天上院弥子の地球浪漫 ~アメリカ編、その1~
「間もなく飛行機が着陸します、シートベルトを締めて、着陸まで席を離れることがないようお願いします」
機内アナウンスが響く
(もう着くのか、アメリカ)
天上院弥子、中学2年生。
なぜ彼女がアメリカ行きの飛行機に乗っているかというと、事は一年前に遡る。
「先生、ちょっとお時間いいですか?」
「ん、貴女は確か私のクラスの天上院さんよね、どうしたの?」
中学校に入学したばかりの天上院は、相談したいことがあり、職員室にいる担任の先生に相談に来ていた。
「相談があるんです」
「相談?」
「この前配られた将来やりたいことの用紙なんですけど、私は特にこれと言ってやりたいことがないんです」
「んー、確かにまだ中学一年生だしねぇ。でも何か漠然とない?カッコいいと思った職業とか」
「うーん、ないです」
中学生の天上院は、まだ『自分のやりたいこと』という明確なビジョンを持っていない。
「看護師とか、パティシエとかなんでもいいのよ?」
「どの職業も立派だとは思うんですけど、なりたいかと聞かれたらよくわかりません。会社に入社して働くサラリーマンの人だって、立派だと思いますし、自分で起業して頑張る人も凄いとは思います。ただ自分がどっちになりたいのかといわれると、ハッキリしないんです。親は豆腐屋なんですけど、それを継ぐのが正解なのかな、でもそれが私にとって一番幸せなのかな、とか色々考えちゃって」
「あー、凄い難しく考えてるわねぇ。でもいいことよねぇ、うーん」
悩みながら天上院の先生は書類を漁る。
「わかった、じゃあ天上院さん、今はとりあえず悩んでてもいいから、未来の自分の可能性を広げてみない?」
「可能性ですか?」
「そうそう、色んなことに取りあえずチャレンジして、その中でやりたいことを見つけるの」
「色んなことにチャレンジ……」
「そうそう、例えばコレとか」
そう言って先生は一枚のチラシを天上院に見せる。
「これは?」
「これは先生の知り合いがやってる留学案内のチラシなんだけどね、短期なものから長期なものまであるの。これの2週間アメリカにホームステイして、現地の学校の授業を受ける。っていうのに参加してみない? お金もそこまで高くはないのよ」
「えっ、流石に私にはレベルが高すぎませんか?」
「ここから一年間英語を凄い必死に勉強すれば、日常会話くらいならどうにかならないこともないわ。簡単なことじゃないけどね」
「うーん」
「チャレンジよ、とりあえずやってみるのが大事。」
「わかりました。取りあえず英語を頑張って勉強して、その短期留学に参加することをこの一年の目標にします」
「頑張って、わからないことがあったら何でも聞いてね! 私も英語の教師だし」
「ありがとうございました」
そして天上院は英語を一年間勉強し、今その短期留学に参加している。
(まだ基礎的なことしかわかんないや、大丈夫かな私……)
確かに一年間真面目に英語を勉強したが、それだけで英語が喋れるのか、というか無理だろう。
そう思い、天上院は不安だった。
(でも、これで私のやりたいことが見つかるかもしれない)
不安もあったが、同時に期待もしていた。
この留学は、必ず私の何かを変えてくれるはずだ。
そう信じて、天上院は覚悟を決める。
そんな天上院を乗せ、飛行機はアメリカに着陸した。
天上院は事前に渡されたしおりを見て、空港所定の位置に向かう。
そこには留学関係者と思われる係員がいたので、その人に天上院は話しかけた。
「ホームステイ留学の方ですか?」
「はい、番号E136の天上院弥子です」
「はい、確認できました。バスに乗り込んでください」
言われたバスに乗ると、既に何人かの人が乗っていた。
「隣いい?」
「いいよー、よろしくね。私は岡本彩っていうの。あなたは?」
「天上院弥子だよ、よろしく」
「天上院? 弥子ちゃんはお嬢様か何かだったりするの?」
「よく言われるけど、実家は普通に豆腐屋なんだ~。私もなんでこんな名前なのかって親に聞いたことあるよ」
「あははは、弥子ちゃんはなんでこの留学に参加したの?」
「自分のやりたいこと探しかな、彩ちゃんは?」
「私はね~、英語の先生になりたいの」
「へぇ~」
バスの道中、二人は話に花を咲かせる。
そしてバスは都市の広場で停まった。
「わ、凄い人だね」
「そうだねぇ」
「皆さんはここでホームステイの人たちと合流になります。では皆さん、また二週間後にお会いしましょう、皆様の成長を心よりお祈りします」
