天上院弥子が咲かせた女 植物人のヴィエラーSide2ー
今日の私のお仕事は森の木々がしっかり適切な成長をしているかのチェックです。
森の中を歩いて木々を触り、小さな木と大きな木が平等に光を享受できるように、枝葉が広がり過ぎているのがあれば切り落とします。
「ヴィエラや」
「なんでしょう、おばば様」
ちょうど長すぎた枝を見付けたので切り落としたタイミングでおばば様が話しかけてきました。
いつもは中央にある世界樹で森の監視などをなさっているのに今日はどうしたのでしょうか。
「ちょっとこっちに来なさい」
「?」
そう言っておばば様は森の外にある国、ラポシン王国との入り口に向かって歩いていきました。
「何をするのですか?」
「……未来への布石」
何かを小声でボソリと呟いたおばば様は、どこか悲しそうに言いました。
「そして私は"一歩"を踏みだすのじゃ。もう戻れん場所へな」
たまにおばば様は訳のわからないことを言います。
私には全く理解が出来ません。
未来への布石。一歩を踏み出す。もう戻れない。
なんの話でしょうか?
そして私は気が付きました。
たった今森の上空を、人間の機械が浮遊しているのを。
「おばば様」
「……撃ち落とせ」
「はい」
私は言われた通りに機械を根っこと蔓を使って地面に叩き落しました。
その時点で壊れた機械ですが、まるで脱出するかのように機械の中から別の機械が飛び出しました。
しかし人間の機械はとても脆いので、あれだけの高さから落ちれば完全に壊れるでしょう。
「……やるしかないのじゃ」
しかしその時何故か地面がクッションのように柔らかくなり、落ちた機械は壊れることなく着地しました。
確実に壊れると踏んでいた私は根っこを地面に戻してしまったので、召喚し直さねばなりません。
そしてその機械の透明な部分と私の眼が合います。
その機械からはジーという音が鳴っており、作動した状態であることがわかります。
「これでよかろう」
「おばば様?」
壊さなければ。
そう思った私が再び根っこを召喚してそれを地面に埋めようとしましたが、それよりも前におばば様が地面を操って機械を埋めて壊してしまいました。
「……お前は作業に戻れ、ヴィエラ」
「おばば様は戻らないのですか?」
おばば様の言い方が引っかかります。
まるでまだやるべきことが残っているかのような言い方に。
私の質問におばば様は、何か諦めたような表情で答えてくれました。
「後始末じゃよ……洗脳され、犯罪者に仕立て上げられた罪の無き者の、な」
◇◆◇
今日も私の仕事は特にありません。
最近おばば様がとても忙しそうにしています。
昨日も夜にどこかへ出かけて行きました。
しかし帰ってきたおばば様の表情はとても険しく、話しかけるのを躊躇う程でした。
しばらく不機嫌そうなおばば様でしたが、やがて私の方へ歩いて来たかと思うと、私を抱きしめて「すまないねぇ」と言いながら頭を撫でてくれました。
何故謝るのかと聞きましたが、理由は教えてくれませんでした。
そして今日、人間の反応を感じました。
ただ一つ、今までと決定的に異なる点があります。
その人間は「この森を生きて通れるルート」にいるのです。
私はすぐに現場へ向かいます。
正しいルートを通る人間がいた場合、襲ってはならないとおばば様から言われています。
なので私は木の上から、その人間が設置された罠をくぐり抜けていくのを見ていました。
その人間は女性でした。
大人と言えるほどの歳でもなく、子供と言えるほど若くもない。
ですが今まで見たどんな人間よりも強い力のオーラを感じます。
服を纏っておらず、最初は股間に男性器のようなものが生えていたので男かと思いましたが、人間の男にしては胸部が発達し過ぎています。
背中から羽根も生えているので、そもそも人間かどうかの判断にも遅れました。
その人間の女は、時に華麗に、時に力押しで罠を突破していきました。
彼女が目指す先にあるのは、ユグドラのある森の中心ではありません。
私の依り代である苗木へと向かっています。
何故か正しい道は、おばば様の世界樹ではなく、私の苗木へと繋がっているのです。
そして人間は、遂に私の苗木の元へと辿り着きました。
