天上院弥子が咲かせた女 植物人のヴィエラーSide1ー
「世界を変えるには、こうするしかないんだ。ユグ」
誰かの声がする。
まるで全てを諦め、飲み込んだような冷たい声。
氷の世界に響くようなその声に、子供のような泣き声が聞こえる。
「わかっています……! わかってるんです!」
その悲壮な声もまた、何かを諦めているかのような冷たさを持っていた。
「もうボクらは外道に堕ちた。涙すらも見苦しい外道に」
私は強い力に引っ張られる。
まるで無理矢理にでも芽吹かせるかのような力。
そして引っ張られる感覚が無くなったかと思うと、『私』が生まれたのを感じた。
最初に感じたのは、涙の冷たさ。
「ごめんなさい」
次に聞こえたのは、謝罪の言葉。
「私は、貴女を利用する」
◇◆◇
「おばば様、今日も教えられた通りの方法で侵入者を撃退しました」
「そうかい、お疲れ様だね」
そう言っておばば様は、私の頭を撫でてくれます。
私はおばば様が大好きです。
「物語を教えてください。おばば様」
「あー、物語ねぇ」
おばば様の話はとても面白いです。
魔王に育てられる娘の話や、歌で人々の心を救う人魚の話。
大陸の王を目指し、人々が戦う話。
どれも私の好きな物語ですが、一番好きな物語があります。
「運命の二人の話がいいです」
「またそれかい? 昨日もその話だったろう」
「その話がいいのです」
「もう百ぺんは同じ話を繰り返したんだがねぇ。仕方のない子さね」
運命の二人。
森の奥で悪魔に囚われた少女が、森の外からやって来た王子様に出会うという話です。
二人はお互いを初めて見た時に恋をします。
ですがそんな二人の想いを許さない悪魔は、少女に呪いをかけます。
少女が森の外に出ることを出来なくさせる呪いです。
少女を自分の城に招待して結婚しようとした王子は、呪いを知って悲しみます。
王子様は悪魔を倒そうとしますが、悪魔はとても強く、倒すことは叶いませんでした。
「『すまない、私は君を悪魔の手から救い出すことは出来ない』」
王子様はそう言って、少女の手を取ります。
「『だが貴女と私との運命は、悪魔にだって切れやしない』
そう言って王子様は、自分の城を捨てて少女と森で一生を過ごすことにしました。
二人は死ぬまでお互いを愛し合ったそうです。
「めでたしめでたし」
「ありがとうございます、おばば様」
やっぱり私は、この話が一番好きです。
「なんでお前はこの話がそんなに好きなんだい?」
おばば様は呆れたような顔で、私に聞いてきました。
私は答えます。
「一生愛し合う。素晴らしいです」
◇◆◇
本日の私の予定はリスさんに木の実をあげることです。
リスさんとお話して、どんな木の実が好きかを聞いた後に差し上げます。
実をリスさんにあげる木にも、対価として枝の選別などをお手伝いします。
勿論遊んでいるわけではありません、これも森の生態系を守る為に必要な仕事なのです。
同時に森の監視を行います。
おばば様が言うには、この森の中心部、つまりおばば様の依り代である世界樹と、私の依り代である苗木に辿り着くには、おばば様の知り合いが作り出した「なんとかセンサー」というのが必要らしいです。
そのセンサーがあれば、私とおばば様が設置した妨害をギリギリ抜けられる道筋を通って来れると聞きました。
そして今日、その道筋から外れたルートに迷い込んだ人間が迷い込んできました。
私はすぐに迷い込んだ人間の元へ向かいます。
その人間は、小さな男の子でした。
右手にナイフを持って、周囲を警戒するように見渡しています。
とてもやんちゃそうな子で、恐らく今まで何度かあった「度胸試し」というものでしょう。
人間の大人の場合は古代森林に入った時点で排除するのですが、子供の場合は生きて返してやれというのがおばば様からの命令です。
「情け」というらしいですが、正直よくわかりません。
何故子供は許されるのでしょうか?