どうやらここでホームステイ先の家族と合流するらしい。
「じゃあまたね、弥子ちゃん」
「またね彩ちゃん」
係りの人がペアを呼び上げていく。
「E135、岡本彩さん」
「あ、はい!」
彩が呼ばれ、ホームステイ先の家族と顔合わせをする。
次が天上院の番だ。
どんな人なんだろうか。
怖い人じゃないか、無愛想な人だったら嫌だな。
今更ながらも天上院はドキドキしてきた。
「E136、天上院弥子さん」
「はい!」
ついに天上院の名前呼ばれた。
「天上院さんは、アンデルセンさんの御一家ですね。あちらにいらっしゃいます。頑張って下さいね。」
「ありがとうございます」
天上院が案内された方向に目を向けると、そこにはこちらに手を振る金髪ポニーテールの少女と、その両親と思われる二人がいた。
「な、ナイストゥーミーチュウ」
「Nice to meet you!」
天上院はアンデルセン一家に近づくと、とりあえず挨拶をした。
以下より日本語だが、実際は英語で話されている。
「私の名前は天上院弥子です、アンデルセンさんですか?」
「そうですよ、私の名前はアンデルセン・ソースです。ソウって読んでね」
星条旗柄のハンカチで髪をまとめ上げている少女が、自己紹介をしてくれる。
「ソウさんですね、よろしくお願いします」
「そんなに固くならないでね、私もちょっとだけ日本語を勉強しました。だから本当に困ったら助けてあげられると思いますよ」
「ありがとうございます。助かります」
天上院はソウの両親とも挨拶をした後、アンデルセン家の車で、彼女らの家に向かったのだった。
ソウの家は天上院の家と比べてとても広い上に、大きな庭まである。
アンデルセン一家と天上院の帰りを見て、大きなゴールデンレトリバーが駆け寄ってきた。
レトリバーは初めて見た天上院の姿に一瞬警戒をしたが、何度か匂いを嗅いだ後、すぐに懐いてきた。
「オスカー、彼女はヤコっていうのよ」
「オスカーちゃんっていうのね?よろしくね」
大きなオスカーの体を撫でる天上院。
アメリカはなんでもデカいって本当なんだな。
そう思いながら天上院はソウの胸に目をやる。
うん、アメリカはなんでも大きい。
「どうしたの、ヤコ?」
「んん、お家大きいね」
「あはは、ありがと。あ、靴は脱がないでそのまま家に上がるのよ。日本は玄関で靴を脱ぐらしいけど。」
「そうなんだ、わかった」
「飛行機に乗ってきて疲れたでしょ?お腹すいた?それとも今日はもう寝る?」
ソウの母親が心配そうに天上院に聞く。
心も広いな、優しい。
「機内食を食べたので、お腹はあまり空いていませんし、飛行機で寝たので眠くもありません。よければワンちゃんと遊んでもいいですか?」
「ふふっ、いいわよ。たくさん遊んであげて、お腹を空かせてね!」
母親の許可は出た。
天上院は荷物を与えられた部屋に置くと、再び庭に戻り、オスカーと遊ぶことにした。
ソウも一緒に遊んでくれるらしい。
「学校はいつから始まるの?」
「明日からもう私と一緒に登校するのよ。後で一緒に教科書を見ましょ」
フリスビーを投げながら、二人は二週間の予定について話し合う。
「ご飯よ、二人とも戻っておいで」
「「は~い。」」
アンデルセン家の初日の料理は大きなステーキだった。
アメリカらしさ、かつ豪華なものを考えて奮発してくれたのだろう。
いい人たちだな。天上院は心からそう思った。
その後、天上院はソウの教科書を見て、どんなことを勉強しているか教えてもらったりした。
その後は家族と一緒にトランプをしたり、アメリカの話や日本の話をして、楽しい時を過ごした。
そうしているうちに夜は更け、お風呂に入って寝ることになる。
アメリカでは風呂に湯を張ることはそんなにない。
バスルームでシャワーをすませ、寝間着に着替えた。
アンデルセン一家におやすみの挨拶を済ませ、いざ寝ようとしたら、ソウが寝室に遊びに来た。
「お邪魔するわね、ヤコ」
「いらっしゃい、ソウ。どうしたの?」
「私一人っ子だから、ずっと妹が欲しくて、ヤコは理想の妹にピッタリなの!」
「O,oh……」
「だから、妹が出来たら一緒に添い寝してみたかったの、ダメ?」
「別にいいよ。私も一人でちょっと寂しかったし。」
「本当!? Thanks!」
本場のサンクスは流暢だな。
そう思いながら、天上院はソウに抱きしめられつつ、アメリカ留学の一日を終えた。