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ケコレーノホの夜明け

秋も近くなり、だんだん葉も紅く染まります。

なんとなくワインレッドの心を聞きたくなりますね。

 使用人が殆ど消えてしまい少し広くなった城の中を、レーノホ国王は歩き回っていた。外を見ると月はいつの間にか雲で消えかかっており、風が吹くと紅葉が宙を散る。

 「もう我々、終わりなのですな」

 横から年老いた声が聞こえた。数少ない生き残りの年長者であるカリス氏だろう。

 「心中お察し申し上げます、王よ。娘さんのことも……」

 「もういいんだ」

 カリスの言葉を遮る。そんな言葉は気休めでしかない。こいつの様な独り身の人間など、家族を失い自分だけが残る苦痛を理解することなどない。

 「どのみち、我々は終わりだ」

 もう一度外の方を向くと、既に月はいつの間にか雲で完全に覆われており、紅葉はゆっくりと吹く風によって少しずつ数を減らしているのが見えた。



 ケコレーノホの国で最初にそれが起こったのは、ワインレッド色の猫の死骸の大量発生からだったと思う。

 いや、正確にいうとそれらしき事は前々から起きていたのだが、この危険性に気付いた時から、それは進行していたのだろう。


 ワインレッド色の猫は最初は元気のなさそうな様子をしていたかと思うと、二、三日後には満足に動く事ができなくなるまでに体を悪くした。

 村人たちは猫を獣医の元へ保護し、出来る限りの処置を施すも数時間後に死んでしまった。


 獣医曰く、見たことのない病であり、感染すればほぼ百パーセント死に至るであろう病らしい。

 ケコレーノホ屈指の医師の集まりであるケコレーノホ医師団の研究結果、病の正体は空気感染するウィルスであり、最初は肌の色がワインレッド色に染まることから始まり、五、六日後に筋肉の機能不全によって体の自由を失い、ゆっくりと死んでゆくのだという。


 私の娘も、泣きながら私の元へ猫を連れてくるたびにこう言っていた。

 「この子、助けてあげてよ」

 何も出来ないことを言い出せずただ黙っていたレーノホは、罪悪感に心臓を鷲掴みにされた。



 猫の死亡が確認されると、娘はその猫の墓を作るべく、何人かの使用人を連れて遊び場の木の下へ向かって行った。


 レーノホはその時、村長としての仕事をこなしていた。突然ドアが開いたと思うと、娘と一緒に墓を作りに行っていた使用人が青い顔で、レーノホ様、と叫んだ。

 「そんなに動揺してどうしたんだ」

 使用人は深呼吸すると重々しく口を開いた。

 「ワインレッドの病が、村中で流行っています」

 レーノホは耳を疑った。

 「現在ケコレーノホ医師団が大急ぎで治療法を探しているとのことですが、いつ確立されるかどうか…」


 治療法はみつかるのだろうか、という不安がよぎったがレーノホは冷静さを取り戻した。

 「わかった、感染している者を皆病院に隔離しなければな。こんな状態であれば娘を外に出すわけにはいかんな。そういえばあいつはどこへ行ったんだ?」


 使用人は顔を下に向けた。涙を流しているのが見える。レーノホは目を見開いた。

 「おい、まさか」

 「はい、ご想像の通りかもしれませんが」

 使用人は涙を拭きながら言った。

 「あの場所へ行く道中で、娘さんの感染が発覚したのですよ。肌がワインレッド色に染まって…」



 地獄の様な日々が続いた。まずは感染源となっていた猫達の死骸の処理、感染している動物の屠殺。感染を疑われれば飼い主への感染を防ぐべく、ペットであっても殺すように命じた。城の外からは毎日飼い主達の慟哭が聞こえてくるのを記憶している。

 また、感染した者達も完全に隔離し、感染を防ぐため家族であっても面会は許されず、大抵の感染者はそのまま一人でワインレッド色の恐怖にただただ向き合っていた。レーノホの娘も例に漏れず、レーノホは娘に会いたいと心の底から願ったが国王が感染しては国がまとまらないと自らを咎め、後継者である娘も今は病床に伏しているため諦めた。


 ウィルスを弱体化する薬が完成したが、素材が極端に希少であったがために、娘と要人達にしか行き渡らなかった。当然村人達からは反発があったが、その村人達もやがて全員感染した。

 薬は効き目が良かったのか、薬を処方された殆どの患者の肌は元通りになり、病院にからは出ることは出来ないが隔離環境下から離れる事となった。ガスマスクを付けて娘を迎えにいった際に、その隣にいた誰かが涙に溢れた目でレーノホを睨んだ。


 徐々に死者が出始め、マスクをして患者達を看病していた看護師も肌はワインレッド色に染まっていた。やがてその看護師も動かなくなり、数少なくなった医師達が看病をし始めたがやがて彼等も感染。もはや病院は病院として機能しなくなった。

 娘や要人達の薬の効き目が切れたのか、肌の色はワインレッド色に戻り、再び隔離された。看護師も医師も感染した病院では看病する者はおらず、国王や生き残った数人が看病した。


