天上院弥子が咲かせた女 植物人のヴィエラーSide3ー
「またね、父さん、母さん」
翌日、ヤコの声で目が覚めました。
なにやら独り言を言っています。
「ヤコ」
「ん?」
「何をしていたのです?」
「あぁ、電話をしてたんだよ」
「でんわ? それはなんですか?」
聞いたこともない言葉です。
何かのストレッチでしょうか?
声を出して体を伸ばすとか、そういう感じの。
「遠くの人と話すための方法だよ」
遠くの人と話す?
どういうことなのでしょう。
「おばば様ならすぐ近くにいますよ?」
「いや、お話してたのはおばば様じゃないんだ」
おばば様以外の人と、話した?
私でもありません。
つまり、私とおばば様以外の、誰か。
「私以外の人と、お話したのですか? 運命の人、ヤコ」
それは浮気というやつですか?
私の質問に、一瞬ヤコは困ったような表情を浮かべた後、答えました。
「私の両親とお話してたんだよ」
「うん、お母さんとお父さん」
オカー・サン、オトー・サン、と言う人間が、ヤコにとってのリョウシンなのですね。
リョウシンとはなんでしょう?
妾のようなものでしょうか?
「おかーさん、おとーさん……それは大切な人?」
「うん、そうだよ」
私以外に大切な人が、ヤコにはいる。
その事実に、少し心が揺れました。
もしものことがあったらヤコは、私を捨ててその人たちの所へ行ってしまうのでしょうか。
「私よりも、大切ですか?」
その時は、私とリョウシン、どちらを選んでくれるのですか?
「いいや、君が一番だよ」
その一言を聞いて、とても安心しました。
やはりヤコは私にとって運命の人だったのです。
これなら安心して、昨日おばば様に言われたことをお願い出来ます。
「そうですか、良かったです」
「勿論さ、私は君の運命なんだから」
「では、愛の証明をお願いします」
私がそう言うと、ヤコは再び困ったような表情をしました。
「何をすればいいんだい?」
「それは私が説明しようじゃないか」
ヤコが質問すると、実はずっと後ろに隠れていたおばば様がヤコに話しかけます。
ヤコからは見えなかったでしょうが、私からはバレバレでした。¥
「愛し合う二人が初夜を終えた翌日に、愛の証明は行われる」
それは、昨日「夜這い」して「新婚初夜」に行く前にされた説明です。
「それは精神で結ばれた二人が、今度は実体で愛し合うのじゃ」
おばば様曰く、人間と植物人の愛はとても脆いものらしいです。
しかしその愛が強く絶対的なものであることを証明する為に行われる儀式こそが、愛の証明。
そしてきっと私の運命の人であるヤコならば、愛の証明を達成してくれるだろうと言っていました。
私も、ヤコならば必ず達成してくれると信じています。
「おやぁ? まさか愛の証明が出来ないなどと言うまいな?」
「何が愛の証明……! やってることは特殊なオ〇ニーでしょうが!」
しかしヤコは何やら愛の証明を躊躇っているそうです、何故でしょうか。
「愛の証明をしてくださらないのですか、ヤコ」
「ぐっ……!」
「愛の証明は愛し合う二人が永遠に結ばれるための儀式。安心せよヴィエラ、まさかやらないはずがない」
私と見つめあったヤコは、目を逸らし、拳を握り締めました。
「や、やるよ当然じゃないか」
「おぉ、流石だ導き手殿! では早速始めてくれ。ワシはここで見届けるからのう」
「くっ……!」
その後しばらく、ヤコは再び何か悩むような素振りを見せた後、ゆっくりと私の依り代に近付いて行きました。
そして。
「あっ……」
軽く私の枝を触り、軽く口付け。
そこから始まる「愛の証明」
おばば様が隣で何か言っていましたが、私の耳には届きません。
ヤコが、私の為に全力を尽くしてくれているというのがとてもよくわかります。
そしてしばらくした後、ヤコは無事に愛の証明を終えました。
私はただ、苗木から伝わってくる感触に浸り、確かな幸せを感じていました。
◇◆◇
愛の証明を終えたヤコを、おばば様が泉に案内します。
そしてその間に、私はおばば様から今日の任務を言い渡されました。
それは昨日の結婚式で使用したユグドラの花の補填。
私達のドレスを作成する為にかなりの本数を使ったため、数がいつもよりも減っています。
私は周囲の魔力をユグドラの花が咲く大地に注入し、森での生態系で少し余分な部分を養分にして追加で補給しました。