「よっしゃああああああ……あ?」
鬨の声を上げて喜んでいましたが、すぐに疑問を孕んだ表情に変わりました。
「ん……なにこれ」
そしてしばらく私の苗木を見つめて、なにやら考え事を始めました。
罠はもう全て発動し終わったので、彼女を邪魔するものは何もありません。
正しい道のみを通った彼女に、襲うことを禁じられている私は何も出来ません。
ですが、200年近く生きてきて初めてここに到達した人間です。
少し興味を持った私は、もっと観察しようと彼女の真後ろまで近づきました。
「ふむ、なるほどね」
何やら彼女は納得したようで、大きなため息と共に頭を軽く振りました。
「帰るか……」
そして彼女は振り向いて。
「……」
「……」
私と目が合いました。
これが私と運命の人、ヤコとの出会いです。
初めて見た時の印象は、不思議な人でした。
何処までも澄んだ瞳に、風にたなびく髪。
自らの体に隠すべき所など一点も無いと宣言するが如く、堂々とした裸での仁王立ち。
そして向かい合うだけで伝わってくるオーラ。
「貴女はだぁれ?」
私は聞いてみました。
この人は一体何者なのでしょうか。
他の人間とは何かが違う、この人物は。
「私は運命に導かれてここへ参りました」
「運命?」
「ええ、貴女へ愛を伝える為に」
そう人はそう答え、私の手を取ろうとし……失敗しました。
私には実体が無いので、お互いに触れることは出来ません。
ですが、まるで御伽噺に出てくる王子のような行動に、私はその人物へ更なる興味が湧きました。
「貴女は私を愛してくれるのですか?」
「えぇ、必ず私は貴女を幸せにします」
彼女はとても自信満々そうです。
まるでおばば様の話に出て来た王子のように堂々とした振る舞い。
私は思いました。
この人物こそ、私にとって運命の人なのだと。
「貴女の名前は?」
「ヤコ・テンジョウインと申します」
「私の名前はヴィエラです。運命の人、ヤコ」
こうなればじっとしていられません。
まさか私にとって運命の人が人間だとは思っていませんでした。
早速おばば様へご報告しなければ。
私はヤコを連れて、おばば様のいる中心部へと向かいした。
中心部へたどり着くと、おばば様が早速ヤコについて聞いてきます。
「ヴィエラ、何故この者を生かした? 全員殺せと命じたはずだが」
「ヤコは運命の人だからです」
遂に現れた私の王子様。
殺すなんてとんでもありません。
ヤコは私と共に永遠を過ごすのです。
「そうか、なら結婚するか」
「はい、お願いします。おばば様」
「すぐに式を執り行う。こちらに来なさい」
理解してくださったおばば様は、私とヤコとの結婚を認めてくれました。
準備をしてくれるそうなので、私はおばば様に付いていこうとしますが、ヤコが口を半開きにして固まっています。
どうしたのでしょうか?
私が軽く手招きすると、ヤコは軽く頭を振った後に付いて来てくれました。
「ではこれより結婚式を執り行う……と言いたいが、花嫁衣装がまだじゃったな」
今日は私とヤコが出会った記念すべき日。
最高の晴れ着を身に付けねばなりません。
おばば様は軽くその力を使って、ユグドラの花びらを用いて私達に美しいドレスを作ってくれました。
「では、これより結婚式を行う」
さあ、始めましょう。
「新婦よ。健やかなる時も病める時も、共に助け合って生きていくと誓いますか?」
新婦は二人いますが、おばば様はヤコへ先に誓わせるよう念じていました。
「はい、誓います」
ヤコはしっかりと誓ってくれました。
とても嬉しいです。
私も答えなければ。
「うむ。では新婦よ、貴女も誓いますか?」
「はい、誓います」
「では、新婦同士の誓いのキスを」
そしてこの後はメインイベント、誓いのキスです。
私はヤコに触れることが出来ないので、本体の苗木を呼び寄せました。
ヤコが何やら困惑した表情で、私の本体を見ています。
どうしたのでしょうか?
キスを早くしてください。
「その苗木にキスをするのじゃ、『導き手』殿」
「えっ?」
「それがヴィエラの本体じゃからな」
キスをしてくれないヤコへ、おばば様が私の気持ちを代弁してくれました。
しかしヤコは動きません。
なぜでしょう?
