肉女
一尺はあろうかという真っ白な大皿に、やや冷めてはいるものの香ばしそうに焼かれた仔牛肉が3切れあった。
この世に生まれた時から大切に扱われ、数ヶ月ほど乳のみで育てられた仔牛の肉である。その肉は料理人によって丁寧に下処理された後、南米の高地で切り出された岩塩と欧州にある昔ながらの塩田で最初に析出した海塩、香辛料で味付けされ、小一時間ほど寝かせられた。次は高熱の分厚い鉄板の上だ。柔らかさを残しつつも中心まで火が通る最高の焼き加減の半歩前で鉄板から皿へと移された仔牛肉は、顧客に提供された時に余熱でピタリと最高到達点に至るのである。新鮮な、あるいは十分に熟成された数種の香辛料によるものであろうピリリとした辛味と爽やかな香り、それに仔牛肉特有の柔らかなミルク香が混ざり合う一流の一皿だ。
しかし、その皿の上には極上とも言えるその仔牛肉が3切れ残されていた。
いや、”残されていた”というのは適切ではないのかも知れない。なぜならそこには大皿を前に何事かを逡巡する一人の女がいるのだから。