その時です、森の異変に気が付いたのは。
物凄い勢いで、木々が燃えていきます。
これは明らかに自然発火ではありません。
そしてそれを裏付けるものとして、この森には存在しない何かを感知しました。
私はリスさんに緊急事態をおばば様に伝えるようお願いした後、現場に急行して対処に向かいます。
そこにいたのは、まるで蜘蛛のような八本足の化け物が数匹。
それらは火を噴いて周囲の木を燃やしていきます。
そしてその中央には、透明な球体で包まれた人間の子供。
火を噴く化け物相手に、中途半端な薪を与えるわけにはいきません。
私は一度その化け物達の足元に大穴を開け、地面に埋めました。
そしてそのまま土の密度を圧縮させ、無理矢理押し潰します。
全てが完全に完全を停止させたのを確認した後、次の現場に急行しました。
人間の子供が入っていたのは何故でしょう、既に死んでいるように見えましたが。
もう土の中ですし、どうでもいい事ですね。
私はその後、いくつかの場所で同じ様にマシンを破壊し、森の中の敵性反応は残るところあと二つになりました。
その時、おばば様からの伝言を受け取ったリスさんが私の元に帰ってきます。
『ヴィエラ。森の敵。もう一つは私達が処理』
リスさんも魔力を使って言葉を伝えてくれますが、あまり得意ではありません。
なので途切れた部分は自分で補完して考える必要があります。
残りの敵の内、一つはおばば様が対処してくれるそうです。
次の場所で私の仕事は終了なようです。
「わかりました。とおばば様に伝えてくださいリスさん」
私の伝言を聞いたリスさんは再びおばば様のいる方角へ走っていきます。
さて、私も頑張らねば。
◇◆◇
森から全ての反応が消えたので、おばば様とヤコが戻っていくのを感じた私は中央に向かいます。
そこには既に死んでいる子供達を前に、おばば様とヤコが立っていました。
「おばば様、侵入者の殲滅と消火活動が終了しました」
私の報告を聞くと、薬草と清潔な水を用意すると言って世界樹の方角へ向かいました。
子供達の手当てに必要と言っていましたが、なぜ手当てなどするのでしょうか?
『おばば様も子供達が死んでいるのは分かっている』はずです。
「ヴィエラさん」
疑問に思っている私に、ヤコが声を掛けてきました。
「なんですか、ヤコ」
「子供達の治療、手伝ってくれる?」
「わかりました。ヤコ」
治療……
もう意味が無いと思うのですが。
ですが、ヤコがやるというのであればそれを止める気はありません。
「目立った外傷はないみたいだね」
「あぁ、ただ眠っているだけのように見えるな」
ヤコとろうたー? というらしいペガサスが子供達を観察しています。
私も折角なので子供達の観察を行いましょう。
まず『子供達の遺体には全て、先程私が処理した子も含めて体内に異物が入っているのを感じます』
これは既に『おばば様も気付いてるはず』ですし、そのことは『ヤコに伝えられているはず』です。
その上でヤコは子供達に近付いているのですから、恐らく問題無いのでしょう。
『私はそう判断しました』。
「皆、ヤコとは違う、でも同じ服着てますね」
なので、私はもう一つ気が付いたことを言いました。
この森では存在しない物質で作られたその服。
カガクセンイというのでしょうか。
私がそのことを指摘し、ヤコが服を調べた時、ソレは動きだしました。
「主殿ッ! その子から手を離せッ!」
「ロウター!」
変化にいち早く気付いたペガサスさんが、もはや化け物となった子供を蹴りつけ、ヤコから引き離します。
未だに事態を把握していない様子のヤコ。
「ヤコ、後ろを見てください!」
「主殿! 後ろを見ろ!」
「え?」
そして振り向いて化け物をその目で確認し、固まってしまいました。
化け物は立ち上がってこちらに近付いてきます。
仕方がありません。
「危ないです、ヤコ」
私はヤコの前に躍り出て、化け物を迎え撃ちます。
そして地面から根っこを生やし、拘束。
「GYEEEEE!」
化け物が化け物らしい叫び声を上げています。
拘束した程度で止まりそうにありません。
破壊するしかないでしょうか。
「噓でしょ……?」
その時後ろから聞こえたヤコの声。
ふと前を見ると、中央に集められた子供達の死体全てが化け物となっているではありませんか。