 感染した動物や感染者がいなくなる頃には、ほとんどの人間が死んでいた。国王と、十数人の人々。あとは全員ワインレッドに包まれて死んだのだ。


 死の直前、医師が国王に対してこう言った。

 「もうだめです。ハッキリ言って、娘さんも助かりそうにない。どうか良い最期を迎えられるように、最善を尽くすことしか我々に出来ないのですよ」

 


 「ねえ、お父さん」

 力を振り絞って一言、娘が言葉を発した。

 「なんだい」

 「お母さんのいるところってどんなところかな?」

 レーノホの妻はこの子を産むと同時に既に亡くなっていた。思えば、この子は妻の形見のようなものだった気がする。

 「きっと、みんな幸せに暮らしていると思うよ」

 「そっかあ」

 娘はゆっくりと息を吐く。手を差し出しながら。レーノホはその手を握った。

 「でも、お父さんがいなきゃやだよう」

 娘がこちらを見て涙を流す。

 「ごめんな。お父さん、最後にやらなきゃいけない事があるんだ。それが終わったら、そっちへ行くよ」

 手を握る力が、強くなった。

 「嫌だよ、お父さんと一緒に行くんだ」

 レーノホも涙を我慢できなくなった。

 

 ごめんな。

 ごめんなしか言えなくて、ごめんな。

 レーノホはその手から力がゆっくりと抜けてゆくのを感じた。


 

 「さあ、いよいよですな」

 カリスが呟く。

 私達が最後にやることは残されていた。このウィルスを少しでも広げないためにも、この村を焼き尽くすのだ。

 「ああ。このワインレッドの病が広まれば、世界中でパニックに陥ることになるだろう」


 レーノホは窓から目を離し、先へ進む。

 「元来このケコレーノホは、江戸時代ほどからこの山奥でひっそりと暮らしてきた。沖縄や北海道は既に日本の一員となったが、我々の先祖は血を流すことなく自由を勝ち取った」

 豪華な扉を開け、広い部屋に入る。様々な人々の肖像画が飾ってあるのが見えた。

 いずれも、江戸時代に自由を勝ち取るため奮闘した英雄達だ。

 「そして、その志を日本は受け入れ、我々に協力してくれた。日本の人々が気付き、パニックが起きないようにこの国の存在すらも隠蔽してくれた」

 肖像画達がレーノホを睨む中、レーノホはその部屋の中央で立ち止まった。


 「だからこそ、我々はこの病を広げてはならない。これがケコレーノホ最後の戦いだ」

 カリスは咳払いをして、部屋を出た。

 「皆を、呼んできます。王は準備を」

 去り際にカリスは言った。



 「諸君」

 レーノホは周りを見渡した。玉座に座ったレーノホを見る人々の目は、いずれも全てを覚悟した人間の目をしている。

 「この世界を、我々の命を捧げて救おう」


 レーノホはマッチに火をつける。既に城は油の匂いで充満している。生き残った彼等が、村中に油を撒いてくれたのだ。

 既に彼等の肌はワインレッド色に染まっている。事実、レーノホは自分の手の甲を見ると、暗く、冷たいワインレッドの色で包まれていた。


 「それでは、さらばだ。また来世で会おう」


 レーノホはマッチに火をつけた。


 城は赤に包まれ、皆の体を炎が襲う。決して叫び声をあげるものはおらず、ただ黙って苦痛に耐え、声を殺した。

 レーノホは、炎に襲われながらも隣に目をやった。

 隣の小さいおもちゃの椅子には、娘が、向こうをじいっと見つめている。


 嗚呼、何故こんなことに。

 レーノホは、そっと娘の手を抱いた。

 そして目を閉じようとしたその時。


 「レーノホ様っ」

 城の外から声が聞こえた。生きている人がいたというのか?いや、こんな声の人間はケコレーノホにいた記憶はない。

 「今すぐこちらへ来てください、城の外へっ」


 レーノホはその声を聞いて思い出した。この声はたまに外からやってくる、日本政府から派遣されたエージェントの声だ。

 「逃げてください、ここは危険だ。もうここは助からない」

 必死で声を出すが、どうしても声がかすれてしまう。

 「ああ、ここにも魔の手が広がっているのか」

 政治家は嗚咽しながら叫んだ。


 「私達の世界で、肌がワインレッドの色に染まるウィルスが流行っているんですよっ。貴方達の中に感染者がいるのだとしたら、今すぐにワクチンを注射して治療してくださいっ」


 それを聞いた時、レーノホは掠れた声で泣いた。エージェントが何やら説明しているが、もう聞く気にもならない。


 私達の行為は、無駄だったのか。

 あの病は治療できるものだったのか。

 だったら何のために国民たちは犠牲となったのか。

 助かるのだとしたら何故娘は死ななければならなかったのだ。

 その感情は、炎と共に燃える。


 涙はワインレッド色の頰を伝っていく。

 炎がワインレッド色の肌を焼く。

 ワインレッド色に染まったレーノホは、その場で慟哭することしかできなかった。



 紅葉が、ワインレッド色の人々の眠る場所へと飛んだ。

 全てが黒焦げてしまい、人々の元の肌の色など判断することもできず、建物も全てが赤く染まった後には黒く焦げる。

 そんなケコレーノホの街を、ワインレッド色の朝焼けが照らした。

あっさりと終わることってよくありますよね。

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