「こ、こいよ植物人! 俺は負けねえぞ!」
何故人間の子供はこうも攻撃的なのでしょうか。
まるで物語に出てくる勇者の聖剣のようにナイフを振り回しては、最初に殺されるゴブリンのような奇声を上げています。
私は少年の足元に根を生やし、森の奥に進もうとする歩みを妨害。
「うわっ!」
少年が引っかかって転んだので、そこをさらに蔓で簀巻きにした後に吊るし上げます。
「ぎゃあ!」
これで動きは止めました。
後は軽く脅せばいいらしいです。
私は少年の目の前に姿を現し、全力の怖い顔をします。
「がおー!」
「……は?」
ふっ、目を見開いて驚いていますね。
さぞびっくりしたのでしょう、口が開いてますよ。
「悪い子は食べちゃうぞー!」
「……」
もはや何も言ってきません。
驚きの余り気絶してしまったかもしれませんね。
「これに懲りたらもう二度と入ってきてはいけませんよ」
そして吊るした少年をそのまま森の外に放り投げます。
ついでに森で収穫したリンゴも一緒に放り投げます。
中に沢山の蜜が詰まった美味しいリンゴです。
もう二度と来ないでくださいね。
◇◆◇
今日の私のお仕事は、おばば様の依り代である世界樹の周りに生えている花々の手入れです。
あの花は空気中に存在する魔力を取り込んで内側に貯め込み、美しく輝くと言う特徴を持っています。
しかしあまりに乱雑に生えると空気中の魔力が薄くなりすぎて、一本一本の花の鮮やかさが薄れてしまうので、手入れをする必要があります。
この花はその特徴故に、この森にすむ生き物にとって最高の食糧にもなります。
蜜蜂は他のどんな花よりも先にこの花の蜜を集めますし、草食の動物達はこの花を直接食べに来たりもします。
世界樹の周辺以外に生えることは無く、この森の外では伝説の秘薬の一部にもなっていると聞きます。
そして今日、久しぶりに森への侵入者がやってきました。
反応は一人。
私はすぐにその場へ急行します。
侵入者は人間の大人。
年季の入ったリュックサックを持って、ボロボロの服を身に纏っています。
「ここに、煌きの月華が……!」
煌きの月華。
先程まさに手入れをした花の名前です。
私はおばば様の名前から取って「ユグドラ」と呼んでいますが、外ではそう呼ばれているらしいです。
「待っててくれ、アイリー」
人間の大人は。
「必ず君を助けるから」
排除します。
◇◆◇
私の目の前には、胸を木の枝で貫かれた一人の男。
想像よりも遥かに手練れで、中心部までの侵入を許してしまいました。
「ア……」
男の目の前には、一面に広がるユグドラの花畑。
震える手を、その一輪に伸ばします。
「イ、リ……」
しかしその手がユグドラに届くことは無く、男は事切れました。
私は男の体を地中に埋めます。
人間の体は、いい肥料になるのです。
「ふぅ……」
今日の仕事は恐らくこれで終わりでしょう。
おばば様に言われた通りの道でここに辿り着く者など本当に現れるのでしょうか?
もう150年はこの作業を続けています。
「さて、おばば様に報告しましょう」
私の目の前に広がるのは、夜空で映える月に反射して煌くユグドラの花畑。
それは今夜も美しく咲いています。
◇◆◇
今日の私の仕事は特にありません。
依り代である苗木を太陽に照らしながら日向ぼっこをするだけです。
おばば様はなにやら忙しいらしく、私に構ってくれません。
仕方ないので、その辺の草むらに寝転んでボーッとします。
なんだか眠くなってきました。
丁度ウトウトし始めた頃に、侵入者がやってきました。
反応は二人、すぐに現場へ急行します。
私がそこに辿り着くと、一人の男の子と女の子がいました。
このパターンは初めてですね。
まぁ対応は変わりませんが。
男の子は20年ほど前に見た子と全く同じように、ナイフを持って威嚇をしています。
女の子は男の子の後ろに引っ込んで、怖がりながらも周囲を警戒していますね。
「出て来い、植物人!」
本当に彼らは一体なんなんでしょう。
外の世界で我々はどのように認識されているのでしょうか。
完全に御伽噺に出てくる化け物の扱いですよね。
「か、帰ろ? 怖いよ……」
女の子の方はとても賢明ですね。
この場所が危険であると察知出来ています。
なんの考えもなく前に進もうとする男よりは頭がいいと思えますが、それなら何故侵入する前に止めなかったのでしょうか。
好奇心が疼いてしまったのでしょうかね。
まぁ、さっさと追い出しましょう。
私は以前と同じ様に二人を木の蔓で拘束した後、全力の怖い顔を披露します。
二人がビックリして何も言えなくなった後、二人をその辺に生えていたオレンジと一緒に放り投げました。
「一件落着ですね」
丁度暇だったので、いい運動になりました。
これが大人だったら肥料に出来て一石二鳥だったのですが、子供だったのでそうもいきません。
おばば様の言う事は絶対ですからね。
「おや?」
召喚した木の根を地中に戻すと、先程の子供達の物と思われる小さな鞄が落ちていました。
締める所が壊れてしまったのか、中身がばらまかれています。
「なんでしょう、これ」
ばらまかれた中身は、一枚の紙きれと透明なフィルムに包まれた茶色くて四角く、平べったい物。
手紙には、何やら文字が書いてあります。
~いつかお会いした可愛い植物人さんへ~
以前私が子供の頃、好奇心によって軽い気持ちで侵入し、貴女に叱られ、助けられたのを今でも覚えています。
この手紙を読んでいるということは、恐らく貴女は私の子供達も助けてくれたのでしょう。
あの時の林檎のお礼に、美味しいクッキーを送ります。
~ラポシンのお菓子屋より~
クッキー、というらしいです。
美味しい、と書いてあるので恐らく食べ物でしょう。
残念ながら私は食べることが出来なかったので、後で森の動物達に差し上げた所、大喜びしていました。
人間の子供は助けろと言ったおばば様の言葉の意味が、少しわかった気がします。