「……よし」
数秒がたった後、私と視線を合わせていたヤコは何かを決意したかのように呟きました。
そして中央の枝に誓いのキスをしてくださいました。
なんだかとっても照れくさいです。
◇◆◇
結婚式が終わった後、おばば様は私の苗木が本来生えている場所の近くにある大木に穴を開け、ヤコの新居を作ってくれました。
これでいつでもヤコに会えますね。
「ヴィエラや」
「はい、なんでしょう? おばば様」
ヤコが新居に入って居心地を確かめている間、おばば様が私に近付いてそっと耳打ちをしてきました。
「まずは、結婚おめでとうと言わせてもらおうかの」
「ありがとうございます、おばば様」
「うむ、ところでヴィエラは結婚した者達が最初に何をするか知っておるか?」
なんでしょう?
全く見当もつきません。
物語では結婚した二人は、幸せに過ごすとしか聞いていないので、結婚したら幸せな時間が始まるのではないのでしょうか?
「なんですか? 教えてください」
「よかろう。結婚した二人が最初にするコト、それは新婚初夜じゃ」
「新婚初夜」
なんでしょうそれは。
なんだか素敵な響きがします。
「それはきっと『導き手』殿……ヤコ殿のが詳しいだろうが、ざっくり言うと一夜を共にすることじゃ」
「一夜を共にする」
つまり一緒に寝るということですね。
とても楽しそうです。
私も幼い頃はおばば様と一緒に寝ていました。
これからはヤコと寝るのですね。
「わかりました。では今日の夜に新婚初夜をヤコに提案してきます」
「うむ、きっと喜ばれるだろう」
ヤコは喜んでくれるでしょうか。
ヤコの喜ぶことを、沢山していきたいです。
◇◆◇
夜になり、早速ヤコの新居に向かいました。
この行為を「夜這い」と言うらしいです。
私は浮いているので這っていませんよ? とおばば様に聞きましたが、そんなことはどうでもいいと言われました。
私は入り口から入るのが面倒だったので、木の中を通ってヤコの部屋に入りました。
植物人は宙に霊体を浮かすよりも、こうして木の中に侵入するほうが負担が軽いのです。
「ヤコ」
「ん?」
私がヤコに呼びかけると、返事をしてくれました。
こんな何気ないやり取りが幸せです。
ですがヤコは私に気付いてくれません。
周囲を見回しています。
「ここよ、ヤコ」
「うぉっ」
もう一度呼びかけると、ようやくヤコは天井から顔を出している私に気付いてくれました。
しかしまるで化け物でも見たかのようなリアクションです。
「どうしたの? びっくりして」
「心臓に悪いから次からはそこの穴を通ってこの部屋に入ってきてくれない?」
どうやらヤコを怖がらせてしまったようです。
ヤコの喜ぶことをしてあげようとした矢先にこの失敗、少し落ち込んでしまいます。
「こんな夜遅くにどうしたの?」
しかし落ち込んでいる暇などありません。
今度こそおばば様から教えて頂いた「新婚初夜」でヤコを喜ばせるのです。
「新婚初夜ってのをしてこいって、おばば様が」
それを言った途端、ヤコの顔が凄い勢いで変化しました。
初めはもう喜色満面というのがふさわしい表情です。
一気に破顔し、今にも踊りだしそうでした。
しかし急にその顔が冷静になり、その表情のまま私に質問してきます。
若干声が上擦っており、なにやら警戒しているようにも見て取れます。
「えーっと。ヴィエラさんは新婚初夜はどうするか、おばば様に聞いた?」
「結婚した二人で一緒に寝ると聞きましたが?」
私のその言葉に対するヤコのリアクションは、とても微妙でした。
どこか安堵したようでありながら、若干失望しているような、そんな表情。
私はまたヤコをガッカリさせてしまったのでしょうか。
こうなったら新婚初夜を確実に成功させるしかありません。
私は昔から愛用している……と言っても、霊体である私に服は本来必要無いのですが、自分が「パジャマ姿になる」イメージをします。
その場でクルリと一回転し、寝る準備は万端。
早速ヤコの部屋で寝っ転がります。
「一緒に寝ましょ?」
そしてなるべく甘えた声で私の隣をポンポンと叩き、ヤコをお誘い。
これが今日の昼におばば様から教わった直伝の甘え技です。
ヤコは私の誘いに、困ったような笑みを浮かべた後に添い寝してくださいました。
その日はいつもよりいい夢を見れた気がしますが、隣でヤコが少し色っぽい寝言を言っていました。