「下がっててください、ヤコ」
ですが何体化け物がいようと関係ありません。
同じ様に追加された4体も同じ様に拘束します。
しかし、それが最大の失敗でした。
追加された化け物に注意を向けてしまい、最初に拘束した化け物の変化を見落としたのです。
体から生えた足を鋭い刃物に変えて根っこを切り裂いた化け物は、私の拘束を抜けてヤコに向かっていきます。
「サン……プル、かく。ほ」
「ッ!」
しかし咄嗟に槍を構えたヤコが、化け物の胸を突いて仕留めました。
そのまま動きを止める化け物。
元々肉体で動いているのではなく、身体の中にある機械で動いているソレはそう簡単に止まりません。
人間の急所である心臓を貫かれながらも痙攣しながらヤコの顔へ手を伸ばします。
このままではヤコに攻撃が当たってしまう。
しかしヤコは突然膝から崩れ落ち、化け物の抵抗を躱しました。
かなり不意打ち気味な攻撃でしたが、流石はヤコです。
空を切った腕を、何かを求めるように動かしている化け物をヤコから木の蔓を使って引き剥がし、地面に叩きつけます。
おそらくコアである機械を破壊しない限りはずっと動き続けるのでしょう。
完全に潰さなければなりません。
そう判断した私は、先程のように5体の化け物を地中に埋め、そのまま押し潰します。
しぶとく抵抗していましたが、完全にぺちゃんこになるまで押し潰すと、やっと動かなくなりました。
もはや原型を留めておらず、化け物の着ていた服すら糸のレベルで破れて分解されています。
「ヤコ、大丈夫ですか?」
化け物を倒した私は、何故か起き上がってこないヤコに声をかけました。
しかしヤコは目を瞑ったままです。
「……?」
そして気が付きました。
ヤコは気絶しているようです。
気絶したヤコを揺さぶってみますが、起きる気配がありません。
「失礼、少し退いてくれ」
そう言ってぺガサスはヤコに回復魔法をかけましたが、若干呼吸が落ち着いただけで、目覚めはしませんでした。
「家の中、運びましょう」
「そうだな、手伝っていただけぬか」
「勿論です」
私は地面から根っこを召喚してペガサスの背中にヤコを乗せると、そのまま落ちないように軽く縛って固定しました。
「あ、あのだなヴィエラ殿」
「? なんですか、ペガサスさん」
「人間は首を縛ったら苦しい生き物なんだ。だから縛るなら胴体の部分にしてはくれないだろうか」
いけません、つい落ちている木々を纏める感覚でヤコの首と足を結んで縛ってしまいました。
ヤコは人間なのでこれではいけません。
事実ヤコは苦しんでいますし、私はすぐにそれを解いて再度固定し直しました。
ヤコを家まで運んでしばらくした後、おばば様が帰ってきました。
「おばば様」
「……これは一体どうしたのじゃ、ヴィエラ」
私はおばば様に起きた出来事を説明しました。
子供達が突然化け物になって暴れだしたこと。
ヤコが子供の一人を槍で突いた途端に気絶したこと。
「なぜヤコは気絶したのでしょうか」
私には理由がわかりません。
病気か何かでしょうか。
「……ヴィエラには、少し難しいかもしれんな」
そう言っておばば様は私の頭を撫でてきました。
なぜでしょう。
とりあえず大ごとではなさそうなので、大丈夫なのでしょう。
しばらくおばば様に撫でられていると、再び森に侵入者がやってきたのを感じました。
「おばば様、いかなければ」
「いや、よい」
侵入者を排除しようとした私をおばば様が制止します。
何故でしょう、今までは例外なくヤコ以外全て排除しろと言っていたのに。
「今回の人間は、導き手殿が呼んだ協力者じゃ」
あぁ、そういえば『すまほ』とかいうのを使って『でんわ』をしていましたね。
私もあの『すまほ』っていうの欲しいです。
いつもリスさんにお願いしていますが、あれを使えばすぐにおばば様と連絡出来ます。
まぁ、この森でおばば様に緊急で連絡すべきことなど、今回の件などのようにあまり起こりえないですが。
しかし森に入ってきた人間は、入り口の付近で立ち止まってしまいました。
そして検討違いの方向に歩いていきます。
「……ヴィエラ」
「はい、なんでしょう?」
「あの人間をここまで案内してあげなさい。どうやら迷子のようだから」
どうやら少し間抜けな方のようです。




