いた。
思えば、確かに煙草はやめられないもんだ。
数時間もすればあっという間に1カートンが無くなってしまう程は乱用している。
煙草がいくつか消えてしまい、妻にその所在を聞くと「あなた吸ってたじゃない」と自分が吸ったことにすら気付かない事すらもある。
医師から「胃が灰色の人なんて初めて見ましたよ」と言われるのもあり得る話だ。まあ、多分冗談で言っているのだろうが。
家に帰ると、美味そうな匂いが鼻を刺激した。
「お帰りなさい」
妻がエプロン姿で出迎える。
「今日はペンネを作ってみたの」
「事故起きてからペンネが多くないか?あれ結構トマトソースの味が濃いから好きではあるんだけどさ」
「まあいいじゃないの。さあ、食べましょ」
妻に催促され、私は靴を脱いでリビングへ向かった。
それにしても良い妻を持ったものだ。ついこの間、妻の運転ミスで交通事故にあい、妻は軽傷で済んだものの私の視力が極端に下がって、眼鏡を使ってやっと煙草が吸うのに支障が無いほどの視力になってしまった。それを申し訳なく思った妻は私を懸命に支えてくれている。
自分にはもったいないのでは、と思えてくるほどに。
テーブルには、皿に綺麗に盛り付けられたペンネが二つ置いてある。
「さ、早く食べましょ」
二人して椅子に座って顔を見合わせ、手を合わせる。
「それじゃ、頂きます」
ペンネを口に入れると、違和感を感じた。何だか、慣れた煙草の味が舌を刺激した気がするのだ。
「あ、また灰の味したの?煙草吸いすぎるとそうなるらしいのよ、何食べても灰の匂いしたりとか」
「そんなの聞いたことないけどなあ、ペンネの時だけそうなるし」
「ペンネの事は知らないけど、私の友達の旦那さんはそうらしいわよ」
妻は席を立つと、後ろのトイレへ直行した。
それにしても、どうしても灰の味が舌に残る。
そう思いつつもペンネを口にすると、私は数秒後にティッシュにそれを吐き出した。
「なんだこりゃ、目の次は舌がいかれたか?」
ティッシュの中に吐き出したペンネを見た。
ペンネはぐちゃぐちゃになっていたが、それに混じって見慣れた黒い灰が私の目に映った。
まさか。そんなはずがないと思いつつもすぐに他のペンネの穴の中を見る。その中には、私が消費したであろう煙草の灰が、少し入っていた。
もしやと思いゴミ箱を調べると、ゴミ箱の中には不自然なまでに1カートンの箱が捨ててあった。今日はあんなことを言われたのだから、煙草を吸った覚えはないのに。
「気付いちゃった?」
後ろを振り返ると、妻はこちらを凝視している。
「事故で死んでくれてたら、こんな凝ったことしなくても良かったんだけどなあ。でもま、たんまりある保険金のためだしね」
そう言うと、妻はいつものように私に笑顔を投げかけた。
ただ一ついつもの違うのは、その右手には包丁が握り込まれていることだ。
ちなみに親父はケントです。